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2拠点生活で変わった5つのこと

東京と大阪、ときどき別の場所。そんな2拠点生活を始めて、早くも8ヶ月ほど経とうとしています。その過程で知らず知らずのうちに、自分のなかに生まれていた変化を綴ってみることにします。

1.自宅で過ごす時間がより愛おしくなった

現在の本拠地は東京です。18歳のときから17年間住んでいて、地元岡山で暮らした年月を越えようとしている、もはやホームといってもいい場所。

月の半分は東京の自宅で過ごしています。そして、今住んでいる駒込のマンションは、元々かなり気に入っています。

築40年の昭和的デザインのマンションに、最新の設備はありません。追い焚き機能も、床暖房もなし。明るい3面採光の角部屋は風の通りは最高ですが、夏は暑く冬は寒くなりやすい。

ただ、それらを無視できるくらい、日当たりの良さや明るさ、家で仕事をするのに適切な広さ、駅からの近さ、駒込というエリア、ちょうどいい家賃など、好きな要素がたくさん詰まっています。

大好きな自宅にいられる時間が半分になったことで、その時間が貴重で、より愛おしいものになりました。そのせいか、空間をできるだけきれいに保つこと、暮らしやすく整えることに熱心になっています。

2.友人と会う頻度が減った

1に関連し「東京ではなるべく自宅で過ごしたい」という理由で、人を誘って出かけることが減りました。仕事や個人的な取り組みを除き、自分から誰かを誘うことはほぼないに等しい、と言ってもいいくらいです。

なので、東京で友達と会う頻度はかなり減りました。とは言っても、声をかけてくれる人が数人いるので、平均すると週1〜2回は誰かと会っています。

コロナ禍が長く続いてきた過程で、直接会う人がかなり絞られてきたこともあり、一緒に過ごして楽しい友人とときどき会えるのは、ご褒美のような素敵な時間です。

以前なら、もう少しは自分から声かけをしていたし、30代前半までは生き急いでいるかのように、いろいろな人と交流を重ねるばかりで、ほとんど家にいなかったなあと、今となっては信じられない生活を思い出し、苦笑してしまいます。

3.ごはんは家で食べたくなった

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「できるだけ、プラントベース生活」を実践していることも影響していると思いますが、家でごはんを食べたい気持ちが強くなり、東京にいるときも、大阪にいるときも、外食の頻度が減りました。

いまでも外食は大好きです。もちろん外に食べにいくことはあります。とくに以前は1日1回は外食していたし、とにかく新規開拓欲が強かった覚えがあります。

ただ、1とも関連し、東京では自分のために食事を作ったり、遊びに来てくれる友人と一緒に食べるために料理したり、ということが楽しくて、身体も心地よくてやめられません。

2で「友人と会う頻度が減った」と書きましたが、うちに立ち寄ってごはんを一緒に食べてくれるなら、こちらから誘いたいくらいです。気遣いなしで、手ぶらで気軽に来てほしい。ひとり分を作るよりも、数人分を作る方が簡単だから。

4.大事な人にリソースを集中するようになった

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大阪ではパートナーの自宅に住ませてもらっています。平日一緒に過ごすのは夜3〜4時間くらいで、土日は彼が仕事が休みなら終日です(とはいっても、休日は家のなかで各自好きなことをしている時間もけっこうあります)。

ならすと7〜8日間くらいは共に夜ごはんを食べていますが、普段離れて暮らしている分、一緒に食事ができるなら一緒に食べたいと思っています。何が言いたいかというと、関西に友人がそこそこいるので、平日に彼らとの食事予定を入れることもあるんです。

その場合「ランチ」か、彼が仕事でいないタイミングの食事を選びます。私自身が「夜ごはんは彼ととりたい」という考えを持っているからです(彼が仕事で遅いときは待ちません。Netflix見ながらひとりで食べます←この時間好き)。

以前なら、パートナーがいようがいまいが、夜に誰かとの食事で出歩くのは自然なことでしたが、今は自分のリソースを多方面に分散せず、大事な人に集中させたい、と考えるようになりました。

大事な人と過ごせるときは一緒に過ごす。でも、個別の時間も大事にしつつ——そんなスタンスです。

5.社会的な活動をするようになった

自分が主宰する子ども食堂「おまめ食堂」もその一環です。2拠点生活を経て「モノは少なくても生きていける」と身をもって感じ、装飾品にお金・時間的なリソースを投下する機会は以前より減りました。

(服もバッグも靴も美容も……装うことやケアすることが好きなので、全然買わないということではありませんが、「自分なりの購買基準」が若干厳格になっただけです)

リソースが増えて、代わりに目が向くようになったのは、社会的な活動でした。何かモノを提供するのではなく、体験を提供したい。自分が人、社会から受けてきた恩恵を次世代や困っている人にシェアしたい。そんな思いが強くなったのです。

以前よりも身軽に生きるようになったからこそ、誰かのことを想像して動ける余裕が生まれたのかもしれない、と考えています。そしてもちろん、自分の生活にある程度の余白があるからこそ、そんな考えを持てているのだとも思っています。

私にできることはちっぽけですが、自分なりに一歩ずつ前進しているつもりです。自己満足ではありますが、行動しないよりはする方が何倍もいいはず、という考えです。

自分が素の自分でいられる場所が複数あることに感謝

飽きっぽい私と他拠点生活は合っているようです。だから続けられています。もちろん、大阪の拠点を快く提供してくれ、私が大阪で過ごすことを心から喜んで、「その子さんがここにいるとうれしい」と言ってくれるパートナーのおかげも大きいです。

先ほど「自分のリソースを多方面に分散せず、大事な人に集中させたい」と書きましたが、自分がほっとできる拠点が複数ある、というのはとても幸せなことだと感じています。

東京にも大阪にも帰る場所がある、ということ。東京で私を大事に思ってくれる友人たち、大阪で暮らす彼や関西の友人たち、そのどちらにも属さないところにいる友人たちのありがたみを感じながら、つづく限りはこの生活を送っていく予定です。



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