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小説「若起強装アウェイガー」第5話「敵か味方か!黒の館」

ドクターホワイトの国会議員皆殺し計画は開始された。すでに第1陣が東京に向かっているという。亜衣は急いで新幹線の駅に向かうことにした。いくらアウェイガーが超人的な運動能力を持っていても、東京まで行くなら新幹線の方が早い。そもそも白の館の近くに駅はひとつしかない。

治英も亜衣についていく。治英は亜衣が拘束を解いてくれたことで、自分が亜衣に頼られてると確信した。この世でただ一人自分の存在を認めてくれている亜衣のためなら、死ねる気さえする。なにせ元々捨てた命なのだから。ひょっとしたら自分は死に場所を探してるのかもしれない、と治栄は思った。

駅に向かって走る二人。だが治英は早くも息切れし、亜衣に離されそうになっている。
治英「若起しよう。若返って元気になれば走るのも楽になる」
亜衣「ダメよ。若起は戦う直前にしないと。強装は若起した直後が一番強くて、その後はダメージを受けなくても自然と弱くなるのよ」

治英「そうなのか?じゃあ戦いが長引いたら不利になる?」
亜衣「戦ってたら相手から受けるダメージのほうが大きいとは思うけどね。だから戦う時は無視していいレベルではあるわ。でも髪の毛だって何もしなくても抜けるでしょ。それと同じなの。戦う直前に若起し直しても強くなるわけでもないし」

走りながら会話する二人。だが治英はだんだんフラフラしてきた。
治英「ゲホッ!ゲホッ!(情けない……)」
亜衣「先に行くわよ」
冷たく言い治英をおいていこうとした亜衣だが、急にむせた。
亜衣「ゲフッ!何……」
周囲をよく見ると、キラキラとした粉が漂っている。
治英「急に何だ……黄砂?」

亜衣「しまった!治英、若起して」
何かを思い出したように亜衣が叫び、若起する。
治英「じゃ、若起!」
二人は強装を身にまとう。
粉の量がだんだん増えてくる。二人とも咳き込んだり、粉が目に入ったりしてまともに動けない。
亜衣「治英、伏せて」
治英が伏せると、亜衣は背中の翼で風を起こした。

粉を風で飛ばそうとしたのだが、埃っぽい部屋でハタキを使ったときのように粉はもうもうと舞い上がり、二人をつつむだけだった。
亜衣「やはりダメか」
治英「何なんですこれ?」
亜衣「アウェイガーに嗚呼流[アァル]というのがいる。蝶の羽を使い空気の流れをコントロールできる力を持つ」

嗚呼流「そのとおり、君らは私が作った空気の部屋に閉じ込められているのさ。この鱗粉からは逃れられないよ。ホホホ」
すでに目を開けることができない二人の前に、男のカン高い声とともに強装をまとった嗚呼流が現れた。目はサングラスのような極大ゴーグルで覆われ、背中には立派な羽がある。

治英「空気の部屋?」
嗚呼流「コンビニやスーパーに扉のない冷蔵ケースがあるだろう。あれは空気の流れで壁を作って冷気が逃げないようにしている。言ってしまえばあれと同じ原理さ」
だとしたら……!
治英「亜衣さん、伏せて」
亜衣「何をする気だい」
治英「いいから、早く」
亜衣は地面に伏せた。

嗚呼流「フッ、何をしようとこの空気の部屋からは逃れられな……」
その言葉をふさぐように治英が叫んだ。
治英「『ダイナマイトフィスト!』」
空気の部屋に閉じ込められた鱗粉が濃くなっていたため続々と誘爆する。治英も鱗粉に全身を囲まれていたため爆発に巻き込まれ、黒コゲになって倒れた。

亜衣「治英!何やってんだ」
治英「これで、鱗粉は全部消えたはず……早く……駅へ……」
そこで治英は意識を失い、若起は解け、強装は砂となり、中年男に戻った。亜衣は何事もなかったのように立ち上がる。
亜衣「嗚呼流。あんたにかまってるヒマはないんだ。先に行かせてもらうよ」

