天高く、恋はどこへゆく

 ヤクザモノパロ。なぜこれを引っ張って来たかと言うと、狂犬 牧 凌太を書いているからです。三篇からなるSSですが、自分の中でかなりのお気に入りです。というのも春田と牧を取り巻く人間関係が自分の中の理想であり、実写ドラマ化して欲しいくらいに思っているからです。Iターンというヤクザモノのドラマがありました。昭和テイストと聞きそれはそれは楽しみにしていました。結局、自分が思い描いた作品ではなく挫折しましたが、自分がイメージするのは良き昭和の薫りがする男同士のイチャイチャ。『傷だらけの天使たち』とか『蒲田行進曲』とかですね。ああいうプラトニックな色気が書きたかった。それと牧と武川さんの関係。牧に武川と呼ばせたかった。中でもお気に入りなのは、黒澤組長と武川さんの関係と、各タイトル。ただ、うちの狂犬はかなり凶暴です。ご留意下さい。
 以下がキャラ設定。上から偉い人になります。マイマイが女組長になっていますが、キャスティングの関係で当てはまる人が居なかったからだけです。劇場版を観て五郎さんでも狸穴さんでもいいと思いました。そしてマフィア(ヤクザ)、ドラッグ、拉致監禁と、やっぱり徳尾さんとハイタッチせずにはいられない内容となっております。※諸事情により一部割愛。全年齢対象です。

組長:黒澤
姐御:蝶子
若頭:牧(黒澤の息子)
舎弟頭:武川
舎弟:マロ
舎弟:春田(下っ端)
女将:ちず
板前:鉄平

対立する組の組長:瀬川
瀬川組の若頭:石川

花屋の店長:高村(『青い空と、甘く薫る珈琲』の高村と同一人物)



 東京某所、まだ下町の風情が色濃く残っている界隈を、およそ似つかわしくない黒塗りのベンツが走り去ろうとしていた。車は流れるように進み交差点に差し掛かった時、武川が急に車を停めた。

 「どうした?」

 後部座席に深く腰掛けていた黒澤が何事かと聞く。

 「いえ、ボロ雑巾のようなガキが転がってまして、すぐにどけますのでしばらくお待ちください」

 「まあ、待て」

 「ですが」

 「いい、下がってろ」

 「はい」

 黒澤はベンツから降りると、ポツンと立っている男児に声をかけた。

 「小僧、どうした?ひとりか?」

 「うん」

 「とーちゃんとかあちゃんは?」

 「居ない」

 「俺、施設に居たんだけど、嫌になって逃げて来たから行くとこない」

 「じゃあ、一緒に来るか?」

 「若頭!」

 そう詰め寄る武川に手を挙げて静止する。

 「小僧、いくつだ?」

 「10(とう)」

 「そうか。うちのボンとは8つ違いか。お前、兄弟は?」

 「居ない」

 朴訥と答える少年は、あまり感情がないように見えた。

 「弟が欲しくないか?」

 「うん!欲しい!ずっと欲しかった!」

 今までの虚無感が嘘のように目を輝かせて言う。 

 「そうか、なら俺と一緒に来い」

 「若頭!いいんですか?オヤジには?」

 「俺からうまく言う。なあにうちのボンの遊び相手くらいにはなるだろう。それにこいつの眼(まなこ)には深い闇が宿っている。このままにしといたら何しでかすかわからねえ。さあて、鬼が出るか蛇が出るか」

 「小僧、名前は?」

 「春田 創一」

 「春田か。よし、春田、これからは俺のことは若頭と呼べ」

 そう黒澤は満足げに笑うと春田を車に乗せ、自宅兼組本部へと戻って行った。

 まだ、当時は義理人情という言葉が意味を持つ時代であった。少なくとも黒澤は任侠に熱い昔気質のヤクザの跡目で、父親である組長は身寄りのない子どもを拾っては世話をすることがままあった。

 妻の蝶子は『また、そんなのを拾って来て。犬や猫じゃないんだから』と一瞥したが、黒澤が「お前には懐かない凌太の遊び相手だ」と言うと、それ以上は何も言わなくなった。

 それから20年の月日が経った―――。

 ◇ ◇ ◇

 牧 凌太は明敏で年の割に度胸が据わっていることを買われ、三代目黒澤組の跡目として期待されていた。いわゆるインテリヤクザである。

 今の時代、表向きはカタギの仕事を生業として資金を調達しなければ、ヤクザ稼業は成り立たない。黒澤組は表向きは黒澤不動産という看板を掲げ、それを主な収入源としていた。もちろん裏では随分とキナ臭いことや、危ない橋を渡るようなこともしている。

 また、黒澤組は先代から“わんだほう”という和食の食事処を経営しており、そこはちずという女将と鉄平という板前が切り盛りしていた。

 凌太は経営学にも明るく、不動産とわんだほうの実権も任されていた。実力№2の若頭である。その才能は周囲の嫉妬の標的にされ敵も多いが、側近の武川と明朗な春田の存在に救われ、順風満帆とまては行かないが今日まで何とかやって来た。

