見出し画像

導きの歌姫 アリシア・キーズの軌跡~人気HIPHOP YouTuber:Shama Stationが振り返る【前編】

グラミー15冠、全世界トータル・セールス6,500万枚を誇るアリシア・キーズが、通算8枚目となる最新アルバム『KEYS』をリリース。2020年9月にリリースされた『ALICIA』に続き2作連続でのセルフ・タイトルとなる『KEYS』は、1つの楽曲に対し<オリジナルズver.>と<アンロックドver.>の2種類の音源が対をなして収録。アリシアはそれを<帰郷>と<体験>と表現し、その制作過程では改めて自身の根源に立ち返ったという。いまや世界的歌姫/活動家となったアリシア・キーズのルーツとは?長年アリシア・キーズのファンでその音楽をずっと身近に聴いてきた人気HIPHOP YouTuber, Shama Stationさんが歌姫アリシア・キーズのルーツや軌跡をキャリアと共に振り返ります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

貧困、差別、多様性、地球温暖化, etc. 現在私たちはたくさんの社会問題を抱え日々を生きているが、自分たちの専門である音楽を超えて、それらを解決するために動き出せるアーティストはどれくらいいるだろうか。ましてや現役で音楽キャリアを続け、常にビルボード上位に君臨しながらそれを行うというのは、現役のオリンピック選手でいながら定期的にM-1グランプリの決勝に進出するようなものだ。

しかし、アリシア・キーズは2001年にデビューして以降”If I Ain’t Got You”や”Girls On Fire”など誰でも一度は聞いた事があるような名曲を世に送り出しながらも、エイズ問題や米国の銃規制問題、女性の社会進出といった大きな社会課題に次々と取り組んできた。ここでは不条理な世の中を必死に生きる人々に優しく寄り添い、再び生きる力を吹き込むネオ・ソウルの女王 アリシア・キーズの信念、そしてそこに隠された原動力について紐解いてゆく。

So I sing a song for the hustlers trading at the bus stop
だから私は歌う、街角でしのぎを削るハスラーのために
Single mothers waiting on a check to come
小切手を待っているシングル・マザーのために
Young teachers, student doctors
若い教師、医者の卵
Sons on the front line knowing they don't get to run
命令されるがままに、最前線で奮闘する若き人
This goes out to the Underdog
これは挑戦者達への賛歌
Keep on keeping at what you love
やりたいことを続けなさい
You'll find that someday soon enough
必ず報われる日が来るから
You will rise up, rise up, yeah
立ち上がる時が来る                                                    "Underdog" - Alicia Keys

犯罪多発地帯と母テリーの存在

ドアを一歩出たら、自分を守るために備える必要があったの。
身を隠してまっすぐ目的地にたどり着く。スカートもヒールも履けなかった - Alicia Keys(The Guardianインタビュー

アリシアを理解する上で欠かせないのが彼女を女腕一つで育て上げた母テリーの存在である。アリシアが幼少期を過ごしたNYのヘルズキッチンという地帯はタイムズスクエアに程近く、今でさえ高層ビルが立ち並びブロードウェイや美術館、最先端の文化が集まる華やかな場所として世界中の人々を魅了しているが、アリシアが生まれた40年前は各地からギャングが集まり、売春や違法ドラッグが蔓延る犯罪率の高い危険地帯だった。

そんなストリートでのトラブルに巻き込まれないように、寝る間も惜しんで3つの仕事を掛け持ちしながらも自分にダンス、バレエ、演劇など様々な習い事をさせてくれた母テリーを間近で見ていたアリシアは、まだ10代も前半ながら労働者階級者やシングルマザーの苦労、そして父親がいないことに対する孤独感を痛感する。

そんな母がさせてくれた多くの習い事からアリシアが見つけ出した希望の光がピアノだった。アリシアは日本のヴァイオリニストで音楽教育家の鈴木鎮一氏が編み出した、音楽を通じて心を豊かにし自信をつける事を目的としたスズキ・メソードというピアノの練習方法を6歳から習い始め、仕事で母が留守の間ベートーヴェン、モーツァルト、ショパンといったクラシック音楽からジャズやソウルなど幅広いジャンルをひたすら練習し、音楽を介して1人、自己表現を繰り返していた。