嗚呼流「いやいや。私は博士からあなた方を止めるように命を受けて来たのですから。通すわけにはいきませんよ」
亜衣「父をテロリストの頭目にしたくないのよ!どいて!」
嗚呼流「博士は、あなたの父上はテロリストなんかではありません。この国の救世主ですよ」
亜衣「お前と問答する気はない!」

亜衣は翼を使って飛び上がり、嗚呼流の頭上を越えて行こうとした。
嗚呼流「通さないと言ったはずです!」
体を大きく後ろにそらし背中の羽を複雑に動かすと、亜衣は空中で大きくバランスを崩し、錐揉みを起こし地面に叩きつけられた。
嗚呼流「フフフ。蝶が鳥に勝てないとは限らなくてね」

亜衣はダメージを受けながらなんとか立ち上がったものの、体が思うように動かない。まるで体に何かが絡みついてるような不自由さだ。
嗚呼流「ずっと博士の助手をしてきたあなただ。我々のことはなんでも知ってると思っていたのだがね。私の鱗粉のことは知ってても、この技のことは知らなかったか」

亜衣「なんだと……?」
嗚呼流「『バタフライエフェクト』背中の羽のわずかな動きで大きな気流を巻き起こす。空気の部屋もそれの応用ですよ。もしかして、あなたのその大きな翼ならこの力の影響を受けないとでも思ってたんですか?それは残念でした」
亜衣「お前の空気を操る力がここまでとは……」

嗚呼流「これから私の力を思い知らせてあげます」
激しい気流が亜衣を中心に巻き起こり、亜衣の体をスピンさせる。
嗚呼流「博士からあなたは殺すなと言われている。だがもう二度と博士の邪魔をできないようにはしておかないとですね」
亜衣のスピンは激しさを増していき、遠心力で強装が崩れた。

嗚呼流「さて、あとは気を失うまで回ってもらいましょうか」
さらに亜衣が回転させられ気を失う直前、空気を切り裂く激しい音が響いた。
バシッィ!
嗚呼流「何っ?!」
若起の解けた亜衣の回転は止まり、フラフラとその場に倒れた。
嗚呼流「私の『バタフライエフェクト』が破られた、だと……!」

さらに嗚呼流の羽がどこからともなく放たれた空気の衝撃に次々と引き裂かれていく。
バシッィ!バシッィ!バシッィ!
あわてふためく嗚呼流の前に一人の男が現れた。全身白スーツにサングラス姿をかけている。長い金髪だが、顔立ちは日本人だ。

嗚呼流「なんだお前!私の羽を傷つけたのはキサマか!」
白鹿丸「私の名は白鹿丸[ビャッカマル]。貴様らの計画を止めるために来た」
嗚呼流「何をォ!」
そう言って嗚呼流は背中の羽を動かしたが、ちょっと強い風が吹くだけだった。
白鹿丸「どうやらお前の羽はもう使い物にならんようだな」

嗚呼流「なっ……何ぃ?」
そう言って間合いをとったつもりの嗚呼流だった。しかし、白鹿丸が手をすり合わせねじるような仕草をするたびに、嗚呼流の強装はどんどん傷が増えていった。
嗚呼流「なんで……何もされてないのにどんどんやられていく……あいつの攻撃が届く距離じゃないのに?」

白鹿丸「すまないが、それは私の攻撃だ。君ほどではないが、私も手の動きで気流を作れるのさ。そして遠くの相手を傷つけることができるのだよ」
嗚呼流「なんだって、それじゃカマイタチと同じ……」
白鹿丸「その話だがね。自然の気流で人間が傷つくという理解自体に科学的根拠が無く、迷信らしい」

嗚呼流「だったら何で?」
白鹿丸「何でって、人為的に作ってるからに決まってるじゃないか。これで最後だ」
そう言うと白鹿丸は腰を落とし手をねじり合わせ、より強い気流を作り嗚呼流を攻撃する。嗚呼流は強装をバラバラにされ、首の頸動脈を切られ激しく出血しながら倒れ、意識を失った。

