見出し画像

交渉忍(ネゴシノビ)・鞍石清胤

艶消しグリーンの73式小型トラックが、閉ざされた邸宅の門前に停まる。
住宅街の細道に聳え立つ壁が、広大な敷地を衆目から覆い隠していた。
車の運転席で、黒髪短髪に紺色スーツの男がハザードランプを点灯させた。

「午前10時」
機械式腕時計(オリエントスター)の文字盤を指差呼称。
男は人通りの少ない路地に降り立つと、さりげなく周囲を見回した。
黒い作業用手袋と強化地下足袋で、車の屋根から壁の上へ身軽によじ登る。
数メートルの壁上から敷地内へ飛び下り、砂利敷きのアプローチに着地。
一本木の堅固な閂を外すと、武家屋敷めいた分厚い門を開け放つ。
73式トラックが邸宅の敷地に乗り入れ……門が再び閉ざされる。
全ては一瞬の出来事だった。

男は砂利のアプローチに車を走らせ、車窓から雑草の茂る庭園を眺めた。
苔むした石灯篭。涸れた池に降り積もる落ち葉。
邸宅の持ち主が没して50有余年。
家主の居ない邸宅は立ち退きを拒み、今でもこの場にあり続ける。
お化け屋敷と呼ばれるこの家には、侵入者を追い返す『何か』がいる。

男は鮫小紋のネクタイを締め直すと、ドアノッカーを奥ゆかしく叩いた。
「ごめんくださーい、蛯澤さーん。市役所から参りましたー」
反応は無し。男は溜め息がちにドアノブを回す。鍵はかかっていなかった。
室内の闇に日が差し、大正建築めいた和洋折衷の室内装飾が浮き上がる。
「お邪魔しまーす」
男は声をかけ、左目の単眼式ナイトビジョンを作動させた。

邸宅は無人で、しかし塵一つ落ちていない。
「……即身仏」
2階の角部屋。寝台の上でミイラ化した老人・蛯澤の遺体に男は合掌する。
その時、背後で響いた鯉口を切る音を、男の耳は聞き逃さなかった。
唐突な前方宙返り! 凶刃の逆袈裟切りを、文字通り身を翻して躱す!
男が振り返ると、闇の中で光る両目。猫耳の給仕女が、刀を残心していた。
「誰だ貴様は」
「どうも。交渉忍の鞍石と申します。この家の立ち退き交渉に参りました」

【続く】

頂いた投げ銭は、世界中の奇妙アイテムの収集に使わせていただきます。 メールアドレス & PayPal 窓口 ⇒ slautercult@gmail.com Amazon 窓口 ⇒ https://bit.ly/2XXZdS7