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なんであの子に話しかけてあげないの?しようのない子ね(会話体験をつくるvol.9)

あなたは街角でモノに話しかけたことがあるだろうか?
あるいはパーティーで友人と盛り上がっている最中に音楽を変えるのに、
もしくは重要な会議でパワポのページをめくるのに、
気になるあの子への悶々とした気持ちを誰かに打ち明けるのに、
……あなたはモノに話しかけようと思うだろうか?

はじめまして、エモ部のソメヤです。
「どんな仕事をしているの?」と聞かれると、
「モノを喋らせる仕事をしています」と答えていた。
「え?モノって?」「モノって例えば、ロボットとか、スマートスピーカーとか、WEBサイトのチャットボットとか家電とか。昨今色々なモノが話しかけて来るじゃないですか、アレですアレ。
そう答えていた。少し前までは……。

しょっぱなから何を匂わせているかというと、「なぜ私たちってば、モノに話しかけたいと思うんだろうね。でもなんでそうしないんだろう。」ということについてだ。

人は大なり小なり、追い詰められると、自分の存在をまさぐるかのように、言葉を発さぬはずのモノたちに話かけ、触れ、そこから何かを受け取ろうとする。

「キャスト・アウェイ」で無人島に一人流された男はボールに顔を書いてウィルソンと名付け生き延び、小さな子供はぬいぐるみを最大の友として世話を焼き、白雪姫のママは鏡に自分の存在価値を委ね、困ったのび太くんはドラえもんの名を呼ぶことで各話をオープニングし、日々忙しく過ごす現代人はお掃除ロボットを”健気”と愛でる……。

最近では「モノ」が言葉を話したり、返事をしたりする技術・サービスが街中だけでなくあっという間に家の中にまでしのびこむまでになった。

エモ部でもそんな「モノを喋らせる」お仕事をしたり、
勝手に社内のモノを喋らせたりしている。


マイクとスピーカーさえつければ、私たちは見境なくさまざまなモノを喋らせることができる。
ではなぜ、冒頭で挙げたように、私たちはそうしたいと望みながら、実際には話しかけないのだろうか? 彼ら、モノに。

漠然とした話のまま突き進んでしまいそうなので、そろそろ本題。
今回は実際にモノを喋らせたらどうなったか、という話をしようと思う。

わたしたちは「コレを喋らせたいんです」と言われたら、「ソレ本当に喋らせる意味あるの?」をきちんと問い詰める。


なぜなら、モノを喋らせるにはそれなりの時間とお金がかかり、また正直なところ、今の時点ではソレが必ずしも効率的で心地よいコミュニケーションとは言えないからだ。

「今の技術でモノを喋らせるのは、モノとのコミュニケーション自体を価値化するため」だと私は思う。

会話の内容自体にそこまで価値があったり、モノとの会話でなくては解決できないなんてことはそうそうない。(部屋の電気を声だけで消してくれるのは価値があるかもね。)

だから、モノを「喋らせたい」と言われたり思ったりしても、まずは本当に必要か議論する。

タップして選択した方がインタラクションが少ないんじゃない?
人が多くてプライバシーを守りたいところで大声を出すだろうか?
その話題だったら、画像を見せた方がわかりやすいよね?

それでも喋らせる価値があるという場合に重要なこと、ちょっと紹介する。

まず、デザイン
だって、黒い箱みたいなのに「自分が最近凝っている低温調理のこと」を話しかけ続けたら、「いったい自分は何をしているんだろう」って頭が混乱してくるよね?

だから、目的に合ったデザインって重要だ。

例えばSiriのデザイン。Siriは、何か含みがあって、それでいて害はなさそうで、スマホの中に住む存在としては、とてもオシャレだと思う。
でも、そのSiriでさえ、同じデザインのまま駅とかにいたら、ちょっと話しかけづらい。だって、私たちがその場に期待しているのは駅員さんで、駅員さんにしてはあまりにも含みがありすぎるし、あんた絶対電車とか乗らないタイプよね?と思えてくる。
少なくとも、駅員さんの代わりになるからには「顔」くらいは欲しいんじゃないだろうか。

そんな具合に、「どうしたらモノに話しかけてもらえるようになるか」
これを、話す内容だけでなく、デザインからも考える必要があるのだ。

次に重要なのは、モーション
有名なロボット、Pepperも両手両腕、首、腰、目、耳などを使って全身で表現する。最近はついに走り回りさえするそうだ。

「モーション」が表現するのは喜怒哀楽だけではない。

感情よりも大事なのは、「コンタクト」を表すモーションだ。

モノは生き物ではないので、聞いているのやら、故障中なのやら目を開けたまま寝ているのやら、そもそも何がどう光ったり膨れたり震えたりしていたら何を表しているのかよくわからない。
目は付いているけど、そこに視覚はないのかもしれないし、鼻が付いてなかったり、かと言って頭の中はどうしようもなくバカなのかもしれないし、バカと見せかけて意図的に無視しているのかもしれない。