 黒澤と凌太の姓が違うのは、凌太が妾の子だからである。別段珍しい話ではない。この世界ではどこにでも転がっている話だ。

 側近の武川はその沈着冷静で怜悧な頭脳を買われ、黒澤の右腕である幹部のひとりであった。今では凌太とは上下関係となり、立場的にも精神的にも頭が上がらない。恐らく腕っぷしも敵わないだろう。凌太は見た目の艶麗さに違(たが)い、不抜で反骨な一面を持つ男だった。

 武川は凌太のためなら何のためらいもなく楯になる覚悟はあったが、内に秘めた淡い恋心は一生、墓に持って行くと心に決めていた。

 ◇  ◇  ◇

 「アニキー!アニキー!」

 「キーキーうるせーな、春田か」

 「ヘヘッ」

 そう屈託なく笑う春田は、幼少期の凌太の遊び相手として拾われ、今は凌太の舎弟として犬コロのように纏わりついていた。幾つになってもうだつの上がらないチンピラだが、心の底から凌太を慕い、また凌太も春田を可愛がっていた。

 「ボン、準備が整いました」

 「武川、いい加減、俺のことをボンと呼ぶのはやめろ。幾つだと思ってる」

 「ですが、俺にとってはボンはボンですから」

 武川は凌太が生まれた時から世話役として片時も離れず、幼少期から親しみと愛情を込めてボンと呼んでいた。今更改めろと言われてもそれは無理な話だった。

 「俺はオヤジの護衛がある。春田、ボンのことを頼むぞ。いざとなったらわかってるな?」

 「はい!頭!俺、アニキのためなら楯にでも何にでもなります!」

 「お前はバカだが、ガタイの良さとその性根の真っ直ぐさだけが取り柄だ。よろしく頼む」

 「やれやれ、一丁前にボディーガード気取りかよ。俺もナメられたモンだな。おい、マロ行くぞ!」

 「うぃーす」

 マロと呼ばれた青年は、やはり黒澤が拾って来た男である。ヤクザというよりホストといったスタイリッシュな風貌で、派手めのネクタイを締め、ウエストを絞ったシルエットのスーツをソツなく着こなしている。春田より随分と年下ではあるが、頭の回転が速く要領も良かったので、今では春田より上の立場にあった。蝶子のお気に入りである。

 3人はマロが運転する黒塗りのベンツに乗ると、シマの巡回を兼ねてわんだほうへと向かった。

 ◇  ◇  ◇

 「らっしゃい!あ、若!お疲れ様です!」

 「ああ、いい、作業を続けくれ。女将は外に出てんのか?」

 「へい、ちょっとばかし買い出しに行ってます」

 「なんか表で人相の悪いモタレ(チンピラ)がウロウロしてたが、瀬川組か?」

 「へい。最近、このヘンをウロチョロしてんですよ。うちの客になにやら怪しい薬を売り込んだりして」

 「ここが黒澤組のシマだってわかってて荒らしてやがんのか」

 元は黒澤と兄弟分だった瀬川が、初代の黒澤組長に破門状を突きつけられて分裂。そこから瀬川組を発足し、シマを巡って小さな諍いが絶えない。最近、瀬川組は女組長となり、勢力を拡大しようと黒澤組のシマを荒らし回っているらしい。

 そうこうしていると、わんだほうの外からなにやら騒がしい声が聞こえて来た。外にはマロをベンツに待たせてある。面倒に巻き込まれたのではないかと凌太は春田を連れ立って店の外へと出た。

 すると買い出しから戻って来たらしいちずが、瀬川組の三下に絡まれていた。マロが中に割って入っていたが、なにやら雲行きが怪しくなっている。

 「なんダァ?テメー?」

 「お前ら瀬川組だろ?ちーちゃんは関係ない。三下がカタギに絡むんじゃねーよ」

 「へへ、黒澤組のイヌがナイト気取りですかい。ウゼーんだよテメー!」

 瀬川組のチンピラは3人で、マロはちずを庇うためにひとりで応戦していた。マロは頭がよく要領はいいが、実戦向きではない。多勢に無勢もいいところである。

 「おい、その辺にしとけ」

 凌太が低く静かに恫喝した。

 「瀬川組のモタレがうちの若衆になんの用だ?ここは黒澤組のシマだ。出て行け」

 瀬川組のチンピラたちは一瞬怯んだが、いつも同行している舎弟頭の武川が不在であることに気づくと態度を一変させた。

 「これはこれは黒澤組の見目麗しい若頭さんじゃありませんか。いつものボディーガードさんは一緒じゃないんですか?」

 「そんなことに答える必要はない」

 「ひゃはー!今日のお姫様は王子様のエスコートなしなんだってよ」

 そうチンピラのひとりが言うと、他のふたりがゲラゲラと笑った。

 凌太の美貌はこの世界では有名で、彼の内に秘めた狂気を知らぬ者には、その見た目と若さからナメられることが多かった。凌太は下衆な挑発に乗るほど短気でもバカでもなかったが、春田はそうではなかった。

