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高華国を守るということ『暁のヨナ』

昨年、リーダーというものを模索してリーダー論を語る書籍なんかを読み漁っている時期がありました。人をまとめたり導いたりする方法はいくつもあってきっと答えはありません。暁のヨナの世界の中でも賢帝も愚帝もたくさんいたとゼノが言っていました。きっと同じタイプは一人もいなくて、それぞれの良さがあり、悪さがある。

今回はそんな「リーダー論」についてです。少女漫画『暁のヨナ』を読んでいてのめりこみ過ぎた女の末路です。物語の解釈も、リーダー論も自論です。悪しからず。

暁のヨナにはリーダーの立場に立つ人物が2人登場します。スウォンとヨナです。

現在、南戒と戦っている高華国軍。もちろんここでのリーダーはスウォンです。スウォンはイル陛下を殺害後高華国王に即位し、バラバラだった五部族をまとめあげ、他国からの脅威を退け領土を広げていきました。
一方ヨナは、父を殺され城を追われハク・ユン・四龍とともに国中を旅します。道中、困っている民たちに手を差し伸べ多くの信頼を築くこととなり、今やヨナのためなら軍を出そうというものが出てくるほどの求心力を得ました。

二人は相対する立場でありながら、「高華国を守る」という目的だけは共通でした。人の立場を表す際によくピラミッドを使いますが、この場合スウォンはピラミッドの頂点、ヨナは最下層またはピラミッドの圏外から高華国を守っていると考えます。
全く真逆でありながら同じ目的のためそれぞれの道を歩む二人を見て、「リーダー」の姿について考えました。

1.スウォン編

スウォンのリーダー像は「そぎ落とし」方式といえると思います。高華国を守るという目的のため、必要なものだけをまっすぐ冷静に見つめてきた。そして、その目的の妨げになると判断したものは何であろうと要らないものであり、捨てるべきもの。ある意味でミニマリスト。スウォンのこの考えは、父ユホンの教えが元になっています。

冷静に盤上を見ろ
そこにいるのが人と思うな
いかに駒を前に進められるかという事を考えるんだ
その為ならば恐怖を利用し卑劣も厭うな
いらない駒があれば即捨てろ
その駒が友人で会ったとしてもだ
そうしなければ地獄を見るのは高華国全土なのだからな

38巻 第221話「ただ心が向かう場所」より

この言葉はユホンがスウォンに戦術を教える際に話した内容ですが、スウォンにとっては人生の指標になっている言葉だと思います。いや、スウォンにとっては日常が戦場であり、結果的にこの言葉を常に肝に銘じて生きているという解釈の方が近いかもしれません。

スウォンの盤上では五部族長はもちろん必要な駒だった。この必要な駒を正しく前に進めるためにはその娘や妻、そして各部族の民の心を繋ぎとめることも必要になってくる。
地の部族の地へ向かいグンテ将軍やユウノさんと仲良くなり、謀反を起こした火の部族の息子を許し部族長に就任させ、水の部族の娘を助けに敵国にまで足を運ぶ。これらはすべて必要な駒を手に入れるため。

そして、ハクを生かしておくのも風の部族の反感を買わないため。かつての親友でさえ、ひとたび彼の盤上に上がってしまえばただの駒になる。好きだった娘でさえ。

書いていてなんだか悲しくなってきました。でも、一国を背負うとは時にここまで冷たくならなければならないのかもしれません。また、スウォンはこうも言っています。

考えるべきことを全て同じ箱に入れてしまうと一生かかっても答えは出ません
効率よく判断し素早く回答しないと国をこわしてしまうと父上は仰っていました
ヨナは仲良しですがその箱を一番に掬い上げるのは私は違うと思います

34巻 第196話「奪うものに奪われた痛みを」

若干9歳の発言とはとても思えません。しかし、この発言に関して、私は共感できる節があります。
―考えるべきことを同じ箱に入れない
私もしばしばこんな風に考えて物事を選択してきました。自分にとって一番必要なものそれだけを残して、その他は一旦よけて考える。大学に入学し忙しい日々を送るようになってからこれまで以上にこのように考えるようになった気がします。そう、時間が無いのです。限られた自らの時間のなかで最大限の成果を上げるためには必要なものとそうでないものを見極め、時には捨てる覚悟も必要だと思います。緋の病という時限爆弾を抱えながら国を治める立場では、捨てた先に血が流れることがあった、ただそれだけの話です。

このようにスウォンは要るもの以外をそぎ落とす方式。冷たいように思えるけれど、それはおそらく彼の境遇ゆえ。彼の意志は高華国を守りたいというただ一つのみ。そのために彼がそぎ落としたものの中にはきっと、キラキラした瞳で新しく知ったことをヨナやハクや母ヨンヒに話していた、幼いスウォン自身もいるでしょう。そんなことを考えると彼をただ恨むに至れないのがこの漫画の悩ましいところです。

