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サヨナラ

ぼくはバスで中学校へ通っていた。いつも同じバスで乗り合わせる女の子がいた。同じ中学で一学年下の子だ。彫りの深いエキゾチックな顔立ちは、いつの間にか、ぼくの心の中で気になる存在となっていた。そのうち、目が合うと、彼女は微笑んでくれるようになった(気がするだけかもしれないが)。

あれは秋の終わり頃、サッカー部の練習を終えて、職員室の前を通ると、黒い枠の貼り紙が風で揺れていた。そこだけなぜかスポットライトを浴びたようになっていた。マジックインキで書かれた内容は、彼女が病気で急死したことを知らせるものだった。彼女の名前は、なんとなく知っていた。信じられない。「ご冥福をお祈り申し上げます」「ご冥福をお祈り申し上げます」。貼り紙の最後の文章をリフレインしながら、重たい気分で、駅前の
バス乗り場までいった。あたりは夕闇が押し迫っていた。商店街の蛍光灯の黄色い淡い光がこぼれている。突然、風が舞い、小さな竜巻が沸きあがった。

いつもの「夫国(ふこく)」行きに乗る。この時間は、会社帰りの通勤客でバスは、混んでいる。彼女は、ぼくの乗るバス亭から二つ先くらいのバス亭から乗っていたはず。アディダスのスポーツバッグからウォークマンを出して、スピッツを聴く。運良く座れたもので、20分ばかり、うたた寝をしてしまったようだ。あ、降りなきゃ。気がつくと、バスはガラガラ、乗客はぼくだけだった。ブザーを押して、あわてて、バスから降りた。線香のにおいが漂っていた。ふと、目をやると、バスの後部から誰かが、こちらに向かってしきりに手を振っている。彼女だった、紛れもなく。そう、あの微笑だった。

バスは、長い坂道をだらだらと登っていく。まもなく坂の向こうに車影は消えた。行き先表示は「天国」行きとなっていた。

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