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デイドリーム天姁 -TENGU- #ppslgr

【今作品は、パルプスリンガーズ二次創作となります】
【この作品はフィクションで、実在の地名人名その他とは関係ありません】

――01――

京都府、某所。
黒塗りのセダン、マセラティ・クアトロポルテが山道を駆け抜ける。
運転席に座るのは、全身黒づくめで年齢不詳の、ギャングスタめいた色男。
彼の名はR・V。人呼んで、流浪の物書き『パルプスリンガー』。

(……道に迷ったな……)
彼は黒いバリスティック・サングラスに隠した表情を曇らせる。
同志T・AJ・Qに教わった住所は、確かにこの近辺のはずなのだが……。
先程から、もう3度ほど同じ道をぐるぐる回っている気がする。

山深い"険道"の昇り斜面。左カーブ。右カーブ。ライトの無いトンネル。
(ここだ……)R・Vが心中呟く。
トンネルの前にカーブミラー。その傍らに、背を向けて蹲る和服姿の女。
その全てが、見るのはこれで3度目である。

(昔の人は言った。触らぬ神に祟りなし……とな)
R・Vは女を見て見ぬ振りして、クアトロポルテのアクセルを吹かした。
バロロロロン! 車が野獣めいて荒っぽく咆哮する。
薄気味悪い無灯火のトンネルを一息に駆け過ぎた。

下り道。昇り道。丁字路で突き当り。
(ここだ……)再びR・Vは心中呟く。
看板には『出口←→ブラジル』の文字。
3度左折して、3度元の道に戻った。
(だったら、右だ)
彼はブラジルの文字を訝しげに睨み、ハンドルを切る。

下り道。急な右カーブ。下り道。左カーブ。眼下には渓流。
(釣り道具でも持ってくるべきだったな)
R・Vは皮肉めいて笑い、ハンドルを慎重に捌いて悪路を走破する。
横合いにせり出す崖。昇り勾配。そこを抜けた先は……。

――02――

山深い"険道"の昇り斜面。左カーブ。右カーブ。ライトの無いトンネル。
(どういうことだ? 逆方向に走ったはずなのに、また戻って来たぞ)
キュルキュルキュル。
R・Vはトンネル入口でブレーキを踏んで停車、頭を抱えた。

「ハァ……」
R・Vは溜め息と共に、ドアを開いた。
黒いリネンシャツの袖口に、noteのカフリンクスがちらりと光った。
チリーン……。
木々が風にざわめき、どこからともなく風鈴の音が響いた。
彼は言葉を呑んで立ち止まる。

(これ、話しかけないとダメなヤツか? だが)
R・Vは視線を彷徨わせ、たっぷり1分ほど逡巡した挙句、意を決した。
「もし、そこの姐さん」
女は動かない。
「ハァ……もし、そこの姐さん。姐……あ……おじょうさんッ!!

「うるさいなぁ。聞こえとります」
冷たく澄ました京都訛り。
カラッ、コッ。
女は黒地に流水、錦鯉の着物をはためかせ、下駄を鳴らして振り向いた。
蝉の鳴き盛る暑い夏の早朝、風に流れる長い黒髪、左目と唇の右下に黒子。

「おやまあ、驚いたわ。車が黒なら、服も靴まで真っ黒々」
「好きなんだ、放っとけよ」
和服女はR・Vの服装を上から下まで眺め回し、口元に手を当て笑った。
リネンシャツ、カーゴパンツ、チャッカブーツに至るまで黒一色。

「それで、黒子さん。うちに何か用どすか」
「R・Vだ」
「あーる、う゛ぃー……? 変わった名前どすなぁ」
「ハァ……道に迷ったんだ」
「おやまあ、それは大変」
「お嬢さん、この辺の人かい? 少し道を尋ねたいのだが」

――03――

R・Vはスマホを取り出し、女に記された住所を見せる。
「ははあ……そこなら、うちも知っとります」
女は意味深に頷くと、エイ革のハンドバッグを開きキセルを取り出した。
慣れた手で火皿に刻みを詰め、マッチで火を点す。

