自問自答するブログ始めてみました


忘れたくない今の気持ちは、二度と再現されない。全く同じ形で現れることはないと思う。同じ事象について、今日思っていることと、明日、あるいは来年振り返って思うことは同じにはなり得ない。

さっき握ったガッツポーズも、昨日踏んだ地団駄も、そのときの旬な感覚は薄れていくし、下手をすると忘れてしまう。いまここにある興奮、後悔、鬱憤、幸福感、どれも全部思い返したときに出てくるのは、ちょっと色褪せている。それなら、どこかに残しておかないと。厳密に気持ちが動いた「そのとき」写真みたいに収めることは難しいけれど、まだ鮮度の高いうちに言葉にしておこう。

…という、気持ちの備忘録的な位置づけは少なからずあるけれど、ブログを始めたのには、もう少し込み入った理由がある。まずは、その理由から書き始めていきたいのだけど、そこに触れる前に、今後どんなスタイルで投稿していくか示しておきたい。一応誰かに読んでもらえることを期待して書き始めた手前、つらつら日記を晒して何のひねりもないのは、いただけない気がする。

そこで、日々を振り返る方法として、ひたすら自問自答を繰り返すセルフQ&A形式(こんな言葉あんのかな)をとってみた。1年間で100個くらい自分にぶつけた問いが蓄積されたら、かなり気持ちがいいし、だいぶ気持ち悪いのではないだろうか。

「問い」って形になるだけで、一気に1人だけのものじゃなくなって、誰でも向き合えるものになる。誰かの考え事を共有された時に、一緒に考えられる土俵に立てる感覚。それを作れたら、自己満足の半歩外にでられる気がした。同じ疑問について、誰かが考えるきっかけになったら嬉しい。あるいは、日々自問を繰り返すことがどんな影響をもたらすのか、観察してみる感覚で見守っていただけたら。

ちなみに、「この形式は斬新だあ」と自賛に浸っていたが、今日たまたま1回りや2回りどころではなく、20回りくらい斬新で素敵なアイデアを見つけてしまった。

http://thynk.ooo/

「問い」をベースに、いろんな人が考えたことがシェアされるメディア。考えるきっかけでいっぱいだ。何より、140秒の動画にまとめられている手頃さが素敵。

既にはるかに上位互換が存在したけれど、ひとまずこの形式で書き始めていきたい。

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Q1. 何のためにブログを始めるか。


A1. 虚勢を去勢するため。

幼少からの癖になっていて、虚勢を張ってしまう。「わからない」ということに異常な抵抗がある。殊に、自分のこととなるとだ。

どうしたい?何がしたい?なんで?
即答できないこと、自分の気持ちを把握できていないことを、過度にかっこ悪いと思うきらいがある。相手を待たせて考える時間をもらうのを恥ずかしいと感じてしまう。
その場で理由を見つけて、そこそこのところで割り切っている。収まりの良いところを見つけて妥協してしまう。この度に、少しの「わからない」や「ちょっと待って」が自分の中に貯蓄される。これが積み重なると、いつの間にかちょっとだったはずの「わからない」が膨大になり、もはや「何がわからないのか」すら、まるでわからなくなる。

日々、納得や充実感を感じるためには、この虚勢は邪魔だなあ、とようやく気付いた。日々幸せを実感するためにはきっと不可欠だ。そこまでいかずとも、何が足りてないか、何がわからないのかは自分の手の中に収めていたい。

だから、いままで押し殺していた「ちょっとわかんねーな、たんま!」を、整理していく場を作っておく(実際に言えるとなおいい)。スッキリするに至らなくても、練り回した痕跡くらい残しておけたら、自分の積み重ねた日々が可視化できるのではないか。

あとは、身近な人に見ていてもらっている方が、課題を乗り越えやすいから。安直だけど、誰かが見ていてくれるのは、あたたかいし、プレッシャーもかかるし、心地いいし、ありがとう。

本来自分の中にだけ収まっているはずのものが、外に出て行くことで、巡り巡って誰かの何かのきっかけになる可能性も孕んでいる。当たり前だけど、表現したら、(自分の中にしか)今まで無かったものが、(人々の目につくところに)出現するのだから、とりあえず出しておく。そいつがどうにかなっちゃって価値になっていったら、なお嬉しい。

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ただし

明日のぼくが忘れてしまう今日〜100の自問自答

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