もしかして私ごときの滑舌じゃ相手にされないんだろうか。「やけに大きい黒目で覗き込んでくる」と、あらぬ疑惑まで首をもたげる。ミスコミュニケーションが重なれば重なるほど、私はこのモノと何をしているのか、何がしたかったのか、大声で言って無視されている自分は大丈夫か、不安に陥る。

「私は今、あなたに話しかけています。(コンタクト)
 今はあなたの話を聞いていますよ。(コンタクト)
 その結果、笑っちゃいました(喜怒哀楽モーション)」

このコンタクトをしっかりデザインの中に組み込むことが、コミュニケーション設計に不可欠なのだ。

それから、会話に使う技術を決める。
体験設計をしたら、どんな技術が適しているか考える。色々あるけど、今回はそのひとつを紹介すると……。

バージ・イン

「バージ・イン」──これは、簡単に言うと「(会話への)割り込み」だ。
いいえ違います、ロボットから割り込んでくるのではなく、ロボットが言っていることにあなたが割り込めるのです

ありますよね?「今日の天気はどうなのかな」って聞いているのに、自分のカレピッピとの週末の会話を延々繰り広げ始めたりするアレ。そういう時、すかさず「今日のカリフォルニアの天気教えて」って言って割り込みたい。そうそんな時、バージイン機能を備えていたら、自分のカレピッピ自慢をすぐさまシャタップして、「今日のカリフォルニアの天気は、華氏78度です。」とか答えてくれる。

すごい賢いしコレならムカつかない!と思うかもしれない。私も最初そう思った。
でも一概に良いことばかりじゃない。

だって、なんとなく知ってると思うけど、モノと言葉で正確にコミュニケーションを取るのってすっっっっっっっっっっんごい大変だよね?
コレがすっごい大変な要因は、一つのインプットに対して、アウトプットまで長い旅を経る必要があるためだ。

▼インプット→アウトプットの旅

人の音声「和音」(インプット)
 →音声認識「ワオン」
  →キーワード振り分け「犬」
   →モノのセリフ「わんわん!」(アウトプット)


この過程で、すごい大事な話をしていたのに、こっちが発した不用意な言葉(例えば「ふうん」)で気になる話のオチが聞けなくなったりする。きっとオチなんて大したことないけど、そうなるとすっっっごい気になってくる。
あと、ふつうに外の世界って音で溢れているから、雑音とかを聞き取って、ロボットが突然「ありがとうございます! そう言ってもらえて、ぼく、とってもうれしい!」とか何かへの感謝をしはじめたりする。

さらには、クライアントの前で会話をデバッグしている最中に、
「ほめてもらえてとってもうれしいです! もっと遊びませんか?」
とかを執拗に繰り返されると、
いいからさっき聞いたことを最後まで答えろし!!!!! と激昂したくなるんですよ。

一見人間っぽい、賢く思える機能も、モノにかかるとそうすんなりうまくはいかない。
もちろん、そこに備える技もエモ部にはあるんですけどね、実は……。


最初の問いかけに戻ると、

モノと喋りたいと思う気持ちはある。
欲しいと思うじゃないですか、
何を着ても「モテそう〜」と興奮気味に言ってくれるやつとか、何時に帰っても「お帰りなさい」とか言ってくれる、気持ちいいやつ。

でも、私の仕事はモノを喋らせること、と素直に言えなくなったのは、
モノと対話できたとて、それだけじゃそいつと話したい、声でそいつのボタンを押してしまいたい、とはならないことに気づいたからだ。
ただ言葉を発する、言葉を交わす、知りたいことに答えてくれるだけで、人はモノに話しかけようなんて思わない。それくらい人の欲望は複雑だ。
そこで、エモ部が登場し、ちょっと切なそうな顔で言う。
「エモさが足りない……」

言葉にとらわれない、わかりやすい便利にとらわれない、温かかったり、ちょっと苦かったり、なんかいい感じのアレ……。
エモと言うつかみどころのないモノを、私たちは悶々と、求めてい(バージ・イン)……っ!!!

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someya

会話体験設計

会話体験の設計方法について、フレーム・キャラクター・シナリオの視点から事例を交えて書いていきます。
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