ニーブと聞いて思うことを少し

ルパート・ニーブの名は、レコーディングに関わる機材を漁ろうとするたびに、そこここに現れます。彼はイギリス人で、彼のミキシングコンソールが英国内のスタジオに配備されたのが1964年らしいので、私の人生は彼の機材が彼の地で稼働している時間に重なります。なんてね。

先日(昨日だっけ?)、ニーブの70年代の卓(ミキサーのことです)から取り出したモジュールを独立で稼働できるよう細工したマイクプリアンプに通したベースの音がこの上なく素晴らしかったという一文を残しました。

6〜70年代に英国から送り出されたサウンドを再現したくて、ニーブ設計の機材を世界中が求め、減価償却を終えた?多チャンネルミキサーが解体され取引されるとともに、マニアックな製作家がリユースすることで、広範囲な需要に応えました。

ルパートはまだ、存命、ニーブ社の後にいくつもの会社を起ち上げたり在籍したり、彼の設計意欲は衰えませんでしたが、やはりニーブ社時代の作品に別格の評価が与えられているようです。ハンドメイドということでしょうか。はたまた、その時代の音楽に尽きせぬ魅力があるためなのでしょうか。エンジニアリングの現場に居ない私などには、計り知ることはできません。

そもそも彼はトランスを巻いていたという話も聞きました。また「トランス」です。2021年を迎えた私の、最も興味あるブツがトランスであることは最早隠しようがありませんね。

信号に使うトランスは平衡信号を得るためとインピーダンスをコントロールするために使われます。インピーダンスという語の説明が難しいので、ここでは省かせて頂きます。機器を接続する時に意識すべきルールがインピーダンスのマッチングということだけ、言葉上だけでも、知っておいてください。

数年前のことですが、ペダルタイプのコンプレッサーにCali76(Origin Effects)という製品があり、FETタイプが好きな私はYoutubeで試奏動画を漁り店頭に入荷すれば弾きに行きました。Urei社のビンテージ、1176という機種にインスパイアされた製品であることは型番を見ただけでわかります。いくつかモデルがありますが、中でもトランス搭載のTXというものが素晴らしく、しかもトランスは2タイプから選択でき、Lundahl社のものが載ったモデルは実際に試せなかったのですが、動画で見る限りベストな気がしました。

今からたぶん5〜6年は前のことだと思います。Lundahlには聞き覚えがあって、さらにその1〜2年前にJHS pedals社が出したColour Boxに惚れ込んで買ってしまった、そこに搭載されているトランスでした。JHSは米国の企業ですがcolorではなくcolourとスペリングされていることにご注目ください。英国サウンドを狙っているのは見え見えです。JHSは、自社のプロダクトページでルパート・ニーブのバイオに触れ、ビートルズサウンドを求める顧客に、このニーブ・インスパイアドの製品を勧めています。私は正規輸入前にいち早く個人輸入で手に入れました。ベースアンプヘッドのフロントエンドに使おうと。

目論見はくずれました。今その機種はversion2となっていて、それはどうだか存じませんが、ボーカルにも使えるという説明にもかかわらず、ベースを繫いでクリーントーンが出せませんでした。サチュレーションという言葉がありますが、意味は歪みと同じです。歪みというと、良しとされるのはギター界くらいのもので、アンプ一般としてはネガなポイントであって、歪みは消されなくてはなりません。ですので、ポジティブなイメージで使う時、サチュレーションと言います。倍音に生々しさが加わったような、ごく軽い歪みが引き起こす耳に心地よい作用について、こう呼んで区別します。

個体差かもしれませんが、私の手にした初期ロットのものはベースを鳴らそうとすると、ゲイン調整幅の一番低いモードにしてもサチってるという以上のディストーションが付加されてしまい、使用を諦めました。やはり試奏しないとだめですね。ギター、特にセミアコに使って軽く歪ませると、はい、やっぱりビートルズです。ゴキゲンでした。

というような体験を経て、私が望む音にトランスは必要なのかな、と思い始めて幾年月、ニーブも欲しいですが、宝の持ち腐れだよな、と手を出せず。

オールド・ニーブそのものにも、搭載されるトランスがいくつかあって、それぞれに音が違う。一番はオリジナルだ。オリジナルとは、ルパートのレシピでマリンエア社が作ったものだ。それこそ様々な言質が散見されます。

マリンエアがニーブ仕様の製品を、自社ルートで一般販売しようとしたのを聞きつけて取引停止にしたという噂も聞きます。またこのような記事も見つけました。
https://ameblo.jp/3gs-lab/entry-12427627393.html

私には真相はわかりませんし、トランス違いによる音質差は知る由もありません。ただ、ここでMarinairという名だけは刻み込まれることになります。

あまりに名を出しすぎてプロモーションだと誤解されかねませんが、まぁ製品レビュー的性格の記事であれば、いたしかたありません。また呼んでみます。戸田さんです。彼もニーブについては、なにがしかの確信的な意義を知る人のようで、ただ単に「その」トランスに信号を通せば、ニーブ卓っぽさは演出できるのではないかと考え、マリンエアのコピーを試みます。

どういう過程を経たかは知り得ませんが、満足のいくトランスが完成したのでしょう、それは2個一組のステレオ・トランス・ボックスという形で商品化され、かねてから所望していた私の手許にも一台が届きました。

簡単に言えばパッシブDIです(の2chバージョン)が、ステレオになっていれば、マスタリング的な作業にも使えるでしょう、ライン録音にも使いやすいでしょう、聴くだけの人も恩恵にあずかれるでしょう、ということです。

パッシブDI、すなわちトランスの1次側にギター/ベースを直接繫ぐのはインピーダンスがマッチせず、基本的には行えません。アクティブなら大丈夫そうで、ここではライン信号を入れるのが正解です。

ちょっとだけ逸れますが、ギター/ベースをパッシブDIに入れるにはバッファーを挿入します。電源を要するDIをアクティブDIと言いますが、パッシブ型でも前段にバッファーを設けて、そのための電源を要するタイプもあります。この場合、ハイブリッドと呼ぶよりも、やはりパッシブ型に分類した方が正解でしょう。要はトランスで平衡を得るのか否か、というところです。

ですのでHumbpackのステレオ・トランス・ボックスをギターアンプのエフェクト・センド・リターンに繫いで使う、というユーザーがいらっしゃるようです。その方いわく、2度と外せないそうで…。その気持ち、よくわかります(なのでやってないですw)。

数回前の記事で触れた通り、今はRME baby face → パッシブ・プリアンプ → ステレオ・トランス・ボックス → パワーアンプと繫いでオーディオを聴くためだけに使っています。ニーブっぽいかどうかは不明です。音の変化を言いますと、楽器音のリアリティが増す、ディテール(例えばリバーブの消え際)まで認知できる、手前・奥の広がりを感じ取れる、などの効能があります。鮮度のようなものです。今釣って締めたばかりの魚と、水揚げから陸送され流通の諸段階を経て売り場に到達した魚の違い。みたいなことを想像してみてください。トランスは、そこで信号を生み出していますからあながち的外れではないように思います。そして多分これが、サチュレーションの実体なのでしょう。

ベースアンプの信号経路に、よく設計され、職人技で組み上げられたトランスを仕込んでみたい今日この頃です。(Lundahlどこ行った?ニーブさんも)


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