短編:無題・殺し屋パルプ(裏)

警告:暴力シーンとグロテスクな描写が含まれております
対象年齢:15歳以上推奨

→前回より続く←

――13――

摩天楼の頂上、社長室。全面防弾ガラス張りの豪奢な空間。
窓際に禿げ猫を抱いて佇む、スーツ姿で肩幅の広い巨漢。
藍色のスーツは最高級のチェーザレ・アットリーニ。
男の名は、カレイドケミカル社長・萬藤(マンドウ)。

窓の外は、雨打つメガロポリス。
ガラガラドーン! 黒雲に稲妻が閃く!
「フシャアオオウ……」
灰色の禿げ猫・ドンスコイが怯えるように鳴いた。
萬藤は鼻歌を口ずさみながら、赤子をあやすように腕の中の猫を揺らす。

ドアの外から、規則的な三回ノック。
「失礼します、社長!」
「入りたまえ」
スーツ姿の中肉中背中年男、副社長・隠田(オンダ)が入室。
彼は脂ぎった顔にニヤケ笑いを浮かべ、足早に歩み寄る!
「報告です、社長!」

「聞こう」
萬藤と猫が隠田に向き直る。
「『素体』を確保しました。現在、血液を採取しウィルスを抽出中!」
「フシャアオン……」
萬藤は禿げ猫を撫で、満足げに頷いた。
「これで、世界の命運は我が社が握ったも当然!」

隠田の脂ぎった額が輝く!
貴方のではない、私の会社だ!」
彼の袖口から滑り出す、金象眼を施されたPSM小型拳銃!
「ヌゥッ!? 隠田……貴様!?」
「貴方も社内クーデターの成り上がり! 同じ方法で死になさい!」

萬藤は猫を放り出し、懐の拳銃に手を伸ばす!
パンパンパンパン! 5.45mm徹甲弾が、萬藤の胸を貫通!
「フギャアア!?」禿げ猫が逃げ惑う!
崩れ落ちる安藤、歩み寄る隠田!
パンパンパンパン! 顔面へ止めの4連発!

――14――

ポーン! 本社ビル30階に、エレベーターが到達!
それを待ち構えるは、A-91ブルパップ銃で武装した白詰襟たち!
「撃てーッ!」
ズドズドズドドドド――ッ!
エレベーターの扉に銃弾が殺到! 内部にまで弾が突き抜ける!

蜂の巣となった扉がゆっくりと開き……中は、無人!?
「何だとッ!?」
白詰襟たちは銃を構えたまま棒立ちで動揺!
カランコロンッ! 彼らの足元に転がり落ちる、銀色のガス手榴弾!
バボンッ! ブシュウ―――――ッ!

「「「ゲボッ、ゲボッ――ッ!?」」」
バラ撒かれるCSガスの白煙! もんどりうつ白詰襟たち!
見よ、エレベーターの上部シャフトが開かれている!
ガスマスク姿の黒スーツ・不破が、SG553Rカービン銃を携え猫めいて着地!

「オゴッ……き、貴様……ッ!」
涙、鼻水、涎を垂らして苦悶する白詰襟!
ガシャッ! 手を伸ばした先の銃が、蹴り飛ばされる!
シュボンッ! サイレンサーから硝煙! 白詰襟は脳天炸裂!
シュボン、シュボン、シュボンッ!

「コーッ……シュコー……」
床の夥しい流血を踏みしだき、白煙の中から不破が姿を現す。
壁の無い広大なオフィス空間に、パーティションと机が立ち並ぶ。
社員の姿は無い。物音一つしない。不破は銃を構えて慎重に前進した。

その時、数十メートル前方のパーティション上方から、不破を狙う銃口!
OTs-03ブルパップ狙撃銃を構えるは……インテリ眼鏡・輿水!
スコープがキラリと光る!
「シュコーッ!?」
不破が一瞬早く気づき、飛び込み前転で回避!

――15――

ズドーンッ! 7.62mmマッチ弾が空を切り、パーティションを5枚貫通!
「フンッ!」
輿水が深紅のスーツを翻し、素早く身を隠す!
選手交代! PKP軽機関銃を抱え、佐熊が登場!
アロハの肩に大量の弾薬ベルトを携行!

ズガガガガガ―――――ッ! 弾薬ベルトが回転し、壮絶な機銃掃射!
「ガーッハハハ! ここから先は……通さんッ!」
パーティションが、机が、観葉植物が弾ける!
弾幕があらゆる物を薙ぎ倒し、嵐のような着弾が接近!

