スナックボイ aka てんじくボイ

44年目のドロップアウト。歩き遍路通し打ちで感じた事、考えた事をつらつらと。からのイン…

スナックボイ aka てんじくボイ

44年目のドロップアウト。歩き遍路通し打ちで感じた事、考えた事をつらつらと。からのインドyogaの旅。

最近の記事

リシケシ_05

子供の頃って、子供同士仲良くなるのに「言葉」ってそんな大事やったかなぁ… 「自分は何者か」なんて言葉で伝える必要もなかったし、ましてや「自分という存在を理解させる」みたいな自我の押し売りのような事に必死になることもなかった気がするなぁ 大人になるとお互いの境界線が分厚すぎたりなんだかんだで、仲良くなりたいのか、従属させたいのか、取り込みたいのか、支配したい/されたいのか…のようなもうホンマどうしたいねんって感じの関係性を必死に言葉で繋ごうとしてるような、ないような… 「

    • リシケシ_04

      「うん。そうだ。人はまことを求める。真理を求める。ほんとうの道を求めるのだ。人が道を求めないでいられないことはちょうど鳥の飛ばないでいられないとおんなじだ。おまえたちはよくおぼえなければいけない。人は善を愛し道を求めないでいられない。それが人の性質だ。これをおまえたちは堅くおぼえてあとでも決して忘れてはいけない。おまえたちはみなこれから人生という非常なけわしいみちをあるかなければならない。たとえばそれは葱嶺の氷や辛度の流れや流沙の火やでいっぱいなようなものだ。そのどこを通ると

      • リシケシ_03

        さあ、とりあえず腹を撫でなさい そう、優しく丁寧に お前のことはその後でよろしい おやすみ

        • 自分の速度

          僕は何をするにも人の倍以上時間がかかる。 だから人の倍以上のはやさでこなすか 人の倍以上の人生が必要だ。 って、その「人」って一体誰やねん。 お前はいつからここにおんねん。 って話なんやろね実際。 よくよく考えたらその「人」ってホンマは実体なんてないんやろし、 まぁ実際さっぱり見たことないしね実際。 だから誰やねん。 呼吸の数も 心臓の打つ速さも 血が巡る速さも インパルスの発火具合も 細胞の死と再生も 内臓が消化する速さも 目が何かを捉える速さも 人の心を捉えるその心

          リシケシ_02

          水面に這う 音、風、光 儚きも豊穣なり

          リシケシ_01

          ガンガーのほとりで 何もしていない 何もしなくていいから

          Yoga 合宿 in Rishikesh 終了

          約1カ月の合宿が終わった。一歩踏み出した事でどんどん繋がっていく。過去と今と未来。人。場所。必然なのか偶然なのか、シナリオ的なものなのか何なのか。 うーん、コレはやっぱし縁起であって因果なのでしょうな。うん、コレがしっくり。 ナナメからみる、対決姿勢、マウンティング、否定、カウンター、レヴェル、拒絶、やり込める、ねじ伏せる、抗う…自身に対して、ヒトに対して、物事に対して、社会に対して。僕はこういう感じに生きてきた様に思う。それはそれで必要な事だったと思うし、得るものも少な

          Yoga 合宿 in Rishikesh 終了

          Yoga 合宿 in Rishikesh 3週間経過

          気づく→手放す→気づく→手放す→気づく→手放す…(以降ループ&ループ) ヨガ一色の生活が3週間を過ぎた今現在。コレってもしかしてソレ?な感触を時折手にしている気がする。様なそうでも無いような…でもたぶんきっとコレってソレやんなぁ。な今現在。 恐怖、執着、我欲がベースとなる自我に支配された生き方は結局のところ行き詰まる。息苦しい。生きづらい。だからって培ってきたものや生活、諸々の関係性を全て放擲しなければいけないのか、と言われればそうでも無い。「コレをやってると何だか胸の奥

          Yoga 合宿 in Rishikesh 3週間経過

          Yoga 合宿 in Rishikesh 2週間経過

          エブリデイエブリタイムyoga 。1週目は睡眠不足、熱中症、便秘、下痢などの体調不良が続き、なかなか難しい状況だったが、今や心身共に絶好調。やっと体がインドを受け入れた、いや、やっとインドが僕を受け入れてくれた、と言うべきか。yogaだけに集中できる日々。幸せすぎるこの状況を味わう。そしてこういった状況を味わうことを許してくれる僕を取りまく人々全てに感謝。ホントおおきにです。 ただ、こういったyogaに全てを委ねた日々は至福感に満たされる事ばかりではなく、yoga的思考から

