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実は、マイノリティーに生理的嫌悪はある。けどリアルで公言はしなくて良い。

マイノリティー と言っても、様々ある。
身体精神障がい・発達障がい・LGBTQ…
更に、国籍人種の違い、職業の違い、文化宗教の違い…
趣味や興味、嗜好、生活の仕方。

日本人で日本国に住み、でも東京に住んではいない(地方)私。
戸籍上は女で男と結婚・離婚し子どもを産み、男性と恋愛する私。
何が普通で何がマイノリティーなのかは、個々人の立場によっても違う。

男と女が結婚するのが日本では「普通」?
障がいのある方は、マイノリティー?
女と女の恋愛は変?
認知症のひとは特別?
東京に住んでいる人が当たり前?

私個人では、仕事柄、認知症は「普通」、発達障がいも「よくある」(身内に多いし自分も近い)、身体精神障がいの方とも毎日接しているけど「普通」とは思わない。
私自身、割合は5:5じゃないけど、男だけを好きなわけではなく、過去に女性を好きになったこともある。

好きなもの、趣味は多分「異常」ではないけど、同年代では少ない方かも。
潔癖症で個を好む、理詰めで考えすぎる…


そんな自分を「マイノリティー」「マジョリティ」に分けるのは難しい。
どちらの部分も持っているとしか言いようがない。


ただ、「マイノリティー」の部分で、社会生活に支障をきたすほどの不都合はないので、自分を「マイノリティー」と意識することは少ない。

そして、「マイノリティー」の部分については、リアルの人間関係で全てをカミングアウトするつもりは特にない。
それも自由。


女性を好きになったことのある私、だが、

実は、男と男の恋愛は生理的に受け入れにくい。
嫌悪感とは違う。それぞれ好きにやっていいし、息子がそうでも構わない。

でも、見たくないし、理解が出来ないだけ。

宗教も同じ。好きにしていいと思うけど、私は「その宗教」は理解できないし、賛成できないだけ。

障がいのある子ども。可愛い子もいるけど、可愛いと思えない子もいる。
それも自分の内側から湧き出る自然な感情。
(ちなみに支援学級の教員をしていた経緯もありますが)


自分の中ではそう理解しているし、考えが変わることもある・微妙な線引きがあることもわかっている。


私が、「マイノリティー」「マジョリティ」で、課題だと思うのは、
「普通」を頑なに信じる人と、
生理的嫌悪を公言する人がいることだと思う。


「普通」なんてこの世にないのに。ただの多数決なのに。
自分を中心にしか考えられない人たち。

そしてそういう人が、誰もが持っている生理的嫌悪感や違和感を、恥ずかしげもなく口に出し、他人を傷つける。

別に、言わなくていいのに。
「えー変わってる!」「変なの」「普通じゃない」「まともじゃない」「可哀想」「理解できない」「信じられない」
周りに同意を求め、自分が正しいと思い込む。

全ての人が、全ての人を受け入れているわけではない。
ただ、「そういう人もいるんだな」で終わらせればいいんじゃない?
私は私、あなたはあなた。
そして、個で判断してほしい。

外人の○○さんではなく、
同性愛の○○さんではなく、
足が欠損している○○さんではなく、
認知症の○○さんではなく、

ただの○○さん、を見て、知って、それでも嫌悪感を感ずるのでしょうか?と。
だとしたら、それは個人的に仲良くなれない人なだけで。


「普通」なんてない。
自分の感情を「普通」と思い込んで、皆もそうだろうと思い込んで、公言する人は痛い人。

多様性を認めると言う事は、自分の「マイノリティー」を知り、他人の「マイノリティー」に寛容になることに尽きると思う。
別に、受け入れがたいことを受け入れることが良いことではない。

自分の生理的嫌悪感や拒否感も、自覚しながら。

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