 「テメーら!アニキをバカにすんじゃねー!」

 「なんダァ?このバカっぽいギャンギャンと鳴くのは。黒澤組はよっぽど人材がないのかね。こんなワンコロがボディーガードとは」

 チンピラたちはオーバー気味なアクションで、ギャハハと前のめりで笑っている。

 「よう、兄ちゃん、俺たちはそちらの若頭さんと話がしてーの。退けよ!」

 そう叫ぶと春田を突き飛ばして来た。よろける春田は怯むことなく凌太の前に立ちはだかった。

 「マロ、ちずさん連れて店へ入ってろ。春田、もういい、放っておけ」

 凌太が呆れて気を緩めた刹那、若造に相手にもされないことに腹を立てたのか、三下のひとりが凌太に向かって襲いかかって来た。

 「このクソガキゃぁー!」

 単純な頭の持ち主らしい。分かりやすい怒号と手にはナイフを持ち、精一杯の虚勢を振り翳して来た。とっさに春田が凌太を庇った。

 春田は人並み以上に体躯はいいが、お人好しでやはり実戦向きではなく、ナイフが顔を掠めた瞬間に鮮血が飛び散った。それを見た凌太は一気に頭へ血が上り、無言でチンピラに対峙すると顔色ひとつ変えず殴りかかった。

 そこからはあっという間の出来事だった。瀬川組の三下は地面に転がり呻き声を上げていた。凌太の鋭い眼差しは、相手の心臓を射抜きそうな勢いだ。

 騒ぎを聞いたヤジ馬が警察に通報したらしい。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。我に返った凌太は面倒に巻き込まれるのを避けるため、マロと春田に「行くぞ」と声をかけて、その場を後にした。

 「厄介なことになっちまったな。まあ、オヤジには正当防衛だと言い張ろう」

 そうヘタな言い訳を考えながら、凌太たちは本部へと戻った。

 ◇ ◇ ◇

 案の定、黒澤にこってりと絞られた3人は、やっと自由の身となった。

 絶妙なバランスを保っている黒澤組と瀬川組との間では、些細なイザコザが大きな抗争に発展することもある。黒澤には「モタレごときに何をムキになっている」と叱責された。

 「まったくな」

 自室に戻った凌太は、ソファーに腰掛けると自嘲気味に笑った。いつものように春田を側に呼んでいる。

 「アニキーすみません。俺がヘタこいたばっかりに」

 しょんぼりと項垂れる春田にふ…と笑いかける。

 「お前が謝ることはねーよ。俺を庇ってくれたんだろ?ありがとうな」

 「へへ」

 照れたように笑う春田には、まるで尻尾が生えているようだと凌太は思う。ご主人様に褒められて千切れんばかりに尻尾を振る犬っコロ。

 「顔の傷はどうだ?見せてみろ?」

 そう命令口調で言うと、傅いていた春田が前のめりになって凌太に顔を近づけた。

 そっと春田の顔を両手で包みじっと見つめる。春田は何事かとドギマギしてたじろいだ。傷自体はそう大したものではないが、こめかみを掠めていて、もう少し深かったらと思うとゾッとする。致命傷になりかねない。凌太は春田の腕を掴むと自分の方へと抱き寄せた。

 「えっ?!あ、アニキ?」

 「兄貴じゃない、これからはふたりの時は凌太と呼べ」

 「えっ…?でも…」

 「俺の言うことが聞けないのか?」

 「…り、りょうたぁ…?」

 「良し、いい子だ。創一」

 (自分はこのどうしようもない、ダメで、不器で、ガキなコイツが可愛くてしょうがないらしい。俺も相当イカれてんな)

 凌太はキョトンとしている春田の唇に、そっと自分の唇を重ねた。

 ◇ ◇ ◇

 「武川」

 廊下で佇んでいる武川に、蝶子が声をかけた。

 「アンタも苦労するわね。それはそうと見合いの話があるんだけど、どう?」

 「姐さん、その話は何度もお断りしてます」

 「まったく…アンタの愛しい愛しいボンは今頃、春田とよろしくやってるわよ。そろそろ諦めたらどうなの?それとも若衆のほうがいい?」

 「どうか勘弁して下さい」

 「ふ…まあ、好きにすればいいわ」

 さほど興味もない風に、それ以上は食い下がることもなく蝶子は立ち去った。

 「凌太…」

 そうひとりごちる武川の胸懐は、澄んだ秋の空へと消えて行った。


 天高く、恋は…


(第一篇 終)



天高く、恋は実る


 それは、恋と呼ぶには甘くなく、愛と呼ぶには美しくなく、情と呼ぶには切なくて―――。

 「うんめぇー!鉄平兄の作る肉じゃがはいつもうめぇなぁー!」

 「そんなこと言っても何もでねーぞ?まあ、遠慮せず、食え食え!」

 「はい!遠慮なく頂きます!」

 家族の居ない春田は、板前の鉄平と女将のちずを家族のように慕い、頻繁にわんだほうへ来ていた。鉄平とちずもまた、春田を家族のように温かく迎い入れ、食事を振る舞うことも良くあった。表向きはシマの見回りという名目であったが、実際のところカタギとヤクザの垣根などはなく、互いに気の置けない存在であった。

