アルタイルの向こうにあるホントの世界は



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晩年のリリィノートは、


「ポップ」である事

「キャッチー」とは何か


という命題について、ひどく悩んでいた。


ひどく悩まされていた。



音楽で生きていく為の収入を得る、

その為のひとつの手段としてメジャーレーベルとの契約の交渉がいくつも進んでいた2011年。

そんな中僕らは、「アルタイル」というシングルCDをリリース。

その傍ら、リリース企画や沢山のライブと並行して、数ヶ月後、1年後、その先にリリースするべき曲のかけらを、デモとして次々と形にしていた時期だった。


(具体名を出すことにあまり意味はないのだけれど、うらばなし、として興味深いだろうから書いてみることにすると)

2011年に僕らと話をしてくれていたのは主に、オフィスオーガスタ、エイベックス、クラウン、の3つだった。

他にもいくつかあったけれど、ライブを観に来てくれて、僕が直接担当のひとと話が出来たのはともかく、この3社だった。


そして、もちろん、経緯や理由はそれぞれ違うのだけれど、


結論は同じだった。



リリィノートとリリース契約を結ぶことは出来ません、と。



ただ、その中でも、僕は感謝をしている事がある。


メジャーレーベルと話をしたことがあるバンドなら多かれ少なかれ経験があるかもしれない、結論の先延ばし。


その時の決まり文句はたいていこうだ。


「メジャーデビューにふさわしい曲が出来たら契約しよう。

それまでもう少し見守るよ。ライブとデモ作り、頑張って。」



けれども、僕らに話をしてくれていた3社とも、2011年の春から夏頃、ほぼ同時期に話が始まって、2011年秋から末にかけて、ほぼ同時期に結論をくれた。

契約出来ません、という、結論をくれたのだ。


それには、僕は、とても感謝をしている。

生殺しにしないでくれてありがとう、と。



そしてもう少し続けるならば、オフィスオーガスタの姿勢には、とても心を打たれた。

オフィスオーガスタは、代表の森川さんを中心とした"家族的"な会社であるという事。

そして、契約をするという事は、その家族の一員として、一生面倒をみていく覚悟でサインをする、という事。

オフィスオーガスタとして4人編成のバンドを手がけた経験値が無い事で、二の足を踏んでしまうという正直な心境。
(そしてそれは同時に、4人分の給料をもらうという事が、リリィノートにとって、もしくはバンドという全ての生命体にとっての、大きなリスクである、という事)
(それは投資という意味において、ソロアーティストの台頭がとても多くなっている事はしごく最もなことだと思う。さみしいけれど。)


そういった話し合いを経て、僕らの望みは叶わなかったけれど、僕はとても清々しい気持ちでいっぱいだった。

オーガスタが素敵なアーティストばかりである事に、深く納得した。

(代表の森川さんから星の夜について、特に歌詞について、大きな評価を頂いたことも強く心に残っている。
そして他の2社がどういった経緯で結論に至ったか、も、また別の話)



ともかく僕らは、2011年の活動を経て、3社のレーベルから、契約を断られるという事となった。

それは恐らく、解散の直接の引き金となった。

恐らく。


でも僕らはべつに、それを理由にしたかったわけじゃない。


ただ単に、メジャーデビューするに値する曲を作ることが出来なかった僕らに、全ての責任はある。

4人のうち誰かが、それを作ることが出来ていればよかっただけだ。


そしてもちろん当時から、別にメジャーデビューが必要条件ではない事は理解していたし、メジャーデビューした所でCDが売れないバンドも、すぐに契約が終わってインディーズ所属に戻るバンドも、沢山見てきた。


ただ、僕らは、よくわからなくなっていた。


売れる曲がどんな曲なのか、という事。
(もちろんそれは最初からわかっていなかったのだと思うけれど)


