【警告：青少年の視聴に相応しくない描写が含まれております】
【対象年齢：ADULT ONLY／18歳以上のみ推奨】

――０１――

雨打つ竜ヶ島市。黄色のVW タイプ1が、一軒の雑居ビルの前に停まる。
運転席に座る黒スーツの若い刑事が、仏頂面で腰のホルスターを探った。
官給品のH&K P2000 SK拳銃。スライドを引き、9mm弾の装填を確かめる。

彼はP2000をホルスターに戻すと、上着を正してバックミラーを一瞥した。
前髪を撫でつけた男の無表情からは、静かで冷たい怒りが滲み出ている。
上着のポケットを左手で探り、証拠品のフラッシュメモリを握りしめた。

パツパツッ……パツッ。雨が止み、車のフロントガラスを滴が流れ落ちる。
刑事は運転席を降り、静かにドアを閉じて、ビル街の曇天の遠雷を睨んだ。
雑居ビルの看板を見上げれば、『4階・あすなろプロダクション』の文字。

刑事はエレベーターを4階で降りると、突き当りのオフィスを目指した。
『あすなろプロダクション』の名板を一瞥すると、無言でドアを開ける。
もうもうと立ち込める紫煙。オフィスの中で、無数の人間の瞳が煌めいた。

「竜ヶ島中央署の二階堂だ」若い刑事は歩み入り、無感情な大声で告げる。
手狭なオフィスの壁には、アダルトビデオの広告ポスターが所狭しと並ぶ。
テーブルで紫煙を燻らしていた男たちが、タバコを揉み消して腰を上げた。

「野郎、本当に一人で来たぜ」居並ぶ侠客の一人が言うと、嘲笑が満ちる。
奥のデスクでは、スーツ姿の中年議員が死んだ眼差しの少女を弄んでいた。
「君が話の分かる男で助かったよ。返してもらおうか……私の裏帳簿を」

――０２――

刑事・二階堂は双眸を窄め、肩を怒らせて歩み寄る侠客たちを見渡した。
彼らは半袖Tシャツに短パン姿で、筋肉質の手足からはタトゥーが覗く。
「帳簿は中村と交換だ、と約束したよな。中村の無事を確かめるのが先だ」

「黙って証拠を寄越せ！」「手前命令できる立場か！」「殺すぞポリ公！」
侠客たちが怒鳴ると、二階堂は無言で上着を閃かし、腰の拳銃を握った。
「それ以上近づくと、撃つ。警告はしたぞ」刑事は僅かに拳銃を引き抜く。

「ハッハハハ！　どうせ撃てはしまいがね。いいだろう、連れて来い！」
中年議員が少女の裸尻を打って哄笑すると、侠客を見遣って顎をしゃくる。
「へい！」巨体の侠客が、奥の部屋から傷だらけの男を引っ張ってきた。

「に、二階堂。済まねぇ」坊主頭の男が、原型を留めぬ顔で苦しげに呟く。
「証拠を寄越せ！」侠客の一人が二階堂に詰め寄ると、二階堂は頷いた。
彼がフラッシュメモリを取り出すと、侠客は片手で奪い取り、拳を振るう。

「ポリ公が！」侠客たちが二階堂を殴り倒し、蹴り転がして袋叩きにする。
「に、二階堂――ッ！」中村が絨毯の上で血を吐き、身をもたげて叫んだ。
「ハッハハハ！　馬鹿め、まんまと騙されたな！」中年議員が痛快に笑う。

「2人を始末しろ。絶対に証拠を残すなよ」中年議員が告げ、腰を動かす。
中村は額から血を流し、ハッと肩越しに振り返った。侠客の手に、拳銃。
ドドドドンッ！　オフィスに響く銃声！　倒れたのは……侠客たちだ！

――０３――

「「「ウガァッ！？」」」二階堂を取り囲む侠客たちが、悲鳴と共に転倒！
二階堂だ！　P2000拳銃を握って立ち上がり、血交じりの唾を吐き捨てる！
「痛ェッ！」「ぶっ殺す！」侠客たちが足から血を流し、懐を手探った！

ドンドンドンッ！　拳銃のスライドが閃き、倒れた侠客たちは頭から噴血！
「この野郎ッ！」侠客たちはすかさず中年議員の矢面に立ち、拳銃を抜く！
ドンドンドンッ！　二階堂が撃ち、侠客の3人が顔面から噴血して即死！

P2000のスライドが後退して停止、弾切れだ！　二階堂が前方に飛び込む！
「死ねやーッ！」パパパパパパンッ！　生き残った侠客2人が拳銃を乱射！
二階堂はソファの背後に隠れて銃撃を躱し、P2000のマガジンを交換する。

ガチャッ！　二階堂はスライドを引いて装填すると、ソファの影から照準！
ドン、ドンッ！　2人の侠客が額から噴血！　拳銃を取り落として倒れる！
「何だと！？」中年議員が懐から拳銃を抜き――ドンッ！　銃が弾け飛ぶ！

二階堂は全身の痛みに顔を顰めつつ、P2000を油断なく構えて腰を上げた。
彼は拳銃射撃の有段者で、オリンピック出場経験を持つ射撃の猛者だった。
二階堂は議員に銃を向けたまま、血塗れのフラッシュメモリを拾い上げる。

中年議員が安楽椅子に尻餅をつき、少女はデスクにぐったりと倒れ込んだ。
二階堂は侠客たちの死を横目で確認して、議員に歩み寄り手錠を抜き放つ。
「千石富雄。銃器不法所持で現行犯逮捕する」ガチャリ！　手錠が閃いた。

