見出し画像

葛飾北斎とローランド・ハナ。異才の芸術家が訪れた長野県・小布施町

おそらくは歴史に残るであろう「10連休」。いつも計画性のない私ですが、今回も連休直前に予定を組んで、たまたま宿を取れた長野に向かいました。

訪れたのは県の北東にある小布施町。このところ大規模な展覧会で話題の葛飾北斎が80歳を越えて初めて訪れ、すっかり気に入った土地だと知って興味を持ったのです。

実際、魅力的なところでした。江戸時代に千曲川を利用した舟運のまちとして栄えたそうですが、立派な旧家が立ち並び、文化的にも高いレベルにあったことが分かりました。

現在の町づくりの意識も高く、何と個人の住宅の庭を開放する「オープンガーデン」という取り組みがありました。小布施に伝わる「近所の庭を通ってもいいという文化」=「お庭ごめん」を生かしたものだそうで、看板のあるところであれば誰でも断りなくお庭を通り抜けることができます。

2000年に始まったそうで、いまではおよそ130軒のお宅が参加しています。良く手入れされたお庭を眺めたり、造り酒屋の裏手を抜けたりと、子どものころ勝手に近所の家々を通り抜けていた記憶がよみがえる楽しい体験でした。

そんな町に、何とジャズ喫茶があったのです。伝統の町にジャズ喫茶があるということを想像していなかった私は虚をつかれた思いがしました。

それが「Coffee & Jazz BUD」。1998年開店で、かつて蔵として使われていた建物を改修しています。天井が非常に高い開放的なところで、ハードバップが響いていました。

訪ねた時はズート・シムズの「イフ・アイム・ラッキー」やビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビー」がアナログLPでかかっており、我が家のオーディオとの差に愕然とするばかりでした・・・・。

あまりゆっくりできる時間はなかったのですが、去り際にローランド・ハナ(p、1932-2002)さんのことを尋ねてみました(日本では「ハナさん」という愛称でなじみがあります)。

店のHPで2002年10月にハナさんのラスト・ライブがここで行われたとあったからです。マスターによると、ベーシストの中川英二さんのつてでライブ開催が決まりましたが、当時ハナさんは体調を崩し、演奏ができるのか直前まで分からなかったそうです。

それでもお客の期待に応えようと、ぐったりした状態からピアノに向かい、プレイを始めると・・・・それは素晴らしかったそうです。

音の粒立ちがしっかりしていて、店のバックヤードにまでしっかり届くというのは経験したことがなかったとおっしゃっていました。

その後、ハナさんは東京でも公演がありましたが途中で退席。アメリカに帰国しますが、ほどなくして亡くなりました。「BUD」はハナさんが最後に演奏をやりとげた「伝説の場」になったのです。

マスターは「あの時のライブを収録しておけば良かった」と話していました。確かに、貴重な記録となったことでしょう。

今回はハナさんの「タイム・フォー・ザ・ダンサーズ」を聴いてみましょう。実は私はハナさんの熱心なファンではないのですが、彼の作品は常時手に入れられるほどメジャーでもないので、目に付いたときに懐が温かいと買うようにしているのです。

この作品もそんな感じで入手し、正直なところ内容を忘れかけていたのですが、改めて聴いてみると本当にいい!単なるハード・バップのピアニストにとどまらないスケールの大きさがあります。

ハナさんはふるさとデトロイトでの少年時代、クラシックを本格的に勉強していました。それが、ハイスクールで2年先輩のトミー・フラナガン(p)の演奏に触れ、ジャズにのめり込んでいきます。少年時代の基礎が生きたのでしょう、ハナさんの端正なタッチはジャズ・ピアノ界でも独特のものとなりました。あらゆるタイプの曲に対応できる柔軟さも本作では存分に味わうことができます。

1977年2月、NYのダウンタウン・サウンド・スタジオでの録音。

Roland Hanna(p) George Mraz(b) Richard Pratt(ds)

②Time For The Dancers 静謐なピアノのみでスタートするハナさんのオリジナル。美しく雄大ささえ感じる曲想は、クラシックか?と思ってしまうほどです。リズム陣が加わってからも落ち着いた雰囲気は変わらず、ロマンチックなピアノ・ソロに入っていきます。興味深いのは、バラッドであるにもかかわらずピアノが「鳴りきっている」ことです。小さくまとまるのではなく、きちんと音を響かせながら伝えたいことを音楽にしていく・・・・。
ハナさんならではのプレイだと思います。

③Flight To Ann's Ville ヨーロッパ的な品格を持ったミドル・テンポのナンバー。優雅なメロディの後、ソロで強くスイングするハナさんを聴けます。一音一音がすっくと「立って」いて決して崩れない。安定していながらスピード感があり、アイデアがあふれ出てくるプレイには感心してしまいます。ジョージ・ムラーツが力強くもよく歌うベース・ソロを展開しているのも魅力です。

⑤Jed ジョージ・ムラーツ作曲の美しいバラード。メロディからソロに入る時のピアノの音色が非常に美しい。音が玉のようにキラリと輝きながら転がるようです。ここではソロの音数が少なく、語りかけてくるかのような説得力があります。こんなところもハナさんの「強さ」でしょう。

⑥Double Intentions ハナさんのオリジナルで、何とサンバです。軽快なリズムに重心があるピアノが乗り、愁いを感じさせるというユニークな世界です。ソロに入ってからのピアノはパワーを増し、次々に低音を響かせて重厚なソロを取ります。この迫力とサンバの組み合わせ、不思議ですねえ。ムラーツの弦を震わせる独特のソロも聴きもの。70年代っぽい電気的な響きのある録音が気になりますが、演奏はとても熱く、ピアノとのかけあいも印象的です。

アルバムはチャーリー・パーカー作曲の①Cheryl から始まります。これも非常にいい演奏なのですが、バップ・チューンを冒頭に据えたのが良かったのか・・・・。最初のインパクトで「通常のピアノトリオ・ジャズ」と誤解されかねないからです。

実は2曲目以降からハナさんの幅広い音楽性を堪能できるので、曲順を大胆に工夫できていれば、もっと名作として記憶されたかもしれません。

伝統的なクラシックの大切さを知っていたハナさん。江戸の風情を残す町とライブ会場が彼に最後の力を与えた・・・。そんなことを想像してしまった旅でした。

この記事は投げ銭です。記事が気に入ったらサポートしていただけるとうれしいです(100円〜)。記事に関するリサーチや書籍・CD代に使わせていただきます。最高の励みになりますのでどうかよろしくお願いします。