実験思考

「実験思考」のススメーこれからの時代のビジネスのつくり方

はじめに

2017年にスタートアップ界隈で話題をさらったCASH。「目の前のアイテムが一瞬でキャッシュになる」魔法のようなアプリとして、24時間で3.6億円のお金をばら撒く壮大な社会実験が行われたのは記憶に新しいところ。

著者の光本さんは自分と同じ81世代で、起業家の中の起業家、起業家の中でも天才肌。「興味はあるけど、自分が参考になる感じではないかな」という勝手な印象があって、あえて手にとろうと思っていなかった本書。

でも読んでみたら、破天荒でぶっ飛んだことをやっているように見えて、考え方はロジカルで筋が通っている。起業家だけでなくふつうに経営者やビジネスパーソンにとって参考になる話がいくつも。

というわけで、自分が読んでみた中でも、とくになるほど、と思った点をいくつか挙げてみます。


新サービス成功は市場選択とタイミングがすべて

スタートアップの不都合な真実のひとつが、「タイミング次第で、良いサービスもアイデアも全くささらない・バズらない」というもの。

たまたま昨年の10月にシリコンバレーに訪問の機会があったのですが、当時はちょうどバンクが「Travel Now」のサービスをリリースしたばかりのタイミングでした。(※参考に当時のシリコンバレー訪問記の資料はこちら↓)

そのあとにメルカリなども同様のサービスを模索したりして「CASH余波」のようなものが続いていたわけですが、訪問中にとある現地の人から、アメリカの似たようなサービスである"Airfordable"の面白さを熱烈に紹介されたのを思い出します。

たとえば今でこそLyft, Uber, Fiverr, (おそらく)AirbnbとIPOが続き世界を席巻するオンデマンド・シェアリングエコノミーの領域ですが、本著作の中で光本さんがいうように、カーシェアリングサービスを10年前に出したのは明らかに早すぎで、おそらく1年半前くらいにリリースしていたらかなりハマってスケールしたのではないかという見立ては相当正しいと思います。

ぼく自身も、新規事業にかかわる中で、あるいは新サービスを妄想する中で、「まだちょっと早いんだよな、でもじゃあいつだったら良いんだろう?」と悩むことはよくあります。

いわゆるタイムマシーン経営のようなものは成立しなくなってきている中で、大事なのは、2歩3歩先ではなく半歩先くらいを行くこと。そして、仮説を立てたらスピード勝負ですばやく実験してしまうこと。

シリアルアントレプレナーで何社も起業とエグジットを経験してきた柴田さんと話したときに、彼がアメリカで何年か過ごして日本に帰ってきてからいまの投資型クラウドファンデイング比較サービスのCrowdportを始めるに至るうえで、スタートアップの「不都合な真実」である「タイミング」についてめちゃくちゃ強調していたのを鮮明に覚えています。

ちなみに光本さんがその年ごとに決めているというテーマは、2017年はお金、2018年は旅行、そして現在の2019年は不動産とのこと。その選択基準は「ズレが限界に達しそうな業界」。市場が大きくて、その市場や業界に矛盾があって、その矛盾に歪みが生じ始めている、そういうタイミングをつけるかが重要ということですね。


見せ方や表現で新サービスは大きく変わる

もうひとつ、とても印象的だったのがこれ。見せ方や表現は、ユーザーからの印象を大きく変えるということ。

CASHが大きくバズる中で、中身は「買取アプリ」あるいは「質屋アプリ」と考えられるのが普通という中で、買取ではなく「写真をとった瞬間にお金になる」というコンセプトや表現にこだわったことは非常に大きかったのではないでしょうか。

これは何もCASHに限ったことではなく。たとえばZOZOで「ツケ払い」という表現(一般的な他サービスの「後払い」ではなく)を使ったことや、stores.jpが実際には販売ページ生成サービスなんだけれど、「自分のお店をつくれる」というコンセプトにこだわったことなど。