【slaughtercult presents】
【YAMADA the Killer】
【Proto Phase／Killed the Past】

――０４――

懲戒免職、投獄、獄中離婚。名門警察一族の家系からは追放され天涯孤独。
安モーテル『潮騒』。カーテンの引かれた一室。男は暗い天井を見上げた。
かつて二階堂という名で、若い刑事だった男は、今や白髪の混じる41歳。

「見て、紫。好きだって言ってたから」「暗くて、色なんか分からないよ」
投げ捨てられたハンドバッグ。床に脱ぎ散らかされた男と女のスーツ。
デスクに茶髪のウィッグが1つと、眼鏡が2つ。枕の下に、拳銃が2挺。

男はリモコンを手繰り、LED灯を点けた。男の上で、女が見下ろしていた。
「いい色だ。菖蒲か杜若の花みたいにね」「あんまりじろじろ見ないで」
非対称のボブヘアーが黒く艶めき、女の体を青紫の下着だけが彩っていた。

「ウソ。もっと見て」女は馬乗りの姿勢で、男の手を豊満な胸に導いた。
男の手からリモコンが転げ落ち、衝撃でボタンが押され、LEDが二燭光に。
「似合ってる？」男が頷くと、女は低く唸り、押し倒すように接吻した。

ブーッ、ブーッ！　男がブラックベリーに手を伸ばすのを、女が遮った。
「駄目……今は私に、集中して」男の両手に、女が指を絡めて握り込む。
「私、今日、危ないの」「何だって」男の唇が塞がれ、女が腰を速めた。

汗だくの2人が、ベッドの上で息を切らす。男の耳元に、女が口を寄せた。
「さっきのはウソ。驚いた？」「らしくないね。正気を失ったかと思った」
女がボブヘアーを揺らし、スマホを手繰り寄せて溜め息。「……仕事だわ」

――０５――

バスルーム。狭いバスタブに裸の2人。シャワーヘッドから降り注ぐ熱水。
男の背には、サタンを打ち倒す大天使ミカエルのタトゥーが刻まれていた。
女はミカエルの握った剣を指でなぞると、男の背にしがみついて嘆息する。

「ねぇ。私に子供が出来たら、責任取ってくれる？」女が微笑んで問うた。
「ずっと一緒に居てくれるかい？」「多分無理ね。解ってるでしょう？」
「だろうね……私たちはそういう生き物だ」男の微笑が一瞬、暗く翳る。

バスルームから出た2人は、仮面を被るように冷徹なビジネスマンの表情。
「家族の写真。未練がましく持ち歩いてて、よく他の女を抱けるわね」
女は太腿にホルスターを巻き、ZVI KEVIN小型拳銃を納めて冷たく言った。

「見たのか」男は淡々と問いつつ、シャツに袖を通してズボンを上げる。
「落ちてたから」女は茶髪のウィッグを被り、眼鏡をかけて振り返った。
「似合ってないよ」男は肩を竦め、腰のホルスターにGP P11拳銃を納める。

スカートスーツに、眼鏡にウィッグ。些細な装いで、女は別人に変貌した。
「私のホントを知ってるのって、あなただけかも」「調子のいいことを」
男は苦笑して頭を振り、黒スーツの上着を羽織って、腰の銃を覆い隠した。

「ねぇ」女は男の背後から呼びかけ、振り返った男をドアに押し付け接吻。
「好きにならないでね」「君を？」「他の女を」女が男の首筋を噛んだ。
「また後で」女はロータス・エリーゼのキーを揺らし、ドアから歩み出る。

――０６――

空冷エンジンが轟き、クリーム色のVW タイプ3 ファストバックが駆ける。
男はバックミラーで尾行を確かめ、アクロポリスの手巻きタバコを咥えた。
彼、ヤマダ・カズヒトは赤漆のカランダッシュで、咥えタバコに火を点す。

海を見下ろす細道を抜け、石垣を横目に丁字路を左折、その先で右折。
左手に港湾地帯、右手に川と眼鏡橋。ヤマダは窓を開き、紫煙を吐いた。
竜ヶ島市の中心部まで、車で10分。街に近く人目につき難い絶妙な場所だ。

ヤマダの車は中心部の繁華街を素通りし、海沿いの倉庫街を走り続ける。
外車ディーラー、PCショップを過ぎて橋を渡り、埋立地の商業地区へ。
ショッピングモール前で左折、直後に突き当たった海沿いの大橋を右折。

並び立つ結婚式場を過ぎ、海を横目に右折すると、目的地は直ぐそこだ。
市庁舎、市警本部、有象無象の会館。フェリー乗り場の程近いビジネス街。
ヤマダは目的地の大きなビルを通り過ぎ、手近な有料駐車場に車を停めた。

運転席を降り、車を施錠して空を仰げば、曇天の隙間から照りつける陽光。
ヤマダはスーツの襟を正して歩き、さりげなく振り返って尾行を確かめる。
ビジネスマンが行き交う路辻に、巨大な南海ビルが堂々と聳え立っていた。

ヤマダは閑散としたホールをくぐり、並び立つエレベーターの一つに乗る。
13階。エレベーターを降りて右手の奥。あるオフィスの前で足を止めた。
組織の名は、人材派遣会社『椛谷ソーシャル・コミュニケーションズ』。