「うちが案内してさしあげましょか」
「案内は助かるが、生憎この車は禁煙でな」
R・Vは顔を顰めて平手を振り、紫煙を追い払った。
彼はタバコを吸う女が嫌いだった。
「なんや、世知辛いなぁ」
女は3服でキセルを空にした。

(本当に、こんな奴を乗せて大丈夫なのか? カージャックは御免だ)
「それにしても、結構な車ですこと」
「(……嫌味な女だな)レンタカーなんだ。俺の車じゃない」
女は助手席を覗き込み、R・Vの言葉に振り返って笑う。

カショショ……バロロロォン! クアトロポルテのエンジンが再始動。
R・Vが運転席に座り、助手席の女に目配せ。
女は頷くと、窓に頬杖をついて外を眺める。
「突き当りまで行って、左」
「(本当かよ……)OK、信じてるぜ」

バシャァッ! 車のタイヤが、トンネル構内の水溜まりを跳ねた。
無灯火のトンネルは昼でも暗く、向こうの風景を幻想的に映し出す。
「そういやまだ、名前を聞いてなかったな」
「砂羽(サワ)、とでも呼んでおくんなまし」

「砂羽……さん。あなた、あそこで一体何を?」
幽霊の真似っこ、はどうどすか? あれで皆さん、結構驚きはるんよ」
R・Vは出鼻を挫かれ鼻白んだ。
「(迷惑なヤツだな……)いい趣味とは思えないな。真に迫り過ぎだよ」

――04――

「あーる・う゛ぃーさん……あーる・う゛……あーさん、あーさんたら!
砂羽の呼びかけに、R・Vはハタと我に返った。
バロロロロン! 気が付けば、彼は鄙びた谷間の道路を走っていた。
道路脇の錆びた看板には『八賀谷』。

ガコーン。砂羽は助手席の窓を開くと、犬めいて身を乗り出した。
「風が気持ちえぇなぁ!」
「なあ、クーラーつけてンだ。窓は閉めてくれよ!」
「なんや、ケチやのう」
砂羽はR・Vを振り向き、頬を膨らませて窓を閉ざす。

錆びついて薄汚れたアーチが道路上に現れ、R・Vの車を出迎える。
「お出でませ、天狗の国へ……何だソリャ?」
「何や、あーさん知らんで来たんどすか」
「あ……あーさん!?」
「あーる・う゛ぃーなんて、呼びにくいわ」

そこは、地方によくある鄙びた温泉町だった。
「成る程、こりゃ骨休めに丁度良さそうだ」
R・Vは閑散とした駅の駐車場に車を乗り入れ、大きく溜め息をこぼした。
「何どすの?」
「ちょっとな。J・QとT・Aに到着の報告を」

「どこもかしこも天狗だらけだな……」
R・Vは周囲を見回して苦笑し、駅のセルフィー看板をスマホで撮影した。
無論、彼自身が顔ハメして撮るような柄ではない。
Saezuriをタップして起動し、『着いた』の文言に写真を添付。

ガコーン。
「あーさん! これから、行く当てはありますの?」
砂羽が窓から身を乗り出し、メガホンめいて片手を構え、声を張った。
「いや! 特にはない!」
「だったら、『かふぇー』で一緒に、お茶でもどうどすか!」

――05――

中心部の交差点。車通りは少なく、場末の地方感が否応なく漂っていた。
「そこを、左どす」
「あいよ」
パチッ、チッチッ。
R・Vは左折の指示器を点け、欠伸をこぼして信号を待つ。
GROOOOOV!
「おや、何でっしゃろなぁ」

(何かが近づいてくるッ!?)
エンジンのアイドリングめいた轟音に、R・Vが危機を察知!
愛用のマグナムリボルバー、Dan Wesson 715を忍ばせたポーチを掴んだ!
GROOOOOV!
と同時に、交差する車線を『何か』が通過!