白鹿丸「アウェイガーと言えど人間。出血多量となれば誰でも死ぬ。そうだろう、亜衣クン」
倒れていた亜衣は意識を取り戻しつつあった。
亜衣「お前は……」
白鹿丸「そのまま倒れててくれ。立ち上がれば君を倒さねばならなくなる。駅に向かった連中は私が始末するから」
亜衣「なんだと?一体……?」

再び亜衣は意識を失った。
白鹿丸は亜衣を一瞥もすること無く、駅に向かう。
黒の館の一員である白鹿丸にはドクターホワイトの国会議員皆殺し計画を阻止する使命がある。必要があればアウェイガーを倒すが、今はあの意識を失ってる二人より、駅に向かった連中を始末するほうが先だ。

治英が目を覚ますと、そこは露天風呂だった。すでに全裸で浸かっている。全身の痛みが湯に溶け出していくような感覚が気持ちいい。温泉のようだ。思わず声が出そうだ。だが目の前に全裸で浸かっている勇がいたので驚き、背筋を伸ばした。
勇「目が覚めたようだな」
治英「一体、何がどうなって……」

勇「俺たちは国会議員を皆殺しにすべく東京に行くため駅に向かっていた。だがそこに、先に出た第1陣の死体が転がっててな。何者かに全滅させられたようだ。最初はお前たちかと思ったが、お前たちはお前たちで駅に行く途中の道で倒れて意識を失っていた。だからこの謙信の隠し湯に連れてきたのだ」

治英「じゃあ、俺たちを助けてくれた……」
勇「そういうことになる」
治英「……亜衣さんは?!」
勇「別の隠し湯にいる。白の館の女職員に世話させている。大丈夫だ」
治英「隠し湯、謙信の……信玄じゃなくて?」
勇「そこ気になるのか。昔の戦国武将は多かれ少なかれ隠し湯とか持ってたらしいぞ」

治英「なんで助けてくれたんですか。こないだは病室に閉じ込めたのに」
勇「まあ、そりゃそうも思うか。その前にお前に訊きたいことがある。なぜ俺たちと戦おうとする」
治英「そりゃ……えっ、と、亜衣さんが戦ってるから……」
勇「亜衣がなんで俺たちと戦ってるかわかっているのか」

治英「その、国会議員皆殺し計画を止めるため……」
勇「では俺たちが、ドクターホワイトが、なんで国会議員を皆殺しにしようとしているかは知っているか」
治英「知らないけど、大量虐殺なんて、どう考えてもやっちゃいけないでしょ」
勇「その程度の認識か」
ざぶりと音を上げて、勇は湯から出た。

湯船の周りにある岩に腰を掛け、勇は話を続けた。
勇「この国は一握りの権力者や富裕層に支配され、道を誤ろうとしている。先の大戦でなぜ敗北したかもわからん連中が、間違った政治を行っているのだ」
めんどくさいことになった、と治英は思う。勇はそれに気づかぬふりをして話を続けた。

勇「我が国は一度アメリカに占領された。そして当時の権力者の公職追放や財閥解体により政治をリセットし、やり直したはずだった。だが結局、今の政治を牛耳ってるのは戦前の権力者の子孫や当時の資本家の末裔だ。もっと言えば、明治維新以来我々はずっと一握りの一族に支配され続けているのだ」

治英「だからそいつらを殺すっていうのか」
勇「国会議員を殺すと言っている。その中には当然総理大臣とかも含まれる。国会議員が死ねば補欠選挙が行われ、前世代にとらわれない全く新しい議員と首相が民主的に誕生する。明治維新以来の呪縛を断ち切り、今度こそ本当に新しい国づくりを行うのだ」

治英「全然わからない話だ。政治がやりたきゃ政党とか作ってそれこそ選挙で戦えばいいじゃないか。自分が気に入らないから殺していいだなんて、そんな話わかるわけがない」
勇「時間がないのだ。なぜCIAが襲ってきたと思う。ドクターホワイトが研究を完成させたから、それを奪いに来たのだ」

