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「Amazonのプライムビデオが難しい」というおかんの言い分を聴いてみた

大阪の実家に帰った時、リビングのテレビの裏側を見たらAmazonのFire Stick TVが挿してありました。このFire Stick TVをテレビに繋ぐと、Amazonのプライムビデオを観ることができるようになります。

プライムビデオには、Amazonプライムの会員であれば、追加費用を払うことなく楽しめる映画やドラマ、アニメなどが豊富に揃っています。さらに個別に追加金額を払うとほとんどの映像コンテンツを観ることができるという、まさにTSUTAYAキラーなサービスです。

うちのおかんは月に2~3回は映画館に行くほどの映画好きなので、プライムビデオのメインターゲットといえるでしょう。本来ならプライムビデオで映画三昧の毎日を送っていてもいいはずです。

しかしながら、Fire Stick TVを挿しているにもかかわらず、プライムビデオを一度も使っていませんでした。初期設定をした私の弟が一通り使い方を説明したようなのですが、「なんだか難しい」という印象を持ってそのまま遠ざかってしまったようです。

さらにいえば、その前日に私が「Amazonのプライムビデオが便利で面白いよ」と教えた時には、「何それ?便利なん?」と言っていました。そのため、まさか実家のテレビにFire Stick TVが差さっているとは思ってもいなかったのですが、おかんはそもそも、Fire Stick TVとか、プライムビデオとか、そういうサービスの存在自体を認識していなかったようです。

おかんといっても、40代である私のおかんはもう71歳なので、一般的にはおばあちゃんにあたる年齢だと思いますが、年齢の割にはそんなにITに弱いわけでもありません。iPhoneを愛用し、LINEやYoutube、Google Map、カメラ、カレンダー、路線案内など、8~10種類ほどのアプリを日常的に使っています。もちろん最初は誰かに教えられて使い始めたのだと思いますが、使い方に戸惑っている様子もありません。

また、ハードディスクレコーダーを日常的に使っており、地上波や衛星放送の気になる番組を大量に録画して保存しています。必ずしも優れたインターフェースとはいえないハードディスクレコーダーをそれなりに使いこなしているわけです。

Amazonのプライムビデオは、WiFiと接続する初期設定などを除けば非常にシンプルで、あまり迷うところがないようにも思えます。リモコンも、選択、決定、戻る、再生、停止、早送り、巻き戻しがある程度です。

このように、それなりにアプリやデバイスを使えるおかんが、Amazonのプライムビデオが難しいといって使おうとしないのはなかなか面白い現象だと思い、操作方法を教えながらその様子を少し観察してみました。

入力切り替えの発想がない

まずプライムビデオを使う以前の問題で、「画面を表示させるやり方がわからない」という問題がありました。

Fire Stick TVはテレビのHDMI端子に接続して使うデバイスです。これをHDMI端子に接続すると、プライムビデオがテレビに映るようになります。

しかし、当然接続しただけで画面が写るわけではありません。テレビのリモコンなどを使って、画面の表示を「テレビ」から、「HDMI」や「入力2」に切替えなければなりません。この「画面表示切替え」という概念がおかんにはありません。

実は、おかんが愛用しているハードディスクレコーダーも表示の切替えをしてから使っています。しかし、こちらはテレビもレコーダーもAQUOSで、リモコンが一体化しており、「テレビ/ビデオ」という選択ボタンだけで表示切替えができるようになっています。つまり、表示切替えという概念を理解しなくても使えるようになっているわけです。

だから、プライムビデオを見る時に必要な「画面表示の切替え」という行為は、おかんにとっては未知の概念なわけです。最初に表示を切替えないといけないという発想自体がそもそもないので「プライムビデオの表示のさせ方が分からない」となってしまうのです。

これにはラベルの問題もあるでしょう。画面の表示切替えを選ぶと出てくるラベルが「Amazonプライムビデオ」ではなく「入力3」というラベルなので、一度目の説明だけでは覚えきれず、自力では再現できなくなったのだとも考えられます。

まず何をしていいかわからない

プライムビデオを最初に立ち上げると、配信中のオススメの映画やドラマ、アニメなどがタイル状に敷き詰められて表示されます。

この画面が出てきたときに、おかんは難しそうな表情をしました。いきなりの情報の壁に圧倒されて「これは面倒くさそうだ…」という思考の壁ができてしまったようです。画面上部のグローバルナビゲーションの存在にも気が付いていないようでした。

実はおかんは、15年以上前からパソコンは使っており、Amazonや楽天で買い物をすることはできます。そして今はiPhoneを使っています。しかしながら、テレビの画面上で何かを操作するということには慣れていません。ハードディスクレコーダーを操作する程度です。

例えばパソコンのマウスポインタのような、操作対象や選択対象が明示されているインターフェース要素があれば、「まずはこれを操作すればいいのか」と思いつくのでしょう。しかしプライムビデオのインターフェースにはそのようなものがなく、ただグロナビの「ホーム」がオレンジ色になっているだけです。