弁護関係の仕事に携わっていた母との言い合いや厳しい生活環境により早熟だったアリシアは地元のアート系の高校を首席で卒業し、奨学金を貰って飛び級で名門コロンビア大学に入学する事になるのだが、同時期に受けたオーディションをきっかけにコロムビア・レコードとの契約が決まり、音楽活動に専念するため入学からたった1ヶ月で中退する事になる。

出発地点を見極める

1996年、アリシアは大手コロムビア・レコードとの契約を獲得し順調に行くと思われたが、そこで彼女は音楽業界の現実を目の当たりにする事になる。彼らはいち早くアリシアをヒットアーティストにすべく有名なプロデューサーや作詞家、スタイリストを手配し彼らが売りたいアーティスト像にアリシアという個性を当てはめ、今まで培ったアリシアの音楽家としてのアイデンティティを塗り替えようとした。しかしクラシックを学び、1人で作詞作曲も行えるアリシアにとって他人に与えられたスタイルに自分を変形させていくのは苦痛でしかなかった。 

そんな不自由な環境で制作をしていたアリシアを救い出したのがホイットニー・ヒューストンやジャニス・ジョプリンといった超級のスターを見出した伝説の耳を持つクライヴ・デイヴィスだ(元コロムビア・レコード代表)。アリシアに大いなる可能性を感じたクライヴはコロムビア・レコードに大金を支払い、アリシアとの契約を白紙にさせて自分のレーベルにアリシアが自由に制作できる理想の環境を用意した。

そして2001年、レーベルの移籍や当時の彼との関係性といった不安定な気持ちを描いたデビューシングル”Fallin’”をリリースする。

I keep on Fallin' In and out of love with you
いつも心は乱れてばかり、あなたと一喜一憂して
I never loved someone The way that I love you
こんなにも誰かを愛したことなどなかった
                                                                                             ”Fallin’”- Alicia Keys

アリシアが14歳の時から、実に4年もの歳月をかけて制作した“Fallin’”はいきなり大ヒットとはならなかったが、クライヴの猛烈な交渉により当時アメリカで最高峰の視聴率を誇っていた長寿番組オプラ・ウィンフリー・ショーにアリシアを出演させる事に成功する。そこでアリシアは若干18歳とは思えない、深く優美な歌声や卓越したピアノ捌きを披露する。さらにアフリカンアメリカンならではのコーンロウという、クラシック音楽とはアンマッチな彼女の奇抜なスタイルはお茶の間を騒がせ、主催のオプラからも最大の賛辞を頂戴した。

当時はブリトニー・スピアーズやビヨンセ率いるデスティニーズ・チャイルド、アッシャーなどがR&BにPop要素を取り入れたダンサブルな曲でチャートを騒がせており、演奏はバンドに任せて本人はダンスしたりと別々でパフォーマンスする事が多かった中、自らピアノを弾きしっとりとソウルを歌い上げるアリシアの姿は、世間に”ホンモノが出てきた”という強いインパクトを与えた。

出演から1週間後にリリースされたデビューアルバム『Songs In A Minor』は前週まで1位だったエミネム率いるHIPHOPグループD12のデビューアルバム『Devils Night』を引きずり下ろし、見事全米アルバム・チャート初登場1位を記録。シングル“Fallin’”でも全米シングル・チャート6週連続1位を記録。グラミーも最優秀楽曲賞を含む5つの部門で受賞し、その年の最多部門受賞を達成した。

Don't take for granted the passions that she has for you
彼女のその情熱を当然と思わないで
You will lose if you choose to refuse to put her first
彼女を優先しないのなら、あなたは失うことになる
She will and she can find a man who knows her worth
彼女は自分の価値が分かる他の男を見つけるから
 “A Woman’s Worth” - Alicia Keys

このアルバムがリリースされた2000年代初期は、ギャングスタラップによって盛り上がりを見せていた”過剰に男らしさを強調するリリック”のせいで女性を軽蔑する様な表現が目立っていたのだが、当時はまだSNSも発達しておらず女性たちはHIPHOPだけでなく社会全体の女性差別的な風潮に対して声を上げたくても難しい状況にあった。そんな中アリシアは、このアルバムに収録された“A Woman’s Worth”で真剣に恋愛をする一途な黒人女性を歌った事で多くの女性から支持され、現在の社会的弱者を牽引するようなポジションに立つ最初のきっかけとなった。

