夕日と女性

日本で女子の筋肉ブームが起きた意外な理由

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今年は二人のKIDが亡くなった。
格闘技に疎い人でも山本“KID”郁徳の名前は聞いたことがあると思う。しかし、もう一人のKID、ダイナマイト・キッドの死がプロレスファンを悲しませたこと自体、プロレスファンにしか分からない。

元プロレスラー、ダイナマイト・キッドには二つの顔があった。一つは初代タイガーマスクの最大のライバルであったこと。そして、もう一つはステロイド(筋肉増強剤)の常用者であったことである。

今年は筋肉ブームが一般レベルまで広がった年といえる。マーケティングにおけるイノベーター理論でいえば、「レイト・マジョリティ(後期追随者)」レベルまで浸透したのではないか。2016年〜2017年はライザップがCMをバンバン打ち出していた年。
健康雑誌『Tarzan』でも、腹筋だけを特集することがあった。それも一度や二度のことではない。

スポーツクラブ業界において、ライザップと『Tarzan』が残した功績はあまりに大きい。なぜなら、女性の“筋肉信者”を増やしたからである。

女性まで取り込んだ筋肉ブーム。わたしは、最低でもあと10年は続くと予測している。その根拠は意外なところにある。それは、日本は欧米ほどタトゥーの文化が受け入れられないからだ。

SNS全盛のいま、人々の見られたい願望はむき出し状態。日本人にとって、素肌を用いた肉体表現においては、化粧を除き、筋肉で体を彫ること以外の方法がいまのところ存在しないのである。

インスタをやっている人なら分かると思う。欧米の若い美人モデルのほとんどが、どこかしらに小さいタトゥーを入れていることを。私もインスタを一応やっている。たまに美人な欧米人を見つけると、つい過去の投稿に遡ってタトゥーを入れていないかチェックしてしまうのも事実だ。

話は飛ぶが、なぜこれほど多くの欧米人がタトゥーを入れているのか?私なりに考察してみて、いろいろと気付いたことがある。

それは、欧米人(キリスト教文化圏)にとって自分が常に「見られている」相手が神であるということだ。西洋では永遠への救済を求めて「神」という概念が生み出された。多くの日本人にとって、常に神に見られているという意識は希薄であると思う。理由は簡単、神と契約を交わしていないからだ。不幸にも、我々には見られている相手が親や近所、友達、SNSのフォロワーくらいしかいないのだ。

“私は神を愛します。だから私も神に愛されます”。この感覚がキリスト教文化圏には根付いているとわたしは思っている。神に見られることで人々の暴走を食い止め、社会の秩序が保たれる。つまり、神は“人格”を持っているのである。

“タトゥーの絵柄も神と同じレベルの人格を持っている”。欧米人はそのように考えているのではないかと私は推測する。人は観られていたいのだ。とにかく、観られていたいのだ。これは他の動物に比べ、自立まで時間のかかる人間にとって生きるために備わった本能である。

人には観ることで癒す力があり、観られることで癒される機能を持っている。要は何に観られているかの問題だ。

最後に、わたしなりの筋トレ論を言わせていただく。やらないよりは、やったほうがいい。けれども、マッチョは意外とモテない。日本では。

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