Perfect Blue

もうすぐ夏がくる。

私がそう思ったのは、照りつける日差しでもなく、とっくに花が散って青々とした桜でもなく、いわゆる夏の匂いでもなくて、深夜3時の廊下の床がぬるかったから。

人生そんなもんだよね。と思いつつ正直がっかりした。部屋の窓を開けるとさすがに空気はひんやりとしていた。足を差し込んだベッドもまたぬるくて、あー夏がくる、と性懲りもなく思った。
ベッドに座ったままスマートフォンを開く。日付を見て思い出したのは初恋のあの人だった。今日はその人の誕生日。一度も祝ったことなどない、ただの片想い。ただの友達、というかただのクラスメイトだった。

「今日誕生日なの?ベッカムと一緒じゃん」
当時サッカー部だった彼に言った一言。私は朝のテレビで見たと彼に嘘を言った。本当は誕生日なんてとっくに知ってた。本当はインターネットで調べたんだ。なんでもいいから彼と話したかったから。あのときは彼のことしか考えていなかった。話すことで精いっぱいだったけど。

彼はそれから、ベッカムを自己紹介で使うようになった。私が教えたんだ、ひそかな自慢だった。クラス替えのたびににやにやした。そんなことが当時の私にとっては幸せだった。本当にそれだけの恋だった。

最後に会ったのは成人式だ。彼が今なにをしているか知らないし、特に知りたいわけでもないけど、1つだけ知りたい。今もまだあの自己紹介してるのかな。

毛布をかぶって横になると、体を包むぬるさと顔に当たるひんやりした風がちょうどよくて心地いい。今日はこのまま寝てしまおうかな。前髪をさらさらと揺らす風。あ、夏の匂い。