傍聴記録9 イラン人の麻薬密売人に対する裁判員裁判の論告弁論と判決

今回の記事は裁判員裁判の論告弁論の傍聴です。
被告人のイラン人は、密売人として営利事案で起訴され裁判を受けています。

※プライバシー保護の観点から氏名や住所などはすべて変更しております。

東京地裁
2016年5月31日(水) 7F 733号法廷 10:00-12:00
カリム・アジジ
平成27年(わ)第xxxx号 裁判員裁判 審理

裁判官:(中央)山口俊助 (左)北澤すみれ (右)比嘉圭司 書記官:髙齋康男 
検察官:岡原孝俊、井伊 昇 弁護人:笠原悦郎

罪名:国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止をはかる為の麻薬および向精神薬取締法の特例等に関する法律違反、覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反、出入国管理及び難民認定法違反

山口裁判官「それではまず検察官からご意見をうかがいます。」

岡原検察官「これから、お手元の論告メモに沿って、この事件について検察官の意見を述べ、最後に求刑をおこないたいと思います。時間は20分程度を予定しております。まずメモ1、事件の概要をご覧ください。今回の裁判の対象となっている事件は不法残留中の被告人が、金を稼ぐため、覚せい剤などの密売事業を営むとともに、当時の被告人方および違法薬物の保管のため、本件倉庫として使用していたマンションの1室で、密売用の覚せい剤や大麻などを違法薬物を大量に所持していたという事件でした。今回の事件の事実関係については、この法廷で取り調べた各報告書、被告人の供述などの証拠により、十分に証明できたものと考えています。この事件の争点は被告人の量刑、つまり被告人にどれくらいの刑を課すべきかということについてでした。そこで、被告人の刑の重さを決めるにあたって、特に重視していただきたいと検察官が考えていることについて、これから述べます。メモの第2、刑を決めるにあたって、特に重視するべき事項をご覧ください。まず1、覚せい剤密売が世界にとって危険な犯罪行為であり、厳しい処罰が必要なことです。このことが今回の事件の内容を具体的に検討する前提として、理解していただきたいという内容となっております。被告人は今回多数の人に対して、害悪の多い覚せい剤を繰り返し密売し、この害悪を社会に拡散させていました。そもそも覚せい剤は使用することで依存し、簡単にやめられなくなり、使用した人の身体のみならず、精神的な健康をも害するものです。人によっては覚せい剤による精神病を発症して、錯乱状態に陥ったり、幻覚や幻聴の症状をきたして、廃人同様の状態になってしまうこともあります。また覚せい剤の使用による幻覚や妄想がこうじて錯乱状態になり、殺人強盗など凶悪な犯罪を引き起こすことがあり、覚せい剤使用者だけでなく、薬物と関係ない一般市民の生活の安全性をも害される危険性があるものなのです。しかしこのように覚せい剤が危険だと周知されながらも、残念ながら日本の社会に広く蔓延しており、平成26年の覚せい剤事犯の検挙者数も、1万1000人を超えているなど、深刻な状態となっています。その背後には、まさに本件犯行のような覚せい剤を社会に拡散する密売人の存在が重要な役割を果たしていることは明らかです。また覚せい剤の密売は、暴力団などの犯罪集団の資金源になっているところ、そのような犯罪集団の撲滅の為にも厳しい処罰が必要だと言えます。覚せい剤を撲滅させるためには、覚せい剤の供給元を断つ必要があり、そのためには覚せい剤の密売という不法な事業を営んだものに対し、重い処罰を科さなければなりません。そこで法律は無期懲役、または5年以上の懲役、および1000万以下の罰金という、非常に重い刑を掲げています。このように法律は、このように密売事業を営むものに対し、非常に重い刑を定めていますので、被告人が今回覚せい剤の密売事業をおこなっていたことは、責任が重く、厳しい処罰を免れないものであります。