赤白の原付バイク・通称『郵政カブ』、リヤボックスを外して2人乗りだ!
しかも乗っている2人組は……天狗面を被った、ゴスパンク衣装の美少女!?
「おいおい何なんだあいつら一体!」
R・Vが毒づき、思わず頭を抱える!

GROOOOOV!
リヤキャリアに座った長髪美少女が、手にしたチェンソーを空転!
サドルに跨る少女のツインテールが風に流れ、郵政カブが交差点を通過!
「あーさん。青どす」
「あ……ああ」
R・Vは唖然とハンドルを握った。

「砂羽さん。あれは一体、何なんだろうな」
「知らないのも無理おまへん。あれは、ここらで有名な……"天狗"ど」
「嘘つけ、んなわけあるかぁッ!」
R・Vが我を忘れて絶叫!
「嘘やおまへん。何どすか、大声出さはって」

GROOOOOV! GROOOOOV! GROOOOOOOOOOV!
「胡乱だ……」
R・Vはミラーから目を逸らし、背後で響く破壊音は聞かぬ振りをした。
「胡乱やおまへん、天狗どす」
「天狗、怖いでしょう……」
アーケード街に入る。

――06――

「そこの、『だいうす亭』。抹茶あんみつが名物なんどすえ」
砂羽が、右前方のアメカジ風カフェテリアを指差して言った。
「ああ、そうか。今は何でもいいから、落ち着きたい気分だ」
R・Vは表情を引き攣らせ、無理に頷く。

クアトロポルテが歩道に乗り入れ、店の横の駐車場で垂直に切り返す。
「ハァ……何だか来て早々、とんでもねぇモンを見ちまったな」
「早う、行きましょ!」
砂羽が顔を綻ばせ、R・Vの肩を揺らす。
「そう急かさんでくれよ」

ガラーンコローン、ガラーンコローン。
「ちわーっす」
R・Vは砂羽に袖を引かれ、木製の重厚なドアを押し開ける。
「ウワーッ! 天狗、天狗!」
見よ! 店主もメタル風の天狗マスクを着用!
「あーさん、落ち着きなはれ!」

店主の男は筋骨隆々、身長2メートル近い大男!
身綺麗なワイシャツにデニム地のオーバーオール姿!
シャツの下に透けて見える威嚇的なタトゥー!
「らっしゃい。お2人様?」
「あ、ああ」
「窓際のボックス席にドーゾ」

「だ、旦那……随分な装いだな」
「まあ一応、天狗で売ってる街だから」
ガチャリ! 丸太めいた店主の太腕が、水入りのコップとメニューを置く。「うちは抹茶あんみつ! あーさんは?」
「メニューくらい見させてくれ!」

「注文が決まったら、またお呼びください」
「ど……どうも」
シュボッ。R・Vが顔を上げると、砂羽はキセルを咥えていた。
「ごゆーっくり、決めなはれ」
彼は顔を顰めて平手で紫煙を払い、メニューをめくって注文を考える。

――07――

「うっはぁ~ッ! 抹茶あんみつ!」
砂羽が顔に気色を湛え、両手を握って幸せそうに言った。
(これでタバコを吸わなきゃ、そこそこいい女なんだが)
対面するR・Vは頬杖を突き、ハワイコナのダッチコーヒーを一口含んだ。

ロロロロロブルウッ、ガチャッ。店の駐車場に、新しい客が来たらしい。
「美味しいなァ、あーさん」
「そうかい。まあ、砂羽さんには道案内で世話してもらったしな」
仏頂面で口角を上げるR・V。背後で戸口に並び立つ人影。

ガラーンゴローン、ガラーンゴローン!
「あーもう、ひとみったら超疲れたもぉーん☆」
「今回は中々手こずったねぇ」
制服姿の女子高生と、男子高生が並び立ち、談笑しながら店に歩み入る。
「おっちゃん! いつものね!」