――０７――

ヤマダはドア横の、インターホンめいた指紋端末に人差し指を当てる。
「ヤマダが参りました」ドアの覗き穴を右目で覗き、おもむろに告げた。
一連の動きは素早くさりげないが、指紋・虹彩・声紋認証の3重ロックだ。

ガチャッ。開錠音が響くと、ヤマダはもう一度尾行を確かめてドアを開く。
.30口径AP弾対応の防弾扉は重厚で、管理者以外は室内からのみ開錠可能。
ヤマダがオフィスに歩み入ってドアを閉じると、ドアは自動で施錠された。

窓の防弾ガラスは厚手のカーテンで覆われ、白色LED灯が室内を照らす。
中央に背の低い応接テーブルと、傍らに事務机。最奥には年代物のデスク。
スーツ姿で思い思いの場所に座る者たちが、一斉にヤマダへ視線を向けた。

最奥のデスク。ゴリラめいた大男が、安楽椅子を揺らす。社長の杉元だ。
彫像めいた無表情で彼の傍らに侍るは、スカートスーツの眼鏡秘書・雨宮。
事務机でPCに向かうショートカット女・左近司は、赤のパンツスーツ姿だ。

応接テーブルには男が2人。向かい合って、古い革ソファに腰かけていた。
青い上着のオールバック男・タカハシが、ソファの背に手を回して大欠伸。
「遅ェぞ、ヤマダ」無精髭の壮年男・ハセガワが、鈍色のスーツで腕組み。

左近司の隣には、黒いパンツスーツでポニーテールの若い女。見ない顔だ。
「随分と人が多いですな。今日はお祭りですか」ヤマダは肩を竦めて歩く。
若い女が不機嫌な顔で左近司に何か囁くと、彼女は乾いた笑いを返した。

――０８――

「ハセガワさん。あの子は一体」ヤマダがハセガワの隣に座り、問うた。
「俺はパスだ。ヤマダ、お前が面倒見てやれ」「俺でもいいっスけど？」
ヤマダの理解を待たずにタカハシが嘯き、肩越しに振り返ってウィンク。

コンコン。杉元が、毛むくじゃらの太い指でデスクを叩き、注意を引く。
「全員集まったな。ブリーフィングの前に紹介しよう、新人のノムラだ」
「よろしくお願いします」若い女は、不承不承といった表情で頭を下げる。

ノムラは左近司に背中を押され、ヤマダに対面する位置へ腰を下ろした。
「若いねぇ」彼女はタカハシの軽口を無視し、ヤマダを不機嫌に見据える。
雨宮が杉元と顔を見合わせ頷くと、ロングの茶髪を揺らして歩み寄った。

雨宮がテーブルの下座へと回り込み、ヤマダの隣でブリーフケースを開く。
「失礼します」機械的な言葉と共に、数枚の書類をテーブルに差し出した。
タカハシが雨宮に微笑む中、ヤマダは書類を手繰り寄せて卓上に広げる。

女物の香水の匂いを鼻先に感じ、ノムラが傍らの雨宮をちらりと見遣った。
ビリジアンの上着の下、白いブラウス。雨宮の双丘に目が吸い寄せられる。
ノムラは不機嫌に眉根を寄せて、視線を逸らした。彼女の胸は平坦だった。

「誰すかこれ？」書類の初老男を指で突っつき、タカハシが軽薄に問うた。
「千石富雄」ヤマダの言葉に、タカハシとノムラ、雨宮が同時に振り向く。
「書いてるあるだろ、ほら。よく見ろ」ハセガワが書類の隅を指で突いた。

――０９――

「この男、国会議員に」ヤマダは口走り、ノムラの怪訝な視線に口を噤む。
「公共事業を橋渡しして、見返りを受け取る。地元の土建業がお得意様だ」
変わってないな。杉元の講釈を聞き、ヤマダは記憶を反芻して心中呟く。

「ヤマダ、処分はお前に一任する」杉元は卓上に手を組み、意味深に笑う。
「私に？」「そうだ、ノムラの実地訓練を兼ねてな。待望の新たな相棒だ」
「はッ！？」「えッ、俺じゃなくて！？」ノムラとタカハシが同時に反応。

「いきなり前線か？　気に入らねぇ！」ハセガワが腕組みして吐き捨てる。
「私が足を引っ張ると？」「青二才が、わざわざ死にに行くようなもんだ」
ノムラはムッとした表情で睨むと、ハセガワも張り合ってガンを飛ばした。

ドガッ！　左近司が鬼の形相で事務机を殴った。「喧嘩するな、子供か！」
「怖ェ女はモテねぇぞ！」「何だと！」タカハシの軽口に左近司が激昂！
「落ち着け！　ノムラの腕は心配無用だ」杉元が自信満々に断言した。

「実際に随伴するのは私なんですがね」呟くヤマダに、差し出される書類。
ヤマダは雨宮と目を合わせず、書類を受け取る。適性検査の結果報告だ。
『速射 A／精度 C／応用力 D／速さを求め、標的を見境なく撃つ傾向強し』

「敵味方の区別はつけること。巻き添えは最小限に。私の要望は以上です」
「いきなり先輩風ですか」「現場で味方同士撃ち合うのは御免ですからね」
ヤマダは溜め息をこぼし、こちらを睨むノムラの顔を、書類越しに窺った。