では次に2のところにいきます。本件が今お話した危険な犯罪背景であることを前提に本件犯行の被告人の密売事業の悪質性について具体的に述べていきます。本件密売事業がもたらした害悪が人災であり、危険性も大きかったのと、そのうち1点目(1)の部分ですが、本件覚せい剤等の密売事業は比較的長期間にわたり、多数人に対し多数回にわたって覚せい剤などを拡散させるものであり、それにより被告人は相当多額な違法収益を取得したという点です。今回の密売期間は、起訴されているだけでも、平成27年1月30日ころから、同年10月1日までという約8ヶ月間、日数にして245日間の期間にわたっていました。その間に被告人は11名の客に対し、少なくても236回もの多数回、覚せい剤などを密売しておりました。1回あたりの覚せい剤の取引量、取引金額は各客よりけりではありますが、最小単位の覚せい剤1袋1万円から、多いと15袋10万円まであり、1袋約0.1gとすると、覚せい剤0.1gから1.5gまでの量になるようでした。その結果被告人起訴されたこの約8ヶ月だけでも、少なくても覚せい剤合計1341袋、量にして128g以上を密売し、少なくとも965万円を売り上げました。被告人は覚せい剤の密売事業を単独で行っていたため、売上は全て自己の収入になっており、相当額な利益を得たものと考えられます。このように被告人は今回起訴されているだけでも約8ヶ月間という比較的長期にわたり、236回にもわたり覚せい剤などを密売し、128g以上もの覚せい剤を現実に社会に拡散させたものですから、その影響は大きく、非常に悪質な犯行だと言わざるをえません。そして被告人は、少なくとも965万円という密売による違法収益をあげていたわけでありますから、その反社会性は極めて強いと言えます。遅くとも被告人は平成22年11月頃から覚せい剤の密売を継続しておこなっていました。被告人は他人名義の携帯電話10台、違法薬物保管のためのマンションを1室、2台の他人名義の車を使い、犯行が発覚しないように慎重に密売をおこなっていたからこそ検挙されることなく密売を継続出来たと考えられます。本件は少なくても4年以上前からの期間におよぶ密売事業の一環であり、今回の8ヶ月という期間においても、十数名以上の客に対し、大量の覚醒などを社会にばらまき、数千万円程度の売上を得ていたものと思われる。ですから、本件の覚せい剤の密売事業は、被告人のおこなった密売事業の一部にすぎす、その点も適切に評価されるべきです。
次に(2)ですが、所持していた量の覚せい剤も大量であり、さらに社会に害悪が拡散するおそれが極めて大きかったということです。本件では被告人は、当時の自宅および倉庫において、密売目的で覚せい剤合計566袋、量にして154.221g、黒色樹脂状のものと乾燥植物片という2種類の大麻合計15袋、量にして63.603g、コカイン1袋3.652g、MDMA27錠もの多種多様な薬物を所持していました。覚せい剤の所持の態様については、小分け前の約50g入りの覚せい剤2袋をのぞいて、ほとんどが小分けされていましたし、被告人が携帯していた分は、覚せい剤が9袋をまとめたチャック付きのビニール袋、覚せい剤15袋をまとめたチャック付きビニール袋などが複数あり、客のニーズに合わせて、ただちに密売することが可能な状態でありました。覚せい剤の所持量は、一般的にいわれる覚せい剤の乱用者の平均的な1回の使用量約0.03gを前提にすると、被告人が所持していた覚せい剤は、5000回ぶん以上におよぶものであって相当多量なことが明らかにされています。覚せい剤0.1gを代金1万円と計算し、1500万円以上の高額な密売額であって、これ自体も非常に悪質なものと認められます。さらに被告人は小分け前の50g入りの覚せい剤2袋をふくめて、合計150g以上の覚せい剤を所持していたわけですが、通常大量の覚せい剤を保管していると、警察に発見されたときのリスクが大きくなってしまうのにもかかわらず、これだけの量の覚せい剤を持っていたということは、比較的短期間のうちに密売し尽くせる見込みがあったことがうかがえます。このことは実際としての被告人の密売の規模を端的に表しているものと考えるべきです。その他、被告人は2種類の多量の大麻に加え、コカインやMDMAをも密売用として所持していました。これらに関しても高額な密売額になりうるものです。このように被告人が所持していた覚せい剤や大麻などの量が多量であり、種類も豊富であって、これらの違法薬物は全て密売用のものでしたから、もし被告人が逮捕されていなかったとしたら、これらの多種多量の違法薬物が、社会に拡散されていた可能性は極めて大きかったと認められます。以上の通り、今回の覚せい剤の密売事業は、かねてから継続していた密売事業の犯行の一環としての犯行であり、それ自体が非常に悪質であるうえ、今後の密売事業の継続性も認められ、更なる害悪を社会に拡散させる可能性が極めて大きかったわけですから、非常に悪質な事案だといわざるをえず、この点は今回の裁判においてもっとも重視される事項だと考えています。