「学生カップルか……若いなぁ」
「フムン」
R・Vは肩越しに振り返り、長髪の少女と短髪の少年を一瞥した。
少女は美人だったが、少年も少女のように整った中世的な顔立ちだった。
(フン……悪いが俺はそっちの気はないぜ)

「ねぇねぇたっくん。表の車見た? あれってヤクザかな?」
「しーッ! ひとみちゃん、しーッ! 大きな声で言わない!」
少年がR・Vを横目に見て、大慌てで言葉を遮る。
店主が2人に歩み寄り、耳元で何かを呟いた。

「プフッ、ヤクザやって。あんなドエライ車ァ乗り回しとるから」
「悪かったな。適当な店で黒い車って言ったら、あれが出て来たんだよ」
小声で言葉を交わす2人に、少女が胡乱な笑顔で歩み寄る。
「ちょっといいですか?」

――08――

「おじ・さん・だって? お兄さんだろォン!」
R・Vが憤慨すると、少年が肩を振るわせて少女の影に隠れた。
「あーさん、止めなはれ見苦しい。30過ぎれば、男はみーんなおじさんや」
「あーさん? その呼び方カワイイ♡」

「うちは砂羽、こっちはあーさんや」
「私、府立八賀谷高校1年生の平等院ひとみ!
「あー僕は、大門寺泰人って言いま」
「たっくんです!」
「ねえひとみちゃん、ボクの話を遮ら」
「よろしくね☆」
R・Vが溜め息をこぼした。

「ところで君たち、バイクに跨った天狗面の2人組を見なかったかい?」
R・Vが頭を振り、砂羽を一瞥する。
「あーあれ……実は私たちですッ☆」
「えッ、あの……はぁッ!?」
「ちょひとみちゃん! いきなりバラすなよ!」

「実は私たち……何を隠そうスーパーヒーロー、魔法少女・ゴス天狗!
「あぁ……大体わかった、この辺はそういう世界線か」
R・Vは溜め息交じりに目頭を押さえる。
「はァ!? 飲み込み早ッ!」
今度は泰人の驚く番だ。

「砂羽さん、この着物カワイー☆」
「せやろ? お気に入りなんよ」
「あーさんは、ここには観光で?」
「あぁ……まぁね。砂羽さんに案内してもらって、さっき着いたばかりさ」
4人が円卓に映り、R・Vと泰人が話を進める。

「ひとみの推理では……砂羽さんがヤクザの姉御で、あーさんが舎弟!?」
「禁断の恋みたいに言うな」
R・Vがカップを呷り、うんざりした顔で椅子にもたれる。
「エッ違うの!?」
「違うに決まってるだろいい加減にしろ!」

――09――

「もし良ければ、ボクたちで八賀谷を案内しましょうか?」
「なーんにも無い街ですけど!」
笑顔で申し出る2人に、砂羽が顔を顰めた。
「知らない大人に自らついてく奴があるか。気持ちはありがたいがな」
R・Vは困惑する。

「はぁ……東京か。ひとみは田舎暮らしだし、憧れちゃうなァ」
「そんなにいいモンでもないがな」
「それ東京人の口癖!」
「確かにね」
ひとみの指差しを下げつつ、泰人が苦笑。
「砂羽さんは五条だし、みんな都会人だなぁ」

「んじゃあ、行くか」
R・Vは会計を済ませ(結局、彼が全員分を奢った)、店を後にする。
「おっちゃーん、行ってくるねー☆」
店主が天狗マスクで腕組みしてこちらを睨み、鷹揚に頷いた。
大人2人と学生2人が車に集まる。

「うっはぁ~、間近で見ると激ヤバ~ッ!」
「何度見ても厳つい車ですね。マフィアにしか見えませんよ」
「そうか? 俺は結構気に入ったがな。まあ、乗りなよ」
ガチャガチャ。
「おっ邪魔しまーす☆」
「お邪魔しまーす!」

「砂羽さん、気乗りしない顔だな」
「別に。うちは暇を持て余しとるんどす」
「じゃあさ、皆でディズニーランド行こっか?」
「何キロ離れてると思ってんだ!」
「はは、そいつはちと遠いな!」
カショショ……バロロロォン!

