あの一言のお陰で今がある
中学校教員の『そい』と申します。
『心がほっこりする』『人生が豊かになる』
そんなヒントをつらつらと書き綴るフリースタイルの投稿をしております。
そんな私が、この度素敵なご縁をいただき、2024年より『虹色通り』のメンバーとなりました。
ちなみに『虹色通り』とはこのようなマガジンです。
さて、今回で2回目の投稿となります。
前回は自分の身の上を振り返りながら、人生について思うところを書きました。
前回の記事「幸せはいつも今ここにある」は、「何かが降りてきた」かのごとく、担当週前の週末に、あっという間に記事が書き上がりました。
2回目となる今回は、かなり時間もあったので、書く題材は何かしら浮かぶことだろう!
と余裕でいたのですが、そう思っていたら、あっという間に担当する番が回って来ました(笑)
さて、何を書こうか?
と思案していると、何やら視線を感じます。
我が家のわんこたちが、じーっと私を見つめていることに気がついたのです。
「お父さん!そろそろご飯にしない?」
っていうすごい眼力を感じて。
はいはい!今ご飯にするからね!
としばしご飯タイム。
もりもりと食べている2匹の様子に目を細めていると、
ポン!
とある思いが心に浮かんで来たのです。
それは、
人生って、例えその時は、最悪だと思う出来事も、何がどう転んで最終的にプラスになったりするからわからないものだよね。
という想いでした。
人間万事塞翁が馬
という諺もあるとおり。
要するに解釈次第で、どんなことだって、人生の肥やしになるということです。
あの出来事があったからこそ、今がある。
誰にだって、このような出来事があるのではないでしょうか。
誤解を恐れずに言えば、人生はネガティブな記憶(出来事)が起こっても、どれだけ自分を信頼して、ネガティブを受け入れられるか。
そして、受け入れた時に、過去のネガティブな記憶(出来事)はポジティブな記憶(出来事)へと書き換えられた結果、全てがプラスに転じていく。
人生は、何度もそんなことを繰り返しクリアできるかを楽しんでいる
壮大な『リアル人生ゲーム』なんじゃないか。
とすら思っています。
全人類が参加している壮大な人生ゲーム。
主人公は、私であり、あなた。
互いが互いの人生に登場して、重要な関わりを演じ合い、互いの人生に影響を与えて合っている。
天の完璧な采配によって精緻に作り上げられた人生ゲームだと思う今日この頃です。
前置きが長くなりました。
今回は、
あの一言があったからこそ今がある
そんな、私の経験を通じて、あなたの人生が豊かになるヒントをお伝えしようと思います。
なんであんたにそこまで言われなきゃならないの?!
あの一言があったから今の自分がある。
なんて、言うと、さぞ名言なんだろうとあなたは思うかもしれませんね。
そして、
「そんな大層なことを言われたことなどない」と思う方もいるかもしれません。
しかし、自分を変えた名言って、必ずしもポジティブな言葉であるとは限らないし、名言ぽくなかったりもします。
むしろ耳障りの良い言葉よりも、『カチン!』と頭に来るようなネガティブな言葉が、自分の背中を後押してくれた!
なんて、ことがあったりするから人生は面白いとも言えます。
かつて、ららみぃたんがnoteで企画した『釈迦の化身』を思い出します。
『自分を目の敵』と思えるぐらい、憎らしいことを言ってきたり、何かと苛立たせる存在は、実はあえて『釈迦の化身』として憎まれ役を演じている。
本人は演じているつもりはなくても、精緻な天の采配により、結果として、あえてその役割を引き受けている。
このような釈迦の視点を持つということは、自分を俯瞰する視点を持つということ。
この視点を持つと、人間関係で起こるさまざまな事象が、実は自分に貴重な気づきを与えてくれる。
そんなことに気づかさせてくれる企画でした。
このように人生を俯瞰する『釈迦の化身』の視点があると、『嫌なことを言う人』が実は、あえて憎まれ役を買って出てくれた貴徳な人であるとことに気づくのです。
他人とは、互いが互いに影響を与え合う、名俳優的な存在とも言えるのです。
では、実際に私の人生に多大な影響を与えた『釈迦の化身』的人物のお話をしたいと思います。
アウトな教師のアウトな一言が私を教師に導いた!?
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