あと、表現やコンセプトの見せ方を考えるうえで光本さんがいつも心がけて気をつけているという「普通の生活者」の意識やマスの感覚。

どうしてもインターネットビジネスやベンチャーの空気感にどっぷりつかっていたりすると、知らずのうちに自分たちを起点に考えて、リテラシーが磨かれていく中で、マスの感覚からどんどん遠ざかっていく。これもあらためて肝に命じたいですね。

「モノが瞬間的にお金に変わる」表現でCASHをバズらせ新市場をつくったケースを見ていくにつけて、いまランサーズで展開している「#採用やめよう」のキャンペーンや、この後のサービスの世界観をどうつくっていくか、あらためて考えさせられます。


「思考停止」や「性善説」を軸にサービスを考える

最後に紹介したいのが、天才肌といわれる光本さんがこれからの時代のビジネスを考えるうえでキーワードとしてあげた「思考停止」と「性善説」。

前者の「思考停止」については少しネガティブに聞こえますが、要するにユーザーに考えさせないサービスがもっと増えていくということ。もっというと、ユーザーに思考をさせない中で、感情を動かしたり感情に訴えかけたりすることがより重要になっていく。

人が単純労働に費やす時間が極小化していき、AI(人口知能)やBI(ベーシックインカム)が広がった世界において最強のビジネスはエンタメであるという堀江さんの指摘はなるほどと思わされるところがあります。サービスの価値は、より感情に訴えかけるストーリーメイキングにシフトしていくと個人的には思っています。

後者の性善説といえば、たとえばCASHの世界観は性善説のかたまりですよね。ノールック買取で、写真を送るだけで現金が支払われる。個人的には、中国とかでは成立しなさそうなサービスだと思います。

ぼくなりにこの「性善説」というのを解釈すると、信用している人やサービスがすすめてくれるものに全力で乗っかる、ということ。評価するのが面倒なので、この人だったら、このサービスだったらいっか、と心を預けてしまう。グルメでいえば、食べログよりRettyに依存するというイメージ。

ちょっと面白い思考実験が、作中であげられている「価値のグーグル翻訳」というコンセプト。ひらたくいうと物々交換の世界観ですが、直近でバンクが物々交換を再発明する「モノ払い」の決済サービスを出しましたね。

いまの時代における「お金」の考え方の前提になっている「貨幣」って、あくまで国がその信用を担保しているだけ。でも、たとえばタイムバンクがその人の「時間」に、VALUがその人の「評判」に値付けをしてみているように、貨幣を通して一物一価で値段が決まる世界は揺らぎ始めている。

性善説で考えると、「あの人が、あのサービスが」決める価値交換のレートやロジックにのっかってみようか、となった瞬間に、色々なものの考え方が変わるように思います。

これは、まずはモノの領域でいろんなコンセプトテストが行われていくと思いますが、いずれはヒトの領域にも侵食していくはず。そのヒトの時間やスキルの値付けが、何によってどうなされていくのか。

モノでモノを買う、モノでモノを測るような世界の先には、ヒトでモノを測る、モノでヒト(の時間)を買う、といったような展開もありえますよね。メタップス佐藤さんの『お金2.0』で資本主義から価値主義へのパラダイムシフトが強調されていましたが、まさに時代はそちらの方向に動いていくのかもしれません。


おわりに

このノートでは言及しませんでしたが、著作中に紹介されている光本さんの色々なビジネスのアイデアは、読んでいるだけでもハラハラドキドキさせられる面白いものが多いです。

たとえばオランダにあるという無料の売春宿を引き合いに出した「覗き見」市場のビジネスは、個人的にはFacebookのPortalを想起させつつもたしかにありそうと思ったりもします。

でも重要なのはそのキャッチーな話題づくりや新規性にあるのではなく、市場やユーザー逆引きでその行動原理を煎じ詰めた先の「パッと見では非常識に思えるけど、実はまだ誰も気づいていない本質的な提供価値」にあるのではないかと思います。

これを機会に、市場や自社サービスをあらためて見直してみたいですね。今後もまたこういうちょっとした刺激を与えてくれる書籍や著作について、どんどん紹介していきたいと思います!


※他のいろいろな書籍紹介はこちら↓


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