そしてそれ以前に、

自分たちがどんな曲を素晴らしいと思っているのか、

という事が、だ。



話にはきいていた。


締め切りがあり、商品として販売するための音源をつくる為の責任とそのプレッシャー。


それは決して "作詞作曲者" だけにのしかかるものではない。


指針を判断するメンバーそれぞれの肩にも、かかってくるものなのだ。


あたりまえだ、原盤制作をする側にとって、良くないかもしれないな、と思う曲ならば、プロモーションをする推進力にも影響する。

なにより原盤制作費を出すリスクに見合うもの、見合う説得力を持つもの、でなければならない。


それは良い曲かどうか、みたいな部分とは別の部分になってくる、というのも、今ならば深くうなずける話だ。

自分たちが納得した上で、応援してくれる人たちも同意できるような説得力をもつ曲をつくる事が出来なかった。


今改めて、解散のコメントを読んでみて、それは


「売れる、って何だろう、どんな曲を演れば、どんなバンドになればいいんだろう、いつも考えてた。

でも、これが売れるからそれをやろう、なんてもんは誰にもわかんない。
そんなの当たり前だ。

だから僕らは僕らが信じたものをやる事しか出来なかったし、
それでは届かない事もわかった。」


このあたりに集約されているような気がしている。


そしてもう少し突っ込んで言うならば、

僕らは僕らが信じたもの、

が何なのか、

わからなくなっていた、

からだ。



あの時はうまく書けなかったけれど、

たぶん解散した大きなひとつの原因として、

"メジャーデビューに足りうるような曲が作れなかった"

というのはあると思っている。



「ポップ」

大衆向きであるさま。また、時代に合ってしゃれているさま。


「キャッチー」

受けそうであるさま。人気になりやすいさま。特に音楽で、旋律が覚えやすいさま。


恐らく、リリィノートの曲の中で、最も"キャッチー"であるのは、

「アルタイル」

だろう。


そして"ポップ"であるのは、

「星の夜」

だと思う。



「星の夜」を超えた、「アルタイル」を超えた、その1曲、

その向こうにあるホントの世界に行くのには、

だから諦めの悪い僕はまだ、

追いかけているのかもしれない、と思う。


銀河を超えたくても、サイボーグにはなれなかったのかもしれない。

何光年離れれば、思い出に変わるんだろう。



前回書いたように

”今後もリリィノートのソウダ、として、

リリィノートの曲を歌い続けよう、と思っているし、

例え少しだったとしても、僕らの曲を新しく知ってくれる人が増えるように広めていきたい、と思っているし、

好きになってくれるような努力をしていくべきだ、と思っている。

べきだ、と”

相も変わらず思っている。



そして僕らリリィノートは、2015年1月4日に久しぶりにスタジオに入った。


1年ぶり2度目。年に1度、恒例のスタジオ。


はっきり言ってしまえば、この動画はもしかしたら、見て欲しい、と大手を振って言うには値しないクオリティの動画、なのかもしれない。


キレイに終わったつもりでいた。

衰えていく姿を、ともすればかっこよくなくなっていく姿を晒していく事は、誰かの美意識の中では醜悪なものなのかもしれない。

素敵な思い出として終わらせたい人は、再生ボタンを押さないほうがいいかもしれない。


けれど僕は、僕の愛するリリィノートが、こうして4人で音を出せている、という現在をどうしてもみんなに見せたかった。

声を大にして言いたかった。

「こんなに素敵なバンドがここに居るんだよ」

と。

「それを知るのに、遅すぎるなんて事は全然ないんだよ」

と。


もがいてあがいて苦しんで、

解散して、それでも捨てきれない僕の、

あがき続けている現在進行形の姿も、ここにあるよ、と。


これはもはやドキュメンタリーなのかもしれない。

「リリィノート」という短いようで長い長いストーリーの。


リリィノートヒストリー、後日談としての現在進行形の部分も、ここにはある。


ここには、色々なものから解放されたであろう4人の、いまの姿がある。


2015年に入って更新されたオフィシャルサイトを、

そして2015年1月4日の「アルタイル」を、

ここに置いておこうと思う。


リリィノートオフィシャルサイト
http://lilynote.com/


「アルタイル」2015年1月4日スタジオ

「アルタイル」通しMV Ver.

「アルタイル」アノテーションMV Ver.


リリィノート iTunesStore
https://itunes.apple.com/jp/artist/riryinoto/id362069096


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ソウダウソ

history of the lilynote

リリィノートにまつわる記憶の記録。
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