治英「研究……」
勇「アウェイガーの技術だ。現在の米国傀儡政権を維持したいCIAは、我々の蜂起を潰したいのだ。だから潰される前に計画を実行せねばならん。言っておくが、CIAはお前も狙ってくるだろう。我々と共に戦えばCIAも斥けることができよう。我らの同士となれ。お前には力がある」

治英「俺は、あんたを殺しかけたんだぞ」
勇「俺もお前を捕まえ監禁した。だが今回は助けた。お前の力を見込んだからだ」
そう言われて治英の心は揺らいだ。もとより政治だとかそういうことに興味はない。自分を頼ってくれる人がいる、それが今の治英を支える唯一の拠り所だからだ。

亜衣「よけいなこと言わないで!」
岩陰から亜衣の声がした。浴衣姿で駆けつけていた。
亜衣「治英、私を守ってくれるんじゃないの?私は父を、大量殺戮の首謀者にしたくないの。父の計画を止めたいの」
そうだった。治英がなぜ今こんなことになっているかと言えば、亜衣に頼まれたからだった。

治英「俺は、亜衣さんを守るために戦う。亜衣さんの敵と戦う!」
岩陰の亜衣に聞こえるようにするためか、治英は大きめの声で言った。
勇「それは残念だ……治英、お前の考えはだいたい想像つく。落ち着いてよく考えてみろ。俺もお前も若起しなければ何もできないただの中年男だ。それを忘れるなよ」

立ち去ろうとする勇に亜衣が声をかける。
亜衣「父は、ドクターホワイトはどこに?」
勇「今の話の後では言えんな。これ以上博士の邪魔をされてはかなわん」
そのまま立ち去る勇に、亜衣は何も言えなかった。
亜衣「治英、一度白の館へ戻りましょう。隠れる場所がそんなにあるとも思えないけど」

白の館の南にある不動山。黒の館はこの山中にある。CIAのフィーラとベッシュの二人は、急ぎこの山から出ようと登山道を下っていた。
フィーラ「ドクターブラックを見つけられなかったのは痛いな」
ベッシュ「それでも黒の館の連中はほとんど倒した。ひとまずアジーンたちと合流し、作戦を練り直そう」

その時、登山道の脇の森から怪物のような巨体が襲いかかってきた。二人はすんでのところでかわし、ヒラリと跳び木の枝に乗り避難した。二人を襲った男は再び茂みに身を潜める。蒼狼丸だ。
蒼狼丸「ご丁寧に登山道を使い逃げるとはな。我らにとってこの山は庭同然。おかげで追いつくことができた」

フィーラ「それはそれは。で、なんの用だ」
蒼狼丸「俺の同胞らをずいぶんとかわいがってくれたようだからな」
ベッシュ「すると黒の館の人間か。だったらこちらとしても生かしておくわけにはいかん。探す手間が省けたよ」
蒼狼丸「どの口で言うか!」
木の上のベッシュを蒼狼丸が猛獣のように襲う。

ベッシュは素早く木から下り、蒼狼丸の力で木は倒れる。なおも襲いかかろうとする蒼狼丸にベッシュは手刀をくり出した。肘と手首が伸縮式になっており、ジャっという金属音と共に蒼狼丸を突く。親指を除く四本の指先からは数センチほどの刃が伸び、それが縦に合わさって文字通りの手刀を形成していた。

次々にくり出されるベッシュの手刀を蒼狼丸はことごとくかわす。だがそれが精一杯で、攻撃には移れないでいた。
ベッシュ「ガタイの割に素早いな」
蒼狼丸「デブがノロマなのはハリウッド映画だけだろ」
ベッシュ「だがそのままでは仲間の敵は討てんぞ」
そこへ、五円玉が飛んできた。
キュィィン!

