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千里の道も「カオナシ」から。

ジブリの中でも「千と千尋の神隠し」は秀逸で
中学生の時にDVDを購入したのに
今日も金曜ロードショーで観ていた。

この作品の見どころは挙げればきりがないけれど
何よりも私の心を虜にするのは

あの夏へ

という劇中の曲である。

自分でも奏でてみようと
ピアノやフルートを使ってみても
私にはどうもあの「懐かしさ」「切なさ」「壮大さ」
は表現できない。

そんなこんなを思いながら
流れてくる久石譲さんの音楽を聴きながら
「千と千尋」を観ていると

また私は、「自分の人生の浅さ」を思い知る。

映画を観るといつも思う。

この間「アルキメデスの対戦」を観たときにも感じたのだが
私は、「生きること」に真剣に向き合ったことがない。

✔︎自分の将来のことではなく、今に生きること
✔︎自分や身近な人の命と向き合って生きること

これは言葉にするより難しいものだ。

大学1年の「あの夏」

私は大学1年の夏から半年ほど
大学病院の院内学級で
ボランティア
をしていた。

「世界の中心で、愛をさけぶ」や「1リットルの涙」が
好きだったからであろうか。
「困っている人のために何かしたい」という
小さい頃からある謎の使命感があったことと

専門の臨床心理学の実践がしたかったからだったような気がしている。

3歳から18歳までの
重病をもち、入退院を繰り返す子どもたち。

そんな子どもたちをそばで見ながら
何もできない自分が腹立たしかった。

デリケートな問題なので
ボランティアという曖昧な立場にできることは限られており
「こうしてあげたい」「こうしたい」と
「こうしたら迷惑だろうか」「邪魔だろうか」の葛藤と

子どもたちの病状を背に
ナイーブになるお母さんたちと
関わることが辛かった。

「カオナシ」というバケモン

そんなきっかけから
私は「命と向き合うこと」から遠ざかるようになった。

さてこの作品は
「千と千尋の神隠し」という作品は
何を伝えたいのだろう。

「命と向き合え」と言っているのだろうか。

それはメインメッセージではない、と私は思う。

いくつもあるだろうが
私は、「人間の欲にまみれた浅ましさ
を伝えたいのだろうかと思っている。

カオナシは人間の欲を表していると、
いつか誰かが言っていた。

千里の道も「カオナシ」から

でも別に、私は欲を悪いものだとは思わない。

むしろ欲があるから
人というものは成長するし
前に進む力にもなる。

ただ、忘れてはいけない。

命があり、人間としてここで生きることができ、
「欲」を持てる余裕があることを。

忘れてはいけないのだ。

それを忘れない人にこそ
あの簡単なようで難しい
「自分の命と向き合い、今に生きること」
ができるような気がしている。

今は出せない
「あの夏へ」の懐かしさも
欲を持った私が、今を感謝することから
始まるような気がしている。

だから私は喜んだ。
「カオナシ」な自分を。

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