20180618(Mon.)

今夜は飲み会があるから残業ができないけどそういえば作らなくちゃならない資料がある、ということで、早めに出社しようか結構悩んだ。だけど正直そこまで早く行ってもきっと意味はないし、定時までに頑張ればおそらくなんとかなるだろうと思い直し、でもパソコンが入った重いカバンを持って北新地をうろうろしたくはないなということでパソコンの代わりに本を一冊入れて家を出た。
午前7時。近所のビルの1階に入っているシアトルズへ、開店と同時に入っていつものようにドリップコーヒーを注文する。今日は月曜日なのでスタンプふたつ押しますね、と店員のお兄さんが言った。このビルのシアトルズのローカルルールである。雨の日に行くと50円引きのクーポンももらえる。確かその朝もたまたまいつかの雨の日クーポンを持っていて、お兄さんに渡したような気がする。
1時間程度、本を読む。出る前にトイレに行こうとして、テーブルにスマホを置きっぱなしにして、財布だけを持ってトイレに向かった。
個室の鍵を閉めた瞬間、何が起こったのかわからなかった。何故かわからないが、壁に手をつかないと立っていられない。でも何故今自分がこんなにふらふらしているのかわからない。世界がまるごとぐらついている。揺れが収まったあとにようやく、もしかして今の、地震?と思い当たった。誰もいないトイレで遭遇した地震は本当に静かで、何もなかった。地鳴りのような音があったかどうかも正直覚えていないのだ。
個室から耳をすませてみると、外から「地震です」という自動音声のアナウンスが聞こえた。そうか、やっぱり地震か。わたしは個室に入ったはいいが、なんだかどうでもよくなってしまって、トイレを出た。テーブルに戻ってスマホを見てみると、緊急地震速報のポップアップが出ていた。あのサイレンが聞こえないだけで、地震とはこんなにも静かであった。しかしよくよく確認してみると、震度6弱、大阪市北区と表示されている。大阪市北区?ここはぎりぎり西区だが、川を渡ればすぐ北区である。ここ、震度6弱だったのか?
こんなに静かなのに?
外を見る。ちょうどビルの前に大きな横断歩道があり、歩く人たちはみんなスマホを手に、なんだか所在なさげにうろうろしていた。いつも見ている、同じリズム同じ方向へ歩いて行く人の波ではなかった。集団登校中の小学生たちが横切っていった。彼らだけはいつもと同じように見えた。
やがてビルにスーツ姿の男の人がちらほら入ってきて、地震?エレベーターあかんのか?まじで?やべえなと笑いながら通り過ぎていった。そこでわたしもようやく、うちの会社のエレベーターやってきっと止まってるわと思った。

両親から別々に連絡が来て、とりあえず生きてるし会社にもいると返事をした。出社したはいいがやはりエレベーターは止まっていて、ひどいことにわたしの机は32階にある。32階である。しかし当分エレベーターは動かないと知らされた社員たちはやれやれといった顔でそれでも階段の方へ揃って歩いて行くのだから上らないといけないのである。連れ立って階段を上り、体力のないわたしは数階ごとに端に寄って休憩しなければならず、すごい数の人たちに追い越された。隣のデスクに座っている先輩にも会い、挨拶をし、追い抜かされた。ちんたらと階段を上り、休憩し、途中で売店に寄り道してポカリスエットを買い、またちんたらと階段を上り続けた。途中、ボスや上司とすれ違い(彼らは彼らで災害対策本部へ向かわなくてはならない)もうちょいもうちょい!と応援された。パソコンをカバンに入れずにおいて本当によかったと思った。しかしやっぱりエレベーターが動くうちに出社していればよかったと朝の判断を心底後悔した。
ようやくたどり着いた32階はいつもの半分くらいの人しかおらず、わたしの大嫌いな上司は社員の安否確認がどうだこうだと一人でテンパっていて、独り言もまた凄まじく、本当に一人相撲しかできない人間だなとわたしは心底うんざりした。そのあとも、階段を上りきった人が次々やってきて、いやーしんどいわーもう今日は何もせんでええやろーと笑いながら仕事に向かっていく。
地震の対応もそうだが、来週に株主総会を控えた今はそうでなくても忙しい。地震が来ようが株主総会はやって来る。オンタイムでやってくる。株主総会チームは半分ほどしか出社していないのにその半分しかいないメンバーでなんとかしようと走り回っている。異様な光景である。震度6弱、電車は不通、そのうえこの人たちの大半はこの32階まで階段で来ているのである。そういえばわたしの大嫌いな上司は早めに出社していたため階段地獄は免れたらしい。だからそんなに無駄すぎるほどに元気なのだ。
やれやれ。株主総会チームではないわたしは自分の資料を作ろうとして、その前にメールを確認した。すると、部長が腸閉塞により入院したとの連絡が入っていた。また目が点になってしまう。この部長、金曜から腹がすごく張るんや胃腸風邪かなと呻いており、悪いけど今晩ヒマ?とわたしは急遽代打を頼まれ部長代理として知らない人たちとの飲み会に参加させられたのだった。その部長、一足飛びに腸閉塞とは。場合によっては手術もあり得るという。ただでさえ株主総会準備がラストスパートに入ったところに地震まで来て、そしてあなた、入院とは。
世界の終わりは近いのかもしれない。