 「俺、家族が居ないから、おふくろの味ってわかんねーんスけど、おふくろの味ってこんなんなんスかね~?」

 「まぁ、それぞれの家庭の味ってのがあるからな、同じ肉じゃがでも違うと思うけどもよ」

 まんざらでもない風に鉄平が言う。

 「そうねぇ。日本料理の板前が作る肉じゃがと、お母さんが作る肉じゃがじゃあ違うかもね」

 それに女将のちずがのんびりと答える。

 「じゃあ、俺にとってはこれがおふくろの味です!」

 「なんだー?てめーのかーちゃんじゃねーぞ俺は~?」

 『ははは』

 何気ない日常の中の何気ない会話。春田にとってはそれはかけがえのない宝物のような時間であった。頬いっぱいに肉じゃがを頬張り、もぐもぐと咀嚼しながらぼんやりと思い浮かべるのは凌太のことだった。

 (アニキのこないだのキス…どういう意味だったんだろ?挨拶?それともお礼の意味かな?まさか俺のことが好き…いやいやいやそんなことはないよな?まさかアニキが俺のことを好きだなんて)

 そんなことをひとり考えながらカウンターで昼食を摂っていると、入り口の引き戸が勢い良く開いた。

 「らっしゃい!」

 ドカドカと人相の悪い男たちが入って来た。瀬川組の三下である。店内は昼時を過ぎた時間で比較的空いていたが、春田の他に数人の客がテーブルに着いていた。その独特の空気を察し、テーブルで食事を摂っていた客が凍りつく。

 「女将、定食三人前」

 瀬川組の三下のひとりがそうちずに声を掛けた。客として来ているからには追い出すことも出来ず、「わかりました。少々お待ちください」とオーダーを通す。それを春田は背中で聞いていた。先日のことがあって、黒澤からはヘタな真似はするなと釘を刺されている。騒ぎを起こさない限りは静観するしかなかった。

 瀬川組の三下は、一般の客が座っているテーブルの隣を陣取り、鞄から何やら取り出し始めた。

 「お客さん、ちょっといいですかい?最近、若い人の中で流行ってるんですけどね。これ使うとスッキリして気持ちがいいんですよ。いやいや、全然、安全なものです。みんなやってるし、今回はサービスしますんで一度使ってみて下さいよ~」

 春田にはところどころしか聞こえないが、どうやらドラッグの勧誘をしているようだ。チラッと肩越しに見ると、一般の客は断るにも断れず困惑している様子だ。どうしたものかと手をこまねいていると、ちずがつかつかと歩み寄り中に割って入った。

 「お客さん、困ります。こちらのお客さんが困ってらっしゃるようで。うちで商売するようなら帰って頂けますか?」

 「ナンダぁ?ここはメシ食わせるとこじゃねーのかよ!俺らはただ、メシ食いに来て、そのついでに隣の客人とお話してるだけじゃねーか。インネンつけてんじゃねーよ!」

 「だからその物言いが、他のお客さんのご迷惑になるので…」

 ヤクザ相手にも物怖じしないちずに、男はいささかプライドが傷つけられたらしい。

 「このアマぁ~?生意気な口利きやがって!」

 「キャ!」

 ちずの腕を掴んで威嚇するチンピラを見て、春田がスッと立ち上がった。

 「まぁまぁ、ここは、ね、お兄さんも落ち着いて」

 出来るだけ刺激しないように、穏便に事を進めようと努めて明るく声をかける。

 「なんだぁテメェ?ヘラヘラしやがって」

 「あ、アニキ、こいつ、黒澤んトコの」

 「ぁんだとう~?」

 (あ、いけね、面が割れてた…下っ端の俺なんか知らねーと思ったんだけどな、こないだの件でちょっと有名になっちゃったかな)

 「あ、その節はどうも。とりあえず外で話しません?話は俺が聞きますから、ね?」

 とにかく店内で暴れられては困る。ことさらヘラヘラと作り笑いを浮かべ、こちらに気を逸らせることに集中した。

 「ふん、まぁいい。お前んとこの若頭さんにはこないだ世話になったからな。お前が話を聞くっていうんなら聞いてやるよ」

 一瞬、ちずと目が合った春田は『大丈夫だから』とゆっくりと頷き、瀬川組の三下たちと一緒に表へと出て行った。心配になったちずは裏口から外に出ると、表に停めてある車の側で瀬川組の男たちと春田が立ち話をしているのを物陰から覗き見た。

 春田は何の抵抗もせず、とにかくこの場をやり過ごそうとなだめすかしていたが、ひとりの男が急に春田を後ろから羽交い絞めにするようにして口許に布を充てた。春田はほどなくその場に崩れ落ち、そのまま車の中に突っ込まれた。
 
 ちずは慌てて店内へと戻ると、鉄平の耳元で「春田が拉致された」と伝えた。どこからどんな情報が洩れて春田の身に何が降りかかるかわからない。ここは内密にことを進めなければ、ちずはそう思っていた。

 ◇ ◇ ◇

 「ボン!」

 「なんだ、騒々しい」

 黒澤不動産の事務所で仕事をしていた凌太に、慌ただしく武川が声をかけた。

 「今、わんだほうの女将から連絡がありまして、春田が拉致されたそうです!」

 「なに?!」

 「拉致したのはどうやら瀬川組の連中らしく、先日の件の報復ではないかと」

 「それで、手がかりはないのか?」

 「女将によると、春田が拉致されたのは真堺コーポレーションの社用車だったそうです」

 「真堺コーポレーションというと、瀬川組傘下のか。詐欺まがいなことをやっていると噂の」

 「そうです。最近は“ファイブスター”というドラッグの密売もしているようです」

 「ファイブスター…」

 “ファイブスター”は常習性はないが、過剰に摂取すると、幻覚、幻聴、パニック発作、衝動性などが現れ、自殺行為に及ぶこともある。凌太は武川に指示し、真堺コーポレーションへと車を走らせた。