このような状態なので、おかんからすれば「最初に何をしていいか分からない」という状態になってしまうのでしょう。

ボタンがボタンに見えていない

「何をしていいか分からない」というおかんに対して、次に「リモコンで操作してみて」と言ったのですが、まずリモコンで何を触っていいか分からない状態に陥っていました。

プライムビデオのリモコンはこんなデザインになっています。

※「Fire TV Stickの使い方と設定方法」より

とてもシンプルで洗練されているように思うのですが、上部の丸い部分が操作のためのボタンと認識できなかったようです。「この丸が操作ボタンで、上下左右に動かせるんやで」と説明をしても、何がどうなっているのか、その仕組みを一度では理解できないようでした。さらに真ん中の丸が決定ボタンなのですが、これもボタンには見えなかったようで、どう扱っていいか戸惑っていました。

そういえば私自身も最初、これが操作用のボタンには見えませんでした。上にマイクのアイコンが付いているので、音声を認識するための収音装置か何かのように思いました。カチカチと音がするのですぐに押せると気付き、実際に使ってみるなかで自然に操作体系を学習していきました。

私たちがアプリケーションなど、繰り返し使うタイプのインターフェースのデザインを考えるとき、見た目がゴチャゴチャするのを避けるために、「触れば分かるだろう」という判断で一度では理解できないデザインを選択することがあります。しかしこれは、デザイナーが思っている以上に慎重になるべきなのでしょう。

確かに、リテラシーが高い、あるいは自分はリテラシーが高い自信がある人は、触って失敗しながら学習していく傾向があります。しかしリテラシーが低い、自信がない人はそうは行動しません。分からないものを触って確かめようとは判断せず、分からないものには触らないでおこうと判断します。なぜなら、分からないものを触ることで、元に戻れなくなったり、面倒なことが発生したりすることを恐れるためです。

さて、先ほどの操作インターフェースですが、このアップルTVのリモコンのように、円の周囲に小さな点や矢印があると、もう少し直感的にこれが操作用のインターフェースだと分かったかもしれません。

さらに、昔のファミコンのコントローラーの十字ボタンのようなデザインであったらな、迷うことはなかったでしょう。

ただ十字ボタンの場合、決定ボタンを別の場所に配置する必要が出てきますので、アップルTVやプライムビデオのリモコンのようなシンプルさは欠けてしまうでしょう。

現在地や選択状態が分からない

そんなこんなで、操作方法を教えたものの、実際に操作してみるとすぐに「これは今どこを指してるん?」と質問されました。

プライムビデオでは、グロナビは現在地の選択メニューがオレンジ色になるようになっており、作品を選択すると、マイクロアニメーションを伴ってその作品のイメージが拡大表示されます。しかしおかんは、オレンジ色の文字や、拡大しているイメージが、選択中の状態を指しているとよく分からなかったようです。

プライムビデオにはポインタのようなインターフェースがないので、最初に広い画面のどこに視点を置いていいか分かりません。選択するたびに小さな音がして、アニメーションをしながらイメージが拡大しても、視点が定まっていない人は、そのことに気が付かないのかもしれません。

プライムビデオの一覧画面のインターフェースは理解すればシンプルなのですが、確かに今自分がどれを選択しているのかは、分かりにくいように思います。ポインタを置くのは現実的ではないと思いますが、「今あなたはこれを選択していますよ」というのはもっと大きく、明示的にしてあげないと、動体視力も落ちて視野も狭くなっているおかんの年代には少々難しいように思います。

情報構造が掴めず元に戻れない

プライムビデオでは、作品を選択し、決定ボタンを押すと、その作品の詳細画面に入ります。しかしこれもおかんを戸惑わせていたようです。

構造的には一覧から商品を選び詳細画面に入るECサイトと同じで、ネットショッピングに慣れているおかんには理解できない構造ではないはずなのですが、おそらく見た目のイメージが違いすぎて、ECサイトの情報構造をうまく頭の中で応用できなかったのだと思います。

また、詳細画面に入るとデフォルトで「再生ボタン(詳しくは後述)」にカーソルが当たるのですが、再生ボタンは作品の下に表示されており、一覧画面とは表示もルールも異なるため、これを今選択している状態にある、ということも理解できなかったようです。

この段階では共通のグロナビも消えてしまうので、おかんからすれば「決定ボタンを押したら画面が変わった」という認識しかできておらず、情報を深堀したという感覚を持てなかったのだと思います。(これは、操作に慣れるために適当に決定ボタンを押してしまったからで、自分の意思で作品を選んでからだともう少し理解できたとは思いますが)

またこの時に「分からなくなったら前の画面に戻ればいいよ」と言ったのですが、戻るボタンが認識できていませんでした。プライムビデオのリモコンにはボタンがあまりなく、戻るボタンには戻るアイコンが付いているので、まさか分からないとは思わなかったのですが、おかんはこのボタンが戻るためのボタンとは分からなかったようです。