――１０――

「何これ、ダッサ」ノムラは濃紺の『作業服』に、うんざりした顔で呟く。
「タカハシ、たまには車転がせよ」「俺、AT限定！」「免許ぐらい取れ！」
「いつもと同じだな」ハセガワが投げたキーを、ヤマダが片手で受け取る。

「ワッ、スゴ……ベンツだ！」南海ビル・1階駐車場の片隅に、白い箱バン。
メルセデス・208D T1 トランスポーターの運転席に、ヤマダがよじ登った。
「凄ェっしょ？　ノムラちゃん、運転する？」「私、免許持ってないんで」

ガショショ……バルルルッ！　2.3ℓ ディーゼルエンジンは本日も快調なり。
「ヤマダ、帰りも運転頼むよ。オジンは運転荒くてさ！」「悪かったな！」
ハセガワがタカハシを小突き、スライドドアを開いて後部座席に乗り込む。

「新人ちゃんは、助手席ね～」タカハシも後部座席に乗り、ドアを閉ざす。
「えー……」ノムラは不服そうに助手席に座り、ヤマダを横目に睨んだ。
「今日も一日安全作業」「何すかそれ？」「験担ぎですよ。行きますか」

ヤマダはバックミラーを調整し、クラッチを1速に切ってアクセルを踏む。
「何この音……ウッザ！」「ノムラくん、ディーゼル車は初めてですか？」
メルセデスのバンが鈍臭いエンジン音を放ち、もたつきながら走り出した。

「プレートは付けましたか」「あれ重すぎ。ソフトアーマーで充分でしょ」
「過信は禁物。ライフル弾なら背中まで突き抜けて、腸が飛び出しますよ」
「縁起でもないこと言わないでください」ヤマダは肩を竦め、車を速めた。

――１１――

「つーか、あの雨宮とかいうメガネ」ノムラがVAPEを咥えて蒸気を吹かす。
「気に入りませんか？」「ムカつく。あれ絶対性格悪いっすよ、巨乳だし」
「左近司さんは気に入ったみたいですね」ノムラが横目でヤマダを睨んだ。

「えー、あのサル女が雨宮ちゃんより良いとかマジ？　分かってないね！」
「はしゃぐな、34歳独身」ハセガワが軍用タブレットを操作し、毒づく。
ヤマダは運転しつつ、ダッシュボード上の軍用ラップトップPCを一瞥。

ヤマダはサイドミラーで後方を確認し、車を左車線に寄せてハザード点灯。
目的地は、竜ヶ島市中心部に建つ、一見何の変哲もない高級マンションだ。
マンション前の歩道に車を乗り入れると、歩行者が顔を顰め悪態を吐いた。

ヤマダは軍用PCを操作し、秘匿通信ツールを立ち上げて左近司を呼び出す。
「ピッツェリア、ピッツェリア、こちらデリバリーカー。感明送れ」
「――了解、デリバリーカー。こちらピッツェリア、通信を確認した」

「了解、ピッツェリア。デリバリーカーは現着。予定通り子供に配達する」
「――デリバリーカー、保護者の帰宅まで約15分。迅速に配達し撤収せよ」
「了解、ピッツェリア。配達を開始する。デリバリーカー、通信終了」

「侵入から警備員の到着まで15分！」「マジかよ早ェ！」「文句言うな！」
ハセガワが荷台の装具をタカハシに投げ、バケツリレーでヤマダらに渡す。
「何これ、警備員？」蛍光イエローのジャケットに、ノムラは顔を顰めた。

――１２――

「ワタシとノムラくんで正面から突入します。タカハシは非常口を警戒」
「へいへい。俺は1人でいいぜ」「ハセガワさんは車内で本部と通信を」
「分かった。俺ァ駐禁取られねぇように、のんびり車を見張ってるよ」

4人はペルターの軍用イヤマフを装着し、擬装用に紺色の野球帽を被った。
「行動開始！」号令一下、ヤマダ、ノムラ、タカハシの3人が降車する。
タカハシがリヤの観音扉を開き、段ボール積みの台車を積み下ろした。

「ノムラちゃん、余り気負わずに行こうな！」「は、はぁ……頑張ります」
ヤマダが台車を押す背後で、タカハシがノムラの肩を抱いて軽薄に言った。
3人が玄関の自動ドア前に集まると、ヤマダが頷いてインターホンを押す。

ピンポーン。「どうも、南海ビルメンテナンスです。施設点検に来ました」
ガチャッ。呆気なくオートロックが開かれる様に、ノムラが顔を慄かせる。
「こんなあっさり開くなんて」「オートロックは怖ェよな。さ、行こうぜ」

ハセガワが彼らの背中を見送り、車外に歩み出ると拳を突き上げて欠伸。
「どれ、どれ。期待の新人か、狂犬か。お手並み拝見といこうじゃねぇか」
ショートホープを咥えて運転席に乗り込み、軍用PCのGPS端末を起動した。

紺色の作業着と野球帽、蛍光ジャケットを羽織った3人が、ホールを進む。
長髪にスウェット姿の眼鏡男が、スマホを弄りながら無関心に通り過ぎた。
ヤマダを先頭に、3人が目だけを動かして警戒し、エレベーターに向かう。

【前半終了・後半開始】

――１３――

「おい、誰か降りてくるぜ」タカハシが帽子の鍔を押さえ、顎で示した。
階数表示が明滅して1階を示し……ポーン。エレベーターの扉が開かれる。
ネイビーのスーツを着た中年男と、それを取り囲む警護の黒服たちが数名。