 ◇ ◇ ◇

 凌太と武川は真堺コーポレーションに着くと、真正面から乗り込んだ。殺風景な社屋に人はまばらで、春田の姿は見えない。凌太は対応した若い男に単刀直入に聞く。

 「責任者は誰だ」

 「アポはお取りでしょうか?」

 「責任者は誰だと聞いている」

 今にも掴みかかろうとする凌太を制し、武川が対応する。

 「失礼しました。黒澤組の者です。こちらにうちの春田が居るとのタレコミがありまして、若頭の牧と舎弟頭の武川が迎えに来ているとお伝え下さい」

 「…わかりました」

 これ以上は自分には手に負えないと判断したのか、若い男は誰かに連絡を取り何やら話し始めた。ほどなくして「ご案内します。こちらです」と凌太と武川を誘導した。

 案内された部屋へと通されると、革張りのソファーセットにテーブルがあり、長椅子には春田が座らされていて、後ろ手に縛られた状態のようだった。

 「春田!」

 思わず凌太が叫ぶと、うつろな目をした春田が顔を上げる。苦しそうに肩で息をしており、顔や口端には殴られたような鬱血の跡があった。両脇には若い男が二人立って居る。

 「キサマー!春田に何をしやがった!」

 掴みかかろうとする凌太を武川が寸でのところで静止する。これは罠だ、そう武川は直感した。

 「確かお前は石川だな。瀬川組の若頭になったばかりの」

 武川に石川と呼ばれた男は、緩いウェーブの髪を垂らした長身の男だった。さも面白いものを見たというような笑みを浮かべ口を開いた。

 「これはこれは、黒澤組の若頭さんとその側近の武川さん。ようこそ真堺コーポレーションへ」

 その飄々とした物言いに凌太の頭に血が上る。いつもはそんな分かり易い挑発には乗らない凌太だが、春田が絡むととたんに沸点が低くなる。

 「武川!離せ!石川!お前の指示か?!ただじゃ済まさねぇー!」

 「落ち着いて下さい!」

 「離せっつってんだろーがぁー!」

 「凌太!!」

 ビクン!と凌太が反応し動きが止まった。武川が“凌太”と叫んだのは実に何年振りか。物心ついた時からボンと呼ばれていたので、もしかしたら初めてかもしれない。

 「どうか、どうか!ここは堪えて下さい」

 そう武川に諭されて凌太は幾分か冷静さを取り戻した。それでもギリギリと歯を食いしばり、握った拳は細かく震えていた。

 「いえねぇ、そちらの若頭さんが先日、うちの若い衆を病院送りにしてくれたものですからね。きっちりとお礼をして差し上げないとと思いまして。うちの“ファイブスター”の被験者としてご協力頂いたというわけです。その際に少々暴れましたので。手荒な真似はしたくなかったんですけどねぇ」

 ねちねちとわざと神経を逆なでるように石川が言う。春田を人質に捕らわれている以上、下手に手出しが出来ない。そのうち春田の息がより荒くなり、苦しそうにもがき始めた。

 「はぁっはぁはぁっ!暗い…暗い…いやだぁー!助けて!苦しい!」

 何かの幻覚を見ているのか、目はうつろで涙を流し、口からは涎も垂らしていた。

 「春田ぁ!」

 凌太の悲痛な叫び声が響く。春田の耳には届いていないように見える。石川という男はサディスティックな面があるのか、それを見て恍惚とした表情を浮かべていた。

 「悪趣味め!」

 そう吐き捨てることしか出来ない凌太は、そろそろ我慢の限界に達していた。

 「ふん、何とでも」

 そう言って一歩を踏み出そうとした瞬間に「動くな!」と凌太が叫んだ。手にはピストルが握られていた。

 「ボン!」

 「それ以上、春田に近づくな!もし、春田に指一本でも触れてみろ?お前を殺す。もし、春田に万が一のことがあったら、俺もチャカで頭をブチ抜いて死ぬ」

 真っ直ぐに石川を射抜くまなざしに一切の迷いはなく、ただの脅しではないということが誰の目にも明白だった。

 「ほぅ…春田はお前のイロなのか?」

 石川がそう返したが、凌太は肯定も否定もしなかった。その時、入り口の扉がバン!と開いた。

 「なにやってんだ!お前たち!」

 そう厳しく一喝したのは瀬川組の組長、舞香だった。

 「最近、跡目継ぎでゴタゴタしてたから、ちょっと手綱を緩め過ぎたようだね。石川!いったいこれは何の真似だ?」

 「姐さん、こっちは売られた喧嘩を買っただけで…」

 瀬川が入室しただけでビリビリと空気が張り詰めた。威圧するようにゆっくりと瀬川が続ける。

 「こないだのモタレの件か?ふん、あんなモン喧嘩のうちに入るかい。それにその件は黒澤組長と話はついてる。まぁいい。石川、これでお前も気が済んだろう?」

 「はい…」

 そう渋々と石川が返事をする。瀬川は凌太に向き直り、穏やかな口調で言った。

 「黒澤の若頭さん、うちの石川が暴走したようですまなかったね。ただ、うちも無傷では済んじゃいないんでね、これで傷み分けということでどうだろう。こちらも稼業としてやってるもんだからね、譲れないところは譲れないよ。それは同業のよしみでわかるだろ?」