蒼狼丸は反射的にかわし、また茂みに隠れた。
五円玉を投げたのはフィーラだ。
フィーラ「日本には錘にちょうどいい硬貨があるのだな。助かったよ」
ベッシュ「何をした」
フィーラ「錘をつけた超高分子量ポリエチレン繊維を投げたのだ。私の得意技は知っているだろう。逃げられんぞ、ジャパニーズ!」

フィーラの指先から、肉眼ではほとんど見えない細い糸……超高分子量ポリエチレン繊維が茂みに伸びており、その先にいる蒼狼丸の腕に絡みついていた。フィーラが繊維を引っ張ると腕に食い込み、蒼狼丸の腕はハムのようになった。
蒼狼丸は石や歯で切ろうとするも全くの徒労に終わる。

フィーラ「何をしてもムダさ。超高分子量ポリエチレン繊維はナイロン、カーボン、アラミド……どの繊維よりも硬く、軽く、強い、スーパー繊維だ。人間一人の力でどうにかなるものでは……」
茂みから蒼狼丸が飛び出しフィーラを襲うが、フィーラは軽くかわすと同時に繊維をするりと引っ張った。

蒼狼丸の左腕に巻き付いた繊維が引っ張られると繊維に沿ってできてた筋から血が吹き出した。左腕をかばいながら蒼狼丸は距離をとる。
フィーラ「ほう……並の人間なら腕が輪切りになってるはずだが」
蒼狼丸「鍛え方が違うんだよ!」
フィーラ「それだけではあるまい。なあ、純良種[カタロスポロス]」

蒼狼丸「ケッ、よく知ってんな」
ベッシュ「ああ知ってるとも、ナチスの亡霊め!」
再びベッシュが手刀で蒼狼丸を突きまくる。防戦一方の蒼狼丸。
フィーラ「では、今度は首を刎ねてラクにしてやろう。どんな人間でも首は鍛えられんからな」
五円玉が蒼狼丸の首めがけて飛んだが、何かに弾かれた。

弾かれて手元に返ってきた五円玉を握るフィーラ。
フィーラ「どういうことか」
遥か遠くに白鹿丸の姿。手をこすり捻り何かを投げるような仕草をしながら走ってくる。白鹿丸が作る気流の衝撃がベッシュを襲う。
バシッィ!バシッィ!バシッィ!
ベッシュ「チィッ!」
間合いを取るベッシュ。

蒼狼丸「どうした!なぜここに?」
白鹿丸「話はあとだ」
蒼狼丸「そうだな」
血みどろの左腕にかまわずタックルを狙う蒼狼丸に対し、フィーラは五円玉のついた繊維を円状にヒュンヒュン振り回し盾とした。
フィーラ「超高分子量ポリエチレン繊維は鉄よりもずっと硬い。お前のタックルなど効かんぞ」

白鹿丸がフィーラに気流攻撃を試してみるも、衝撃音が鳴るだけだった。
ベッシュ「甘いんだよ!」
白鹿丸にベッシュが手刀で攻撃しまくる。だが白鹿丸はあらかじめ攻撃がわかってるかのようにスイスイと避ける。
ベッシュ「なっ……!」
そしてフィーラはじわじわと蒼狼丸との距離をつめている。

フィーラに対し蒼狼丸は半身となり左腕をかばい、右腕は攻撃の構え。だがそのきっかけをつかめずにいた。
回る繊維のスピードが一瞬落ちた、ここぞとばかりに蒼狼丸は拳を叩き込むが、それはフィーラの罠。今度は右手を繊維で縛られてしまう。
フィーラ「こんな簡単な手にひっかかるとは!」

蒼狼丸「どうかな!」
フィーラ「何っ?!」
距離をとって蒼狼丸の動きを封じるつもりのフィーラだったが、蒼狼丸は得意のダッシュ力で逆に距離を縮め、ゆるんだ繊維をフィーラの首に巻きつけた。
フィーラ「グッ!」
蒼狼丸「さあどうする!お前の首もハムみたいにしてやろうか……」

フィーラ「お前もな!」
気がつくと蒼狼丸の首にも繊維が巻きつけられている。
フィーラ「約束通り君の首を刎ねてやらんとな」
蒼狼丸「そういや首は鍛えられないとかなんとか言ってたな。試してみるか。このまま無理に繊維を引っ張れば、互いに首が飛ぶぜ」
それは事実だった。

