【即興短編】疲れた勇者

「あんたは、寝ないの?」
 大地を移り、都までの長い道のりを越えると、そこは占音(センネ)の知らない場所だった。
 夏が瞬きのように短く、占音の土地にはほとんど訪れない冬の長い場所。眠りを促す時間は短いくせに、眠りを誘う眩しさに恵まれた自然は、時に寂しく、時に温かく、占音の小さな体躯に馴染んだ。
 それは、冬がそろりと足を伸ばし始めた時期のことだ。
 一部の人間にしか存在を知らされていない占音は、王城の中でも出歩くことのできる範囲が限られており、それ故に衣食住のほとんどを紫亜(シア)の部屋で行っていた。
 占音は教育のためにその部屋から動かずとも良かったが、紫亜は違う。
 国中とまでは行かなくとも、国務や貴族たちの会合は毎日どこかで行われ、教会との連絡会議も週一から月一の頻度で行われる。加えて、青家一族の管理と、王城内の管理。
 彼の実の息子は、占音よりも年上だがまだ幼く、そういった仕事は任されない。
 紫亜の妻は、夫との仕事を分担するために南に移っていると聞く。占音はまだ見たことがない。
 そもそも、紫亜が誰かを好きになって子供を成していること自体が、不思議でたまらなかった。
 魔石の光で手元を照らしながら、紫亜はペンを黙々と走らせている。
 仕事の最中に声をかけても無視をされることは常で、占音のその問いも、王都に移ってから数回繰り返されている。
「……おやすみなさい」
 待っても意味がない、と思い、解いた髪を整えてから枕に頭を沈める。
 もぞ、と寝やすい態勢をとろうとしたところで、コトリとペンを置く音がした。
「寝ている方が、最近は疲れる」
 驚いて背後を振り返ると、紫亜の視線とかちあった。橙色の光に照らされた顔はやつれていて、占音が最初に見た頃のような覇気は無くなっている。
 自室だから、油断したのだろうか。否、この男がまさか、そんな間抜けなことをするはずがない。
 星の明滅に近い一瞬で閉ざされたこたえは、しかし、占音に正反対の行動を起こさせた。
 身を起こし、ベッドを離れて紫亜の足元に近寄る。
「何言ってんだよ。寝ろよ。一緒に寝てやるから」
「子供が何をいう」
「そんな頼りない面されてちゃ、俺が困るんだよ」
「……生意気な」
 そう言いながらも占音の頬をつねり、紫亜は立ち上がる。
 長い黒髪を指で梳きながら、彼は占音と共に寝具に近寄った。

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