神島

11月25日は三島由紀夫の命日だと耳にして、私は神島のことを心の中に思い浮かべた。神島は伊勢湾に浮かぶ小さな美しい島だ。三島由紀夫の10作目の長編小説『潮騒』は、この神島が舞台となっている。

以下はWikipediaより引用


「1951年(昭和26年)12月から1952年(昭和27年)5月にかけ初の世界旅行を経験した三島由紀夫は、その後〈ギリシア熱〉が最高に達し、『ダフニスとクロエ』のプロットを生かした小説を書くことを考え、古代ギリシアと類縁のある〈日本の素朴な村落共同体の生活感覚や倫理観〉、〈宗教感覚〉や、〈ギリシアの神々のイメージ〉と重なる〈日本の神々〉を背景として描ける場所を求めた。

三島は水産庁に依頼し、〈都会の影響を少しも受けてゐず、風光明媚で、経済的にもやや富裕な漁村〉を探してもらい、金華山沖の某島と三重県の神島(かみしま)を紹介された。そこで三島は万葉集の〈歌枕のゆたかな地方〉で、〈古典文学の名どころ〉に近い神島を選んだ。早速現地に行って確かめた三島は、バーもパチンコ屋もなく〈都会文明から隔絶〉した素朴な島をすぐに気に入り、漁業組合長の寺田宗一の家に滞在し世話になることになった。神島を舞台に選んだ理由を三島は、『日本で唯一パチンコ店がない島だったから』と、大蔵省同期の長岡實にも語ったという」


この〈日本の素朴な村落共同体の生活感覚や倫理観〉を持ち、〈都会文明から隔絶〉された島に、私の高祖母は嫁いだ。三島由紀夫が神島を訪れるよりも、ずっと前のことだ。

私は高祖母のことを何も知らない。どんな顔をしていて、どんな内面を持つ人だったのか。知っているのは、神島から夜逃げをしたことだけだ。

高祖母は、嫁ぎ先の暮らしに慣れることができず、結婚相手のことも愛することができなかった。夜中に小舟を漕ぎ出して海に出た高祖母は、1度目と2度目は追っ手に捕まってしまったのだけど、3度目に島からの脱出に成功したそうだ。そして、帰り着いた実家で「そんな思いをしてまで戻ってきたなら」と新しく取ってもらった婿が私の高祖父で、産まれた子供が私の曽祖父だ。

高祖母が帰り着いて、曽祖父が生まれたその家は、現在の私の故郷のような場所である。年に1度は息子を連れて訪れている。私は高祖母に対して特別に親しみを感じていて、田舎に行けば必ず神島を臨む岬に車を走らせる。海の向こうに神島を見渡す海岸の砂は真っ白でサラサラで、息子は大喜びで犬のように砂遊びを楽しむのだ。

私は息子の砂遊びの間、海の向こうの島を眺めている。季節によっては、ちょうど神島に向かって夕陽が沈んでいくように見えることがあって、オレンジ色に染まる水平線、そのなかに黒く小さく浮かぶ神島はその名の通りとても神々しい。これまで、何度も何度も夕暮れの岬を目指して車を走らせてきた。

昨夜、この高祖母の話をツイートしたところ、小さな頃に神島に泊まった経験があるという方から思い出話を聞かせて頂くことができた。「ツイートを見て神島を思い出した。青い空と海がとても綺麗で、その分夜の暗さが怖かった」と。それを読んで、私も思い出したのだ。神島の真っ黒で真っ暗な夜のことを。

あれは20歳の頃のことで、祖父母、両親、兄弟、いとこの大所帯で神島の民宿に泊まりに出かけた。狭い島にはたくさんの宿はないのだろう、なんとその大人数が一つの部屋で寝なければならないという。彼氏の家にお泊りしても朝まで眠れず、彼氏のお姉ちゃんの部屋の本棚を漁りにいって朝まで漫画を読んでいたような私である。眠れるはずがなかった。それと、その頃20歳の女の子が抱えるにしてはちょっと大きすぎる悩み事を抱えていた。(正確には今も持っている)

眠れない夜を家族のいびきのなかで過ごす気持ちになれず、宿を抜け出して港まで歩いた。私の記憶のなかの神島は、入り組んだ坂道と、港と、そこにたむろする猫で構成されている。

目の前には真っ黒な海がどこまでも果てしなく続いているように思われた。神島は陸地からそんなに離れた島ではないけれど、本当に、目の前が何も見えないような闇だったから。もちろん、昼間に愛らしい姿を見せた猫は1匹もいなかった。

目を閉じていないのに何も見えない真っ暗な闇のなかで、風だけを感じて、波の音を聴きながら、私は泣いた。きっと、そのときの私は「死にたい」などと考えていたはずだ。そんな神島の夜を、あの真っ暗な夜を思い出したら、

「あの黒い海を前にして、死のうとするんじゃなくて生きようとしたおばあちゃんすごい!!!」

って猛烈に感動したのね。

生きるために、多分、幸せのためにとか、自分らしくあるためにとか、そんな想いで胸をいっぱいにして、高祖母は海に漕ぎ出したんだろう。身がすくむような真っ黒な海に、何も見えない真っ暗な夜に、未来を求めて、漕ぎ出したんだろう。きっと、とても怖かっただろうと思うけど。

私の田舎は海のまちなので、昔から生活を悲観した女の人が海に入っていくことが度々起きた、と祖母から聞いたことがある。それはもちろん、生きるためではなくて、命を断ち切るためだ。

あの神島の夜を思い出すことができてよかった。あの闇を思い出すことで、私はこれまでよりもっと高祖母が好きになった。たまにこんな思いがけない出来事が起こるから、Twitterはやめられないし、Twitterじゃなくたって、人と関わることはやめられない。たとえばどんなに真っ暗な闇のようで先が見えずに怖くても、誰かと関わることを諦めたくない。高祖母が必死に、闇の外の、島の外の世界を、求めたように。

三島は神島についてこう書いている


「この島は海の幸に恵まれて豊かであるが、やはり海を相手にした仕事には、勇気も要り、悲劇も生ずる。シングの「海へ騎りゆく者(英語版)」のやうに、一家から若い死者を何人も出した不幸な母も多い」

「発電機が故障すると、島にはラムプの灯しかなくなり、私は生れてはじめて、ラムプの灯下の生活に親しみました。すると夜の闇の中の波音は、大きく立ちはだかり、人間の生活そのものが、いかに小さく、つつましいかが思はれます。われわれ都会人とて、電灯の明りのおかげで、夜の恐怖を忘れてゐますが、人間生活の小ささ、はかなさは、実に都会とて同じことでせう」


これを読むと、勇気を持って夜の闇の海に漕ぎ出し、生き抜いた高祖母を誇りに思わずにはいられない。もしかしたら高祖母はただの考え無しのとんでもないわがまま女だったのかもしれないけれど、命をかけるほどのわがままなんて、まだまだ私にはできそうもないな。

私の大好きな、そして、三島が亡くなった11月の間に、三島由紀夫と高祖母を想って『潮騒』を読み返したいと思う。美しい島の、美しい物語を。

それでは、おやすみなさい。





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霜月

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