職業、女。#23 忘れえぬ男〜手をつなぐ編

 忘れえぬ男というものがいる。

 だから私も、関わってきた男性方にとっての、忘れえぬ女になりたい。もちろん「あの女、絶対に許さんぞ」的な意味ではなく、「なぜか記憶に残ってるんだよね」的なプラスの意味で。

 さて、手をつなぐ、という行為である。以前きちんと付き合った男性と初めて手をつないだとき、体の奥底からジワジワと疼くものがあった。同時に体中の血の巡りが勢いを増した。「幸せすぎてどうしよう。熱い。カッカしてる……」。そんな不思議な感覚は1年くらい持続し、熱っぽさは徐々に減ったものの、彼と並んで歩くときは、私を温かい気持ちにしてくれるその手を握っていたかった。たかが手をつなぐだけで、あれだけ心身が満たされたのは、彼が心から愛せる貴重な存在だったからだと思う。

 それにしても、いろいろな手のつなぎ方があるものだ。好意を示したつもりはないのに、一度食事を共にしただけで、食事中ないしは帰り道に、強引に手をつながれたことは少なくない。どう振りほどいたか、そのまま別れるまでつながれっぱなしにしていたか、いまとなっては覚えていない。それらはすべて消えても構わない記憶だから、脳内から削除されたのだろう。

 対して、大事な記憶はたとえ断片的であれ、何らかの形で残っている。この都合のいい記憶力は人間ならではともいえる、本当に優れた機能である。

 そんな特別な思い出のひとつとして残っているのは、二回り近く年上の男性と食事をしたときのこと。まるまるとした月に目を奪われる夜。2軒目のバーを出たところで、彼はこう言った。
 「駅まで手を引いてくれない?」
 ええ、もちろん。魅力的な人だったから快諾。しかし、同時に私は大爆笑していた。……おじいちゃんなの? 夜の街で笑いが止まる様子はなく、脇腹を痛めて苦しみながら、彼のご希望通り「手を引いて」最寄駅まで送った。

 なんとも粋で紳士的な手をつなぐためのステップではないか。余裕すら感じられる。後にも先にも、彼を超えるほどユニークな「手をつなぐときの誘い文句」は聞いたことがない。彼も私にとって大切な、忘れえぬ男のひとりである。

 

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