中年男はバツの悪そうな表情をすると、黒服たちとエレベーターを降りた。
「施設点検です」「お疲れ様」中年男はにこやかな作り笑いで歩き去る。
訝しげな表情で振り返ろうとするノムラを、タカハシが肩を叩いて留めた。

「あれ確か、市長の牟田神じゃ」上昇するエレベーターで、ノムラが呟く。
「牟田神市長は千石議員と交友関係があります。”パーティー帰り”ですか」
「命拾いしたな。運の良いヤツだ」タカハシが鼻を鳴らし、壁にもたれた。

ヤマダはノムラとタカハシを一瞥し、口元で指を引き上げるように合図。
タカハシがフェイスマスクを引き上げるのを見て、ノムラも後に続いた。
台車の段ボールを開くと、中にはポリマー／軽合金レシーバーのSMG。

GP ストリボーグ AP9A3。銃口にサイレンサー、上部レールに光学サイト。
「無暗に乱射しないこと」「保証はできかねます」タカハシが口笛を吹く。
3人は各々の銃を手に取り、マガジンを確認してボルトハンドルを引いた。

エレベーターが22階で停止し、タカハシが上着で銃を隠しながら降りた。
「じゃあ先に出るわ、非常口から迂回すっから」「了解。気を付けて」
タカハシが口笛を吹いて歩く様に、ヤマダは苦笑してノムラを一瞥する。

――１４――

「デリバリーカー、デリバリーカー、こちらピッツァボーイ。感明送れ」
「――あー。ピッツァボーイ、こちらデリバリーカー。通信に問題なし」
「了解、デリバリーカー。ピッツァボーイはこれより配達を実行する」

「――了解、ピッツァボーイ。状況は追跡中、また何かあったら連絡する」
ポーン。23階のドアが開かれ、ヤマダはノムラに目で合図して歩み出た。
「「「何だお前ら！」」」突然の闖入者に、警護の黒服たちが銃を抜く！

「了解。ピッツァボーイ、通信終了」シュボシュボッ、シュボシュボッ！
ヤマダがSMGで素早くダブルタップし、右側の黒服2人を素早く射殺する！
シュボボボッ！　シュボボボッ！　ノムラは左側の黒服にバースト射撃！

「誰か近くにいるか！？　侵入者だ！　警備――」シュボボボボボボボッ！
逃げる黒服に、ノムラのフルオート射撃が背中から後頭部に弾の列を刻む！
「撃ち過ぎです。残弾に注意して」ヤマダの小言に、ノムラが顔を顰めた。

ヤマダとノムラは前方に銃を構え、崩れ落ちた死体を踏み越えて前進する。
「何の騒ぎだ！」「おい、大丈夫か！」奥のドアから黒服2人が飛び出す！
シュボボボボボッ！　シュボシュボッ！　左をノムラ、右をヤマダが射殺！

「――ピッツァマン、配置完了。暇でーす」「――余計な通信するな！」
イヤマフの無線で、タカハシの軽口とハセガワの怒声が立て続けに響く。
「呑気なもんだ」ヤマダは笑い、劇場めいた重厚なドアの横で屈み込む。

――１５――

ノムラがヤマダの背後に屈むと、ヤマダが肩を叩いてドアの先を指で示す。
「え、何すか」「左右から突入します」「何それ恰好いい、映画みたい！」
ヤマダは呆れ顔で溜め息をつくと、銃のマガジンを抜いて残弾を確かめた。

ノムラが扉の左側について頷くと、ヤマダはポーチから閃光弾を取り出す。
「合図したら、少しだけドアを開いてください。投げ入れたらすぐ閉じて」
「はいはい。いつでもどうぞ」ヤマダは頭を振り、安全ピンを抜き捨てた。

「3カウントで行きます。爆発したら、煙に巻かれる前に突っ込みますよ」
ノムラが頷くと、ヤマダが右手で閃光弾を握り、左手でカウントダウン。
ギィ……。ドアが開かれ、中の騒音が漏れ出す。ヤマダが閃光弾を投じた。

バボッ、ギ―――――ン！　ヤマダは閃光弾の破裂を脳内でイメージする。
「行きますよ！」ノムラは自分が先か、ヤマダが先か一瞬迷い、狼狽えた。
「さあ、行って！」ヤマダがドアを引き開けると、ノムラは頷いて突入！

「ギャーッ！？」「何だ、何だッ！？」「襲撃だ！」「何も見えない！」
スイートルームではミラーボールが光を放ち、電子音が洪水めいて満ちる。
光の幻惑と、イヤマフ越しにも強烈な音圧に、ノムラは一瞬立ち止まった。

「立ち止まらないで、死にたいんですか！」ヤマダがノムラの背中を叩く！
「わかってますってば！」ノムラが顔を顰め、我に返ったように叫び突撃！
若者、中年、スーツ、ドレス、様々な人々でごった返すスイートを前進！

――１６――

シュボボボボッ、シュボボボボボッ！　ノムラは銃を握った者たちに連射！
シュボボボッ――ガチンッ！「ああもう何、銃の故障！？」否、弾切れだ！
シュボシュボッ！　シュボシュボッ！　ヤマダはノムラを気に留めず前進！

「キャーッ！　死体！」「ウワーッ！」「人殺しだーッ！」「逃げろッ！」
スイートルームで騒ぐ客人たちが、視界を取り戻して状況を認識し始める！
「何だこいつ、この……ウワッ！？」ノムラが恐慌する人々に揉まれ転倒！

