村下孝蔵さんが好きである

 歌の趣味が昭和っぽいねと、カラオケに行くような友人知人に言われることがある。自分でも自覚がある。特徴的なジャジャーンというイントロと湿っぽい歌詞やメロディの歌が好きだ。

 テレビをほとんど見ない人間なので流行りの曲はよっぽどのヒットでないと知らない・聞かない・覚えない。流行りに乗れない典型的な人間だ。好きな曲を聴き込んでうっとりしたいタイプなので守備範囲も狭い。

 そんな自分が現在までで一番好きな歌手が村下孝蔵さん(1953年2月28日 - 1999年6月24日)だ。名前と作品を知ったのは逝去後で、これについては思ううたびにもっと早く知っていればと後悔が絶えない。当時ニコニコ動画でMMDとかMADを漁るのが趣味で、その時たまたま村下さんの曲を使った作品に行きあたったのがきっかけだったかと思う。たしか本人歌唱ではなくカバー。曲は確か代表曲の1曲である「踊り子」。1度目の視聴で心にひっかかるものがあり、2度、3度を曲を聴いて特徴的なイントロ、歌詞、メロディすべてに魅了された。すぐに中古のアルバムCDを買って暇な時はずっと聞いていた。親の車に乗せてもらう時は必ずそのCDを掛けた(親も聞きたい曲があっただろうによく延々同じCDを流すことを許容してくれたものである)。じきに安い中古CDを買い集め、臨時収入で全集作品を買い、ネットで彼の人柄や作品にまつわる情報を漁った。数年に一度ある狂乱的なフィーバーだった。さすがに今は落ち着いているが、それでも彼の曲を聴かない日はない。

 村下孝蔵さんの歌のなにが好きか?

 ひとつめ、声。聴けばわかるしぜひ聴いて欲しいが、美しい声である。力があり、声量が豊かで、音域も高低に広い。かすれや濁りのない王道の美声だ。もちろん歌そのものもうまい。歌手になる前は水泳に打ち込み、実業団に所属されるほどだったそうなので、そこで培った財産なのかもしれない。CD音源はいわずもがなライブでもめちゃくちゃ上手い。あの声を生で聴いてみたかったというのが私の今生の心残りのひとつとして既に決定している。

 ふたつめ、歌詞。ありふれた言葉を巧みに組み合わせて情緒を描き出した美しい歌詞が多い(さっきから美しいしか言っていなくて語彙が貧しいですね。でも正直な表現です)。表現力が高いというとこれまたベタな表現だが、他の言い方をするなら描画力があると言えばいいのだろうか。キレのあるワードを選んでバシっと決めるというより、シンプルで耳に馴染んでいる言葉を使ってはっきりと情景を描き出し、聴く人に見せてくれるようなイメージがある。私が村下さんの曲を好きな理由は歌詞によるところが大きい気がする。メロディに載せられた歌詞から彼の思い描いたであろう情景を連想するのはたまらない酩酊感がある。

 みっつめ、メロディ。理由は……と続けたいが、私は音楽理論についてはひどいオンチなので(音楽だけに)、上述の美声、歌詞とのシナジーがすばらしいとだけ述べさせていただく。1980~1990年代に活動されていた方なので、作品に漂う「昭和感」は否めないが、彼の感傷や切なさを歌い上げる作風にはそれが似合っているのではないかとも思う。

 村下さんの代表的な作品は「初恋」「踊り子」「ゆうこ」「陽だまり」辺りだろうか。私は当時を知らない人間なので数字とか当時を知る人の記録を見てしか語れないが、「初恋」は現在もカバーするシンガーが国内外を問わず存在するし、「陽だまり」は高橋留美子のヒット作「めぞん一刻」のタイアップにもなったので、40~50代の人なら知っていて懐かしい気持ちになるのではないだろうか。「ゆうこ」は私が一番好きな曲だ。陰りのある長い黒髪の美しい女性を思いながら、気持ちを明かせず見つめ続ける(おそらく青年視点の)歌だ。メジャーなこれらの曲以外で好きなものを数点(ほとんどぜんぶ好きだから挙げきれない)上げるなら「この国に生まれてよかった」「愛着」「あなた踊りませんか」「すみれ香水」。いずれも愛の形を美しく歌い上げた歌だ。(品のない話で恐縮ですが、個人的感想として、「愛着」はものすごくエロイです。)「初恋」がその筆頭だが村下さんの表現力は片思いを描くときに真骨頂を発揮しているような気がする。


 くどくどと書いたが、これらのことは聴けば納得してもらえることだと思う。語彙力がなく美しい美しいと連呼してしまったが、それは信仰じみて村下さんを好きな私の個人的な表現の問題であって、違う人が表せばまた別の言葉になるとも思う。

これを読んでくれた人が一曲でも村下さんの曲を聴いてくれたらとても嬉しいです。

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