2.ヨナ編

対するヨナのリーダー像は「掬い上げ」方式といえると思います。

ハクとともに逃げ込んだ風の部族領や、第2の母のように時に厳しく見守ってくれたギガン船長のいる阿波、「暗黒龍とゆかいなはらへりども」として守った火の部族の土地など、振り返ればヨナを受け入れて匿ってくれたであろう場所は沢山あったはずです。でもヨナは彼らに甘えることはせず、四龍とともに旅に出ました。無力な自分に怒りを覚え必死で弓を覚え、剣も特訓しました。
彼女がそこまでする理由はこのシーンにあらわれています。

ヨナ「もし…高華国に父上の作った綻びがあるのなら、私はそれを直したい」
ハク「…あんたがそれを負う必要はない…あんたが…そんな罪滅ぼしのような旅を…続ける事はない」
ヨナ「最善を尽くしたいの…でも高華国さえ良ければいいの?…って そうではないじゃないかって考えてしまうの」

17巻 第97話「答えを探して旅をする」より

高華国と戒帝国の戦いに巻き込まれ、戦のたびに痛めつけられる国境の民の苦しみの言葉を耳にしたあとのヨナとハクの会話です。
まさに「掬い上げ」の精神が現れているセリフだと思います。彼女の中にはきっと部族も大人も子供も男も女も国境すらなくて、目の前のその人とその人の大切な人の幸せを心から願っています。差別をなくすとかそういう意味ではなく、ただただ「目の前のその人が幸せであってほしい」というそれだけなのでです。

そして、彼女の中の確固たるリーダー論が垣間見れたシーンもありました。

―思いあがるな
己がどれだけの民に生かされているとも知らずに
お前は
王の器ではない

13巻 第72話「導く者」より

これは謀反を起こして緋龍城へと進軍し、勝利のために自らの民たちを犬死にさせようとする火の部族長のカン・スジン将軍に対してヨナが戦場で言い放った言葉です。前のセリフからも分かるようにヨナは旅の道中に敬愛していた父イルの政治による綻びを幾つも目の当たりにしてきました。土地がやせ切り病気が蔓延する火の部族領。海賊に荒らされる阿波の町。麻薬に侵される水の部族領。聞こえてきた父の統治に対する不満の数々。自分が城の中でいかに守られ、いかに多くの民の上で幸せな日々を送っていたのかを実感する出来事でした。そして、自分の無知を心から恥じたのです。

だからこそ、ヨナは扇を剣に持ち替えて高華国のために戦う決意をしました。
高華国を守るために、強い痛みも激しい怒りも、胸にしまって誇り高く笑う覚悟をしました。あの時家族だと言って笑ってくれた風の部族の人々のように。

今まで自分を見えないところで支えてくれた高華国の全ての民に敬意を持ち、目に映る全てを救おうとすることは、王ではなく国の情勢に関係なく動けるヨナの立場だからこそできたことなのかもしれません。しかし、ヨナは国王の娘という誇りを捨てたわけではありません。それはハクも同様。彼も、先王イルに絶対服従を誓った誇りを胸に抱いたまま旅を続けていました。

主人公補正もかかっているとは思いますが、私はどちらかといえばヨナのような王に憧れます。高華国を守るため、自分の傷や恐怖は胸に深くしまい、困っている民のために心を尽くす。その相手がたとえ憎い仇であろうと、大切な民を救うためなら自分の感情は飲み込み手を組む。ヨナは強いです。きっとこの物語の誰よりも。その強さが、報われるといいなと想っています。

3.高華国を守るという事

ここまで長々とスウォン・ヨナのリーダー像を見てきましたが、これを読まれた方はどちらの王になりたいと思われましたか。正解が無いのが苦しいです。どちらかを絶対的悪として描いてくれていたのなら憎めたのに…。

「そぎ落とし」も「掬い上げ」も時には正しく時には間違いになるのだと思います。でも、個人的には、掬い上げられるくらいの余裕を持った世の中であってほしいなと思ってしまいます。そぎ落としだけでは淋しすぎる。

先王イルも、弟ユホンも、五部族長も、なんなら現在の敵のチャゴル殿下もそれぞれのリーダー像があります。
私は一国の王になる未来は恐らくないので分かりませんが、自分の理想や夢だけではどうにもならない理不尽が沢山あるのだと思います。その理不尽がスウォンに冷酷な決断を強いて、2人の正反対の王を誕生させた。その理不尽の最たるものが、緋龍王の存在。

緋龍王がいなければ四龍には出会えていないけれど、スウォンがイルを殺すことも、イルがユホンを殺すことも、ユホンがヨナの母カシを殺すことすら無かったかもしれない。スウォンはヨナと結ばれ、ハクは風の部族の将軍として二人の護衛をしていたかもしれない。
三人は親友のまま居られたかもしれない…。ハクの片思いは実りませんが。

たらればは尽きませんが、もうとっくに引き返せないところまで来ています。って漫画の中の話ですが。

この漫画を読みながら自分のなりたい人物像について想像し、このような文章に至りました。

「高華国を守る」
その想いが再び結んだスウォンとヨナの縁が幸せな結末をよぶことを願っています。

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