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【アンという名の少女】

9月13日にNHKにて放送が開始されたドラマ「アンという名の少女」は、あの有名なモンゴメリ「赤毛のアン」を原作にしたドラマシリーズだ。SNSでも話題になっており、すでに高い評価を得ている本作だが私は原作も読んだことがないし、傑作と言われる高畑勲の「赤毛のアン」も見たことがない。赤毛のコンプレックスのあるおしゃべりな女の子が成長する話というイメージだけを抱いて第1回目の放送を見たところ、自分でもわけがわからないくらい涙がにじんでしょうがなかった。そこでなぜこんなに私が目を腫らし

    • 『82年生まれ、キム・ジヨン』だれもがそれを“知っている”

      ついに手元に届いた! そわそわワクワクしながらページを開く。 わずか12ページに満たない1章を読み終える頃にはすでに目からは涙が滂沱と流れていた。 なぜ泣くのか?それは私たちがすでにそれを“知っている”からだ。 .......................... *『82年生まれ、キム・ジヨン』とは  韓国で100万部のベストセラーとなり、映画化も決定した本作は82年生まれの女性に一番多い名前であるキム・ジヨンの物語である。専業主婦になり1歳の娘を育てるジヨン氏が精神科

      • シロツメクサ |6|

        雨が小降りになった。 公園を後にしてリンは再び歩き出した。 遠くまで続く緑色のフェンス。 その向こうには見たこともないくらい広いグラウンド。次第に空全体が明るくなりはじめて、濡れた地面がキラキラと輝いた。誰もいないグラウンド。テニスコートといくつもの小高い丘が遠くに見える。あとは一面の広大な芝生。それを囲うようにフェンスの際には無数のシロツメクサが生い茂っていた。子供の頃、兄のサッカーの試合に連れて行かれる度に河川敷の斜面に座りながら母が冠を作ってくれた、あの白い花。

        • シロツメクサ |5|

          リンはきのこ屋根のベンチに座った。 じっとりと湿っているベンチに腰をおろし水色の折り畳み傘を軽く畳んだ。 見渡すと公園には遊具と言えるものはほんのわずかで、登って降りるだけの鉄製の滑り台と二台のブランコがあるだけだった。 リンは靴を脱いだ。濡れた靴下と素足の間をすーすーと風が通りすぎた。 鞄のなかには、さっき駅前のコンビニで買ったチョコレートがあった。その細長い箱は入れ子式になっていて、内側のケースを引き出しみたいにスライドさせて中を取り出すと、ペカペカと輝くピンク色

        【アンという名の少女】

          シロツメクサ |4|

          広げた傘は小さくて、覆いきれない腕や脛を霧雨がしっとりと濡らしていた。 整備された明るいベージュの遊歩道。時折ウォーキング中の人々とすれ違うだけで、雨のせいか辺りは静かだった。どこまで続くか分からないその道をリンは出来るだけのんびりと歩いた。 小さな橋の上でリンは立ち止まった。 辺りには誰もいなかった。リンは橋の下を流れる小さな川をのぞき込んだ。両岸には明るい緑色の背の高い水草が水面から顔をのぞかせていたが、水面にはさざ波が立っていて、水中の様子はよくわからなかった。リ

          シロツメクサ |4|

          シロツメクサ |3|

          次の朝リンはいつも通り家を出た。 制服を着て、ママが作ったお弁当を鞄の底に押し込んだ。平日の水曜日。7時26分のバスに乗った。区役所の停留所でリュックに手書きの札をいっぱいぶら下げた男が乗ってきた。彼はニタニタして吊革にぶら下がったりしながら、自分の居場所を探していた。時々何か言う。彼にしかわからない言葉。誰ひとり視線を合わせる者はいない。誰もがこの時が早く過ぎるのを祈っているようにしか見えない。 終点の駅前に着いた。 リンは何も考えずに改札をくぐる。 都心方面へ向かう電

          シロツメクサ |3|

          シロツメクサ|2|

          街はあっという間に夜に飲み込まれはじめていた。 目の前の窓ガラスには自分の顔がはっきりと映っている。 厚みのある下唇。顎に乗った柔らかい肉。目の下まわりは余計にいつもより落ちくぼんでいるように見える。収まりどころなく、漂う生え際のくせ毛。土気色の肌。街のあかり。コントラスト。 どれも見たくない。リンは窓を背にしてもたれかかった。 車内に充満している人々、とりわけ高校生たちの姿がばかりが目に入った。リンはジン・リーを目で探した。リンとジンの間には何人もの人が立ちはだかっ

          シロツメクサ|2|

          シロツメクサ |1|

            リンは黄色いベンチに座っていた。 電車が来るまでに、あと何分あるのだろうか。時計と電光掲示板のあいだを何度も往復しては見つめかえした。 汗をかいた腕を締め上げる腕時計のビニールのベルトが気持ち悪い。手持ち無沙汰を誤魔化すように、ゆっくりとベルトを外し、もう一度付け直した。 ホームにひしめく高校生の中。ちょうど電光掲示板の下には彼が立っている。 リンはひとつひとつ順番に目で追った。 電車の来る方角、彼、汗ばんだ腕時計。 一度目をそらす。 コンクリートのタイルの上のこ

          シロツメクサ |1|