ジャラジャラジャラ――ッ! 荒れ狂う空薬莢!
「ガーッハハハ!」
佐熊はPKPを掃除機めいて軽々構え、ウォーキングファイア!
不破は姿勢を低め、オフィスを逃げ惑う!
輿水はOTs-03を携え、逃走経路を先読みして迂回!

ズドーンッ! 不破のガスマスクに掠める銃弾!
床を転がって避ければ、頭上でコーヒータンブラーが炸裂!
不破は頭からコーヒーを被り、舌打ちして駆け出す!
横目に迫るガラス窓! 徐々にフロアの端に追い込まれていく!

ズガガガ――ガチンッ!
弾切れのPKPが、赤熱した銃身から白煙を棚引かす!
「ガーッハハハ! しぶとい奴め!」
佐熊は仁王立ちのまま悠々と、肩に巻いた弾薬ベルトを手に取る!
不破が身を乗り出し、SG553Rを構えた!

「させるかよ!」
ズドーン、ズドーン、ズドーンッ! 狙い澄ました援護射撃!
輿水のOTs-03がスコープを輝かせる!
「野郎ッ!」
ガポンッ! ズド―――――ンッ!
グレネードが直撃コースを逸れ、佐熊の遥か背後で炸裂!

――16――

60階、研究フロアの隔離実験室。黄色の防護服を着た3人の研究員。
部屋の中央には寝台。
黒ドレスの女・百目鬼(ドウメキ)が横たわり、拘束されている。
「教授、採血を開始します」
研究員の一人が注射器を取った。

一際背の低い防護服、『教授』と呼ばれる老研究者が頷いた。
「ウム! 作業前確認を怠るな。ウィルス感染に要注意じゃ!」
教授が見守る中、研究員が指差し三方確認!
「素体ヨシ! 周囲ヨシ! 針先ヨシ! 穿刺開始!」

百目鬼は腕から伸びるチューブを一瞥し、教授を睨んだ。
「私の血で何をするつもり?」
点滴スタンドの血液バッグに、百目鬼の血が吸い出されていく。
「ヒッヒヒ……世界平和のためじゃ!」
教授は百目鬼を見下ろして嘯く。

それらの様子を少し離れて眺める、一人の研究員。
「山極(ヤマギワ)くん! 解析機を急ぎ用意してくれ!」
「フッハハハ! その必要はありませんよ、教授!」
山極はおもむろに、懐から銀色のOTs-21小型拳銃を抜いた!

「なッ、何を血迷っとるんじゃチミィ! まさかカブキ製薬のスパイ――」
ドンッ! 銃声と共に、教授の透明なフェイスシールドが血に染まる!
「なッ!? 山極きさ――」
ドンッ! 狼狽えた研究員も射殺! 容赦なし!

山極が寝台に歩み寄り、銃口でドレスの上から百目鬼の脚をなぞる!
カチリ、カチリ、カチリ。拘束ベルトを解放!
「本当は血液サンプルだけでもいいが、素体もセットでボーナス倍増!」
嫌らしい手で豊満な胸を揉みしだく!

――17――

「ついて来てもらうぜ……俺の約束された転職と昇進のためにな!」
山極が銃口を突きつける!
百目鬼は顔を顰め、片手で無造作に注射器を引き抜いた!
「さぁ、さっさと立てグワーッ!?」
山極の身体に突き刺さる注射器!

「何ィ――ッ!? このアバズレッ! ウ、ウィルスが俺の身体に!」
注射器の針先が防護服を貫通!山極は拳銃を取り落として狼狽!
「ヒエッそんな俺の昇進! タスケテ……ゴボ――ッ!」
フェイスシールドに夥しい吐血!

百目鬼は豊満な胸元を正すと、侮蔑めいた眼差しで山極を一瞥!
床に降り立ち小型拳銃を拾い上げる!
「そんなッ!? 死にたくないゴボ――ッ!」
山極、全身痙攣!
殺人ウィルスが全身を巡り、激しく吐血して速やかなる死!

「どいつもこいつも……私を物みたいに扱いやがってクソッタレども!」
百目鬼の片手が、スタンドにぶら下がる血液バッグをむしり取った!
隔離研究室を脱走!
長い黒髪と豊満な胸と黒ドレスを揺らし、百目鬼が大股で歩く!

