STORY③ “未来は誰にもわからない。だから楽しい” は、真実だった。


『たこ焼き屋さん、12 月いっぱいで立ち退きなんだよね……』


そんな話があったのはいつだっただろうか。夜になれば連絡をくださり、いつもいつもご飯を食べに連れて行ってくれるおばあちゃん。毎度元気な彼女の顔が、いつにもなくどんより曇っていた。

立ち退き。都市開発の一環、彼女のお店にもその矛先が向いてしまったのだという。40 年以上も続く、いわば “街の顔” とも言えるお店が、その対象になってしまった。

『お店を畳むなんて、考えたくないわよ』

おばあちゃんは,、物寂しげな顔で、伏し目がちにそう言った。その途端、少し泣きそうになってしまった。僕も嫌だよ。こんなにも元気なおばあちゃんなのに。なぜお店をやめなきゃならないのか。そう思った僕は、まったく無意識に口を開いた。


「もしも ”移転” の形を取れるなら、僕が全部お手伝いします。お店の物件、探しましょうよ。僕がやります」


正直、何も考えていなかった。”向こう見ず” とはまさにこのことを言うのだと思う。微塵の思考もせず、気づけばそう口にしてしまっていた。「お世話になる」なんて言葉は仰々しいし、なるべく言いたくないが、きっとその意識が自然と口を動かしたんだと思う。


『本当!?』と、彼女の目が途端にきらめく。すごく良い顔だった。大雪の後、すっかり晴れていたあの翌朝に似ていた。「もちろんです」と一言、ちょっと格好付けて返してしまう。もう後には引けないな。


善は急げ。やると決めたら、すぐに動く。その場で物件を見漁り、合いそうなものをいくつか提案した。

『ここはちょっと違う』 『ちょっと手狭だね』 『もうちょっと奥行きがある方が良いなぁ』などと、どんどんその場でゆるやかに決まっていく。この感覚がすごく気持ち良い。


『ここ、良いわね。広さがちょうど良い。あなた、たしか自分のお店を持ちたいって言ってたよね? スピークイージーとかいう』


「そうですねえ。鍵屋さんの裏に古き良きバーがあるような。昔のスタイルの」


『たこ焼き屋さんの裏にお酒を飲める場所があったら、きっと楽しいと思う。スピークイージーのような、オシャレな感じからは離れてしまうけど、それはそれで面白いじゃない。せっかく広いんだし、たこ焼き屋の裏でやってみたら?』


僕はなぜか、「自分のお店」を持つことになってしまった。たこ焼き屋さんの裏にて、一軒のバーを。なんだか、この出会いには ”なぜか” が多いような気がする。そもそも、なぜか雪の日におばあちゃんを助けている時点でそういうことなのだけど。

おばあちゃんの提案、『たこ焼き屋の裏にあるバー』は、スピークイージーからたしかにちょっと外れてしまうけれど、彼女が言っていたように、“それはそれで面白い”

雪のなかでオロオロしていたおばあちゃんを助ければお店を持つことになり、「スピークイージーのバーを持ちたい」なんていう夢まで叶ってしまいそうだ。


“未来は誰にもわからない。だから楽しい”なんていう言葉はどこかしこでも聞こえるが、それって本当の話だったんだな。こんなことになるなんて、思いもしなかった。めちゃくちゃ楽しい。自分の人生の「未来」ですら、まったく分からなかった。知らなかった。だから人生は楽しい。大きな言葉だけれど、本当に心からそう思う。おばあちゃんのおかげで、近い未来がいっそう楽しみになった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?