SAPPORO

 札幌にいる。割とソウルメイトに近いと思っている友人に居候させてもらっている。遡ること昨年のこの時期、彼女は私の実家に居候していた。彼女が居候していた間にピエピエ涙ぐんで通っていた車校。獲得した免許。いつの間にか、初心者マークが外せる頃になっていた。こっから社会に放り出されると考えると、怖い。人生においても、車にしても、まだ初心者マークを貼ったままでいたい。

 都内ではもう桜の盛りがすぎていると聞く。花粉の盛りもきているのだろう。私は、まだそれらを知らないまま雪国にいる。そういう土地で暮らしていると、パラダイムシフトには及ばないにしても、世界というものがアプデされる感覚があるのだ。例えば、外を歩くこと。私は、歩きスマホをしてしまう人間で、ほぼ誰ともすれ違うことのない地元の田舎道でも、スクランブル交差点でも、スマホを片手に歩いている。日本の交通法規と人徳を信頼し切っていて、歩道にいるときは間違いなく見てしまっている、手元を。車道に差しかかる何メートルか前で、オートセンサーが如く買ってに顔が上がって、左右確認して、また安全地帯にさしかかれば画面に目線が戻る。書いていて悲しいくらい悪徳歩行者である。
ちょっと死んだ時に天国に行けなくなるかもしれないという不安がよぎるが、まあだいぶ地獄はこっちで見さしてもらっているので、結局なにがきたところでそこまで落ち込むこともなさそうなのだが。
 しかし、札幌ではそんな歩きスマホは不可能である。常に、足元には情報量の塊みたいな雪がある。それなりに歩けるブーツできたが、スノーブーツではない。雪国を想定している訳ではないので、注意は必要だ。滑る雪、普通に歩ける雪、踏み固められてるとこを歩いた方がいい雪、逆に避けた方がいい雪。足元を見極めて、指先まで神経を尖らせて歩かないと____というかそうしていても____まるで見計らったように、自分の脳内物理法則があっという間に覆されて、地面に、ケツを叩きつけるハメになる。
 ツルツル滑りながら歩いていたとき、友人からこんなLINEがきた「明日は暖かいから、軒下を歩かないこと、車道側も泥跳ねるから歩かないこと、あと上からつららが落ちてくるかもしれないから気をつけること」____はあ?である。
北国おそろし過ぎる。これで温かい日は全方位警戒必須となった。
 私は、よくメンタルが傾いたとき、自分の苦手な特質が大きくなり始めたとき、外をひたすら散歩する癖があって。メンタルの専門家に言わせれば、それは、「マインドフルネス」と言われるもので、足の裏に感覚が集中することで心が鎮まったり頭が落ち着いたりする、という効果があるらしい。
 雪国のシビアな歩行事情に当たったとき、そのことを思い出した。外を歩くわずかな時間、今ここ、に集中している。寒い、冷たい。足の裏、頭上。軒下、車道。感覚が集中していく。ここまで、何かを感じ取ろうと必死に歩いていたことがあっただろうか。
 心が勝手に土地に順応していく。とても初めてで、新しい感触だ。最近にはそれに慣れてきたが、もう少しでこの地を飛び立つ時が来る。バリバリのヒールで雪道を駆けるお姉さん。杖をついているのに、凍りまくった横断歩道を小走りに渡るお爺さん。北国で育った人はそれこそオートセンサーで安全に走れるらしい。そこで、誰よりも遅くよちよちと情けなく歩くのが、23歳の私である。

 外を歩いていると、でかい雪の壁がいくつも並んでいる。車道と歩道を隔てるそれは、除雪したことで生まれるものらしい。夜になると、働く車さながら除雪車が登場して、ランプを灯しながら、除雪し、避けた雪を積み上げていく。そして、高く壁が出来上がって、何日かするとその壁が消えてたり、削られていたりする。降り頻る、積もるそれに抗えないが、そこで生きていくために、人間の知恵が使われている。バカデカパワーを持つ自然というものの前に、この時代になっても やはり人間は基本パッチを当てる形でしか対応できないのだと、改めてその壮大さを思い知らされた。

 だが、人間は利口だ。地上が歩けないなら、地下を歩けば良い。そう、札幌は基本縦方向になら地下が繋がっている。札幌からすすきのまで、温かい空間を歩いていられる。そして当然、そこには店があり、出店のようなものもあり、新たに消費空間としても機能している。逆にいえば、一度地下を歩くと何かしらお金を使ってしまうトラップだ。こうしている間にも、マックのポテトが私を見つめている気さえしてくるのだから、不思議だ。広告も出ている。新しく需要と供給が生まれている。実はこの辺りを歩くのは修学旅行ぶりなのだが、そのときは、訳もわからず来訪者として踏み締めるばかりだった。では今は違う、日々そこを通って仕事に行き、夕飯のことを考えてまた同じ道を戻る人間だ。来訪者でもあるが、そこはもう日常の街になった。

 もうすぐ卒業してしまう。あんなに怖かったモラトリアムの終わりが怖くない。モラトリアムが終わっても、私は私のネバーランドにいるとなんかわかっているからだと思う。卒業してからが本番だ、私はまだなにもかも新しくてなんでもできる。初心者マークはそのまんま、現実がdrive me crazy してきやがるが、私はハンドルしっかり握って、最高速度でかっ飛ばしていこうと思う。

その100円で私が何買うかな、って想像するだけで入眠効率良くなると思うのでオススメです。