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ジャズに「現代」を取り戻す。狭間美帆の挑戦

昨日、ジャズファンにとっては見逃せないニュースが入りました。ジャズ作曲家・狭間美帆さんが今年10月からデンマーク・ラジオビッグバンドの首席指揮者に就任することが発表されたのです。

ご本人のツイッターから情報をいただくと、このビッグバンドは今年で創立55周年。過去にサド・ジョーンズ(tp)、ボブ・ブルックマイヤー(tb)、ジム・マクニーリー(p)などを首席指揮者として迎えてきた北欧唯一の国営ラジオ局ビッグバンドです。そして、狭間さんはマクニーリー氏以来17年ぶりにこのポストに任命されるとのこと。

熱心なジャズ・ファンはお分かりだと思いますが、上記で名前が挙がっている3人のミュージシャンはNYの「ヴィレッジ・バンガード・ジャズ・オーケストラ」で活躍し、ビッグバンド・サウンドを現代に通じるものにした大功労者です。そんな3人と狭間さんが肩を並べるというのは本当にすごいことです。

狭間さんは1986年・東京に生まれました。過去のインタビュー記事などを読むと、幼いころから音楽教室でピアノと作曲を学び、大学は国立音大へ。クラシックの作曲を勉強していましたが、新入生歓迎音楽界でビッグバンドのジャズ演奏を聴きそこからジャズの道に入ったそうです。

完全な「転身」と思えますが、マンハッタン音楽大学院のジャズ作曲科に留学すると「この音はどうしてここにあるのか?」と「音の意味」を何度も問われたそうで、プロセスとしてジャズとクラシックは全く変わらないと痛感した、とあります。

詳しくはこちらをどうぞ。
https://www.cinra.net/interview/201704-hazamamiho

その後、NYを拠点にオーケストラや自身のリーダー・ユニットで活動する狭間さんは2016年にアメリカのジャズ雑誌「ダウンビート」で「ジャズの未来を担う25人」のひとりに選出されています。

今回は狭間さんの「ザ・モンク:ライブ・アット・ビムハウス」を聴いてみましょう。2017年、セロニアス・モンク(p)生誕100年を記念して、オランダで開催されたメトロポール・オーケストラによるモンク・トリビュート・コンサートを収録したライブ盤です。楽曲の編曲と指揮を狭間さんが務めました。

アルバム全体を聴いて思うのが、クセのあるモンクの作品群が見事に「いま」のものになっていること。長年ジャズを聴いている私のようなオールド・ファンでさえ、時に「ジャズに未来はあるのか?」と思うことがあります。同時代のミュージシャンから「自分の音」に対する追求が聴こえず、過去のスタイルの上塗りになっている演奏に接すると落胆せざるを得ません。

この作品では、モンクのソロ・ピアノ演奏をオーケストラ化するという大胆な手法を用いながら、あの独特な世界を「色彩豊か」なものにしています。手元にあるモンク作品と聴き比べをしてみたのですが、あの孤高の世界がいまのオーケストラを介すとこんなにカラフルになるのかと驚きつつ楽しませてもらいました。

2017年10月13日、オランダ・アムステルダム、ビムハウスでのライブ録音。

狭間美帆(conducting)   メトロポール・オーケストラ・ビッグバンド

②Ruby, My Dear
モンクがリバーサイドに残した「アローン・イン・サンフランシスコ」で弾いているソロ演奏を基にアレンジが行われています。モンクの演奏ではひたすらメロディがリフレインされていくのですが、非常に静かな導入部から、やがてラグタイム調のアクセントが加わり、テンポを自在に変える中で予想外のフレーズがポンポン投げ込まれてくるという、不思議な展開があります(何を言っているのか、という感じですが本当にそうなのです)。
これを狭間さんがアレンジするとどうなるのか・・・。最初はやはりスローです。ホーン陣がゆっくりと美しいメロディを奏でるのですが、時に全体のハーモニーで、またあるときはトロンボーン中心に提示されることでメロディに厚みが出ています。続いてピアノ・ソロ。これはスタンダードな4ビートに乗ったもので、モンクの世界とは異なった美しさと広がりがあります。そしてトランペットによるソロ。ストレートで勢いのあるソロにホーン陣がメロディを引用したバックをつけて盛り上げます。さらに、クラリネットをフューチャーしながらホーン陣が「裏を取る」ようにメロディをつけていくという意外な流れへ。この辺りはバラエティあふれる音を「放り投げてきた」モンクを思わせるような流れです。最後のスローなホーンによる収束まで実に見事なアレンジです。

③Friday the 13th
「13日の金曜日」という不吉なタイトル。やはりモンクのオリジナルです。モンク自身はプレスティッジの「セロニアス・モンク・ウィズ・ソニー・ロリンズ」で長尺のブルースとして演奏しています。タイトル通りやや重い印象のある曲と言えるでしょう。しかし、狭間さんはテンポの速いボサノヴァにアレンジしてしまいました。どうしてこうなったのかはCDのライナーにもないので良く分からないのですが、これが非常に成功しています。カギは全体のトーンを決めているギターにあると思います。ギターがイントロをつけて、そのままリズムを刻みながらソプラノ・サックスによってメロディが奏でられると、気分はブラジル。快活なトーンでバンド全体のグルーブが高まります。考えてみると、モンクの曲でずっとギターがリズムを刻むというアイデアがこれまでなかったのではないでしょうか。ソプラノ・サックスの伸び伸びとしたソロに続いてギターのカッティングに乗ってホーンによるメロディ提示があります。これが斬新でカッコいい。続くトランペット・ソロもいいのですが、背後で波打つホーン・アレンジもこの曲の「枠を広げてくれる」素晴らしいアレンジで聴きものです。

素材にタブーを設けずに「音の意味」を考えた結果、モンクの作品が現代によみがえりました。狭間さんのこれからのデンマークでの活躍、そして新たな作品群の発表をぜひ期待したいと思います。

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