ところで弁護人は、被告人が過去の事故で足が不自由になったことなどを理由に、本件犯行に至る経緯に酌むべき事情があったと主張しています。メモでいうと、その3その他というところです。しかし、不慮の事故で足が不自由になったからといって、正業につかず、違法な事業を営んで収入を得ることが正当化される余地がないことは言うまでもありませんし、被告人がどうしても日本でお金を稼がなければならない緊急の事情というのもうかがえませんでした。被告人の場合、そもそも不法残留であり、日本に滞在していることが許されていなかった以上、事故を契機に帰国し、例えば母国における福祉サービスを受けるなどの対応をとるべきでしたし、それは十分に可能なことであったと考えられます。それにもかかわらず被告人は、国内に覚せい剤を拡散してもか構わないという、自分本位の考えで、金欲しさに覚せい剤の密売に手を染めたのです。さらに被告人は密売によって得たお金を、最低限の生活のためだけではなく、ディスコやキャバクラなどの接待飲食店などで豪遊するなどし、遊興費にも使っていたのですから、被告人は、本件密売事業に至った経緯、その利欲犯的動機に、なんら酌むべき事情はありません。むしろ被告人が、覚せい剤などの密売が違法行為だと認識しながら、覚せい剤などの密売事業を営んでいた点は強い非難に値すると考えます。被告人は犯行に関する事実を認め、一応反省の態度をしめしています。もっとも被告人は密売事業の規模に関する事柄、たとえば密売期間、密売時期であったりですとか客数ですとか、仕入れ量などについて、証拠と異なったり、内容があいまいであったりするなどの供述をしており、その点からすると残念ながら、真意に反省が深まっているとまでは言い難い状況でした。ですので、被告人の反省の態度、一般情状として有利に考慮するにしても、過大視できないものとして考えるものであります。それでは検察官の求刑とその根拠について述べます。今回の事件では、被告人が覚せい剤などの密売事業などをおこなったという麻薬特例法違反が量刑を決めるうえで中心的なものになります。この事案について、同種の事案の量刑傾向に照らすと、思惑としては、懲役7年から懲役10年程度の量刑になると考えられます。ちなみに量刑分賦につきましては、協議の際、裁判官から提示される予定です。それを前提に、これまで述べましたとおり、被告人はそもそも危険な薬物の密売事業を起訴された分だけでも約8ヶ月という相当期間にわたって営み、多数回にわたって多量の覚せい剤などを、多数人に譲渡し、1000万円近くを売り上げていましたし、被告人方や、本件倉庫における密売用の覚せい剤、大麻などの違法薬物の所持量も多量で、多種におよんでいました。しかも被告人は違法性を十分に認識しながら、自らの意志で、仕入れ量なども徹底しながら密売事業を継続しておこなっていたため、密売による売上は全て被告人の収益になっていました。このことは密売組織における末端の密売人、このことは、いわゆる密売組織における、末端の密売人、つまり裁量に乏しく限られた報酬しかもらえないような密売人とは、質的に異なり、組織の中で、ある程度上位の立場にある者と同等と考えることができると思量します。そして今述べてきたような事情にくわえ、被告人の密売規模の大きさや、極めて長期間にわたって、不法残留中における密売事業であったことに鑑(かんが)みると、被告人に有利な事情を十分に考慮しても、今回の事件は、先ほど述べた量刑分賦の中でも重いほうに属する事案であることがわかります。さらに被告人に対しては懲役刑にくわえ、高額の罰金刑に課すことも必要です。それは本件のような、経済利益を得ることを目的とした犯罪については、高額の罰金刑を課すことによって、この種の犯罪が経済的に割に合わないと犯罪であると知らしめ、同種犯罪を抑止する必要があります。以上の点をふまえ、検察官としては関係する法律を適用したうえで、被告人を懲役10年および罰金300万円に処し、あわせて覚せい剤合計566袋、黒色樹脂状のものと、乾燥植物片の大麻合計15袋、コカイン1袋、MDMA25袋ならびに本件薬物犯罪収益の1部と認められる現金合計151万4000円を没収するとともに、没収に代わるものとして、965万円から151万4000円を引いた、813万6000円を追徴するのが相当であると考える。検察官の論告は以上です。」

