碧井 ゆき

創作から離れられない人。おもに短編小説を書いてます。

碧井 ゆき

創作から離れられない人。おもに短編小説を書いてます。

マガジン

  • ガラスの高速 〜短編SF集〜

    SFじみた短編を集めています。暗めの物もあるので、メンタルが整っているときにお読みください。

最近の記事

チケラ風邪

「須美代(すみよ)、もう一ヶ月も休んでるわよ。学校行きなさい」 「だって感染(うつ)るじゃない」 「その風邪は感染したら治るのよ。先生も言っていたでしょう」 「もう少しで治るかもしれないし」 母は、仕方がないと言った様子で、鼻から強くため息をつく。 「発疹は気になるわね。赤みが引いたら登校しなさい。先生が心配してるわよ」 そんなことは知っている。 クラスメートからも学校に来て大丈夫だとDMはもらっている。 でも、感染るのに感染したくない人に(感染したい人なんていないけれど)会

    • 記憶ボーリング

      「それでは、ボーリングを始めます」 立位の姿勢で背面を検査用ボードに固定されているクランケの頭上から円柱状の光が射し、頭頂を丸く白く照らす。 クランケである桧垣が脳波膵体研究所を訪れたのはひと月ほど前だ。 「過去の嫌な記憶に引っ張られて、自由に動けないんです。この記憶を消してもらえませんか」 「記憶を消すのはわけないのですが、目的としたもののほかの記憶も消えてしまう場合があります」 「それでも、重たい記憶が消えたほうがよほど楽になれると思うんです。どうぞよろしくお願いします

      • 虫喰うところ

        世の中すっかり荒廃してしまった。 着るものも、家具も家電も虫喰い穴だらけでボロボロだ。 新しくつくる材料も調達できず、みんなどうにかこうにか繕って生活している。 穴が多く空くほど使うのは大事にしていた証拠だ、なんて空威張りする奴もいる。 そんな奴でも正直なところは穴のあまり空いていない、長持ちを見込めそうなものが欲しい。 修繕技術のある者はない者より得をしている。 ただ、今のところ数えるほどしかいなく(僕の近隣にはまったくいない)、大抵の人は朽ちるに任せている。 穴だら

        • 肉大洋

          男の腹からつき出たこぶは、少しずつ大きくなっていった。 手術できるのがどうにも嫌で、邪魔だと思いながらも、大きくなるのに任せていた。 切り出すにも輸血が必要になるほどの大きさになった。 もう間もなく、今までのように自由に出歩けなくなるだろうと思った。 自分の体ほどになったこぶにある種の愛着がわいていた。 こぶがなくなると、自分でいられなくなるのではないかと思う程だった。 量も増えていく。 元来食べるのは好きなほうなので、食事量を多くするのは苦ではなかった。 食べることよ

        チケラ風邪

        マガジン

        • ガラスの高速 〜短編SF集〜
          5本

        記事

          水球システム

          目覚めたら、胎児になったのかと見紛うてしまった。 見えた手足が赤子のそれで、水の中にいて、へその緒が球状の柔らかさのある壁から伸びていた。 妊婦のおなかの中ではないと思ったのは、取り巻いているほぼ球体のものがずいぶんと大きかったからだ。 僕くらいの大きさだったら何百人と入れそうだ。 そんなことを考えていたら、どこかからちゃぷんと人が落ちてきた。 へその緒が装着されている。 生えているのではなくて、体との繋ぎ目に装置が取り付けられているのだ。 へその緒の逆側の端は

          水球システム

          (仮題)風追い

          第1話~第14話 その自転車の持ち主は夜勤なので、昼間に借りる。夕方までに返せればと、Uber eatsを始めた。持ち主は駐輪場内の他の自転車より傷みが少し早いなと独りごちていた。スポークや泥除けを磨いていたのだが撓んでいたろうか。少しずつ稼いだお金を元手にしてネットショップを立ち上げた。 (10/5 No.1)  昼と夜で違う人が自転車を使うんだなと思っていた。二人が声をかけ合える距離に居ても、夜に使用しているほうが全く関せずだった。昼の使い手は無断使用のようだ。けれ

          (仮題)風追い

          ありえない会話2

          「どう、あれから。考えたの」 公代は薄いコーヒーカップの縁にくちびるをつけて、まだ熱いホットコーヒーをすすろうとする。 あちっ、とかすれたかすかな声を出して、カップから口を離す。 上あごの中をやけどしたらしい。 「いろいろ出掛けたよ。面白かった」 都内を巡ったこととか、新幹線で足を延ばしたことを話す。 「麦がそんなに行動的とはねえ」 公代の口の端に苦笑いが浮かぶ。 「離婚を勧めるわけではないのだけど、自分一人で動けたほうが楽しいだろうなと思って」 それは本当にそうなのだ