研究フロアは、闊歩する百目鬼の姿を見て騒然!
「お前ら――ッ! こいつが見えるか――ッ!」
百目鬼が血液バッグを掲げ、銃口を押しつける!
「ヤ、ヤメロ――ッ!」
ドンッ! 銃弾がパックを破り、血液を撒き散らした!

「「「「「ギャ――ッ!?」」」」」
白衣の研究員たちが逃げ惑い、一人また一人と吐血して倒れる!
バイオハザードだ!
殺人ウィルスが空気中に飛散し、フロア中の人間に無差別感染・即時発症!
阿鼻叫喚の無軌道大量殺戮!

――18――

ズド―――――ンッ! 榴弾の爆発が、佐熊の遥か後方で炸裂!
パーティションや椅子が空中に舞い上がる!
「ンッンー、惜しかったなァ!」
ガシャッ! 佐熊の大きな手が、PKPに弾薬ベルトを再装填!
物陰で不破が舌打ち!

「さぁて、そろそろケリをつけるぜッ!」
ガシャッ! 輿水も物陰に隠れ、OTs-03のマガジンを再装填!
不破は床に転がり、ガスマスクを脱ぎ捨てた! 左耳が裂けて血が滲む!
しかし不破は狼狽えず、グレネード弾を再装填!

ビガービガービガービガー! フロアに轟く警告音と、赤色灯の点滅!
「何だッ! このクソ忙しい時に!」
輿水は習性めいて、スマートウォッチを確認!
警告! 警告! 研究フロアでバイオハザード発生!
緊急放送だ!

「「ナ、ナンダッテ――ッ!?」」
輿水と佐熊、一瞬我を忘れて狼狽し絶叫!
その僅かな隙に、覚悟を決めた不破が突貫!
「なッ、手前!」
佐熊が慌てて銃を構え直すが、対処が一瞬遅れた!
ガポンッ! ズド―――――ンッ!

佐熊のアロハをはだけた胸板に、グレネード弾が直撃し炸裂!
五体バラバラに吹き飛び、PKPが宙を舞って地を転がる!
「佐熊――ッ! 貴様よくもッ!」
ズドーン、ズドーン、ズドーンッ! 怒りの連射が不破を追いかける!

シュボボッ、シュボボッ、シュボボッ!
不破は断続的にバースト射撃しつつ、素早く後退!
「死ねぇ――ッ!」
ズドーン、ズドーン、ズドーンッ!
輿水は怒り心頭だが、その狙撃は正確無比!
不破の身体に何度も銃弾が掠める!

――19――

ポーン! そして、30階フロアに今一人……いや、今三人の闖入者!
「ハーッ、ハーッ……お前たち、ついて来い!」
「「ウッス!」」
怒れる梧桐と、僅かに生き残った2人の盾兵!
ファランクスめいた陣形で素早く前進!

不破が駆けるは……爆死した佐熊の亡骸!
シュボボボボ――ッ!
背後に銃弾を撒き散らし、輿水を牽制してパーティションに滑り込む!
「あったぜ!」
傍らには、再装填されたばかりのPKP軽機関銃!
不破は迷わず掴み取った!

「俺の相棒を――ッ! よくも殺りやがったなァ――ッ!」
輿水は鬼神めいた表情で、銃を再装填して猛追!
ズドズドズドズドズドズドズドズドズドズドーンッ!
不破の居所目がけ、ウォーキングファイアで徹甲弾を叩き込む!

梧桐が盾兵の後ろからA-91を構え、輿水の下に駆けつけた!
「輿水さーんッ! 梧桐、只今参りました――ッ!」
ズガガガガガ――ッ! 不破は立ち上がって機銃掃射!
梧桐らの目の前で、輿水は弾幕に全身を切断され惨殺!

「なッ、軽機関銃(LMG)ッ!? 退避――ッ!」
狼狽する盾兵! 梧桐は一瞬の驚愕の後、額に青筋を浮かべて激怒!
「この……この……このクソッタレエエエ――ッ!」
梧桐の指が、グレネードランチャーの引き金を弾いた!

ガポンッ! ズド―――――ンッ! 榴弾が不破の顔を掠め、背後で炸裂!
ズガガガガガ――ッ! PKPが激しく脈動し、嵐のような弾幕が放たれる!
「「「ウガア――ッ!?」」」
徹甲弾が盾を貫通し、梧桐らに襲い掛かる!

