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愛してる

2023年
7月11日 保護猫「すりすり」
7月13日 保護犬「すだこ」
永眠しました。

※とても長い文章になります。


整理しきれない状況が続いてしばらく書けなかった。
こんなに立て続けに…っていう動揺と裏腹に、でも正直、身体は限界にきている事はわかっていたので覚悟はしていたつもりです。
僕は寸前まで東京で仕事だったので、帰ってきてすりすりもすぅちゃんも生きててくれた事に感謝していた。まるで、パパを待っててくれたみたいに、2人とも力尽きたように逝きました。


【すりすりについて】
すりすりは、ボス達と同じ山で保護した野良猫。そのエリアの人曰く、その昔、ボスが子猫のすりすりを連れて現れたそうです。
我が家に来てからも、ボスとすりすりは体寄せ合っていました。
わさびちゃんちを追っかけてくれている方々は内容は把握して下さっていると思いますが、本当に過酷な闘病の日々でした。
エイズキャリアで、保護した時は痩せ細っていて歩けないくらい関節が機能していなかった。だけど、奇跡的な回復の末に歩けるようになったんです。食欲も旺盛だった。
難治性口内炎でご飯を食べられない状況を脱出する為にステロイドを多様したり抜歯手術をしたり、沢山通院した。
最終的に、抜歯手術の術後の弱ったタイミングで目の周りの皮膚が炎症起こし、悪化させない為にあらゆる病院、あらゆる方法で治療を施した。最終的に感受性検査の結果、緑膿菌とメチシリン耐性ブドウ球菌(MRS)とわかり、効くであろう抗生物質を注射や薬で試した。

…しかし、何をしても悪化は止められなかった。すりすり、ごめんね。

病院でやれる事が尽きても、それでも妻のしめじは常にすりすりの側でケアし、ネットにかじりついて情報を漁っていた。

亡くなる前の数時間、僕としめじはずっと側で見守った。その様子は申し訳ないけれど書く事が出来ない。思い出すと苦しくて仕方がない。すりすりは頑張りました。
僕は、本当にすりすりを尊敬しています。

少し前に亡くなった「ドーナッツ」も「トーストちゃん」も「ボス」も、皆共通しているのは、エイズキャリアだという事。
「猫はエイズキャリアでも健康な子達と同じように生活できる」という概念を活動初期は僕らも信じていた。嘘ではない部分もある。だけど、今は、現実を突きつけられている。生き物にとって免疫力というのはどれだけ大切なものか。何か僅かなきっかけで、一気に死への道を辿らなければならない。それが、猫エイズなんだと活動10年目の今痛感しています。





【すだこちゃんについて】

すだこちゃん(以下すぅちゃん)は、劣悪な環境で粗末な食べ物で3年間も「ネグレクト」の状況で生きていた。
ある知人から、その状況をどうにか出来ないか?という相談を受け、ネグレクトの2匹「すぅちゃん」と「かばやきくん」を保護した。
かばくんは妻しめじのお姉さんが引き取ってくれる事になり、すぅちゃんは我が家で引き取った。


引き取ったばかりの頃は、ネグレクトをしていた人間に対しての怒りがとても強く、
人間の自分勝手さを許す事ができなかった。
でも、全ての出来事がなければ僕達とすぅちゃんが出会っていないと思うと、色々考えさせられます。

誰にも可愛がられる事なく、要求を叶えてくれる事もなく、痛みや具合の悪さを和らげてくれる可能性も皆無で、毛玉だらけ糞尿まみれ、いたるところが脂肪腫や癌に侵され、「3年間」
閉じ込められていた。

あんなに表現豊かで甘えん坊のすぅちゃんが、その3年間どんな気持ちで生きていたか…。それを思うと、これを書いてる今でも胸が痛くて耐えられなくなる。

保護直後すぐの大手術で摘出した脂肪腫の量に血の気が引いたのを覚えています。
手術後かなりのダメージを負ってはいたものの、回復してくれてみるみる綺麗で可愛い女の子になっていった。
ちょっと我の強い部分や、しつこく身体を舐めてくる猫達に我慢してあげてる顔だとか、全てが愛おしく懐かしく思います。

冬に脳梗塞の疑いで倒れ、そこからガクッと悪化への道を辿っていきます。
胃拡張の危険性や内臓の癌の進行など、身体はいつ何が起きてもおかしくはなかった。身体は大手術に耐えられる状態ではなかったので、もう後は、最期に向けてどう見守っていくか…という状態でした。
でも、やっぱり調子の良い時は嬉しくて、それがほんの数時間だったとしてもこの先一緒に生きていく希望を抱いたものでした。

沢山の後悔の中から、これだけは言える事。
毎日毎日、「大好きだよ」と何度も何度も伝えて抱っこしてキスしてその瞬間を噛み締めていた。これまで旅立った子達に十分にできなかった経験も活かして、この瞬間はいつまでも続かないと意識して、愛しました。伝わっていたかな。




保護活動の中で、僕達の家に最終的残ってしまう子達はどうしても身体に問題を抱えている成猫や老犬が主。だから、保護する最初から覚悟はしていなければならないのはわかっている。でも、たった1人のかけがえのない子です。皆、それぞれ、そうなんです。
可愛くて仕方がない。

子供達への向き合い方が変化しつつあるのを感じます。
「どうやって生かしてあげられるか」
と同じくらい大切なのは、
「どうやって逝かせてあげられるか」
だなって。僕らは今年に入り、沢山の悲しみと後悔と愛を学んでいます。

「もう会えない」

向き合うのはとても辛いです。


「悲しむ」という行為には限界がある。
いくら泣いても嘆いても、深い感情の底で起こっている何かを表現する事は不可能です。
そこには愛や絆や後悔や宝物がいっぱいで、確かに心の中の深くに存在します。
そしてそれは、言葉や形には出来ないものです。
火葬の直前、最後にその深くを想い、手を合わせました。

こんな小さな身体で、こんなに大きな愛をありがとう。

僕は今年で40歳になります。

どんどん「喪失」の恐怖が大きくなり、自分自身が小さく縮んでいくようです。

それでもこの先、大切なものとの別れを沢山経験していかなければならない。

自分で選んだ人生です。


すりすり、すぅちゃん、

ありがとう。


支えてくださった皆様
心から、心から感謝しています。

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