 口調こそ穏やかではあるが、言葉裏には有無を言わせぬ圧倒的な力があった。凌太は一刻も早く春田を開放してやりたいという気持ちもあり、首を縦に振ると「わかりました。オヤジにもそう伝えます」と引き下がった。

 苦しんでいる春田を武川が担ぎ上げると、凌太と武川はベンツへと乗り込んだ。

 「武川、うちで管理しているマンションへ車を回してくれ」

 「はい、わかりました」

 黒澤組本部では春田が好奇の目に晒される。凌太は真堺コーポレーションから比較的近い、黒澤不動産が管理しているマンションへと車を着けるよう武川に指示した。その間にも春田は酷く辛そうで、軽く錯乱状態にあった。

 「はぁ…はぁ…怖い…怖い…!誰かぁ…」

 「春田、もう大丈夫だ。俺が居る」

 そう言うと春田を抱きしめてやる。

 オートロックのマンションは無人で、住居人は誰も居なかった。会合などの宿泊や臨時の拠点に使われるための施設だ。地下の駐車場から住居部分へは通路で繋がっており、春田の姿を誰にも見られることなく部屋へと入ることが出来た。

 「武川、お前には礼を言う。さっきはお前に助けられた」

 「ボン、そんな!当たり前のことです」

 「お前に叱られるなんて何年ぶりだろうな。家族のように、兄のように、友のように、愛してくれてありがとう。武川、これからも俺の側に居てくれ。頼む」

 そう凌太は深々と頭を下げた。

 「ボン!頭を下げるのはやめて下さい!もちろんですとも!武川、この命をかけて」

 それは残酷だけれど、この上ない告白。

 「明日、迎えに来ます」と残して武川が帰ったあと、凌太は春田の居る部屋へと戻った。

 ◇ ◇ ◇

 ――― 翌朝。

 春田は気だるさを感じながら、ぼんやりと昨日のことを思い返していた。最後のピースが嵌ったような、ずっと埋められなかった穴が塞がったような、満たされた気持ちでまどろんでいた。

 (こんな気持ちは初めてだから良くわかんねーや)

 そっと隣で寝ている凌太をこっそりと見やると、長い睫がしっとりと濡れているように見えて、なんてキレイな顔なんだろうと純粋に思う。そんなことを本人に伝えれば殺されるだろうけれど、心の中で思う分には神様だって許してくれるだろうと思う。その長い睫が震えて凌太が目を覚ました。

 「よう、調子はどうだ?」

 「は、はい。もう大丈夫です。お世話をお掛けしました!」

 春田は飛び起きて正座して答える。凌太も上体を起こすと苦笑いをしながら言った。

 「おい、よせ。ふたりの時は上下関係も敬語もなしだ。いいな?」

 そう促す凌太がすでに命令口調なのだが、本人は気づいていない。

 「は…うん、わかった」

 へへ、とはにかんで春田が笑うと、おもむろに凌太が春田の傷痕が残ったこめかみへとキスを落とした。それは何かに誓いを立てるような清廉さがあった。

 春田はそれを受けて少しドギマギしたが、自身も何かを決意したように言う。

 「これからずっと、アニキのこと俺が守りますから。俺…頭ワリィし、楯にしかなれねーけど、でも、それだけじゃなくて、アニキの側にずっと居て、一緒に笑ったり、泣いたり、喧嘩したりしますから!アニキのこと全力で守りますから!」

 「ふ…頼もしいよ。ガキん時にもそんなこと言われてたっけなぁ」

 「へ?そうでしたっけ?」


 『にぃー待って!にぃー!』

 『凌太!早く!早く!来てみろよ!』

 『うわぁぁぁぁぁん!』

 『なになに?どうした?凌太?なんだ転んだのか。大丈夫、大丈夫。にぃが居るから。にぃがずっと凌太のことは守るからな』


 「創一、これからもずっと俺の側に居てくれ」

 「もちろんです!」

 春田はパアっと明るく笑った。

 ◇ ◇ ◇

 伝統的な日本家屋の黒澤組の本部には、季節の移ろいを感じられる広い縁側があり、そこに黒澤が座り庭の風情を愉しんでいた。どこからか金木犀の香りが漂う。

 「もう、すっかり秋めいて来たな」

 側に傅いている武川にそう話しかけると、武川が「はい」としみじみ答えた。

 「凌太は幾分か表情というか、纏う空気がやわらかくなったな」

 春田が拉致されてから数週間経っていた。

 「ボンにとって春田の存在がそれだけ大きかったということでしょう。ボンは小さい頃から社会の裏表を見て育ち、おおよそ実年齢とはそぐわない精神年齢です。それでも春田と居る時だけは、等身大の青年のように見えます。ボンと春田という孤独な魂が、響き合い、惹かれ合って、互いに甘える場所があるのなら、俺は心置きなく見送れます」