「痛ッ、イテテ、誰だ……踏むな！」「どこ見てんだ馬鹿野郎、殺すぞ！」
若い男が、転倒したノムラに足を引っかけ転倒！　目を剥いて詰め寄る！
「ウワッ、何だこれ……銃ッ！　ウワーッ！？」男は足元の銃を見て逃亡！

「クソッ！　あたしの銃……ッ！」ノムラは舌打ち、床の銃に手を伸ばす！
しかし、銃が先に拾い上げられた！　黒服だ！　ノムラに向けられる銃口！
「へっへへ、間抜けな殺し屋もあったもんだ。悪いが、死んでもらうぜ！」

黒服が引き金を引くも、弾は出ない！「アッ、何だこれ……弾切れか！？」
「教えてくれて、どうもありがとう！」ノムラが隙を突いて拳銃を抜いた！
ドドドドドドドドンッ！　GP K105拳銃のフルオート連射で、黒服は射殺！

ガシャーンッ！　流れ弾でミラーボールが粉砕され、悲鳴と怒号が満ちる！
「死ぬかと思った」ノムラは拳銃を仕舞い、床を這ってSMGを手に取った。
「こっちだ！」「撃ち殺せ！」背後から迫る黒服に、ノムラは思わず硬直！

――１７――

シュボシュボッ！　シュボシュボッ！　ノムラの眼前で、黒服たちが射殺！
「大丈夫ですか、ノムラくん！？」ヤマダがノムラに駆け寄り手を伸ばす！
「クソッ！」ノムラは顔を顰め、ヤマダの手を払い、自力で起き上がった！

「私がカバーします、リロードを！」「ああもうウルサイ、分かってる！」
ヤマダが隣で銃口を構える中、ノムラが苛立ちながらマガジンを取り出す！
「クソッ、暗くてよく見えない……入れってば！」ガシャコッ、ガシャッ！

「行きましょう！」ヤマダも銃のマガジンを入れ替え、ノムラの肩を叩く！
「チッ、仕切りやがってクソオヤジ」ノムラは小声で毒づき、後に続いた。
「撃たないで！」「道を開けなさい！」ヤマダが女性客を押し退け、前進！

部屋の隅のバーカウンターで、坊主頭の中年男が周囲を見渡し立ち上がる。
「クソッ、折角の金蔓が！」坊主頭の男は、鼻筋の歪んだ顔で歯軋りした。
男はグラスのウィスキーを飲み干し、懐からH&K P2000 SK拳銃を抜いた。

ヤマダとノムラは背中合わせで銃を構え、スイートルームの奥を目指す。
2人はドアの左右に貼りつくと、ヤマダがドアノブを握ってノムラを見た。
「行けますか！？」「あたしが先に出ます、足引っ張んないで下さいよ！」

扉が開かれ、ノムラが身構えた瞬間――パパパパパンッ！　殺到する敵弾！
「クソッ、舐めんじゃねぇ！」ノムラは銃撃をやり過ごし、果敢に前進！
シュボボボボッ、シュボボッ、シュボボボボッ！　廊下の黒服たちを射殺！

――１８――

ガラガラガラッ！　ヤマダが更衣室を引き開け、バスルームに突入する！
「キャーッ！？」「撃たないでくれ！」男と女！　しかし千石ではない！
「そこでじっとしてろ！」ヤマダは2人に怒鳴り、引き戸を手荒く閉ざす！

ノムラはベッドルームの壁に貼りつき、平坦な胸を押さえて呼吸を整えた。
「やれる、やれる……あたしだってやれる。初仕事で戦果を挙げてやる！」
震える手でSMGのマガジンを交換すると、ヤマダの到着を待たずに突撃！

キィ……ドバンッ！　映画で見たように、ドアを少し押して、蹴り開けた！
脳髄が痺れる甘ったるい香り。キングベッドの上で硬直する、初老の男。
「ま、待て……殺すな！」男の周囲で蠢くのは、全裸で酩酊する少女たち。

ベッドに寝そべる千石の股の上では、少女が狂った呻きを上げて踊り狂う。
床に散らばるドラッグの袋。人形めいて床に転がり、動かない少女たち。
「何だこれ……何だよこれッ……」ノムラは呟き、銃を構えて立ち止まった。

ノムラの脳裏に、自分の青春と人生を壊した、クズ男の笑顔が去来した。
セックス、ギャンブル、ドラッグ、借金。チンピラ、風俗、ビデオ撮影。
男の欲望の掃き溜め。そこには目の死んだ、可哀想な女が沢山いた……。

「ヒッ……ヒヒッ」千石がサイドボードに手を伸ばし、引き出しを開いた。
中には、VZ61機関拳銃。千石の手が、グリップを掴んで安全装置を弾く。
ノムラの顔から表情が失せ、脳の芯が冷えた。彼女の中で何かが切れた。

――１９――

「死ねッ！」千石が銃を抜くと同時に、ノムラの瞳孔がすうっと窄まった。
シュボボボボボボボボボボ――ガチンッ！　凶悪な無差別フルオート掃射！
「ウガ――ッ！？」千石の上半身から鮮血がしぶき、顔面を銃弾が貫く！

ガシャコッ、ガシャッ！　ノムラは憑かれたように、弾切れの銃を再装填。
シュボボボボボボボボボボ――ッ！　無慈悲な掃射で少女たちを鏖殺する！
「ノムラくん！？」――ガチンッ！　ノムラは虚ろな眼差しで振り返った。