ちなみに、2021年の今年『Songs In A Minor』はリリース20周年を迎え、アリシアの地元のスーパースターであるThe Notorious B.I.Gが“Juicy”でサンプリングしたものと同じ楽曲を使った“Juciest”や、Nasが加わった“A Woman’s Worth”のリミックス版も収録された記念版がストリーミング解禁されている。

アーティストとしてのアイデンティティ形成

デビュー作の成功によりアリシアには新しい出会いの数々があった。その1人がカニエ・ウェストだ。カニエは交通事故に遭い、術後で顎にまだワイヤーが入った状態で自身のデビューアルバム『The College Dropout』を制作したのは有名な話だが、その状態で制作したもう1つの作品が全米R&B/HIPHOPチャートに9週連続で1位に君臨したアリシアの大ヒット曲“You Don’t Know My Name”だ。これには有名になる前のジョン・レジェンドがコーラスで参加している他にも、MVにはNYの大人気ラッパーのモス・デフが登場したり、カニエのお得意とするスキット(セリフ)を大胆に楽曲に組み込むなど、アリシアにとっては革新的な一曲となった。土地柄的にもHIPHOPの影響を大きく受けていたアリシアはこの曲に加えて、クラシック音楽とHIPHOPをミックスした“Harlem’s Nocturne”やHIPHOP的なドラムにホーンを組み込んだ“Karma”など、HIPHOP要素を多く含んだセカンドアルバムを制作し、男女問わず黒人コミュニティから絶大な信頼を得た。


Some people want it all
全てを欲しがる人もいるけど
But I don't want nothing at all
私は何もいらないわ
If it ain't you baby
もしあなたじゃないのなら
If I ain't got you baby
あなたを手に入れられないのなら
 “If I Ain’t Got You” - Alicia Keys

同じくアルバムに収録された楽曲の中でも、リリースから約15年近く経つ今でも根強い人気を誇る名曲といえば“If I Ain’t Got You”だろう。この曲は2001年に起きたR&Bの女王 アリーヤの飛行機墜落死や9.11 アメリカ同時多発テロという悲劇を受けて制作され、人の心に寄り添うアリシアのアーティストとしてのアイデンティティを象徴する名曲となった。

様々な経験を経て気づいた自分の弱みや感情を正直にさらけだしたこのセカンドアルバムをアリシアは『The Diary Of Alicia Keys』と名付け、デビュー作に引き続き全米アルバムチャートで1位を記録しグラミー賞4部門受賞、今でもアリシアの最高傑作の一つとの呼び声が高い。

世界を周り、自分のミッションを知る

Don't give up 'cause you have friends
諦めないで、あなたには友達がいるんだから
Don't give up You're not the only one
諦めないで、あなたは一人じゃない
Don't give up There's no reason to be ashamed
諦めるないで、恥じる必要なんてどこにもない
Don't give up You still You still have us
諦めちゃだめ、あなたには私たちがついているから
 ”Don’t Give Up Africa” - Alicia Keys, Bono

アリシアは全国ツアーを行う途中でアフリカのエイズ問題を解決しようと活動していたリー・ブレイクという女性に出会う。1981年、アメリカでエイズが流行した頃にアリシアは生まれ、幼い頃に母親の友人がエイズで亡くなるのを彼女は目撃していた。その経験から21歳のアリシアはリーと共にエイズが猛威を振るう南アフリカのヨハネスブルクにあるエイズ専用のクリニックを視察する事を決心。そこで現地のエイズ患者の50%は医療薬を賄えず、治療も受けられぬまま亡くなってしまう事や、世界中の出産適齢期の女性の死因第一位はエイズである事を知り、『The Diary Of Alica Keys』のリリースと同年に非営利団体KCA(キープ・ア・チャイルド・アライヴ)を設立する。アリシアはテレビを通して南アフリカで苦しむエイズ患者への募金を募り、多くの提携クリニックや貧困家庭に支援を行った。2005年にはU2のボノと一緒にチャリティーソング“Don’t Give Up Africa”をリリースしたり、毎年The Black Ballというチャリティーコンサートを行いエイズ患者への支援を続けている。