 「なんだ、お前は春田の恋敵だったのか?」

 恰幅のいい黒澤が、はははと豪快に笑う。

 「敵にもなれない一方的な恋慕です。オヤジには春田を拾って頂いて心から感謝しています」

 たとえそれぞれに違う道を往くのだとしても、過去も未来もすべてひっくるめて“絆”と呼ぶのだろう。そこに恋情はなくとも、単なるビジネスパートナーだったとしても、絶大な信頼関係が築ける相手が居るということは、とても幸せなことかもしれない。


 天高く、恋は実る。 


(第二篇 終)



天高く、恋は咲く


「それは確かな情報か?」

 「はい、マロからのタレコミですが、アイツはそのスジでは情報通ですので、間違いありません」

 牧に呼び出された武川は、人の目がないのを確かめて声を潜めて言う。

 「そうか。あとはブツをどうやって手に入れるかだな」

 「ボンにそんな危ない橋を渡らせるわけにはいきません。なんなら俺が代わりに…」

 「バカヤロウ!これはお前に頼むわけにはいかねーんだよ。ヤクザにはヤクザの仁義ってモンがある。ここは俺自身がやらなくちゃならねぇヤマなんだ」

 「ボン…そこまで!わかました。でしたらせめてお供させて下さい!この武川、命に代えましてもボンをお守りします!」

 甚く感動した様子で武川が言う。

 「おう、頼むな、武川。それとこの件はくれぐれも内密に。春田には絶対に漏らしちゃならねぇ。わかってるな?」

 「はい!もちろんです」

 武川は強く頷くと、意を決したような牧をただ見送ることしか出来なかった。

 ◇ ◇ ◇

 武川の運転する黒塗りのベンツは、滑るようにしてとある建物の前に止まった。すでに裏は取ってある。二人は緊張した面持ちで車から降りると、周りに人目がないのを確認して入って行く。

 武川の右手には黒いアタッシュケースが握られており、独特の空気を纏った二人をより一層、重々しく見せていた。人目を避けて平日の昼間を選んだが、それでも無人というわけにはいかなかった。蜘蛛の子を散らすように人が割れて行く。

 「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

 不意に声をかけられ、ビクっ!とした武川と牧が振り返る。音もなく背後に立つとは、こいつ只者ではないな?!と武川が牧を庇うように回り込む。そんな二人の挙動不振な行動にも眉ひとつ動かさず、穏やかな口調で男は笑いかける。

 「武川、いい、下がれ」

 「あ、はい」

 牧は武川にそう命じると、息を大きく吸い込んで言った。

 「は、花を…コホン、花を探している」

 思わず声が上ずってしまう。

 「どなたかに贈りものでしょうか?」

 「あ、うん、まあ、そうだ」

 「お贈りするお相手は男性ですか?それとも女性ですか?」

 「男だ」

 「でしたら、ブルー系の花とカラー、あ、こちらですが、などを合わせたスタイリッシュな花束などいかがでしょう?」

 そう言いながら店員らしき男は、慣れた手つきで見繕った花をコーディネートして行く。

 「あ、いや、シ、シオンを」

 「シオン?」

 「そ、そうだ」

 牧は耳まで真っ赤にしてそう伝える。武川が背後でそれをハラハラしながら見守っていた。

 「それは大変失礼しました。ございますよ。薄紫色の可憐な花ですよね。こちらと何かを合わせましょうか?」

 「全て任せる」

 「承知しました。では、男性向けにアレンジ致します」

 そう言って踵を返そうとした店員に向かって牧が声をかけた。

 「あ、春を…」

 「春?」

 「春をイメージして頼む。それと急いでくれ」

 店員は穏やかに微笑むと「承知しました。では、しばらくお待ち下さい」と言って作業場へと下がって行った。

 「ボン、頑張りましたね!武川は、武川は…!!」

 目頭を押さえながら、武川が牧の雄姿を讃える。

 「やめろ、恥かしいじゃねーか」

 そう言う牧もまんざらでもないような顔をしている。ただ、問題なのはこのフラワーショップ『Spring sky』は瀬川組のシマにあるということだ。 シオンはどちらかというと野花に近いため、取り扱いのある花屋が少なく、止むを得ず瀬川組のシマに足を踏み入れたというわけである。運悪く知り合いや、瀬川組のモタレに見つからないことを願う。

 「お待たせ致しました」

 物腰の柔らかな男が小さな花束を抱えて出て来た。薄紫色をした小さな花と、淡いピンク色のチューリップ、白いかすみ草でアレンジされていた。

 「この、薄紫色の小さな花がシオンです。ピンク色のチューリップは春をイメージして添えました。お贈りするのは男性ということで、あまり甘くなりすぎないよう、リボンは薄い紫色と白でまとめてあります。いかがでしょうか?」

 「ああ、これでいい」

 そう店員に礼を言うと、「あとは頼む」と武川に声をかけて、牧は先にベンツへと戻った。

 武川は改めて店員に向き合うと、やわらかな微笑みを浮かべる彼にドギマギした。歳の頃は自分とそう変わりないか、年下かもしれない。店員ではなく、店長だとしてもおかしくない年齢だ。

 武川は決して強面ではないが、鋭い眼光と長身は威圧感があるらしく、どんなにヤクザのオーラを消そうとしても、大概、引きつった笑顔で対応されるのだが、彼には全くそんな空気がなかった。