          Yoga 合宿 in Rishikesh 2週間経過

          Yoga合宿 in Rishikesh 1週間

          今日は1週間で唯一の休日(だがしかしなんと半日のみ!)。今はとにかくハシビロコウの様にじっとして心身を休めております。 ここインドのリシケシにて約1ヶ月のTTC(yoga teacher training course )がスタートし、今日で1週間経過したわけでございますが、まぁ結論から申しますとそれはもう日々ウルトラハードなトレーニングとスケジュールなのでございまして、まぁ眼下に流れるガンガーが三途の川に見える程度に死にかけてます。 特にアーサナの授業に関しましては、まさ

          Yoga合宿 in Rishikesh 1週間

          つるんっ、としたものに出会いたい。

          殻を剥いだゆで卵のような。つるんっ、と。それはプリプリである。 仕事を辞め1年が過ぎた。心身共に動かなくなってしまって踏ん張りきれなかった。2ヶ月ほどの寝たきり状態の中で何度か薬を変えた後、ある薬がバッチリとマッチし、最悪な状況を脱する手助けとなった(効き過ぎて一時躁転してしまったが)。そのまま快方し、あとはゆっくりリハビリしながら無職ライフをエンジョイしちゃえるんじゃなかろうかウフフッ、などと若干は期待したが、まぁそんなうまい話はそうそうないのであって、海面に腹を擦ったり

          つるんっ、としたものに出会いたい。

          ドキッとしたので覚え書き

          栗原康さんの著書「死してなお踊れ 一遍上人伝」を急いで読んでいる。単純に凄く面白く、次は?んで次は!?というように急いで読みたい気持ちにさせてくれる本だという事もあるのだが、どうもこの物語の一遍上人が脳内でとある友人に変換されてしまうので、ちょうどその友人に明日会う約束もある事だし、この本を読みきって明日渡したいな、なんて思い急いで読んでいるのである。 で、クライマックスに近づきつつある章で、ドキリっ、どころかちょっとサブイボというかビックリしてしまい、しばし放心状態に陥っ

          ドキッとしたので覚え書き

          少し間をあけて41日目 高野山 お大師様にご報告

          先日、西国八十八ヶ所を歩き遍路にて無事結願致しましたことを高野山奥の院に居られるお大師様に報告して参りました。 で、ちょいと奮発いたしまして、一乗院というお寺の宿坊で一泊させていただきました。素晴らしく美味しい精進料理をいただき、深くスピリチュアルな朝の勤行へ参加、阿字観の瞑想指導を受け、美しい中庭にてヒグラシの鳴き声と共に夕暮れを涼み、充実したファシリティと宿坊を管理しているお坊様達の暖かいホスピタリティに大変感激いたしました。高野山の他の宿坊を利用した事がないので比較出

          少し間をあけて41日目 高野山 お大師様にご報告

          40日目 88番 結願

          本日をもちまして、無事結願いたしました。40日間という長い間、温かく見守ってくれた全ての友人と、快く送り出してくた家族に心から感謝を伝えたいです。ほんとうにありがとうございました!一言で言えば、楽しかった!この言葉につきます。旅はお金と時間を使った最高に贅沢な道楽です。本当は僕以上にこの道楽が必要な人が日本中に沢山いると思います。そういう意味においても僕は非常にラッキーでした。理解して道楽させてくれる友人、家族に囲まれて生きている幸せ。何よりも変えがたい財産です。感謝しか

          39日目 84番〜87番 最後の夜

          約40日間の旅も明日で終わる。この旅で感じる世界はとてもなめらかで美しく、そして味わい深かった。いったい旅以前の世界の感じ方とどこがどう違うのか。 それは速度の違いのような気がする。きっと時速5㎞前後、つまり人が心地よく歩く速度は人にとってもっとも世界を美しく、かつ正確に把握できる速度なのではないかと思う。長く留まると世界は限定的になり、速すぎると世界はブレてしまう。じっとする訳でもなく急ぐわけでもない。人間と人間の住まう世界との関係は、ひょっとしたら歩く速度と同期する

          39日目 84番〜87番 最後の夜

          38日目 81番〜83番 救済

          今回の旅もあと1日と半。旅の終わりほど寂しいものはない。一歩進むごとに終わりに近づくのだ。これを受け入れるのはいつも並大抵ではない。つまり旅の終わりは社会に復帰する準備をしなければならない事を意味するからだ。そう、足並みを揃えなければ容赦なく落伍者のレッテルを貼られるあの社会に…あぁ、それに少しでも稼がない事には妻様に捨てられてしまう…そしてあの世知辛い現実と言う名の歯車は僕と言う一部品を組み込むために手ぐすねを引いて待っているのだ…。あぁお大師様、どうかこの哀れな迷えるポン