愛する者の喪失

Cause it would all mean nothing if I don't say something
before it all goes away
なぜなら、あなたがいなくなったら全ては意味がなくなってしまうから
Don't wanna wait to bring you flowers,
waste another hour let alone another day
今花束を送りたい、もう少しも待てない、一刻の猶予もない
I'm gonna tell you something, show you something,
won't wait til its too late
あなたに伝えたい、あなたに見せたい、手遅れにならないうちに
 “Tell You Something(Nana’s Reprise)”ーAlicia Keys

『The Diary Of Alicia Keys』が大物アーティストとしての新しい自分を見つける葛藤を綴った日記だとすれば、サードアルバム『As I Am』は自分に課せられたミッションを自覚し取り組んでいく決意表明のような作品だと言える。アリシアは全国ツアー、NPOの運営、アルバム制作やメディア出演などで多忙を極める生活を送っていた。そんな中、彼女が幼い頃に面倒を見てもらっていた愛する祖父母 ナナの訃報が入り、多忙のあまり押し殺そうとしていた感情が爆発する。

For all the mothers fighting
闘う母親たちのため
For better days to come
より良い未来のため
And all my women, all my women sitting here trying
すべての女性のため、この苦境で努力する女性たちが
To come home before the sun
居場所を取り戻し、日の目を見れるように
And all my sisters coming together
すべての姉妹たちがひとつに結ばれるように
Say “Yes, I will,” and “Yes, I can
言うの「私はやる」「私にはできる」
Cause I am a Superwoman
だって私はスーパーウーマンだから
                                                                                ”Superwoman” - Alicia Keys

愛する者を失った悲しみを抱えながらも、祖父母ナナの分も強く生きて行こうと自分を鼓舞した”Superwoman”やアリシアの代表曲となった“No One”は世界中の女性から共感を呼び、全米1位を記録し2000年代にアメリカ国内でリリースされた全曲のうち6番目に売れた特大ヒット曲となった。この2曲を収録したサードアルバム『As I Am』は最終的にグラミー3部門を受賞し、アリシアを単なる大型新人から女性を勇気づける太陽のような存在へと進化させた。

ニューヨークの顔になる

In New York
ニューヨーク
Concrete jungle where dreams are made of
コンクリートジャングルでは夢が作り出される
Theres nothing you can’t do
できないことなんて何もない
Now you’re in New York
あなたは今ニューヨークにいるのよ
These streets will make you feel brand new
ニューヨークのストリートはあなたを新しい気持ちにさせてくれる
Big lights will inspire you
眩い光があなたに刺激をくれる
 "Empire State of Mind" - Jay-Z, Alicia Keys

大きな喪失感を抱えるも相変わらず多忙な生活を送る中、アリシアよりも5年先にデビューしてビルボードのアルバムチャートを総なめにしていたNYの絶対的ボス、Jay-Zから彼自身のアルバム『The Bluprint 3』に地元NYへ捧げる曲を入れたいから協力してくれと連絡が入った。そのNY民にしかわからないコアすぎる内容を歌ったこの曲は当初、地元民だけに響かせるアルバムのイチ収録曲にすぎない、思い出作りのような感覚で気軽に制作した曲だったそうだが、最終的にNYに成功を夢見る世界中の挑戦者に勇気を与える希望の歌となり、アリシアはNYドリームを象徴するアーティストとして定着した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

前編はアリシア・キーズのルーツからキャリア前期を振り返りました!後編は、アリシアの人生における大きなターニングポイントである結婚、出産を経てどのようなアーティストへと進化していったのかを紐解きます。明日公開予定!お楽しみに!

▼アリシア・キーズ公式サイト

▼最新アルバム『KEYS』配信中!

▼ライター:Shama Stationプロフィール

Shama Station (通称: しゃます)
日本の大学を中退後、カリフォルニア大学サンディエゴ校へ入学。現在は休学しHIPHOP系のYouTubeチャンネル”Shama Station”として活動中。奴隷制から遡ったHIPHOPの歴史解説動画に加え、毎週末アメリカのHIPHOPシーンに関する最新ニュースや注目の新人ラッパー、新曲情報を配信中!
★YouTubeチャンネル【Shama Station】https://www.youtube.com/channel/UCYVpHXMsZ-ECItdgEl7TBmA
★Instagram: https://www.instagram.com/simazilo/