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エンジニアは「チーム」と「アスリート」の潤滑油になるか? #SOLMU night vol.3 レポート〜

エンジニアは「チーム」と「アスリート」の潤滑油になるか? 

スポーツ観戦や視聴体験の拡張、データを活用した戦術・戦略の立案、はたまたスポーツチームと地域との繋がりの強化。一言に「スポーツテック」といっても、テクノロジー活用の目的は実に多岐にわたる。

今回、SOLMUが注目したのは「守る」「強くする」「支える」テクノロジー。生活者にとっては見えにくいアスリートの”日常”に寄り添うエンジニアやプロダクトのあり方の探求を目的としたイベント「スポーツエンジニアMeetup!!」を2019年3月25日に開催。本稿ではその模様をお伝えする。

■海外トップリーグから学生スポーツまで、多岐にわたるソリューション
今回のイベントでは次の4名の方に登壇いただき、パネルディスカッションを実施した。

Catapult Sports(カタパルトスポーツ)の斎藤 兼(さいとう けん) 氏。オーストラリアに本社を置くカタパルト社の日本ブランチのビジネス開発マネージャーを担当している。同社は、スポーツチーム向け、GPSや加速度計、ジャイロスコープ、磁力計などを内蔵するセンサーデバイスや心拍計、データ分析ソフトを提供している。着用したアスリートの走行距離や走行強度などのデータを取得することができ、怪我のリスクを軽減するソリューションとしてレアル・マドリードやバイエルンなどの名門チームに導入されている。

学生スポーツを中心としたアスリートの毎日の食事やコンディションを細かく記録できるクラウドサービス「Atleta」(アトレータ)を提供している株式会社エムティーアイ CLIMB FactoryスポーツITカンパニーからは、高橋 良輔(たかはし りょうすけ)氏。高橋氏は学生時代より栄養学やコンディショニングに関する研究を専門的に行った経歴を持つ。Atletaはアスリートが日記形式でその日のコンディションやトレーニング内容、食事などを記録していき、コーチ陣と共有できるサービスである。

ラグビーワールドカップ2015で日本代表が南アフリカを破ったニュースが未だ記憶に強く残っている方もいるだろう。その劇的勝利を裏で支えたと言われている「One Tap Sports」(ワンタップスポーツ)を開発・提供するユーフォリア社のCTO安達 輝雄(あだち てるお)氏。ワンタップもアスリート自身がその日のコンディションを記録して、チームのスタッフと共有できるクラウドサービスであるが、特にデータ分析機能が充実しており、「プロチーム向け」の仕様となっているのが特徴。

スポーツ整形やリハビリデーションのノウハウを活用してアスリート向けに障害リスク低減とパフォーマンスアップを同時に実現するソリューションを提供しているprimesap(プライムサップ)社の木村 岳(きむら たけし)氏。木村氏は自身がエンジニアでありながら、スポーツ整形を研究しソリューションにフィードバックしている。アスリートの身体の動き/フォームをトラッキング・データ化し、モデルデータと比較しながら故障の可能性がある動きを判定し、アスリートやチームへのコンサルティングを行っている。野球や水泳などの競技で導入されている。

■ITソリューションの導入で最も変わったのは「チーム内コミュニケーション」

「自分たちのプロダクトの導入前と導入後で何が変わったか。」という質問を投げかけた。

斎藤:日本に特有な「根性論」や「精神論」というものがやわらいだ印象があります。カタパルトのソリューションでは、走行距離やスピード、運動強度などデータが可視化されます。いままではコーチや監督が見た感じや感覚でアドバイスしていたものが、データに基づいたスマートな議論や指摘ができるようになり、アスリートたちに納得感をもって練習やトレーニングに臨める環境が出来上がってきていると思います。

高橋:私たちは主に「学生スポーツ向け」ソリューションなので、顧問の先生や監督の目線が変わったことになります。これまで1人で数十人のアスリートのデータを練習ノートなどで手動で管理していたものが、スマホやPCで管理できるようになった点では、時間や手間が減ったと思います。アスリートに起こった変化としては毎日自分のコンディションに向き合わなくてはいけなくなったので、否が応でも自分のコンディションの変化に気づけるようになった。「毎日記録」することによって、見逃しがちなわずかな体の痛みなどに気づける。それをもとになぜそうなったのかを先生や監督と話して、次の具体的なアクションにつなげることができるようになっているのではないかと思います。

安達:「良いコンディションとは何か」の定義がアスリートやチームによって異なります。サービスを導入してもらう前に、まず、チーム内全員でコンディションについての共通の見解を作ってもらう、そのための議論をしてもらいます。実はそのプロセスがとても大事で、議論をしていくうちにチームの目標やビジョンが明確になり、それをもとにスタッフとアスリートの間で、より具体的なコミュニケーションが生まれるようになります。

木村:うちは「スポーツ整形」が軸足なので、故障する動作というのが課題解決の対象になる。野球やテニスでは肩や肘。欧米では水泳のクロールでも肩を故障したりする。
よくスポーツの現場で起きているのは、指導者と選手のコミュニケーションの問題。コーチが指導したいポイントがアスリートに伝わらず、またアスリートが主張しているポイントをコーチが理解できない。私たちがやっているのは、お互いのポイントをお互いがが理解できるように数値化し、客観的に答え合わせができるエンジンをつくること。つまり、共通のコミュニケーション言語を作ること。数値化・ビジュアライズすることで、コミュケーションがとりやすくなるし、お互いに学ぶ。コーチは教え方が上手くなるし、アスリートにも明確な改善の方向性がわかり、向上心の出方が変わってくる。