――20――

ズガガガガガ――ッ! 黒塗りの銃身が白煙を噴き、徹甲弾を掃射!
ズシャアッ! 盾兵たちは梧桐を下敷きに、折り重なって倒れた!
「ハァッ……ハァッ……」
ガチャリ! 不破は肩を上下させ、息を荒げてPKPを投げ捨てた。

「ふっぐ……ゴボッ」
梧桐は痛みに顔を顰め、咳き込んで吐血! 無数の貫通銃創と流血!
盾兵の死体に押さえつけられ、身体が動かない!
「わざわざ追いかけて、死にに来たか」
そこに、黒い影を揺らして不破が歩み寄る!

「ゴボオッ! こ、殺してやる……ッ!」
もがく梧桐! SG553Rのサイレンサーが、彼女の頭部を狙う!
シュボンッ! 梧桐の顔面が吹き飛び、脳漿が飛散!
床に血溜まりが広がり、不破は空薬莢を蹴り転がして歩き出した。

設置物が薙ぎ払われ、広くなったオフィス空間。
不破は手がかりを探し、四肢切断された輿水の死体に歩み寄る。
千切れた左手から、アラート表示のスマートウォッチを奪い取る。
不破は肩を竦め、手首を無造作に投げ捨てた。

机の残骸に半ば埋もれた、自分のガスマスクを拾い上げる。
そうして上層階へのエレベーターに乗り込むと、60階のボタンを叩いた。
「やれやれ、今日は特段ハードだぜ」
手巻きタバコを咥えて火を点し、紫煙を燻らせる。

総ガラス張りのエレベーターの向こうには、稲妻迸る雨のメガロポリス。
冴えない無精髭の中年顔が、ガラスの向こうから不破を睨み返した。
「バイオハザードか……やれやれ」
彼の懐で、スマートウォッチが点滅を繰り返す。

――21――

「ヌウッ!? バ、バイオハザードだってッ!? 一体何がッ!?」
ガチャ、ギイイ……。
狼狽する隠田の背後で、社長室のドアが押し開かれた。
「フギャアア!」
禿げ猫・ドンスコイが、戸口で佇む眼帯男の足元に逃げ込む!

「おやおや、副社長どの。これは一体何の騒ぎですかな?」
カツ、コツ……。
眼帯男は口角を歪ませ、萬藤の射殺体と隠田を交互に見遣って歩み寄る。
「閏間(ウルマ)!? 違う、これは……クソッ!」
隠田がPSMを構える!

カチリ。カチ、カチ。弾切れの拳銃が、ハンマーを虚しく空撃つ。
「万事休す、ですな。後はこの閏間にお任せを」
「何だと貴様、専務の分際で偉そうに!」
閏間は数メートルの距離に近づくと、手にした杖を銃めいて構えた!

隠田が周囲を見渡し、萬藤が落としたOTs-23機関拳銃を拾い上げる!
「死ねェ――ッ!」
バシュウッ! 閏間の仕込み杖が石突から火を噴く!
「カハッ……」
隠田は9×39mm低速徹甲弾に胸を貫かれ、硬直し直後に崩れ落ちる!

ガシャッ、シャーッ! 足元に滑ってきた機関拳銃を、閏間が踏み止めた。
「社長を解雇する手間が省けました。感謝しますよ、副社長」
「グフッ……閏間、貴様ァッ!」
閏間は銃を拾い上げ、うつ伏せに倒れる隠田を狙った。

「貴方は既に用済みです。今までご苦労様でした」
パパパンッ! 5.45mm弾の3連射で、隠田は脳幹を貫かれ即死!
「やれやれ。忠実な僕を装うのも意外と疲れますな」
閏間は杖を手放すと、拳銃を奥ゆかしく懐に仕舞った。

――22――

上昇するエレベーターの中で、不破はSG553Rの予備マガジンを取り出した。
「こいつは使い物にならねぇな……」
強化ポリマー製の外殻に、9mm弾の貫通銃創。
内部では薬莢が裂け、粒上の無煙火薬がサラサラとこぼれ落ちる。

不破は穴あきマガジンをパウチに戻し、無傷の物を銃に装填した。
ガシャッ! 初弾を薬室に送り込み、億劫そうにガスマスクを被り直す。
53……54……55……頭上の階数表示が流れる。
不破は気合を入れ直して銃を構えた。