千石は死んだ。少女たちも死んだ。みんな蜂の巣で、虚ろな笑顔で死んだ。
「クソッ！」ヤマダは目頭を押さえ、皆殺しのベッドルームに歩み入る。
血に染まるベッドに近づき、千石かどうか定かではない死体を見下ろした。

「――デリバリーカーよりピッツァボーイ。時間だぞ、首尾はどうだ？」
「こちらピッツァボーイ。子供は壊れて判別不能。恐らく配達完了です」
「――ハァ、何だよそれ？」タカハシの、間の抜けた無線が割り込む。

「――まぁいい、後は検死官に任せるさ。撤収しろ、ピッツァボーイ！」
「――俺、一発も撃たなかったな」「――だから余計な通信をするな！」
「了解、撤収します。ピッツァボーイ、通信終了」ドドンッ、ドドンッ！

「動くな！」ヤマダが銃を構えて振り向くと、P2000の銃口が鈍く光った。
放心状態のまま、背中から撃ち倒されたノムラ。傍らに立つ、坊主頭の男。
「俺は警察だ。俺を殺すと面倒なことになるぞ……さぁ、こっちに来い！」

――２０――

ヤマダはSMGで男の顔を狙いつつ、ネコ科動物めいた足取りで歩み寄る。
「うッ、ぐぅッ」ノムラが呻いて蠢くと、男は彼女の頭部に銃口を向けた。
「チッ、しぶとい野郎だ……銃を捨てろ！　仲間の脳味噌が吹っ飛ぶぜ！」

「クソッ！」ノムラが肘を突き……ドドンッ！　背中の着弾に崩れ落ちる。
「銃を捨てろ！　次は殺すぜ！」「懐かしいな、中村。何年ぶりの再会だ」
「誰だ手前。なぜ俺の名を」坊主頭の男・中村が、ヤマダに銃口を向けた。

「忘れたのか、命の恩人を」ヤマダは銃を放り、フェイスマスクを下げる。
「なッ、手前……二階堂！？　そんなワケが、ヤツは事故で死んだはず！」
「悲しいねぇ。命を懸けて守った仲間が、悪の側に転がる様を見るのは」

ヤマダは落胆を忍ばせた無表情で、銃口を構える中村を恐れず歩み寄った。
「お前は”標的”じゃない。黙って帰るなら、見逃してやってもいいんだぜ」
「ふざけるなよ。俺は警察、俺が正義だ。悪の人殺しは、俺の”標的”さ」

「クソ……がッ！」ノムラが奥歯を噛み、震える手で中村の足首を掴んだ！
「死に損ないめッ！」中村は足を振り払い、ノムラの顔を蹴り飛ばす！
中村の歪んだ顔が驚き、戸惑い、銃口が彷徨い……ヤマダに狙いを定めた！

「二階堂――ッ！」ドドンッ！　中村は銃口を震わせ、ヤマダの胸に2発！
ヤマダは半歩後退ると、ジャケットを払い退け、素早くP11拳銃を抜いた！
ドドンッ、ドドンッ！　胸に2発、顔面に2発！　ヤマダは冷徹に残心する！

――２１――

中村は胸と顔から噴血し、1歩後退って……ドサリ。仰向けに崩れ落ちた。
ヤマダは彼の死体を一瞥もせず、拳銃を懐に収めると、SMGを拾い上げた。
「ノムラくん、立てますか」ヤマダは屈み込み、ノムラを引きずり起こす。

殺戮のスイートルーム。ヤマダはノムラの肩に手を回し、引っ張って歩く。
「おぅいたいた。ヤマダ、ノムラちゃん。2人きりのお楽しみの時間は……」
タカハシが口を噤んだ。ノムラは肩を震わせ、歯軋りして涙を流していた。

エレベーター。台車の段ボールに滲む鮮血。気まずい沈黙と共に佇む3人。
「――ピッツァボーイ、もたもたするな！　もうこれ以上は待てねぇぞ！」
「デリバリーカー、今エレベーターの中です！　あともう少し待機を！」

玄関ホール。ヤマダが台車を押して、エレベーターを飛び出し全力疾走！
「おい、しっかり歩けよ新人！」タカハシがノムラを引きずり、後に続く！
3人は自動ドアを抜け、一目散にスロープを駆け下りて白バンに急いだ！

ガチャッ！　ヤマダがバン後部の観音扉を開け、台車を手荒く放り込んだ！
「ピッツァマン、こっちだ！」2人を手招き、手を伸ばして引きずり込む！
「OK！　デリバリーカー、出してくれ！」「遅ェんだよお前たちはよォ！」

「ったく、だから新人をいきなり仕事にブッ込むのは反対だったんだよ！」
ハセガワがイヤマフをかなぐり捨て、ギヤを乱暴にシフトアップして加速！
「オジン、運転荒いってば！」「黙れ！　文句あんなら手前で運転しろ！」

――２２――

「任務は完遂したようだな、ヤマダ」「あれを完遂と呼んでいいかどうか」
南海ビル・13階オフィス。ヤマダは杉元とデスクを挟んで対面していた。
安楽椅子を揺らす杉元の隣で、雨宮が無言で視線を向け、眼鏡を光らせた。

背後ではハセガワがすっかりへそを曲げ、テーブルに足を投げ出している。
「だから俺は反対だったんだよ」「まだ言ってる。もう過ぎたことでしょ」
タカハシが呆れ顔でハセガワを見遣り、ソファの背に手を回して大欠伸。

