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待望のニューアルバム『ミスター・モラル&ザ・ビック・ステッパーズ』を深掘り!

J-WAVEで放送中の番組『SONAR MUSIC』(ナビゲーター:あっこゴリラ)。番組では、毎回ゲストを迎え、様々なテーマを掘り下げていく。

5月18日(水)のオンエアでは、「ケンドリック・ラマーは、どこへ向かうのか? 」をテーマにお届け。ゲストに、ライターの奥田翔さんが登場。

■現代の最重要ラッパーは、何を歌ったのか?

ケンドリック・ラマーが、5年ぶりとなるニューアルバム『ミスター・モラル&ザ・ビック・ステッパーズ』をリリース。Disc1と2、それぞれ9曲ずつ収録され、全18曲からなるダブルアルバムとして発表されたこの作品で、現代の最重要ラッパーは何を歌ったのか。

あっこゴリラ:ケンドリック・ラマーは今、アメリカの音楽シーンの中でどんな存在なんですか?
奥田:商業的にも批評的にもトップを走っているようなラッパーなのかなと思います。
あっこゴリラ:やっぱり重要なポイントとしてコンプトン出身があるかなと思うんですけど、でもケンドリックは、ギャングスタなスタイルではないじゃないですか。しかも、この感じが1987年生まれの世代っぽいんですよ(笑)。
奥田:我々もだいたい同じくらいの年齢ですもんね。
あっこゴリラ:そうそう。この世代って、けっこうこういう方多いな~って感じがするんですよね。今回のアルバムはケンドリック・ラマーにとって、どんなアルバムなっていると思いますか?
奥田:現在の所属レーベル「TDE(Top Dawg Entertainment)」から最後のリリースとなるダブルアルバムになります。前作『ダム』からは5年ぶり。2020年のはじめのころは、ロックテイストとも噂されていたが、今回聴いてみるとそういうわけでもなかったので、直近のいろんな出来事を踏まえてスクラップしたのかなって感じに思いました。
あっこゴリラ:奥田さんがアルバムを聴いた率直な感想は?
奥田:とにかくめちゃくちゃ音がいい! ラジオでヒットするような曲とかクラブでヒットするような曲はほとんどないし、車って感じでもないけど、この前、夜、散歩しながらヘッドホンで聴いてたらちょうどよかったですね。
あっこゴリラ:めちゃめちゃいい!
奥田:内容的には、すごく重いんですよ。だけど、同時にカタルシスみたいなところも感じられるような内容になっているかなと個人的には思いました。
あっこゴリラ:今回のアルバムでは、どんなことを歌っているんですか?
奥田:いろんな要素があるんですけど、主たる要素の一つとして「赦し」があると思っています。今回、性犯罪で服役経験もあるKodak Blackをたびたび起用していたり、キャンセル・カルチャーへの言及も多かった印象があります。もう一つは、自分自身への赦しもあると思います。自らの不貞を告白しているような場面もあって、そこもある意味、赦しを請うているのかなと思いました。

あっこゴリラ:「赦し」の他にもテーマってあるんですか?
奥田:「メンタルヘルス」も大きい軸の一つなのかなと思っています。これまでの作品でも彼自身、己の弱さを打ち明ける描写はありましたが、より具体的にセラピーに通っているとアルバムの中で公言しています。
あっこゴリラ:そうなんですね。
奥田:本作のクライマックスとも言えるような『Mother I Sober』という曲では、世代を超えて続くようなトラウマ、それをここで断ち切る宣言をしています。静かながらも凄く力強い曲だなと思いました。
あっこゴリラ:私も3年くらい前からフェミニストを公言していますが、そうすると女性側の視点ばかり注目されがちだけど、男性側も男らしさを背負わされてるんですよね。それを今回のケンドリックのように男性側が打ち明ける表現というのは、“私、こういうの待ってたよ~”って思います(笑)。

■ケンドリック・ラマーが日本のラッパーたちに与えた影響

続いて奥田さんに、ケンドリック・ラマーがここまでビックになった要素とはどういうところか訊いてみた。

奥田:いくつもあると思うんですけど、一つはそもそもラップが上手い。
あっこゴリラ:本当に上手いよね~。
奥田:彼の場合、特にすごいのはデリバリー。例えば、泣きそうな顔でラップしてみたり、がなるようにラップしてみたり、そういう声の表現が感情を伝える上でより効果的な武器になっているのかなと思います。
あっこゴリラ:リリックもまたすごいですもんね。
奥田:そうですね。ストーリーを伝える力もそうですし、あとヴァルネラビリティ(弱さをさらけ出すこと)ですね。ポジティブなことだけ伝えても獲得できないような共感を、深く掘り下げることによって獲得しているっていうのは要素として大きいと思います。

