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オオヤミノRUTUS

6年ほど前、ぼくは美味しいコーヒーを淹れるノウハウを学びに墨田区にある「ホソミーファクトリー」を訪ねました。講師は白河栢乃さん。ご本人は影の存在で表に出たくないと取材はいっさい断っているようでしたが、旅行社が運営するWEBメディアでの体験レポートというかたちでなんとなく許容していただきました。どうしたら雑味の出ない一杯を味わえるようになるか、とりわけ湯の温度と注ぎかたは科学的根拠に基づくもので、眼が思わず見開いて心底納得させられました。そんな白河さんが実行委員を務めるコーヒーの競技会「SBC(すみだ下町ブリューワーズカップ)」を後日覗きに行ったのですが、会場で提供されていたコーヒー豆が京都のオオヤミノルさんの工房が焙煎した中深煎りでした。それを丁寧にドリップした一杯は今までに嗜んできたどのコーヒーよりも香り豊かでコク深く、強い感銘を受けたのです。独自のコーヒー理論をもつオオヤさんがSBCに協賛するのは、ひいては白河さんの考えに共感しているからと想像し、この日からオオヤコーヒ焙煎所のファンになりました。

辛口、饒舌に語りつつ真理をついた筋の通るオオヤさんの著述を読み、美味しいコーヒーを淹れる手法において白河さんとオオヤさんの追究と方向はシンクロしていると合点いきました。

ふだんは生協パルシステムの安価な豆を挽いてエアロプレスで素早く淹れたり、たまの贅沢で友人のモリサキ夫妻が葉山御用邸前で営む「THE FIVE☆BEANS」の深煎り豆を買ったり、仕事場そば、横須賀市野比の「takahashi coffee」のサチエさんが台東区日本堤の名店「カフェ・バッハ」の修行にて習得した高い技術で淹れる中深煎りドリップコーヒーを昼休みに飲んだり。日常にある一杯は身近なものを選択してますが、東京佃島の実家に帰る際は八丁堀・亀島川ほとりに立地する「cawaii bread&coffee」に寄ってオオヤミノル焙煎所から取り寄せた中深煎りコーヒをときどきのとっておきとして楽しんでいます。

通販に頼る手段もあるのですが、京都は自分にとってかなり遠い。オオヤさんの豆を慕いながらも、ふだん使いは叶わないできたんです。ところが、雑誌『BRUTUS』の1,000号到達記念の企画で、オオヤミノル焙煎所によるスペシャルティコーヒーのコーヒーバッグが5つ付くZINE『オオヤミノRUTUS』が4号に渡って順次販売されると知って心踊ってしまいました。

「大好きだったBRUTUSを振り返り、その記事を作った人に当時のことを書いてもらいました。我々がCOFFEEという仕事の中で出会った"カッコイイBRUTUSの人達4人"と"その4つの仕事"を4号に渡り紹介します」とオオヤさん。オオヤさんが選んだ編集者のひとりが岡本 仁さん。2号目で岡本さんが編集に携わった1998年発行の『BRUTUS no.412 チェ・ゲバラ特集』掲載記事「政治=ポップの時代」について回想するテキストが読めて、しかもこの号をぼくは所蔵しているし、おまけにZINEの表紙・裏表紙を尊敬する天才漫画家・堀 道広さんが描き、さらには印刷は「hand saw press Kyoto」がリソグラフでおこなうとなったら、もう何がなんでも買うしかありません!

リソグラフの4色プリントを個人でやろうとしたらいかに費用と手間がかかるか経験上わかっているので、キューバの中深煎りコーヒーバッグも味わえて岡本さんの読みやすい文章と、堀さんのユーモアも合わせて楽しめるこのパックはかなりお買い得ではないかと思います。

同梱されるオオヤさんによるガイダンス「コーヒーの抽出法について」が素晴らしい。スペシャルな豆の特徴をより引き出すための術がさりげなく、しかしとてつもなく深い言葉で伝えていて心揺さぶられちゃいました。

ZINEの表紙をダイソーの『ポスターフレーム(A3、シンプル)』で額装し、本棚から『BRUTUS no.412』を取り出し、岡本さん編集の記事を読み返してから並べて居間にディスプレイ。おおっ!なんて佳い景色なんだろうか。リスペクトする3人による制作物を前に感動しまくりです。20、30年前は生活全般に影響を受け、夢中に読み耽っていた『BRUTUS』はここ数年購読していない。でも、『オオヤミノRUTUS』はたまらなく魅力的で、当時の熱中を想い出させてくれるんです。

コーヒーは要するに日本料理の出汁と同じ。いかに旨味を抽出するか、ビギナーでもそれを容易く可能にするにはどんな手法が適しているのか。『珈琲の建設』でオオヤさんが思案していたテーマがこのコーヒーバッグにより具現化されているのかもしれません。ガイダンスに沿ってお湯を注いで蒸らし、抽出したコーヒーは香り高く、まろやかなコクに心酔します。こんなに手軽に美味しくなるなんて! 進化するコーヒーの現在形に魅せられ、虜になりました。次号も買ってしまいそう。

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