裁判官「細かいことを言ってしまい申し訳ないのですが、没収の対象になっているMDMA25袋と書いてあったのですが、25錠では? どう表現するのが正しいのでしょうか?」

検察官「今回の取り調べました証拠で、2袋分については鑑定等で、ある程度粉々になってしまて…」

裁判官「そうじゃなくて、25の数字はいいから、「袋」なのか「錠」なのか?押収した領番号が1個でついている関係で。」

検察官「あるものとして、領番1個の中に、全部で25個分がありましたので、25個というかたちでは…」

裁判官「25「袋」? というかたちで」

検察官「はい。そうです。」

裁判官「透明な袋に入って押収されたということですかね?」

検察官「はい。」

裁判官「じゃあ25袋でやっても執行はとれる?」

検察官「大丈夫です。」
裁判官「それでは弁護人のご意見をうかがいます。」

弁護人「では弁護人の笠原から、被告人カリム・アジジさんの事件に関する弁論を述べます。裁判官、裁判員の方におかれましては、私がいまお配りいたしました弁論メモで、最後の結語のところでの、検察官の論告メモに対する反論をおこないますので、そちらのほうも気に置いておきながら、話しを聞いていただけるというふうに思います。
まず弁論メモですが、大きく分けますと、第1で公訴事実について、第2事実上の主張について、最後に結語といたしまして、弁護人笠原の本件の量刑に関する意見を述べさせていただきます。では順に述べさせていただきます。まず公訴事実についてです。カリムさんは今回起訴されました公訴事実について、逮捕された最初の段階から認めております。そして反省をしており、この点につきましては弁護人としても争いません。次に事実上の主張を述べます。今回弁護人は、いわゆる情状事実のみを主張いたします。もっともカリムさんに有利に考慮されるべき情状事実は、いくつもあるというふうに考えます。まず犯行に至る経緯、薬物の入手経路、犯行状況、犯行発覚経緯について。これらの事実関係については弁護人は基本的に争うものではありません。次に、求刑で出てきました没収と追徴について述べさせていただきます。カリムさんは薬物の売買の履歴をメモに取っていたわけではないので、その点に関する記憶があいまいであることは否定することができません。しかしながら検察官が取り調べを請求した証拠を弁護人としても検討した結果、カリムさんがおこなっていた取引と大きく開いていた、乖離(かいり)があったというふうには考えません。したがってこの点につきましても、弁護人としても大きく争うものではありません。次に3番目、犯情事実について述べます。こちらについても基本的に本件のおいて弁護人として、争うものではありません。しかしながら、カリムさんは本件犯行を、単独でしていたということに関しては、裁判官、裁判員におかれては明記していただきたいと思います。
すなわちカリムさんは、覚せい剤などの薬物の密売組織の一員として、売買に携わったわけではありません。本件犯行を組織犯罪と位置づけることは誤りです。くりかえしますが、今回の犯行は、カリムさんの個人的な犯行です。具体的にいいますと、カリムさん自らが覚せい剤の密売人から入手し、カリムさんが1人で複数の日本人に販売したという事件です。今回覚せい剤をはじめとする違法薬物が、この公判廷において証拠として多く提出されました。なぜそこまで多くの違法薬物を、個人が仕入れられたのかと疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかしながら、その理由は本件が発覚する半年前、大量の薬物を安く仕入れることが出来たためです。したがって本件事件を、テレビをはじめとするマスメディアなどで、よくご覧になられるかもしれない、外国人の覚せい剤の密売組織による組織犯罪というふうには捉えないでいただきたいというふうに考えます。このお話は最後に述べますが、被告人カリムさんの刑を定めるにあたって、重要な事実であるいうふうに考えます。次に一般情状事実についてですが、1ページの4、こちらについては(1)から(4)までの4つ主張させていただきます。