そんなケンドリック・ラマーは、日本のラッパーたちにどんな影響を与えたのだろうか。

奥田:ケンドリックの影響って、実はわかりにくいところがあって。というのも、ケンドリック・ラマーの音って、これというものがないのかなと思っていて。これまでの作品もけっこう全部違ったテイストだし、そういう面ではアトランタのラッパーの方がより影響を与えているのかなと個人的には思います。
あっこゴリラ:確かに日本のHIPHOPシーンって考えたら、サウンド的にはそっちの方が影響度は強そうな感じしますね。
奥田:そうですね。ただ、ケンドリックのムック本『ケンドリック・ラマー: 世界が熱狂する、ヒップホップの到達点』でインタビューされている方々を見ると、みなさんそれぞれに影響を受けた模様がわかっておもしろかったです。
あっこゴリラ:へえ~。
奥田:そのうちの一人、Moment Joonさんのアルバム『Passport & Garcon』なんかは、『good kid, m.A.A.d city』にも似たストーリー仕立ての作りになっていたと思います。
あっこゴリラ:確かにMoment Joonは、影響受けてる感じしますね。けっこうリリックにもケンドリック入ってきますしね。
奥田:そうそう。あっこさんは、ケンドリック・ラマーから影響を受けている部分はありますか?
あっこゴリラ:影響受けましたっていうのもどうなんだろうって思いつつ、じゃあ全く受けてないっていうのも存在がデカすぎて違うし。それはラッパーに限らず、どのミュージシャンもそうなんじゃないかなと。だからある種、HIPHOP界においても、音楽シーンにおいても、ニュースタンダードを作っちゃった人だと思うんですよ。そういった一つの大きな指標にはなっているのかなって思います。

■今までよりもより深く踏み込んだアルバム

続いて、今回のアルバム収録曲で注目の作品を教えてもらった。
このアルバムでは、全体的に個人的なことを含め、今までよりもより深く踏み込んだアルバムになっていて、コントロバーシャルな(物議を醸すような)要素がすごく多くなっていると奥田さんはいう。

奥田:そのうちの一つが、『Auntie Diaries』です。
女性から男性に性転換した伯母/伯父さんと、女性として生きる決意をしたいとこの話をしている曲で、小中学生がLGBTQの方を侮蔑するようなFから始まる6文字の単語、いわゆるFワードをすごくカジュアルに言うが、自分はそういう親戚がいたことで彼らに対する理解があったという話をしつつ、そういうことは宗教的にタブーとされるけれども自分はそうじゃなくて彼らと共に立つ姿勢を見せる、というような内容になっています。
あっこゴリラ:なるほど~。
奥田:さらに、Fワードを出すのであれば、黒人を指すNワードも許容しなければならない。つまり、両方とも同じくダメなんだよっていうようなことを伝えている曲ですね。
あっこゴリラ:こうやって考えると、HIPHOPの歴史、例えば10年前のHIPHOPと聴き比べてほしいよね(笑)。
奥田:一番変わった部分じゃないですかね。

あっこゴリラ:(曲を聴いて)確かに物議を醸す作品って感じしますね。
奥田:実際にFワードを曲の中で使用したということで、ポジティブなメッセージはあるものの、非黒人がNワードで同じことやったらすごい叩かれるでしょみたいな感じで、メッセージ性を踏まえても、なお使うべきじゃなかったんじゃないかっていうようなことも声としてあがっていたりします。
あっこゴリラ:そうなんですね。
奥田:それくらい、今まで踏み込む人がいなかったところに踏み込んでる曲ではあるのかなと思います。
あっこゴリラ:私は個人的には、物議は醸すと思うけど表現だと思っちゃうんですよね……。続いて、アルバム収録曲で注目の作品は?
奥田:最後に収録されている『Mirror』です。ケンドリック自身がロール・モデルから解放されたいという気持ちが読み取れるような作品になっていると思います。
あっこゴリラ:うんうん。
奥田:フックのなかで繰り返されている「I choose me, I’m sorry」の一節が印象的ですね。これもいろんな解釈があると思うんですけど、そのなかで一つあるのが、自分を何よりも優先するということなのかなと思います。
この『Mirror』というタイトルも、 昔から「look in the mirror」というフレーズを頻用していたので、そのときから自己に向き合う人なのかなって思います。

最後に今後、ケンドリック・ラマーはどうなっていくと思うか訊いてみた。

奥田:僕が今作を聴いて気になったポイントとして、メジャーデビュー以降の3作は、いずれも「続き」を感じさせる終わり方なのに対し、今作はきっちり完結しているようなところがあると思いました。
レーベル「TDE」から抜けるということもありますし、彼の中で一つ区切りがついてる感じがします。昨年の8月のステイトメントでも「my life’s calling」(俺の人生における天職を探していく)みたいなことを言っていたので、本当どこにいくかわからないなって感じですね。

そんなケンドリック・ラマー、新作を引っさげたワールドツアーの開催を発表。ツアーは7月19日のアメリカ・オクラホマ公演を皮切りに、UK、ヨーロッパをまわり12月16日のニュージーランド公演まで全65公演。2018年の「The DAMN. Tour」以来となるワールドツアーとなる。

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【番組情報】J-WAVE 81.3FM『SONAR MUSIC』
放送日時:月・火・水・木曜 22時-24時
オフィシャルサイト:https://www.j-wave.co.jp/original/sonarmusic/


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