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自分が知らない母の姿を想像したら、涙腺が決壊していた - コマエンジェル公演「幾星霜 RETURNS」を観て

無名であっても、傍から見れば平凡に見えても、誰の人生にも歲月は降り積もり、それぞれのかけがえのない人生になる。そんなことを、とある主婦パフォーマンス集団の公演を観て気づかされた。5月28日(日)には銀座博品館劇場で再々演される。

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「この人と絶縁しよう」と考えたくらい、実母のことを心底いやになった時期があった。ある出来事を機に母は、離婚して都会で気ままに暮らす私に、ひどい悪態をついたのだ。それからの私は、母を田舎に住む「困ったおばさん」と捉え、自分の人生とは無関係だと考えるようになっていた。彼女を思い出すのは月一度、仕送りを振り込む瞬間だけだった。

でも、コマエンジェルの「幾星霜 RETURNS」を観てから、考えを改めざるを得なくなった(一発目の感想をDRESSに寄稿したので読んでいただきたい)。母もひとりの女性であり、いろいろな葛藤がありながらも、そのときどきで選択し、思いもよらない流れに翻弄されながら生きてきた。自分のことは後回しにし、子どもたちを育て上げ、そのおかげで社会に出た私は今、健康で元気に働いている。楽しく生きている。

■すべての人の母親であるひとりの女性が主人公

幾星霜(いくせいそう)とは、苦労を経た上での、長い年月を意味する。それは狛江市を拠点に活動する主婦パフォーマンス集団「コマエンジェル」結成10周年を記念した公演タイトルにふさわしいだけでない。物語の主人公であり、すべての観客の母親であるひとりの女性の人生を言い表すのに最適な言葉でもある。

激動の昭和を生き抜き、平成の今、人生の幕を下ろすひとりの女性の一生を、昭和のヒット歌謡曲とダンスで描く、笑いあり――正直、大半の時間はコメディではないかと思うほどだが――涙ありの作品。女性の長い人生を演じる13人のメンバーのほとんどが40代の女性たちで、初期からのメンバーは50歳目前だ。

メンバーの多くが子を持つ親というのも、コマエンジェルの特徴。3人の男の子を産み、長男が成人している女性も数人いるとは驚きだ。そんな彼女たちが週一回、数時間ずつというごく限られた時間で稽古を積み上げてきたとは思えないくらい徹底した動きと、その独特な世界観に魅せられ、気づくと深く引き込まれた。

昭和~平成を駆け抜けた女性の一生には、いろいろな時代があった。戦時中おかっぱ頭でおてんばに駆け回る「子ども時代」。三つ編みを垂らし同級生とのおしゃべりに夢中になった「女学生時代」。戦後になって同じキャバレーで働く女性たちと役を巡ってバトルした「踊り子時代」。

人生のパートナーと巡り合い、夢よりも愛を選んだ「花嫁時代」。子どもに恵まれ、育児に家事に仕事にと多忙を極めた「ママ時代」。子どもが自立し、再び自分の人生を謳歌できるようになった「オバチャン時代」――。そんなステージをメンバーたちは早着替えで、ひとり何役ものキャラクターを演じ切る。

■昭和歌謡ショーに笑みを浮かべて手拍子していたのに

思えば母も、大学進学を機に上京。東京で就職し、3年ほどOLとして勤めたことがあったようだ。そこまでは私と似たような人生を歩んでいたが、それから田舎へ戻り、見合いを経て父と結婚。3人の子どもを産み、全員を県外の大学へ行かせた。

毎日バランスのとれた家庭料理が食卓に並んだ。3人がいろいろな習い事をさせてもらい、送迎する先も日々さまざまだった。子どもたちに家事を教え、皆が何かしら手伝っていたけれど、それでも家族全員の面倒をみるのは大変だったはずだ。

結婚を機に正社員の職を手放してからは、専業主婦だった時期もあれば、契約社員やパートなどをしながら兼業主婦をしていた時期もあった。あるとき社交ダンスに目覚め、講師の資格を取って教える側に回った。まさに「幾星霜」のオバチャン時代だ。