まず1つめ、カリムさんは、覚せい剤の売買に携わざるをえない状況にあった、酌むべき事情があったということを主張いたします。この事実に関しまして具体的には3つの事実を述べさせていただきます。2ページめ、①②③の3つ主張させていただきます。まず①です。カリムさんが我が国で生きていく為には、違法行為に手を染めるしかなかったということを主張いたします。カリムさんは我が国に入国したのち、平成21年ころまでは肉体労働などに従事していました。しかしながら平成21年頃、土木作業員として働いていたころ、作業現場で高さ4メートルくらいの階段から転落する事故にあい、右足のふとももの付け根あたりを骨折してしまいました。それ以降カリムさんは足が不自由になり、これまでおこなってきた肉体労働のような仕事に就くことはできなくなってしまいました。現在もカリムさんは右足が不自由な状態であり、本来であれば、杖がないと歩くのもままならない状態です。またカリムさんは、我が国において、糖尿病も発症し、現在も体調がすぐれておりません。最近、東京拘置所においてですけども、糖尿病を理由とする、歯茎に病気が発生してしまい、本来であれば手術を直ちにおこなわなければならない状況にあります。またカリムさんは、右足が不自由になったのち、我が国で生きていく為に、生活費を稼ぎ、またイランに帰って生活するお金を貯めるため、東京で知り合ったイラン人であるジャバドさんが、我が国から母国であるイランに帰ることになったことをきっかけに、ジャバドさんがそれまでおこなっていた、覚せい剤などの取引に必要な携帯電話、売り主である日本人に関する情報、携帯電話にすでに登録されている買い主である顧客12人に関する情報を引き継ぎ、覚せい剤などの売買にかかわるようになりました。たしかに覚せい剤等の売買に手を染めたことが問題であり、カリムさんもそのことについては当公判廷で述べましたように、反省しています。しかしながら我が国で大けがを負い、肉体労働に従事することができなくなったイラン人であるカリムさんが、このような状態で我が国で生きていくためには、そのような違法行為に手を染めるしかなかったということも、裁判官および裁判員の皆様が量刑を判断される際には、お酌みしていただければと思います。
次に②、カリムさんが自ら覚せい剤を売却する買い主、および覚せい剤を売る売り主を開拓したわけではないことについて述べます。この第2の事実は、本件において極めて重要な事実であるというふうに考えます。今回カリムさんがおこなったことを簡単にまとめるとなれば、イラン人であるジャバドさんから4年前に引き継いだ売り主から覚せい剤を購入し、ジャバドの顧客であった買い主12人に対して覚せい剤を販売したということになります。カリムさんが自ら販売先を増やすなどして、覚せい剤などの販売業務を開拓し、覚せい剤を我が国に蔓延させたというような事案ではないということは、本件におけるカリムさんにおける情状、つまり悪さ加減を判断するうえで、極めて重要な事実だといえます。
そして3番目にカリムさんが所持していた覚せい剤の量が多い理由は、犯罪の組織性、またカリムさんが組織の末端の構成員であったなどというものを基礎付けるものではないということを述べます。これは先ほど述べた話しの繰り返しにもなりますが、カリムさんが所持していた覚せい剤などの違法薬物の量が多かった理由というのは、逮捕される半年前に、200gの覚せい剤を、160万円で仕入れることができ、逮捕された平成27年8月当時には、大量に覚せい剤を所持していたからにすぎません。カリムさんが、それ以上12人以上の客に販売していたから、また新たな顧客をさがしていたから、大量の違法薬物を所持していたというわけではありません。そしてカリムさんの被告人質問でも明らかになったところですが、カリムさんは200gもの覚せい剤を160万円という安い値段で仕入れることができた、真の理由は、これはカリムさん自身も取り調べ段階で知った事実ではありましたが、覚せい剤のいわゆる純度が低く、品質が良くなかったためと考えられます。カリムさんが組織の一員として、特別な入手経路を有していたからなどという事情ではないというふうに考えるのが妥当です。つぎに(2)、2番目といたしまして、カリムさんは逮捕後一環して反省し、素直に捜査に協力してきたことを述べます。カリムさんは逮捕されたのち、自らの犯してしまった罪を反省するとともに、逮捕時から現在にいたるまで、一貫して捜査機関による捜査に積極的に協力しています。またカリムさん、逮捕された最初の段階から、この公判廷における供述まで、一貫して記憶のある限りにおいて、真摯に供述しています。