ポーン! 60階の扉が開かれると、静寂の空間が彼を出迎えた。
「コーッ、シュコー……」
銃を構えて歩く不破の頭上では、赤色灯が不穏な明滅を繰り返す。
研究室に続く廊下は、研究員たちの死体がそこら中に転がっていた。

廊下と研究フロアを隔てる自動ドア。
「クソッ、ロックされてやがるな……」
不破はセキュリティ端末に、輿水のスマートウォッチをかざす。
ビービーッ!
『バイオハザード発生につき、研究フロアの入室は禁じられています』

不破は正攻法での入室を諦め、中の様子が窺える大窓を見遣った。
「桑原桑原……このフロアは全滅だな」
室内は死屍累々の様相に、不破は頭を振った。
アクリル窓をノックして厚みを確かめると、距離を取って銃を構える。

シュボボボボボ――ッ! SG553Rのフルオート掃射!
弾痕が蜂の巣めいて刻まれるが、割れ砕けるほどではない!
「チッ、頑丈な窓だぜ! 仕方ねぇ……吹っ飛ばすか!」
ガポンッ! ズド―――――ンッ! グレネードが炸裂!

――23――

無惨に損壊した大窓を乗り越え、不破は研究フロアに侵入。
「皆殺しか。おっかないねぇ……殺人ウィルスってヤツぁ」
無数に転がる屍。血に染まった白衣。
不破は顔を顰めてそれらを見渡し、フロアの中枢部に歩みを進める。

不意に聞こえた啜り泣くような声に、不破は足を止めた。
足元を見ると、血の足跡が点々と続く。
不破は無言で銃を構え直し、神経を尖らせて慎重に足を進めた。
足跡の向かう先……研究フロアのホールの真ん中に、女が一人。

長い黒髪、血塗れの黒ドレス……百目鬼だ。
銀色の拳銃を握りしめ、部屋の中央で膝を抱えて座り込んでいた。
「お宅、百目鬼聖羅(セイラ)だな。全く、御大層な名前だ」
不破が警戒しつつ歩み寄ると、百目鬼が顔を上げた。

「誰?」
「お迎えだ。こんな陰気臭ェとこ、さっさとオサラバしようぜ」
「誰って聞いてるのよ!」
百目鬼は泣きはらした顔で不破を睨み、拳銃を振り回す!
「来るな! 私に近寄るな!」
ドンッ! 百目鬼は錯乱状態で発砲!

「撃つなって、落ち着け。お前を連れて帰るのが俺の仕事だ!」
不破は銃撃を恐れず、なおも歩み寄る。
「帰る? 隔離された閉鎖病棟に? 私に帰る場所なんてない!」
百目鬼はゆらりと立ち上がり、両手で拳銃を突き出す!

ドンッ! 重いトリガーと強い反動で、銃弾が逸れて天井に着弾!
「私の身体は私だけの物……誰にも、渡さないッ!」
百目鬼は決然とした眼差しで、喉元に銃口を食い込ませた!
「よせッ!」
不破が手を伸ばして駆け出す!

――24――

カチリ。カチ、カチ。
「弾切れ……ッ!」
百目鬼は驚きに目を見開き、そのまま不破に押し倒された。
「百目鬼ッ!」
不破の手が拳銃を弾き飛ばす!
「うるさい、気安く名を呼ぶなッ!」
2人は床を転げ、激しく揉み合う!

「私に触るなーッ!」
百目鬼がもがき、豊満な胸が暴れる!
不破はガスマスクの下で息を荒げ、力づくで押さえつける!
「クソッ、いい加減にしろこの馬鹿……」
次の瞬間、百目鬼の両手が……不破のガスマスクを引き剥がした!