「生きて帰って来ただけ上出来だ」「さすが社長、言うことが違います！」
「オメーは鼻の下伸ばしてるだけだろうがバーカ、尻に穴開けられるぞ！」
ドガッ！　左近司が机を殴ると、ハセガワが頭を振り、タカハシが唸った。

「素質はありますね、確かに。ですが、今は無謀で向こう見ずの鉄砲玉だ」
「手綱を握るのは貴様だ。奔馬に芸を仕込んで見せろ、腕の見せ所だろう」
杉元は素気無く吐き捨て、安楽椅子を鳴らして顔を背け、平手を振った。

ヤマダは肩を竦めると、事務所の隅……事務机の裏側の、戸棚に向かった。
「ノムラくんはロッカー室に？」「何があったんだ。あいつ、泣いてたぞ」
左近司の言葉は失笑交じりだ。ヤマダは唸り、戸棚から茶道具を取り出す。

錫製の茶盤に並ぶ、白磁の茶壷、茶海に茶杯。お猪口大の茶杯は数人分だ。
ステンレスの電気ポットに湯が沸くと、茶壷から茶海、茶杯と湯を通す。
梨山茶を茶荷から茶壷に移すと、1度の洗茶を挟んで熱湯を注ぎ入れた。

――２３――

「どうぞ」PC画面を注視する左近司に、ヤマダは茶を通した聞香杯を渡す。
「ありがと……ってこれ、空じゃないか！」「香りを楽しむ杯ですからね」
ヤマダが笑って茶杯を置くと、左近司は眉を顰めて聞香杯を突き返した。

「ヤマダ！　イチャイチャしてねぇで、労いの茶を早く持ってこねえか！」
「どっちが女なんだかね」「何か言ったか！」タカハシが笑いを噛み殺す。ヤマダは茶盤を応接テーブルに運ぶと、ハセガワとタカハシに茶を渡した。

「ズズーッ……あ～、旨ェ。この香りが良いな。五臓六腑に染み渡らぁ！」
「音立てて飲むなよ、下品だな。もうちょっと上品に飲めないもんかね」
「いちいちうるっせんだよお前は……」ドバン！　音高く開け放たれる扉！

ハセガワとタカハシが頬を引っ張り合いながら、扉の方向に顔を向けた。
黒スーツに白シャツ、赤ネクタイでポニーテールの女が、俯いて歩み出る。
「ノムラくん、お茶が入りましたよ。1杯飲みませんか？」「……いらない」

ヤマダは茶海から茶杯に茶を注ぎ、立ったままノムラを横目に茶を飲んだ。
「あたし、慣れ合う気はないから」「結構。泣いて気は済みましたか？」
「何だとッ！」ノムラが涙を滲ませて奥歯を噛み、ヤマダに拳を振るった！

「おおっと！」宙を舞う茶杯をハセガワが掴んだ！「お、ナイスキャッチ」
ヤマダは中国拳法の要領で、ノムラの右拳を左手首で外側に逸らしていた。
「ぐっ……」ノムラは右腕を震わせ、涙目でヤマダの仏頂面と睨み合う。

――２４――

「クソッ！」ノムラが憎々しげに睨むと、空手でヤマダに挑みかかった！
左手、右手、左手！　ヤマダは後退しながら、最小限の動きで手業を捌く！
ローキックをヤマダの靴底が弾く！　ノムラは右足を引き、後ろ回し蹴り！

ヤマダはスウェーで回避して後、左手でノムラの襟首を引き寄せ右手正拳！
「お、おい！」慌てて腰を浮かせるタカハシを、ハセガワが片手で制した。
「遊びは終わりです」ノムラの鼻先で、右手正拳がピタリと寸止めされた。

「こんなもの……何の役にも立たなかった」ノムラが声を震わせ、呟いた。
「強くなりなさい。制御できない感情の暴力は、いずれ身を滅ぼしますよ」
ヤマダが左手で襟首を絞めると、ノムラの顔に恐怖が過り、半歩後退った。

パチンッ！「ヤマダ、その辺で許してやれ」杉元が柏手を打ち場を鎮めた。
ヤマダは溜め息を吐くと、ノムラの襟首を離し、乱れたネクタイを整える。
ヤマダとノムラは、形容しがたい表情で互いを見つめ、やがて顔を背けた。

「今日の仕事ぶり……次に同じことをしたら、寸止めでは済みませんよ」
ヤマダがソファに腰を下ろすと、タカハシが茶杯に茶を注いで差し出した。
「焦らせんな。新人ちゃん殴るかと思った」「ちょっと危なかったですね」

「……失礼します！」ノムラは歯軋りの後、背筋を正して叫んで踵を返す。
「お疲れさん！」「お疲れちゃーん！」「お疲れ様です」「反省しろよ！」
余計な一言と言いたげに、皆の視線がハセガワに集まった。「……何だよ」

【YAMADA is came back …… maybe】
【YAMADA the Killer：Proto Phase／Killed the Past】
【短編：YtK・テスト版　終わり】

※作者お断り※
この物語は、過去の【暗中 -ANTI YOU-】をベースに再構成したものです。
№ X（β1）、№-0X（β2）に続き、β3のマイナーチェンジ版となります。
過去作と整合性の取れない設定は、新しい物語の方が優先されます。以上

From: slaughtercult
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SEE YOU NEXT TIME！