アイコンのデザインやボタンが置いてある位置など、複合的な問題で認識できなかったものと思いますが、いずれにしろ、直感的には分かりませんでした。

さらに、「どこに行ったか分からなくなったら、ひとまずホームに戻ればいいよ」と言ったのですが、このホームという言葉の意味が分からず、理解できないようでした。さすがに私も「ホーム」を理解するのは難しいと思ったのですぐに「この真ん中にある家のマークを押すと、ホームというか、最初にスタートしたときの画面に戻れるよ」という話をして、ようやく理解できたようです。

ラベリングが理解できない

全体的にラベリング、ようするに画面要素として表示されている文字情報そのものが理解できず、結果的に「なんだかよく分からない」と感じさせている面も大きいようにも思いました。

例えば、プライムビデオには、Amazonプライムに加入していれば無料で見ることができるコンテンツと、追加で購入しなければいけないコンテンツが存在します。この追加購入するコンテンツに関しては、一定期間だけ見る方法と買い切りでずっと見る方法があり、それぞれで値段が変わります。

しかしながら、まず無料で見ることができる場合、ラベリングは「プライムで今すぐ観る」になっています。

これはプライムビデオのサービス体系を理解していないユーザーからすると、直感的に何を意味しているのか分かりにくいでしょう。単純に「今すぐ観る」で通じると思うのですが、「プライムで~」と入れることで複雑さを増しているように思います。

また、「レンタル」と「購入」という表現も改善の余地があるように思います。

「借りて返す」という仕組みでないものに「レンタル」という言葉を付けると、おかんのような人は迷ってしまうでしょう。これはようするに安い金額で一定期間だけ見るのか、高い金額を払って半永久的に見るのか、ということを選択させるわけなので、例えば「2週間限定で観る(400円)」「期間無制限で観る(2500円)」みたいなラベリングの方が、おかんのような人には分かりやすいと思われます。

また、「ウォッチリスト」という言葉も馴染みがないので、まったく認識していなかったようです。これは「ブックマーク」のような馴染みのあるラベルに変えた方が無難でしょう。このように、プライムビデオの中で使われている用語の馴染みの無さが、「なんかようわからん」という印象に、ある一定は繋がっていると考えられます。

音声認識を信用していない

検索機能については、割と見た通りなので理解できたようなのですが、「入力が面倒だったら音声でも入力できるよ」という話をしたところ、「私らの歳になったら音声認識せえへんねん」と言っていました。本当にそんなことが起きるのかと思ったのですが、おかんのなかでは、音声認識=使えない、という認識で固まっているようです。

確かに私もプライムビデオの音声認識については、購入した初日に「おっさんずらぶ、おっさんずらぶ、おっさんずらぶ、おっさんずらぶ」と何度もリモコンに呼び掛けたもののうまく反応せず、その姿を妻に爆笑されて以来、使っていません。

人間というのは、一度ダメと思ったものは二度と使おうとしないものです。例え機能が改善していたとしても、あるいは正しい使い方をすれば正しく機能したとしても、「一度経験してダメだった」というのがそれを使わないことを強力に正当化してしまいます。

これはサービス開発などにもいえる注意点でしょう。「後から改善すればいい、今はPDCAのスピード大事」と中途半端な状態で勢いで公開し、その状態でプロモーションをかけて、大量のユーザーに悪い体験をさせてしまい、その結果二度とユーザーが使ってくれない、最悪離脱して戻ってこない、みたいなことが起こります。

おかんの音声認識に関しては、便利という言葉を再びどこかで聴き、実際に使ってみて便利だと実感できたらおそらく再び使うことになるでしょう。ただ、今はまだその時期ではないようです。

終了ボタンがないことに戸惑う

説明が終わった最後に、おかんからは「これ、どこ押せば終わるの?」と聴かれました。「終了ボタンとか押さなくてもいいよ」といったのですが、終了できない、ということに違和感を覚えたようです。

プライムビデオ(というかFire Stick TV)は、一定時間再生も操作もないと、勝手にスリープモードに入ります。つまり終了したければ、再生を止めて、あとはテレビのチャンネルなどに切替えれば良いだけなのです。

しかし、テレビにしろ、ハードディスクレコーダーにしろ、操作を終えたときはきっちりと「電源」を押す習慣のあるおかんには、終了できないということに何か気持ち悪さのようなものを感じたようでした。そんなことに疑問を感じるというのはちょっと意外でした。

まとめ

この記事は、プライムビデオのUIをおかんに合わせなさい、と提案している話ではありません。そもそもユーザーテストとして徹底して行ったものでもなく、うちのおかんはこう使いましたよ、という一例をあげたに過ぎません。うちのおかんに最適化した方が成功するよ、と言いたいわけでもありません。

ただ、デザイナーに限らずですが、特にデザイナーは様々な人の視点を持っておくことが仕事上の強みに繋がってきます。その「様々な人の視点」というのが、実は身近なところにも転がっていたりもします。本を読んだり、イベントに参加したりもいいですが、たまには家族の行動を観察してみるというのも、視点を広げるよいキッカケになるかもしれません。

※書き終わってから、そういえばかなり前に深津さんが似たような記事を書いていたことを思い出し、改めて読んでみましたが、このnoteで書いたことはまさにこれの実践版です。こちらも面白いので是非。


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