「ハーッハハハ! お前も死ね!」
百目鬼は仰向けに横たわり、豊満な胸を揺らし嘲う!
「ハァ、ハァ、ハァ……無駄だぜ」
無精髭の疲れた中年顔が、百目鬼の顔を見返した。
抗体を投与済みだ。どうやら効いてるらしいな」

百目鬼は両手を押さえつけられ、驚愕の眼差しで不破を見返した。
「即効性の殺人ウィルスだってな。だが俺は生きてる……今のところはな」
不破は百目鬼の双眸を見据えた。
「帰れば、あんたの身体のウィルスも駆除できる」

「ほ、本当に?」
「ああ……」
不破は冷や汗を垂らして頷き、百目鬼から手を放して立ち上がる。
「お宅も日の当たる場所を歩けるってワケさ。だから大人しく帰るんだ」
百目鬼は呆然と天井を見上げ、目から涙を溢れさせた。

「でも、私……帰ったらどうなるの? 一杯、人を殺したのに……」
「事故だ、事故! 因果応報だろ……俺も騒ぎのおかげで助かった」
不破の手が百目鬼を引き起こす。
彼女は不破に身をもたれ、ふらつきながら歩き出した。

――25――

「おい、子供じゃねえんだ……自分の力でしっかり歩け!」
不破は片腕で百目鬼を支え、鬱陶しそうに叱咤した。
「うるさい……安心したら、力が抜けたんだ」
「ここを出るまでは、油断は禁物だぜ」
行く手にはエレベーター。

ポーン! のろのろと歩く不破たちの眼前で、エレベーターの扉が開く。
「素体を返してもらおう!」
機関拳銃を構えて進み出るは、長身の眼帯男……閏間!
「お断りだね!」
不破は状況判断で、懐のSDP拳銃を引き抜いた!

「素体は値千金ッ! 黙って行かせはせんよッ!」
パパパンッ! パパパンッ! パパパンッ!
閏間は百目鬼の射殺も辞さず、OTs-23を乱射!
シュボン、シュボンッ! シュボン、シュボンッ!
不破は舌打ち、SDPを撃ち返す!

パツパツパツッ! 軽量弾頭が乱れ飛び、不破の胴体に立て続けに着弾!
しかし、5.45mm徹甲弾はボディアーマーを抜けない!
「痛ッ!?」
流れ弾の1発が、百目鬼の脚を貫通!
不破は百目鬼に引きずられるように座り込む!

「防弾チョッキだ! 君の拳銃ごときでは撃ち抜けまいッ!」
パパパンッ! パパパンッ! 閏間は哄笑して連射!
シュボンッ! 不破の立膝で構えた一撃が、閏間の眼帯を貫通!
「そいつはどうかな。こっちは年季が違うぜ」

パパパンッ! 最後の連射は空を切り、閏間は噴血しながら倒れた。
「生きてるか?」
「い、痛ッ……あ、脚がッ!」
不破は拳銃を仕舞うと、蹲る百目鬼のドレスを無造作にめくった。
「なッ、どこ触ってんのよ馬鹿ッ!?」

――26――

降下するエレベーター。
「小口径の弱装弾で良かったな。きちんと手当すれば、傷も殆ど残らねぇ」
不破は百目鬼をお姫様抱っこで抱え、口角を歪めて嘯く。
「他人事みたいに!」
百目鬼は冷や汗を浮かべ、顔を逸らしている。

ポーン! エレベーターの扉が開き、死と破壊の玄関ホールに降り立つ。
「百目鬼さんよ。お宅、重いぜ」
「大体、あんたの腕が悪いから、私が流れ弾に当たったんじゃない」
「違ェねぇ」
不破は百目鬼を抱え直して歩き出す。

ホールに足跡が響く。
カウンターから恐る恐る顔を出した受付嬢たちに、不破が微笑んで一瞥。
「どうもー。危険物、確かに引き受けましたんで。あざっしたー!」
「危険物ってどういうことよ!」
不破の軽口に百目鬼が憤慨!

回転扉を抜けると、雨打つメガロポリス。
ビルの周囲には大勢の野次馬!
「どいてくれーッ! 怪我人だーッ!」
不破は人の海をかき分け、愛車・ボルボ P1800Eの前に辿り着く。
百目鬼を立たせると、車の後部ドアを開いた。

その時、彼らの足元を小さい何かが駆け抜けた!
「「……猫ッ!?」」
不破と百目鬼が、驚愕に目を見張って同時に口走る。
「お前、一体どこから!」
一匹の禿げ猫・ドンスコイが、ボルボの後部座席にひらりと飛び乗った!

禿げ猫は身体を震わせ、車内に水飛沫を撒き散らす!
不破は顔を顰め、百目鬼を尻から押し込み、車のドアを閉ざす!
「ちょっと、お尻触らないで!」
百目鬼の憤慨を他所に、不破は運転席に乗り込むと、車を走り出させた。

【短編:無題・殺し屋パルプ  終わり】

From: slaughtercult
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