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世界でいちばん美しい〜鎌倉物語〜

2022年10月28日-2022年11月6日
@品川ステラボール
2022年11月11日-2022年11月13日
@COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール

全19公演お疲れさまでした!

今年の1月に初主演初単独舞台を終えてから、約9ヶ月ぶりの舞台。正直こんなに短いスパンでまた舞台に立つ姿が見れるとは思っていなかったので、なんだか今もフワフワしていて、トントン拍子ってこういうことかあと思ったりもしています。

こうしている間にも後ろなんて振り返らずにどんどん私の前を走っていってしまうキミだから、忘れないうちに少しだけ記録しておこうと思います。

この舞台の話をするにあたって、まずは椿くんにたくさんのありがとうを言わなければなりません。
好きな人の主演ミュージカルを見に行くことがずっとずっと私の夢でした。誰かを応援することも、ミュージカルを観に行くことも、趣味にしてからだいぶ長い時間が経ったのだけれど、この夢だけは、なかなか叶わなかった。けれど、椿くんが舞台に立っているのを初めて見たとき、「この夢、ぜったい叶う!」って思いました。そんな直感を頼りに今日までこうやってなんとか後ろをついてきてみたけれど、本当に素敵な景色を見ることができました。
初日も、千穐楽も、なんでもない日の公演も、毎日同じことなんてひとつもなくて、毎日新たな発見があって、その全部が私の夢であり私の見たかった景色でした。
私の夢を叶えてくれて本当に本当にありがとう。

なんだか自分の話になってしまいましたが、このことだけはいちばんに残しておきたいと思ったので、真っ先に書きました。

ここからは私の感想を少しだけ綴ります。

椿くんの演じるトオルは椿くんに似ている部分がたくさんある人でした。人を見かけや印象で判断したりせずに誰にでも手を差し伸べることができるところ、人の良いところを一番に言葉にしてあげられるところ、自分の希望を伝えることに臆病でいつも「〜する?」って相手に判断を委ねてしまうところ。いろんなところが椿くんにそっくりで、そっくりだからこそ、椿くんのお芝居ではトオルの素敵なところがとっても繊細に表現されていました。

そしてミュージカルといえばやっぱり歌だなと思いますが、椿くんの歌声はいつも暖かくて、優しくて、客席を陽だまりのように照らしてくれます。決して歌唱経験は多くなくても、ひとつひとつの音を大切にして、真っ直ぐに歌を届けようとしてくれるその気持ちはいつの日も素敵な音楽に乗って、ちゃんと私のもとにも届いていました。残念ながら毎日足を運ぶことは叶わなかったので、しばらく観れない日が続くこともありましたが、観に行けない日も、毎日最高点を更新し続ける椿くんを思ってワクワクしていました。
ミュージカル初主演ということで、悔しいと感じる日も、課題ばかりが目についてしまう日も、きっとたくさんあったんじゃないかなと思うけれど、そんなことで頑張れなくなる人じゃないって知っているつもりなので椿くんの見つけた課題がたくさんの目標に変わって、いつの日か大きな成果になってくれたらなと思っています。椿くんの目指す先に私の見たい景色がどれだけあるのか、今はまだ分からないけれど、やっぱり私はもっともっと大きな劇場の0番に立つ椿くんのことを見てみたいです。いつかまた、帝劇に連れて行ってね。

また今回はW主演だったので、横原くんについても少しだけ触れておこうと思います。
横原くんはきっと普段から椿くんとは真逆の考え方を持って、真逆のやり方をする人で、グループにいるときもこの2人が同じ方向を向くことは少ないのかなと思うけれど、その分、ぴったり背中を合わせて頑張ることのできる2人だったなと思います。劇中での横原くん演じるせったクンはトオルに助けられてばかりのようで、いつもトオルの背中を押して、トオルの手を引いて、トオルと音楽をもう一度つなぎ合わせてくれました。そんなところが、横原くんにも確かにあるなあと感じます。決して恩着せがましくなくて、時には少し強引で、それはもしかしたら不器用なやり方なのかもしれないけれど、自分の希望を伝えることに臆病な椿くんにはその強引さがとても頼もしい助け船になっていました。横原くんなりのやり方で、椿くんをたくさん支えて、椿くんと一緒に頑張ってくれてありがとう。

見た目も性格も真逆の2人だけれど、椿くんは横原くんとだったから「トオル」になれたのだと思うし、横原くんも椿くんとだったから「せったクン」になれたのだと思います。
初めてのW主演が横原くんと一緒で本当によかったです。

そしてこの舞台の物語についても少しだけ話しておきます。

原作を読み終えた日も、舞台の初日も、千穐楽も、いちばんに感じたことは「後ろめたさ」でした。
叶えたことより諦めたことのほうが多い、私のような人間にはせったクンとトオルがあまりにも眩しかった。意識せずとも周りを巻き込んでたくさんの人を魅了できる才能をもつせったクンも、それを素直に認めることのできるトオルも、腹が立つくらいに眩しくて、羨ましくて、きっと私はどちらにもなれないのだと思いました。どちらかというと私は自分のことを棚に上げては真っ直ぐに努力できる人を馬鹿にして、「美しい」なんて馬鹿げてるって考える勘太郎のような人間です。もし私がせったクンのような素直さと才能を持っていたのなら、もし私の隣にトオルのように真っ直ぐに手を差し伸べてくれる友人がいたのなら、自分の今いる場所はかなり違ったのではないかなあと、そんな"たられば"を並べては、今の自分を後ろめたくなりました。
けれど、北島先生が言っていたように「人は一人ひとり、自分になるしかない」のだと思います。誰かになんてなれなくて、あの子が持っていて自分が持っていないものになんとか折り合いをつけながら、生きていくしかないのだと思います。
「美しい人には人を美しくする力がある」なんて小海は歌っていたけれど、それは受け取り手も美しい時に初めて成立する力で、「美しい」って時に残酷で、儚くて、勘太郎のような人間にとってはきっと凶器にしかならなかった。勘太郎を見ているとなんだか自分を見ているような気持ちになりました。
だからこそこの物語が、あんな結末を招いてしまったことが、苦しくて苦しくて仕方なかった。

千穐楽からしばらく経って、やっとこのモヤモヤをなんとか言葉にできるようになりました。

椿くんの記念すべきミュージカル初主演作品は私にとって少し辛いものだったけれど、こんな苦しみも後悔もぜんぶぜんぶ宝物!ぜったいに忘れない!と思っています。エグランティーナで聴いたせったクンの音楽が今も彼らの耳に残っているように、あの時感じた苦しみも後ろめたさも大切な宝物としてそっと胸にしまっておきます。

自分の持っていないものに折り合いをつけて最後まで優しい人であり続けたトオルも、最後まで自分の中の美しいを追求して死んでいったせったクンも、最後までその美しさに折り合いをつけることができずにいた勘太郎も、そして美しいものに後ろめたさを感じる私も、みんながいつかどこかで自分にとって「世界でいちばん美しい」と思える音楽に救われる日が来ることを願って。


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