脅かして隙きを作ろうとしたフィーラのハッタリは失敗した。
フィーラの焦りを察したか、横っ飛びのような体勢でベッシュが両手で繊維を挟み、断ち切った。
蒼狼丸「何?そんな簡単に!」
体勢をくずしたベッシュに白鹿丸の気流攻撃が脇腹をえぐる。流血は無かったがベッシュは脇腹を手でかばった。

フィーラ「ベッシュ!」
ベッシュ「一旦退くぞ!」
二人は登山道を下りていった。追わない白鹿丸。
蒼狼丸「追え!」
白鹿丸「いや、お前のケガが心配だ。それに奴らの狙いは俺たちの命だろう。嫌でもまた来るさ」
白鹿丸と蒼狼丸はひとまず黒の館へ戻ることにした。

蒼狼丸と白鹿丸は、不動山の陸側にある黒の館に戻ってきた。そこには、何人もの同胞が倒れていた。
蒼狼丸「白の館をCIAが襲ってきたので、もしやと思いここへ戻ってきたのだが、俺が着いたときにはもうこの状態だった」
白鹿丸「それで、逃げるCIAを追ってさっきの戦いになったということか」

蒼狼丸「お前の方はどうだった」
白鹿丸「白の館の連中が東京へ行くのを止めるために駅に向かったが、首なしの死体がいくつも転がっていた」
蒼狼丸「アウェイガーは簡単には死なんからな。首を取るのが一番確実、ということか」
白鹿丸「我々と組んでいれば、命までは落とさずにすんだものを……」

同胞らの死体に目をやりながら、蒼狼丸が言う。
蒼狼丸「こいつら、黒田博士を、ドクターブラックを逃がすために体張って……」
白鹿丸「博士は今どこに?」
蒼狼丸「いつもの“ある意味一番安全な場所”へ逃したと、息絶える前に聞いた」
白鹿丸「我々の知るところではないが、安全は安全か」

蒼狼丸「ドクターホワイトにも会えずじまいだ。なんとか話をつけなければ、CIAに漁夫の利を与えてしまう」
白鹿丸「それだけは避けねば。我々がなんのために戦ってるのかわからなくなる」
蒼狼丸「こいつらの命も、気持ちも、ムダにはせん」
二人はドクターブラックを探すため、黒の館をあとにした。

不動山の海側に白の館があり、すぐ北は海岸になる。その砂浜でCIAのアジーン・フィーラ・ベッシュが話し合っている。
フィーラ「イスナーニはどうなった」
アジーン「極東支部へ一度戻らせた。命に別状はないが、体の“メンテナンス”が必要だからな。ベッシュ、お前もやられたのだろう」

ベッシュ「たいしたことはない……と言いたいところだが、この強化服でなければ、脇腹は肉ごとえぐり取られてたかもしれん」
CIAが着ているスーツは特殊な加工が施してあり、防弾・防刃仕様になっている。また彼らは肉体も強化されている。それでも白鹿丸の気流攻撃でダメージを受けたのだ。

フィーラ「それで急いで退却か。だが奴らの前で俺の超高分子量ポリエチレン繊維を切ってみせたのはマズかったぞ」
ベッシュ「他に方法がなかった。お前だって相手とがんじがらめになっていたではないか」
フィーラは答えなかった。
アジーン「どうやら、ハル・ノートの情報より敵は手強いな」

ハル・ノート。それは、CIAによる今回の作戦指示書類。白の館や黒の館の情報も掲載されている。
ベッシュ「トリアも倒された」
アジーン「その、トリアを倒したアウェイガーな。ハル・ノートには記載が無い者だった」
フィーラ「なんだと?」
ベッシュ「白の館には協力者もいたというのにか」

アジーン「きゃつも含めて、白の館も黒の館も、全てを日本から消さねばならん」
フィーラ「そして全てを我がアメリカの手に」
ベッシュ「日本に力はいらん。千年先まで我がアメリカの属国なのだから」
三人はそのあとスッと黙り、海辺の廃病院こと白の館へ向かった。


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