クアトロポルテが4人を乗せ、鄙びた街を軽快に駆け抜ける。
天狗資料館。天狗広場。山の上の天狗神社。
昼飯はラーメン屋『天狗山』で、ファイヤー天狗そばだ。
「M・Jが好きそうだな」
R・Vが微笑んで呟き、汗を拭った。

――10――

「ねーねー、動物園行こうよ!」
「ええわぁ、うちも行きたい!」
「はいはい……」
R・Vは苦笑し、ガソリンスタンドで車に給油。
「あーさん、これ」
「何だ?」
泰人が車を降り、R・Vの片手に何かを渡してトイレに走った。

R・Vがノズルを戻すと、泰人から渡された紙切れをしげしげと眺める。
それは、天狗神社の社務所に売っていた天狗のお札。
「こいつは」
戻ってきた泰人にR・Vが訝しんで問う。
「隠して持ってて。絶対に失くしちゃダメだよ」

「わぁー、キリンよ!」
「フラミンゴや! 綺麗やわぁ」
八賀谷動物園。ひとみと砂羽が先を歩き、R・Vと泰人が隣って後に続く。
「泰人。あれは一体何なんだ?」
「お守りだよ。あーさんが、迷わずお家に帰りつけるように」

「イエーイ!」パシャッ!
「キャッキャッ!」パシャッ!
4人は笑い合い、並んで写真を撮る。
写真は殆ど、R・Vがひとみのスマホで撮っていた。
「あーさん、一緒に写真どう?」
「俺はいいよ、柄じゃない」
R・Vが頭を振る。

「もうそういうのええから!」
「あーさんも、一緒に写真撮ろ!」
ひとみと砂羽が、2人がかりでR・Vの両手を引いた。
「お姉さん! すいません、写真を!」
「あ、はーい!」
泰人が、動物園の職員に声をかけて呼び止めた。

クマ檻の前に、並び立つ4人。
「こいつは、両手に花だな!」
R・Vは右手を砂羽に、左手をひとみに引かれ苦笑い。
ひとみの右隣りには泰人が立ってピース。
「じゃあ、撮りまーす!」
女職員がR・Vのスマホを構え、パシャッ!

――11――

夕暮れ。車は、再びアーケード街の『だいうす亭』。
「今日は超楽しかった!」
「うちも楽しかった~」
「俺も何だかんだ楽しかったよ」
「あーさんが意外と優しい人で安心しました」
「意外って何だ、意外って」
「ハハハ!」

「お客さん。これ、良ければ」
チリーン。
天狗マスクの店主がR・Vに歩み寄り、ミニチュアの風鈴を手渡した。
「悪いですよ、旦那」
「こいつァ魔除けでね。この村の習わしだ……持ってけ」
砂羽が双眸を細め、鼻を鳴らした。

「じゃあね、あーさん! また来てね!」
「おうよ!」
「道中、気を付けて!」
「達者でな!」
ひとみと泰人が手を振り、クアトロポルテを見送る。
顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。
しかしR・Vはそれに気づかない。

錆びついたアーチを車が駆け過ぎる。
鄙びた天狗の街が遠ざかり、鬱蒼と茂る山道が眼前に伸びる。
「ハァ……今日はおけらだったわ。まぁ、あんじょう楽しんだからええか」
「何の話だ? いや。砂羽さん、あんた一体……」

シュボッ。
「だから言うたやろ? 胡乱やなしに、"天姁"やって……」
ガコーン。砂羽は車の窓を開け、長い黒髪をなびかせてキセルを咥えた。
「ちょ、だからこの車は禁煙だって!」
「もう行くわ。また遊んでな」
「ハァ!?」

うねる山道。無灯火のトンネル。バシャァッ! 弾け飛ぶ水溜まり。
砂羽の線香めいた匂いと……刻みタバコの、微かな残り香。
「……ッ!?」
ギュギュッ!
R・Vはトンネルを通り抜け、驚愕した面持ちで車を急停車させた!

