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あの小説の聖地に行って参りました。

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ここ平地に見えますが、峠頂上付近です。右手に線路。奥に「○○峠」

そして、伝統の下に碑文らしきもの。

そう!勘の良いあなたは大正解!

ここは塩狩峠。

三浦綾子作「塩狩峠」の舞台となった場所です。

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小説のモデルとなった長野氏の慰霊の碑がありました。

裏面には、長野氏がいつも懐に入れていた遺書の文が。

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「苦楽生死均しく感謝。余は感謝して全てを神に捧ぐ」

敬虔なクリスチャンである長野氏は明治42年2月28日。

列車事故で乗客を空くべくして殉職されました。

この史実をもとに書かれたのが「塩狩峠」です。

そして、この慰霊碑を見守るかのように、歩いて3分ほどの小高い丘には、三浦綾子氏が作家活動をされていた家が保存されています。


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正式名称は「塩狩峠記念館三浦綾子旧宅」。

足を踏み入れようとしたら、開館時間は16時30分まで。

私が到着したのはジャスト16時30分!

バッドタイミング!?

いやいや、もっと良いタイミングで訪れる日がきっとくる。

今日はまだ、その日ではなかったのだ。

そう解釈しておきました😆

本日は、中体連の審判業務の出張での塩狩峠越え。

我が人生で何度となく往復した峠。

本日は夕方にもかかわらず、30度を超えていた真夏日。

しかし、森の中にある塩狩峠駅と長野氏殉職の慰霊碑付近は、涼やかな風が吹き抜けていきました。

今を遡ること113年前の真冬のこの地で、そのような痛ましい事故が本当にあったのだろうか。

木々の濃い緑と青空を見上げながら、そんなことを感じたのでした。

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※空前の三浦綾子ブームが私の中で起こっておりますが、私自身も小説を書いております。手にとっていただけたら幸いです。

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