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”おやき”を食べに信州へ②〜善光寺の参道周辺。

秋の穏やかな日射しを浴びていたら、地味な旅に出たくなりました。
地味な旅とは、とくに観光地ではない普通の街で、眺めの良い神社や無人駅をみつけて、おむすびを食べて帰って来るような、そんな旅。見知らぬ街の風景とおむすびさえあれば、どこへ出かけても旅なのです。たとえ隣の街でもね。

そう、ワガクニには「おむすび」という、世界に誇れる携帯食があります。
何と言っても、手で握るだけで主食が持ち運べるという身軽さ。中には副菜を閉じ込めることもできるし、海苔を巻いて磯の香りを味わうこともできる。そんな、おむすびの話を始めると長くなるけれど、もうひとつ、ワガクニには忘れてはならない携帯食があります。それは「おやき」です。

地味な旅には、おやきがよく似合う。

日本全国探してみれば似たようなものがありそうだけど、僕が知る限り、おやきは長野県でしか見ない。具材はおむすびよりも多く入っていて、野沢菜やきのこや切り干し大根など、食物繊維が豊富。冷めると皮が固くなるけれど、温かいうちに、どこかの神社の境内で取り出して、ポットに用意してきた緑茶と一緒にいただくなんて、しみじみと最高です。これは淹れたてのお茶でもペットボトルでもだめ。ポットの中で少し味が変わってしまった緑茶こそ、地味な旅で味わうおむすびやおやきによく合うのですよ。

そんなこんなで秋晴れが続いたある日、ふと”おやき”が食べたくなりました。稲刈りが終わった田園風景の中で、ひなたぼっこをしながら”おやき”を食べたらどんなに幸せだろう。僕は信州にクルマを走らせました。

ご無沙汰してました長野県。こんなに近かったっけ。

快晴が約束された日曜日の朝に思い立ち、長野市内に手頃なホテルをみつけて、とりあえず2泊。ちょうど予定が飛んだところだったので、こんなお気楽な予定が立てられたのでした。そして神奈川県の自宅を出たのが朝の11時。のんびり走っても、ホテルにチェックインしたのが16時。長野って近いんですね。

とにもかくにも、善光寺さんにお参り。ご無沙汰しておりました。やや緑がかって見える理由は、緑色のライトアップが始まったから。それにしても、このお寺は美しい姿をしている。
ここにも外国人観光客は多いけれど、日本人:外国人=7:3くらいの割合。混みすぎてもおらず、寂しくもなく、ちょうどいい賑わいなのでした。
お参りしているうちに日が暮れる。秋の日は短いのだよ。
ただし、目指していた”おやき”の店は日曜日なのでお休み! うかつであった。

ま、こんな時間に”おやき”なんて食べちゃうと、ご飯が食べられなくなるのでちょうどいいのかも。しばらく参道をうろついた後に、ホテルに近いとんかつ屋さんに入り、その日はお開きといたしました。

翌日も快晴。おやき日和。

月曜日の朝、快晴。
いつものようにホテルは素泊まりにしておき、近所の喫茶店でモーニングセット。長野には雑誌の取材でもたびたび来ていたけれど、この参道は、いつも日帰り取材のついでに立ち寄る程度だったので、今回はじっくりと歩いてみるつもり。

古い門前町にはあるんですね。こういう、文化財級の喫茶店が。
そして、散歩を兼ねたお参り。先日盗難に遭ったという「びんつる尊者」さんも、無事に戻って鎮座されていました。僕は最近腰の調子がよくないので、腰と、ついでに頭もさすっておきました。良くなりますように。
そしてようやく”おやき”に辿り着きました。今日は昼の散歩用に、野沢菜、キノコ、あんこを各ひとつ。

”おやき”を買ったら、午後はまだ行ったことのない戸隠神社にでも行こうと思っていました。でもこの天気なので、一日中この門前町でのんびり過ごすのもいいかな、と考えが変わります。何より、クルマから解放されて、お蕎麦屋さんでビールも飲みたいし。

ごく当たり前のようにそこにある、古い街並み。

僕は古い街並みを歩くことが多いけれど、この参道は何かが違う。
しばらく歩きながら気づきました。ここは門前町なのだ。僕は城下町に行くことが多いので、お堀の無い町割りだと風景に区切りが無く、気分の切り替えが難しい。

仁王門から長野駅方面を見ると、けっこう下り坂であることがわかる。そして、この日は見ての通りの眩しい日射し。
こうして見ると、参道にはかなりの斜度がある。
大正時代のおもむき、藤屋御本棟(ごほんじん)。かつては加賀百万石の前田家の定宿。建て替えられた後も有栖川宮、伊藤博文、福沢諭吉、渋沢栄一、高村光雲などなどの定宿であったとのこと。今もイタリアンレストランとして健在。おやきもいいけどイタリアンもいいな。

さて、と。参道の坂道を歩きながら、さっき買ったおやきを食べるベンチを探そう。この参道にはいたるところにベンチがあるのだけど、坂を下りきったあたりに日当たりのよい公園があった。ここは長野オリンピックのときに、表彰式専用で建てられた施設の跡ですね。寒そうだったなぁ、あの表彰式。今では日射しに溢れる、心地よいベンチが並んでいます。

この日のおやきは野沢菜と小豆。小豆のあんこは甘すぎず、とてもよきでした。

普通、冷凍で売られているおやきは蒸したもの。やや皮が厚い。しかし店頭で焼いてくれるおやきは皮が薄くて具だくさんなのです。
この”おやき"の専門店の本店は、長野県の小川村というところにある。支店も多いし通販でも買えるので、覚えておくといいかも。この小川村って行ってみたい。