 「ありがとうございます。お連れの方が求めたものは、大切な方への贈り物なんですね」

 疑問形ではなく断定形で言い切るところに、差別や偏見といったものを一切感じず、その人柄が見て取れた。単なる接客業のスキルかもしれないが、武川はそれを心地よく聞いていた。

 「ピンク色のチューリップには『誠実な愛や愛の芽生え』という意味もあります。どうぞお連れ様にそうお伝え下さい。

 「ああ、わかった。ありがとう」

 そう応えて支払いを済ませると、牧が待っているベンツへと向かった。

 ◇ ◇ ◇

 幸い何事もなく黒澤組本部へ戻ると、牧は自室へ春田を呼びつけた。

 「アニキー!お呼びですかー」

 ご主人様に呼ばれたワンコロよろしく、いつものように春田がやって来る。

 「まあ、座れ」

 自室のソファーに腰掛けて待っていた牧が、隣の座面をポンポンと叩きながら促す。

 「あ、はい。失礼します」

 まだ、恋人としての扱いに慣れていない春田は、おずおずと牧の隣に腰掛ける。

 「春田…いや、創一」

 「あ、は、はい」

 少し緊張した面持ちで春田が応える。

 「お前にはいつも感謝している」

 「いやいや、とんでもないです!俺はアニキの側に居られるだけで!」

 「まあ、聞け」

 「あ、はい」

 牧は春田から視線を外し、俯き加減で話し始めた。

 「お前と恋仲になってから、その、なんだ、プレゼントってヤツをな、贈りたいと思ったんだよ。ヤクザが惚れた相手にプレゼントを贈るなんざ、甘っちょろいと笑われるかもしれないが」

 「そんなことないっス!めちゃくちゃ嬉しいです!」

 「そうか?」

 牧がキラキラと目を輝かせて春田を見つめる。

 (あ、アニキかわいい…。ヤベ、そんなこと言ったら殺されるな)

 「じゃあ、これを受け取ってくれ」

 牧はサイドテーブルに置いてあった、シオンの花束を春田に差し出した。

 「花束?」

 「おかしいか?」

 「いやいやいや、嬉しいです!俺、こういうのもらったことないから」

 「そうか。創一、俺は一週間ほど仕事でお前と離れなくちゃいけない。寂しいだろうが、これを俺だと思って耐えてくれ!」

 たかが、一週間、されど一週間である。まるで今生の別れとでも言わんばかりに牧が詰め寄る。

 「はい、俺!大事にします!」

 「創一…!」

 牧は春田をぎゅっと抱きしめると、春田もまた、背中に回した腕をぎゅっと抱き返した。しばらく互いの温もりを感じ合う。いつも神経を擦り減らし、明日にでも何が起こるかわからない世界で、牧にとって春田はオアシスのような存在だった。

 いい歳をした男が、今時の高校生でもやらないような純愛をしている自覚はある。身体の関係があるかないかではなく、好きな相手に対してどう向き合って行けばいいのか、長く主従関係にあった牧には持て余し気味なところがあった。
 
 牧は春田にそっと口づけると「もう、下がっていいぞ」と声をかけた。春田は「ありがとうこざいました。失礼します」と牧の部屋を後にした。

 ◇ ◇ ◇

 春田は自室に戻ると牧からもらった花束を眺めていた。自室と言っても舎弟クラスは共同部屋で、春田は境遇が同じで比較的仲の良いマロと同じ部屋だった。

 「あれ?どーしたんスか?それ」

 舎弟の中でもリーダー格で、春田より上の立場にあるマロだったが、年上で先輩でもある春田には敬語を使っていた。

 「あ、うん、アニキにもらった」

 「マジっスかー?!春田さん、その花の花言葉知ってんスか?」

 「へ?知らない」

 「その、薄紫色の花はシオンで、『遠くに居る君を想う』で、ピンク色のチューリップは『誠実な愛とか、愛の芽生え』って意味なんスよ」

 「えええええー?!」

 「大切にされてるんスね、春田さん。俺、軽くジェラってます」

 「マジかぁー」

 春田は嬉しさと恥かしさのあまり顔から火が出る思いだった。まさかアニキがそんなロマンチストだったとは夢にも思わなかった。

 「俺、蝶子さんに贈ろうと思って色々調べてるから知ってるんス。頭に聞かれたからてっきり頭が誰かに贈るのだとばっかり思ってたんスけどねー」

 「マロ、そのことは黙っといてくれるか?」

 「もちろんですとも。春田さんもそんなこと俺がバラしたとか言わないで下さいよ。俺、若頭に殺されます」

 「お、おぅ」

 二人の間で密約が交わされ、その絆はより強固なものになった。春田は小さな花束を見つめ牧へと想いを馳せた。年齢と立場を超えて実を結んだ恋。

 牧との恋が芽生えた喜びを実感して、その真っ直ぐな心根に胸が熱くなった。それは自分が生まれて来たことに初めて意味があると感じた瞬間でもあった。


 天高く、恋は咲く。


(完)






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SOLUNA*

心の海に棲まうもの 泪の河で創り出でし海 その限りでしか 息づけぬ魚

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