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今年はポリコレが滲み出るバッハ音楽祭

 「テューリンゲン・バッハ週間」2024年のオープニング・コンサート。
 ここに挙げられている名前を見てみると、エセル・スマイス、キャロライン・ショウ、、、バッハ好きにとっては、なんだか聴いたことのない名前が続くなぁ。オープニングコンサートと言うからには、何かが特別なんだろうけど、これは果たして、どんな意図からこんな公演になったんだろう。よく分からないなぁ。。。
 一見した限り、そんな印象を持たれる方も多いかもしれません。

 でもよく見てみると、そして私は個人的に、なるほど、今年はこれで始まるのかぁと思いました。いや、ちょっと切ない気持ちになった、考えさせられた、でも時代を反映しているなぁというのが、率直な感想です。

 というのが、ここで演奏されるエセル・スマイス Ethel Smyth(1858~1944)。これまで、あまり取り上げられることのなかった作曲家だと思います。今の音楽史の中で彼女を位置づけるとしたら、女性ゆえの不遇を感じ、戦った女性の象徴と言えるでしょうか。フェミニスト運動のパイオニアでもある作曲家です。

 さて、日本語の彼女の項目をWikipediaで読んでみると、ブラームスを崇拝していたということが書かれていますね。それはそうなのですが、でも、彼女のブラームスに対する別の顔も、彼女が記した記憶の中には読み取れます。それをちょっと見てみましょう。

 *************スマイスの回想 1) ********** 
 ブラームスの友人エリザベート・フォン・ヘルツォーゲンベルク(夫はバッハ協会を創立したハインリヒ・フォン・ヘルツォーゲンベルク)が、私(スマイス)のフーガをブラームスに見せると、最初は真剣に受け止め、褒めていましたが、その作品が女性作曲家(スマイス)によると分かった途端、態度が豹変し、この曲がどう完結するかは、好きなようにしたらよいと、見下した。私(スマイス)はこんな詩で復讐することにしました。
 「偉大なブラームスは最近こんなことをおっしゃっていました。
  賢い女性なんて意味がないと。だから私たちは馬鹿にふるまわなけれ
  ばならない。その点だけに価値があります。女性としてブラームスに好
  かれるためには」*2)

 「私が基本的にブラームスに怒っているのは、彼の女性像についてです。
  それは当時ドイツでよくあるものでしたが、、、つまり、女性をおもち
  ゃとしか思っていないということなのです」*3)

*************スマイスの回想 終わり**************** 

 正直、言葉を失ってしまいました、、、。偉大な作曲家のこういう負の側面って、音楽史の中で、あまり前面には出てこないですよね。

 でも、このことと、バッハとは関係ないじゃないかと思われるかもしれません。確かにそうです。でもブラームスはバッハと音楽様式史の流れではつながっており、バッハは所謂「偉大なドイツ人作曲家」の代表として、その過去を共に背負っていかざるを得ない、そういう運命にあるのかもしれません。

 だからといって、バッハやブラームスが作った音楽自体の芸術的評価が歪められるというのも、残念なことだと思います。音楽祭でも、バッハの作品も(実際には他のこれまで忘れられていた作曲家の作品もたくさん演奏されますが)これまでどおり演奏されますし、ブラームスの公演もあります。彼らの作品は、今後も残していくべき人類の遺産でしょう。

 ただし、そうしたいわゆる大作曲家、天才たちの日蔭に隠れた目立たない、小さな声も、私たちは見逃してはならない、、、そういうメッセージでもって、今年の音楽祭は開幕する、そういうことだと私は認識しています(これは音楽祭の公式見解ではなく、私の単なる個人的な解釈です)。
 
 その上で、バッハを、そして音楽祭を、存分に今年も楽しみたいと思います。今年のアーティスト・イン・コンポーザーは、このオープニングコンサートでも挙げられている、今、最も成功している作曲家の一人と言えるでしょうキャロライン・ショウです。彼女の作品もたくさん今回の音楽祭で聞くことができますし、1週間以内に作品を仕上げて演奏するという刺激的な企画もあります。

「テューリンゲン・バッハ週間」音楽祭、2024年、まもなく開幕です!

引用文献
1)Marion Gerards: Frauenliebe - Männerleben Die Musik von Johannes Brahms und der Geschlechterdiskurs im 19. Jahrhundert - Mit einem Vorwort von Freia Hoffmann (=Musik, Kultur, Gender), Böhlau 2010. S.74-75. 
2) Ethel Smyth, Ein stürmischer Winter. Erinnerungen seiner streitbaren englischen Komponistin, hrsg. von Eva Rieger, Kassel: Basel 1988. S. 52
3)Ethel Smyth, Erinnerungen, Ein stürmischer Winter. Erinnerungen seiner streitbaren englischen Komponistin, hrsg. von Eva Rieger, Kassel: Basel 1988. S. 46f.


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