地震が来ようが仕事はある。電車が動かないし家にも帰れない、会社の方が近いならまあ会社に行くかと思う気持ちもわかる。株主総会の開催は地震の行く末とは全く関係がない。地震は全く何にも響くことはない。地震が来ようが仕事はある。何もかもはオンタイムでやってくる。

どうにかエレベーターは復旧し、復路まで階段を使わなければならない事態は免れた。定時ぎりぎりに、今夜の帰宅困難者のために社内に宿泊準備があるというお知らせが届いた。コピー機の前に立っていた後輩の男の子に、帰らへんの?と聞いてみたところ、ぼくはもういざとなったら徒歩ですよ!と自慢げに言われた。わたしも徒歩であるが。
わたしは一人で住んでいる、部屋の中の様子を報告してくれる家族などいない。さすがに、どれだけ情に薄くても部屋が燃えてなくなっていたらどうしようという心配くらいはする。帰りにスーパーに寄った。子供を連れた家族たちでとても混み合っていて、何故子供を連れてくるのかと不思議だったけれどそれはそうだ、子供を家に残して地震が起きたら大変だ。ペットボトルの水は売り切れていたのでかろうじて残っていたアクエリアスを買った。カップラーメンの棚もずらりと空になっていた。
こんなことは初めてだ。

マンションは見たところ無傷でそこにあった。わたしの部屋はどうやら燃えてはいないらしい。またしてもエレベーターが止まっており、重い荷物を手に6階まで階段を使った。鍵を開け、勇気を振り絞ってドアを開けた。ただいま、恐る恐る誰もいない部屋へ声をかけてみる。短い廊下に物が散らばっていて、何かと思えば電子レンジの上のラックにしまっていた紅茶の小袋たちだった。それ以外はどうやら無事のようだ、食器も静かにしているし、水も出る。部屋も大半が静かにしていた。アクセサリースタンドがひっくり返っていただけで、本棚もテレビもみんな無事だった。
やれやれ。わたしはとりあえず浴槽に水を溜めることにした。これはいざとなったときにトイレを流すために使うらしいが、水が出ないトイレをどうやって手動で流したらいいのかわからない。わからないがとりあえず水を溜める。たまたま一本空になったペットボトルにも水を入れた。本棚の上二段にしまっていた漫画とDVDを出して床に置いた。ベッドの脇にスニーカーと靴下を置いた。これ以上は何をしたらいいのかわからなかったので、とりあえずNHKを流しっぱなしにした。大阪の映像、なかなか揺れている。わたしも立派に巻き込まれたのだがあまりピンと来なかった。余震に注意してくださいと何度もアナウンサーが言う。そのうえ明日から雨が降るとも言う。
世界の終わりは近いのかもしれない。何もかもがオンタイムで、世界の終わりまでもがやって来るのかもしれない。

果たして寝れるのか、と思っていたが階段地獄に疲れ切っていたわたしはいとも簡単に爆睡した。夜中に何度か余震があったようだが、わたしの部屋がそもそも揺れなかったのか、気づかなかったのか、とにかくわたしは本当に、気持ちよく寝た。平日にこんなに深く眠ったのは久しぶりだった。

何事も起こらず、起きる。朝ごはんを食べ、身支度をし、今朝はパソコンをカバンに入れて部屋を出た。シアトルズに行くと、昨日と同じお兄さんがいつもと変わらない手順で開店の準備をしていた。レジに立ち、いつも通りにおはようございますと挨拶をし、ドリップコーヒーを注文した。
「地震、大丈夫でしたか?ちょうど昨日もいらっしゃいましたよね」
不意に声をかけられ、少しびっくりしてしまって、ああそうですね大変でしたねみたいなことを答えた。
「僕も家帰ったら部屋がめっちゃ荒れてて、えーって思いました。大変でしたよ」
そうですか、わたしの部屋は全然大したことなかったです。それはよかったですね、700円のお返しです。商品どうぞ。はい、すいません。
マグカップを受け取りテーブルにつく。もっとご家族はどうだったかとか、お部屋大変でしたねとか、はたまた昨日わたし32階まで階段使ったんですよやばくないですか?とか、言えたらよかったかなあと振り返る。今朝はお客が少なく、わたしがお店を出る頃になってやっとちらほらレジに人がやってきていた。

今日エレベーターが止まっていたら絶対に帰ってやると思っていたが、一日も経てば何事もない。人も増え、株主総会までの日数がまたひとつ減り、定時までずっとやかましい。わたしは目につくもの手に取るものすべてを斜め向かいに座るバカ上司に投げつけてやりたくて仕方がない。しかし別に、いつもと変わらぬ光景である。ただし部長は入院している。資料には修正が入り、19時頃まで仕事をして会社を出た。雨が降り始めていた。今夜はワールドカップ、日本vsコロンビア戦である。

#日記 #diary

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