今、子どもたちがいい年になるのに伴い、母は明らかに痩せて、老けた。身だしなみはきれいげにしているが、2年前くらいに最後に会ったときは、年をとったなあと感じた。いつかは歩けなくなり、私を娘だと認識できない時期がやってくるだろう。彼女にも初恋の相手がいたこと、20代後半で母になったこと。キャリアを捨てて結婚し子どもを生み育てたこと……。私が知らない、想像したことすらない母の姿は多すぎる。

そう思ったら、さっきまで昭和歌謡ショーの「青い珊瑚礁」に笑顔で手拍子していたはずなのに、ママ時代から終わりまで涙が止まらなくなり大変だった。涙腺が決壊して、顔の上で大洪水を起こしていた。母はあのとき子どもを産む選択をし、一人前になるまで育てる決断をした。彼女の選択(もしかすると犠牲かもしれない)がなければ、私はこの世にいなかった。

■「かつて少女だったすべての女性に贈る物語」に感銘

「幾星霜」でコマエンジェルが演じた女性は、私の母でもあり、祖母でもあった。観客たちも自分の肉親、そして将来の自分の姿を投影したのではないか。どんな人にも、それぞれの人生があり、老いがやってくる。何も知らない人からすると、ただの老人かもしれないその人にも、思いもかけない華やかな過去や、深い想いがあるものだ。

私は昨年、『はたらく人の結婚しない生き方』という書籍を出版した。「結婚しないこと」を勧めるようなタイトルになってしまったのは不本意だったが、本書全体を通して、女の幸せは一種類ではなく、さまざまな選択肢があるというメッセージを込めたつもりだった。でも、正直うまくいかなかった。それは人として女として、まだまだ未熟だったからだろうなと「幾星霜」を観て思う。

「働く」も「結婚する」も、それをしないも、それぞれの人生として肯定されるべきで、他人が「こうすべき」「どちらのほうが価値が高い」などと口出しすることはできない。脳みそでは理解していたつもりだったが、ここまで腹の底から思っていなかった。公演パンフレットに掲げられていた、

どこにでもある人生。でもそれは特別な人生。
かつて少女だったすべての女性に贈る物語、幾星霜。

というコピーの深さに、私は今あらためて感銘を受けている。母の日のプレゼントに、お母さんとの思い出作りに、銀座へ訪れてみてはどうだろうか。

■コマエンジェル「幾星霜 OKAWARI」が5月28日、銀座博品館劇場で公演決定!

2016年9月「幾星霜」(狛江エコルマホール)、2017年4月「幾星霜 RETURNS」(労音大久保会館)に続き、2017年5月「幾星霜 OKAWARI」として、コマエンジェルが銀座博品館劇場に進出!

場所:銀座「博品館劇場」 03-3571-1003 
 http://theater.hakuhinkan.co.jp/
    ●銀座駅から 東京メトロ 銀座線・丸の内線・日比谷線
     ⇒『銀座駅』A2出口より徒歩5分
    ●新橋駅から  JR『新橋駅』⇒銀座口より徒歩3分
      東京メトロ 銀座線『新橋駅』⇒出口1より徒歩3分

日時:2017年5月28日(日)

開演:(1)14:00(開場:13:30)公演時間約90分 休憩なし
   (2)17:00(開場:16:30)公演時間約90分 休憩なし
料金(全席指定):¥5000(一般)
         ¥3000(小・中・高校生 ※学生証、保護者確認)

【チケット販売】
●Ro-Onチケットセンター
047-365-9960(10時~18時 土日祝祭日除く)
http://www.ro-on.jp/
   
●コマエンジェル 
ommr@smail.plala.or.jp
http://ommr91.wixsite.com/komaangel
(コマエンジェルHPのメールフォームよりお申し込み)
https://www.facebook.com/komaangels/ 
(Facebookメッセージからのお申し込み)

主催:東京労音
企画制作:コマエンジェル
構成演出振り付け:荻野美和
制作協力:ユニオンアーティスト

写真/大島りんご

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