          ありえない会話2

          とけない水晶玉

          どうしてこうなったのだろう。久しぶりの再会とはいえ、昔はなんの気にも留めなかったのに。 中学のころの慶太なんて、髪はいつも寝ぐせがついていたし、詰め襟も垢で白っぽかったりして、ぽっちゃり体型だった。 冬の体育の授業のスケートだって、アイスホッケー用のスケート靴でよたよたしていた。 ブレーキがかけられなくて、自然にスピードが落ちてフェンスかだれかにつかまってやっと止まっていた。 物知りで話には自慢げがなかった。 けれど、全体として好感を持てるほうに振れることはなかった。

          とけない水晶玉

          夜をください

          私に夜をください 静謐で明らかな夜を 自身を見る勇気を与える夜を 私を通して世界を透かして見る夜を 昼間の人たちは意思を跳ね返す 鏡のように 夜の人たちは意思を膨らませ方向へ誘導する レンズのように 広がり方向を定めた意思が 世界を見通すためにあるように 私は願う *2017年9月24日にTwitterに投稿したものです。

          夜をください

          ミニチュアの世界

          僕の世界は誰にも変えられない。 部屋の外にはたくさん大人がいるけれど、世界は変えられない。 世界はここにあるからだ。 大人はああすれこうすれと言うけれど、ここには辿り着けないんだ。 僕はちゃんと話を聞いている。 無視しているわけではない。 いいと思ったことはこっそり取り入れたり真似したりもするし、おもしろくないことは反対のことを考えて、自分の考えにする。 僕はおもちゃの飛行機を高々と上げて、滑空させている。 ブーン。ブーン。ゴウゥ。グルルルルルル。 飛行機は高く上がったり急

          ミニチュアの世界

          そのダンデライオンの後に

          「はあい、次はああ無情」 由奈はマイクを離さない。もう5曲連続だ。 「私も歌いたいのあるんだけど」 「入れるのが遅いのよ!」 由奈のスピードについていけないのだ。 こぶしを振り上げてわめき歌っているかと思うと、二番が始まる前に曲を追加する。2時間と言って入ったが3時間でも追いつかなさそうだ。 津軽海峡冬景色だのつぐないだの手当たり次第だ。どうしてそこに踊るぽんぽこりんが入る。 「去年告白したのを今頃ふるかあ」 曲間に大声で愚痴が入る。断られなければ期待するのは

          そのダンデライオンの後に

          コートにて

          「そんなこと考えなくてもわかるわよ」 由芽子は言った。 テニスの話である。 工学部のテニスサークルに人数合わせで入れられたのだが、由芽子はとんとん拍子に上達した。 「ボールを上に放り投げて肘をのばしてラケットでボールを叩けば向こうのコートに入るじゃない」 由芽子にしては具体的な説明だ。けれど亜美子にはぴんと来ない。 「そう言われてもできないのよ。肩が伸びなくてね、上がらないの。ほらね」 亜美子は右肘を頭の上に上げて見せる。 亜美子の伸び切らない肩を由芽子は

          コートにて

          何者でもない

          まだ何者でもないそれはICUの中で人口呼吸器や栄養チューブにつながれ、心拍や血圧を拾うセンサーが取り付けられている。 それは身じろぎもしない。苦痛を感じているのかどうなのか。 見ている浪子のほうの胸が痛くなる。そのときが来るまで待つしかない。ささみをいつから食べられなくなっただろう。 抱くこともさすることも叶わない。この透明な容器から出せば熱を失う。 手にいだけるのは熱を失うときだ。 この中でしか生きられないなんて温室育ちのくだもののようだ。いや、くだものは張った根

          何者でもない

          真珠をならべる

          あ衣子の仕事は真珠をつなげることだ。 たくさんある真珠の中から一連にしたときにバランスの取れるように、あらかじめ木製のといにならべる。 といは安定するよう土台に固定してある。 つなげるものは長いものも短いものもある。 ファッションの流れもあり、といの長さが合わなくなった。 といはずいぶん使って年季が入ってきている。 今は大粒のものも流行りだ。 つなぐ長さや真珠の大きさにこだわらず幾つものといを土台に固定してきたので使い方に合わなくなってきた。 といを土台から外

          真珠をならべる

          一度失くした者

          私はサングラスを外す。 初めて見る白いぼやけた景色が映るまばたきをまだ知らない目には、この周りに何もないことが厳しい。 白目が充血し、体から飛び出そうになる。 ずっと居たかったあたたかなうるおいはどこにもない。 何かすれば終わってしまうのかもしれない。だが、何もしなくては終わってしまうだけだ。 苦しい。何かが足りない。 私は口を開け、うるおいを求めて周りの何もないものを吸い込む。 のどが引き裂かれるように痛む。 新しい痛みに驚き、吸い込むことができなくなり、狭

          一度失くした者

          滑落の先

          この上があるのかと思うほどの喜び。 一転して墜落する悪夢。 血の海の予感。 命と宝はどちらが大事なのか。 生きていていいのか。 カーテンと白い天井。 できることを無理矢理探す。 地面を踏むまでは生きなければならない。 後のことはそれからでいい。 崖を滑り落ちながらRは考える。 洞窟の地図には外へ通じる穴が三つあった。 宝のひとつは手に入ったが、外への穴はどれひとつ見えない。 向こうの崖が迫ってくる。 どんどん落ちて狭いV字に体が突き刺さるようにして停