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不規則がもたらす生活のリズム

9月17日。

きょうは変則的なお仕事で、夕方出勤。

日中がまるまる空くので、朝から図書館へ行ったりカフェでコーヒーを飲んだり自由に過ごす。

金曜日の朝のカフェ(お気に入りは、ガソリンスタンドに併設されたほぼ24時間空いているドトール)にいそいそと入り、本を読みながら店内を観察する。

仕事の入り時間が毎日バラバラだったり、休みの日が曜日と関係なく変わりやすかったりすると、曜日による人の動きのばらつきに気付きやすい。

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土日は朝から家族連れの出入りが多いこのカフェも、金曜日の午前中は閑散としている。

というか、いやに人が少ない。

たぶん、3連休の前日だから、みんな前日から有給をとってバケーションに出かけたりしているんだろう。普段訳知り顔で新聞をめくるサラリーマンだって、今日はアロハシャツにちょっといいサングラスをかけて、ミニバンのハンドルを握っているのだろう。
そうやってみんながワイワイ過ごしてればいいな、なんてどうでもいい願いをかけて、店を後にする。

そのあとは、思いつきで街をふらつき、思いつきで入った和菓子屋で和菓子を買い込んで、お昼ご飯の代わりとした。

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公園のベンチに陣取って、菓子を広げる。
遊具できゃっきゃはしゃぐ子供たちの声と、ベンチで見守るお母さま方の雑談の声。

つい最近、瀬尾まいこさんの「君が夏を走らせる」を読んだからか、勝手にその輪に入ってしまいそうになる。不審者まっしぐら。

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和菓子のおともは、図書館で借りてきた「ダカフェ日記」。
※図書館の本は公共の財産です。くれぐれも飲食しながら本を触ることのないように(ごめんなさい)

ダカフェ日記、大学生のころ大好きだったなぁ。
当時一眼レフを買ったばかりだった僕は、当然のように影響を受けて、いわゆる「ダカフェレンズ」と言われていたSIGMAの30mmを買ったりもした。

そして、10年経って見返したダカフェ日記は、これっぽちも色褪せず輝きを放っている。まるでわがごとのように家族の光景に笑みがこぼれてしまう。
どこにでもあふれているけど、関係性の中にいる人にしか撮れない瞬間。
これこれ、こういう写真が撮りたいんだよなぁ、ってついつぶやくけれども、コロナ禍では家族でもない限り難しいんだろうな。とか言い訳しちゃったりして。

自分にしか撮れない写真というものは、絶対に存在する。
それは、いまの自分の立ち位置から、いまの自分を取り巻く関係性を被写体にした写真だ。この視点は自分にしか分からない。
もちろん、その写真に価値があるかと言われれば、押し黙るしかないけれども。

だから、もっと写真撮ろう、と思う。


きょうの写真は
LUMIX GH5 + LEICA DG SUMMILUX 25mm F/1.4 II ASPH.
でした。

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