昨日被告人質問のやり取りにおいて、カリムさんが、最後に平成27年2月に購入した覚せい剤の量および価格について、300gを210万円で購入したのではないか? また今回の覚せい剤の販売に関する事業を始めたのは平成21年からではないか? というお話があり、その点に関して、検察官も論告においては、被告人の供述が客観的な証拠とは異なり、真意に反省に深まっているとはいい難く、過大視できないというような主張がなされました。しかしながら、この点につきましては、もともとカリムさんとしても逮捕されてから、この半年あまり、ずっと自ら考えてきた内容であり、特に大切なこととしては、そのような事実について嘘偽りを述べることによって、刑が軽くなるわけではないということは、わかっていながらも、自らの記憶にしたがって供述したということになります。特に300gを210万円で買ったのではなく、200gを160万円で買いましたという供述については、たしかに当初そのように、すなわち300gを210万円で買ったというふうに供述していました。しかし実際自分が倉庫として使っていたマンションに捜査員が赴いた際に、実際に状況を確認して、自分が最後に買ったのは200g、160万円であった。というふうに記憶を取り戻したため、そのむね供述しているだけであり、それ以外に理由は一切ございません。もう1度申し上げますが、決してこのような事実について、何か刑が軽くなるというふうに思って、自分の記憶に反する供述をしているため、検察官と主張が食い違っている
ということについては、ここでも改めて強調させていただきます。なおこの点に関しましては、捜査機関、とくに警察はカリムさんは覚せい剤の密売組織の一員であるというふうに、逮捕当初から決めつけ、捜査を進めてきました。しかしそのような事実は存在していませんので、現在にいたるまで、すなわちこの当公判廷においても、そのようなことを示す証拠はいっさい提出されておりません。つぎに第3にカリムさんには、病気持ちの70歳のお母さんが、母国にいることを述べます。イランに住んでいるカリムさんのお母さんは現在70歳ですが、病気がちであり、現在もカリムさんの妹に病院に連れていってもらいながら通院し、時には入院している状況であります。カリムさんは我が国に長年居住しており、また我が国を出国したこともありませんので、イランにいるお母さんに会ったのは、我が国に入国する約25年前が最後です。カリムさんは裁判所によって接見禁止が解除された後に、イランにいる家族と手紙ができるようになったのをきっかけとして、お母さんの現在の容態を正確に知るとともに、お母さんのことを心配に思っており、イランに少しでも早く帰り、お母さんが生きているうちに、お母さんを見舞うことを強く望んでいます。次に第4、カリムさんは遠からず先に、我が国を出国するつもりであったことについて述べます。出入国管理および難民認定法違反被告事件に関しては、そもそもカリムさんは、我が国に事実上、永住するつもりがあったわけではありません。一定程度の資金、具体的には昨日被告人質問で出ましたように1000万円を貯めることができたら、母国であるイランに帰国する予定でした。カリムさんの自宅および本件マンション1室から見つかった金額は合計151万4000円でしたので、カリムさんの目標は、近いうちに実現する見込みであったということがいえます。ここで何を申し上げたいのかと言うと、カリムさんは20年以上、我が国に不法残留していたということに関しては争うつもりはありません。しかしながら、それがずっと続いていた。今後も我が国に不法に残留し続けていたという事案ではありません。ということを強調したいということです。最後に弁護人の量刑に関する意見とともに、検察官の論告に対して反論させていただきます。検察官は、これは正当に主張していますように、論告メモの第2の1にもありますが、覚せい剤の密売事業が社会にとって危険な犯罪であるということに関しては、弁護としても争うものではありません。すなわち一般的に見て、このような事件、事案が我が国の社会の危険な影響をおよぼすということを弁護人としても否定するつもりはありません。しかしながら弁護人として強調したいことは、検察官が論告でも述べていた、具体的には2の(1)、2の(2)