いままで曖昧だったもの、形にして伝えることが難しかったものが、テクノロジーによって可視化される。それがアスリートとチームとの共通言語となり、結果的により具体的で双方が納得いくコミュニケーションが取れるようになるというのがわかりやすい成果としてあるようだ。

■プロダクト開発で優先するものはチームやコーチからの要望

プロダクト開発の現場で「ユーザー・顧客からの抽出した要望をどう機能に反映するか」という点について。今回の場合、アスリートとチームスタッフの要望があるが、2つのタイプの声をどのように優先度をつけて開発を行っているのであろうか。

木村:個人競技ではアスリートの要求が、チーム競技で指導者の要求がそれぞれ勝っている傾向にある。たとえば陸上競技では目的が至ってシンプルで自分の記録を伸ばすこと。各試技のプロセスを定量化し可視化してあげるだけで現役のアスリートはどこを強化すればよいのかが解かる。一方で、野球など過負荷による障害が発生する協議では、指導者の方が定量化やデータ解析・活用に熱心だったりする。
一方でビジネスとしては、予算執行の権限を持っている方からの要望を優先することが多いです。

一方で、野球などはアスリートよりもコーチの方が定量化かデータ活用に熱心だったりする。いずれにしてもビジネスである以上は予算を持っている方からの要望を優先することが多いです。

安達:アスリートからのリクエストは大雑把にまとめてにしまえば「もっとラクに入力できるようにしてくれ」という意見が大半です。機能面というより習慣づけ・動機づけの問題だったりするものは、チームとも連携しながら、使い続けることの具体的な効果のイメージを持ってもらうようにしています。チームからの意見を優先して開発を進めるケースが多い一方、チームのスタッフ同士で求めているものが一見、別々だということはたまにある。そういう時は、その機能を使って何をしたいのかを深掘り するのですが、結果、表現の仕方が違うだけで本質は同じということが多いです。

高橋:アスリートの意見を無視するというわけではないが、優先的に指導者からの意見を優先している。Atletaはまだ若いプロダクトなので、優先度をつけて、まずは予算を持っている指導者目線の課題を解決することに注力している。一方で、アスリート目線の課題を解決しないと、指導者の欲しいデータもたまらない。アスリートの声を開発に取り入れいていく仕組みは社内でも議論をしています。

斎藤:指導者やスタッフサイドの使い勝手の良さを重視しています。基本的に着用してなんぼ、使ってなんぼなものなので、アスリートにどうサービス利用を動機づけをさせるかはチームのスタッフの方に考えていただいています。

アスリートの声を無視したりするわけでなく、使ってもらうための動機づけを意識してはいるが、基本的には予算を持っているチーム側、指導者側の意見を優先するというは各社で共通していた。

■「勝つ」テクノロジーと「守る」テクノロジーは別
スポーツが競技である以上「勝つ」ことが常にあらゆる施策のゴールにつながる。具体的な「勝利」が何かは、球技や陸上競技、採点競技によっても異なるが、各社がどのような形でアスリートの「勝利」の貢献しているのかを伺った。

斎藤:「勝利」という結果に対して、何が要因かは特にチームスポーツではたくさんある。一概にカタパルト導入したから勝てます、とは言えません。怪我のリスクを下げたり、パフォーマンスを最大化したり間接的に貢献できることはたくさんある。2015年プレミアリーグのレスターが優勝して話題になりました。資金力があるわけでも、有名選手がたくさんいるわけでもない、言ってしまえば”弱小チーム”が優勝しました。それは、なぜかというとアスリートの「怪我の数」がその年、そのリーグで一番少なかったんです。使った選手数も年間で18という偉大な数字を記録しました。

高橋:
学生スポーツの場合、教育の要素もあるので「勝利」の定義が一概に試合で勝つことだけではなかったりする。ただ、Atletaの利用は「パフォーマンス」をあげることにはつながると思います。具体的にはトレーニングのPDCAサイクルを回すことに貢献できる。学生たちに試行錯誤をしながら結果を出すまでのプロセスを明確にして習慣化することで、将来的な「勝利」に貢献できるのではないでしょうか。

安達:みなさんと同じように「勝ち」に直接結びつけるのは難しい。私たちができるのは、プロダクトやサービスの利用を通じて、チームとアスリートとの間で、相互納得したコンディション目標やコミュニケーションフォーマットを形成することだと考えています。

木村:例えば、野球だといかにピッチャーがそのシーズンで怪我なく、敵チームを0点に抑えたとしても、バッティングができないと点が入らず、勝てるようにならない。そういう意味では私たちのソリューションは「勝つ」ためにまずは生涯リスクを下げる守るため、支えるためのソリューションではなく、だと言えます。

いかに点を取るか、スコアをあげるかが目的ではなく、いかに怪我をしないか、長く競技を続けさせるかということを通じて、間接的にアスリートを勝利に導いていくことに各社テクノロジー活用の目的を置いているようだ。

イチロー選手や松井選手のバット作りを手がけた職人の久保田五十一さんのようなトップアスリートから熱い支持を受ける「スポーツエンジニア」が今後生まれてくるかもしれない。それは、テクノロジーの力で「曖昧だったもの」をしっかりと見える化することで、アスリートだけでなくチームスタッフからも信頼され、アスリートとチームとの間の合意形成や意思疎通のサポートを行う潤滑油のような存在なのかもしれない。


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