蕎麦屋にも寄っておきませんとね。

手当たり次第に路地に入る。オモムキのある宿坊や商店の数々。散歩していて飽きないのだけど、お昼で混む前にお蕎麦屋さんにも入っておくかな、と。

まずはかき揚げで冷酒を。朝からけっこう歩いたので、この冷たさが心地よし。クルマで移動していると、これができないんですよね。

すでに満席になろうとしていたお蕎麦屋さんで、お客さんたちの会話をぼんやり聞いていました。さすがに全国に知られる善光寺。聞こえてくる言葉は東北弁もあれば関西弁もあり、まさに日本中から観光客を集めていることがわかります。
そして日本語対外国語の割合は7対3くらい。まだまだ日本人観光客も元気なことが確認できました。浅草寺の9割外国語の混雑を思えば、このくらいの比率がちょうどいいように思う。決して混み過ぎず、寂しくもなく。
ちなみに外国人観光客というと大声で話しているグループが多いと思いきや、ここでは小声で話している人が多い。よく聞くと中国語やフランス語。皆さん、日本での旅行もこなれてきてますね。外人さんが苦手とする、蕎麦をすする音についてはどうなのだろう?

参道を眺めながら、まだまだのんびりしていたいけれど、こちとら江戸っ子。長居は野暮というもの。店が混み始めたので、早めにお会計を済ませました。

この蕎麦屋からホテルは近かったので、いったん戻って軽く昼寝。午後の日が傾き始める頃に、もう一度街を歩こうかな、と。

普段の暮らしを、場所を変えて続けているだけ。それでいいのだ。

なぜだかこの日は忙しなく動き回りたくなかったのだ。僕は旅に出ると、あそこにもここにも行きたくなるタイプなのでクルマでの移動が多くなるのだけど、今日はせっかく散歩ができる。
たまにはいいでしょう。普段と同じことを、いつもと違う街で続けているだけ。今回は仕事こそ持ってきていないけれど、散歩をしたり喫茶店に入ったり短編を読んだり、買い物をしたり蕎麦屋に入ったりビールを飲んだり。このお寺の周りの路地から路地へと歩いているだけで、飽きることは無さそう。

善光寺の周りをぐるりと歩く。このお寺、さすがに広いですね。延々と続くなまこ壁は、大名のお屋敷のようでもある。
さすが信州、というオモムキのりんご屋さん。りんごも好きだけど、りんご箱が欲しいな。
宿坊を見て回るだけで飽きもせず。
飽きもせず。
飽きもせず。

いつか宿坊にも泊まってみようかな。精進料理はキライではないので。

そして再び壁は続く。
10月の中旬、すでに紅葉が始まろうとしていました。
うわ、イノシシが出るんだそうな。長野でも里山が荒れているのかな。熊じゃ無くてよかった。
そして再びお寺の中へ。ここから先は撮影禁止なのです。ちなみにこの美しい寺紋は葵なのですよ。このハート型の先端が集まれば徳川家の家紋ですね。これは「立ち葵」と呼ぶらしい。立っている葵。タチアオイという植物があるけれど、あれとは違います。

結局、この日は善光寺参道の周りを地図が書けるほど歩いた。まだ駆け出しの雑誌編集者だった頃、初めて訪ねた街の取材ではとにかくよく歩いたので、そのクセから抜けきっていないのです。AppleWatch調べによると一万6000歩。なかなかやるじゃん。

これからも提唱し続けたい地味な旅。

そんなこんなで歩き疲れ、ホテルでシャワーなど。
普段だったらここで賑やかに「夜の部」が始まるのだけど、その日は近所の居酒屋で軽く済ませました。
こんなふうに、普段と変わらない時間の過ごし方を、いつもと違う街でしてみるだけの旅が僕の性格に合っている。となると、もっと全国に気楽に過ごせるアパートメントホテルがあるといいな、と思う。
ビジネスホテルじゃちょっと味気ないし(とは言え、僕は旅先では夜まで出歩いているし、宿では寝るだけなのでビジネスホテルに泊まることがほとんどですが)、昼の掃除の時間がけっこう煩わしいし、ホステルやゲストハウスよりもプライベートな空間が欲しい。となると、鍵だけ貸してくれる、アパートのような施設がいちばんいい。いくつかの街にあるにはあるんだけど、2〜3泊で気軽に泊まれるアパートメントホテルって、意外に少なくないですか? もしもお勧めがあれば教えてください。

ここから戸隠あたりまでバスが出ているんですね。

日が暮れてから長野駅まで歩いてみたところ、うわ、立派な駅になっている。
かつて、長野駅前で通った居酒屋も、蕎麦屋も、違う店になっていて、その多くは駅ナカに入っているようでした。跡地はけっこう寂れているな。アパレルのブランドショップが並んでいた一角には居酒屋が建ち並び、外国人観光客のグループが品定めしている。
街は変わり、人は変わる。でも善光寺さんは何も変わらない。あのお寺に守られている限り、これからも長野の街はにぎわい続けるのでしょう。

江戸時代中期に敷かれたという善光寺境内の石畳。歴史が積み重ねられるとともに、すり減って行きます。こういう時間の積み重ねが、多くの観光客を呼ぶのでしょう。真似しようったって、誰にでもできることではないですよね。

そして翌朝も快晴。前回投稿した「姨捨駅」に向かったのでした。

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