の右側の赤字部分、多大な害悪を社会に拡散しており影響が大きい。(2)社会に拡散された可能性が極めて大きいという事実について、ここでいう社会というのが何を指すのかということについては、今回の具体的な事件の個性を見て、ご判断いただきたいと思います。弁護人である私が、本件においてもっとも強調したい事実は、まさにこの点であり、今回カリムさんさんが販売したこと自体は悪くないというつもりは全くございません。当然ながらそれは犯罪行為であるからです。しかしながら、ここでいわれている社会というのは、もともとジャバドさんのお客さんであった12人、その人に続けて覚せい剤を継続して販売していたというものであり、それ以上のものではありません。もちろん所持していた覚せい剤の量が多量である。ということから今後もそのような販売が、もし逮捕されていなければ継続的に続いていただろうということに関しては、弁護人としても争うものではありませんが、本件はいわゆる覚せい剤の組織犯罪、すなわち多数の人間に覚せい剤を販売する、そして組織として収益をあげる、というような事案ではなく、カリムさんが特定の日本人から覚せい剤を購入して、決まった顧客12人に販売していたというものであり、それ以上の違法性を認め、カリムさんに刑を課すのは不当であると考えるということを述べます。また検察官の論告メモ2の(1)のところにおいては、昨日もやり取りされたところではありますが、今回の事件、少なくとも4年以上におよんだ密売事業の一環というふうな位置づけがなされておりますが、起訴された事実については、平成27年1月30日ころから、同年10月1日までの約8ヶ月間の犯罪です。すなわち基本的に処罰の対象になるのは、この期間の密売に対するお話であり、4年おこなわれていたということは、不当に強調されるものではないと考えます。また検察官は、その他のところで、弁護人の主張をふまえても本件経緯について酌むべき事情はない。むしろ被告人であるカリムさんは、違法行為であると十分に認識しながら、密売事業におよんでおり、強い非難に値するというふうに、赤字をもって強調をしておりますが、そもそもこのような事案、すなわち覚せい剤の販売事業が、違法であるということを知らない人はいません。密売事業という日本語が意味するように、このような業務をおこなう人間は全て密かに販売しております。おおっぴらにおこなう犯罪者は存在しません。またおこなっていることが違法であることが、わかっていない被告人というのは、私の経験に照らしても1人もいないはずです。何が申し上げたいのかというと、今回の事件において、何か特段このような事案を一般的なものと比べた時に、被告人のみが強い非難に値するというような事情は一切ない。すなわち本件の具体的な事情に則していない論告、とう一遍の論告であるというふうに弁護人とすれば主張せざるをえません。また被告人が真意に反省が深まっているとは言い難いという点につきましては、裁判官、裁判員の皆様が、被告人の態度を昨日からずっと見ていただいて、ご判断いただければと思いますが、被告人として自らおこなってきたことが重大な犯罪であるということについては十分に認識しております。この点において、何をもって反省が深まっているといえるのかというところは、人それぞれ考え方があるかもしれませんが、決してカリムさんは、自分の刑を軽くするために、何かやったことを不当に低く軽く主張しているというわけではないということについては、十分にご理解いただきたいです。最後に弁護人の量刑に関する意見です。以上の事情を総合考慮しますと、そもそも今回の事件は裁判官から配られるであろう量刑分布をご覧いただきましても、相当程度重い事件であるということにありましては、弁護人としても否定するものではありません。しかしながら本件の個性、カリムさんが新たに覚せい剤を、我が国で蔓延させた事実はないこと、および、このような覚せい剤の密売事業で通常認められる、組織性は認められないという事実、この本件の個性をふまえるのであれば、検察官が主張する、量刑分布上、重い方に属する事案という認定は不当です。この種の事案として重い方に属するというふうには、とうていいえません。カリムさんには相当法条を適用のうえ、懲役6年程度の処するのが妥当であると考えられます。弁護人としては以上です。

山口裁判官「それでは被告人は前に出てきてください。これで審議を終えて、次回判決を宣告をいたします。最後に何か述べておきたいことがあれば聞きますので、何かあれば言ってください。」


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