――12――

つい先刻まで、砂羽が座っていた助手席には……誰も居なかった
開いた窓。鼻孔の奥に残る、タバコの残り香。
「なッなッ……何でッ!?」
R・Vは柄にもなく狼狽し、懐を手探る。
皺くちゃになったお札と、魔除けの風鈴だ。

R・Vは頭を抱え、スマホの写真アプリを開いた。
八賀谷動物園。つい先刻撮った、自分と砂羽、ひとみと泰人の写真。
何の変哲もない写真は、何の変化もなく、画面に表示されている。
「幻じゃ……ない? 何が起こってる?」

R・Vはゴクリと唾を飲み、顔を震わせてフロントガラスを見た。
ミラー……顔が向けられない。
彼はすっかり取り乱して、運転席のドアを飛び出すと、背後を振り返った。
石造りのトンネルは苔むし、内部が崩落していた。

「あッ……あッ、あッ」
チリーン……。
宵闇の迫る斜面に風が吹き抜け、R・Vの手にする風鈴を鳴らした。
ザワザワザワ――ッ! ギャッギャッギャッ! ギャッギャッギャッ!
風の音と共に、何らかの超越存在が高らかに嘲う!

R・Vは歯を噛み鳴らし、縋るようにスマホを見た。
スマホの写真はやはり、心霊現象めいて彼1人が映る……ようなことはない。
「ブッダファック……」
映っているのだ。先程まで話をしていた、血の通った人間たちが、確かに。

ロンロロロンロロロロン。クアトロポルテが静かに唸り、主を待ち続ける。
「お、お前だけは……実在する物らしいな」
ガチャッ。R・Vは疲れ果てた顔で運転席に収まり、天井を仰いで嘆息。
やがて、再びアクセルを吹かした。

――13――

都市型創作物売買施設『Note』のうらぶれた西部劇風バー・メキシコ。
「ヒヒ、どうじゃったR・V」
「あぁ……」
「いい所だったでしょう?」
「あぁ……」
カウンターに突っ伏すR・Vに、待ちかねた顔で歩み寄るJ・QとT・A。

「浮かない顔ですね。どうしました、R・V」
S・Cがロングピースのソフトパックを手に、店主からCORONAを受け取る。
「タバコか。タバコはもうこりごりだ」
「R・V、タバコ嫌いですものね」
「いや、そうじゃなくてさ……」

R・Vは肩越しに振り返ると、視線を彷徨わせて言葉を選んだ。
「S・Cよ、お前さん天姁を知ってるか?」
ロングピースを咥えたS・Cが、その言葉に眉根を寄せる。
「どこですか」
「八賀谷」
S・Cは紙巻きを摘み、無言で唸った。

「何じゃ。何の話をしとる」
「怪獣ですか?」
天姁だって。怪獣じゃなくて」
チリーン……。
R・Vは懐から風鈴を取り出し、カウンターの店主に差し出した。
「クールだな。くれるのか?」
「ああ、魔除け。店に飾っといて」

「私のパルプで、似た話を書きましたけど……偶然の一致ですよね」
「さぁな。狐じゃなしに、天姁につままれた気分だよ」
R・VとS・Cの奇妙な話に、J・QとT・Aは顔を見合わせ、肩を竦める。
「トラブルはなかったんじゃろ」

R・Vは虚ろな顔でCORONAの瓶を眺めると、やがて笑って瓶を手にした。
「おうよ。天狗だらけで最高の夏休みだったぜ」
「とりあえず、飲みましょう!」
「おう、タバコはナシでな!」
「フフ、違いない!」
「ワッハハハ!」

【パルプスリンガー二次創作・デイドリーム天姁 -TENGU- 終わり】
【二次創作元作品・以下に続く】

【二次創作クロスオーバー作品は以下に】

From: slaughtercult
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