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医者。ときどき映画監督とか、落語とか。キーワード:対話、共感、コミュニティ。あと、学び…

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医者。ときどき映画監督とか、落語とか。キーワード:対話、共感、コミュニティ。あと、学び、アート、銭湯、つながり。単純に人が好き。でも、恥ずかしがり屋です。

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  • そんそんの教養文庫(今日の一冊)

    一日一冊、そんそん文庫から書籍をとりあげ、その中の印象的な言葉を紹介します。哲学、社会学、文学、物理学、美学・詩学、さまざまなジャンルの本をとりあげます。

最近の記事

ブルシット・ジョブを支える「経営管理主義イデオロギー」——グレーバーの提唱したBSJ理論

「ブルシット・ジョブ——クソどうでもいい仕事の理論(Bullshit Jobs:A Theory)」は、アメリカの人類学者デヴィッド・グレーバーによる2018年の著書で、無意味な仕事の存在と、その社会的有害性を分析している。彼は、社会的仕事の半分以上は無意味であり、仕事を自尊心と関連付ける労働倫理と一体となったときに心理的に破壊的になると主張している。「ブルシット(Bullshit)」は、原義は「牛糞」だが比喩的な意味ではなく、辞書での定義は「馬鹿馬鹿しい」「無意味な」「誇大

    • 拒絶において受容する——外来の普遍思想に対する日本の「拒絶的受容」

      社会学者の橋爪大三郎さんと社会学者の大澤真幸さんの対談による『げんきな日本論』。なぜ日本には天皇がいるのか、なぜ日本人は仏教を受け入れたのか、なぜ日本には院政が生まれたのか、なぜ秀吉は朝鮮に攻め込んだのかなど、日本史におけるさまざまな疑問を、社会学の方法で、日本の「いま」と関連させる仕方で掘り下げた本である。 引用したのは「なぜ日本人は仏教を受け入れたのか」というところから。仏教は単なる思想や宗教ということではなく、当時は建築、暦法、冶金、漢字、衣料などの精神文化と科学技術

      • 自由の本質とは「状態」ではなく「感度」である——アーレントによる自由の定義

        本書『「自由」の危機 ――息苦しさの正体』は、2020年9月の政府による日本学術会議会員の任命拒否問題に端を発して組まれた特集である。筆者には、姜尚中、佐藤学、上野千鶴子、小熊英二、高橋哲哉、苫野一徳、内田樹などが名前を連ねる。「学問の自由」、ひいては私たちの生活における「自由」を守るために、さまざまな文筆家やジャーナリストが筆をとっている。 引用したのは哲学者・教育学者の苫野一徳氏の文章である。苫野氏はルソー、ヘーゲル、アーレントといった哲学者たちがいかに「自由」を論じて

        • 怨みに報いるに怨みをもってすることをやめる——『ダンマパダ(法句経)』より

          最古の仏典の一つである「ダンマパダ(Dhammapada)」からの一節である。「ダンマパダ」とは、パーリ語で「真理・法(ダンマ)」の「言葉(パダ)」という意味である。監訳では「法句経」と言われる。パーリ語仏典の中では最もポピュラーな経典の一つである。「スッタニパータ」とならび現存経典のうち最古の経典といわれている。かなり古いテクストであるが、釈迦の時代からはかなり隔たった後代に編纂されたものと考えられている。 この聖典はとくに南アジアの諸国(スリランカなど)で尊ばれてきたが

        ブルシット・ジョブを支える「経営管理主義イデオロギー」——グレーバーの提唱したBSJ理論

        • 拒絶において受容する——外来の普遍思想に対する日本の「拒絶的受容」

        • 自由の本質とは「状態」ではなく「感度」である——アーレントによる自由の定義

        • 怨みに報いるに怨みをもってすることをやめる——『ダンマパダ(法句経)』より

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        • そんそんの教養文庫(今日の一冊)
          139本

        記事

          「死んだらどうなるのか?」を哲学的に考える——ヒュームの懐疑主義

          現代思想の特集「ビッグ・クエスチョン——大いなる探究の現在地」より、哲学者の山内志朗氏の「人は死んだらどうなるのか?」という論考よりの引用である。 古来より「人は死んだらどうなるのか?」は宗教とともに哲学における難問の一つとして論じられてきた。プラトン『パイドン』、フィチーノ『プラトン哲学——魂の不死』、ポンポナッツィ『魂不死論』、ヒューム『魂の不死』など、多数の哲学者がこの問題を扱っている。 哲学者ライプニッツは、魂の「不滅(indestructibiltas)」と「不

          「死んだらどうなるのか?」を哲学的に考える——ヒュームの懐疑主義

          神話が語る「死の起源」——バナナ型と脱皮型の死の起源神話

          南山大学人文学部教授・同大学人類学研究所所長の後藤明氏による「世界神話学」の入門書である。「世界神話学(world mythology)」とは、ハーバード大学のマイケル・ヴィツェルの著書『世界神話の起源』による。ヴィツェルが近年唱えている世界神話学説は、古層ゴンドワナ型神話と新層ローラシア型神話と、世界の神話が大きく二つのグループに分けられるという仮説である。この神話学説は、遺伝学・言語学あるいは考古学による人類進化と移動に関する近年の成果と大局的に一致するというのが彼の主な

          神話が語る「死の起源」——バナナ型と脱皮型の死の起源神話

          哲学者と「死」——ハイデガーとレヴィナスの違い

          著者のサイモン・クリッチリー氏は、1960年生まれのイギリスの哲学者である。専門は現象学、大陸哲学、フランス現代思想。本書『哲学者190人の死に方(The Book of Dead Philosphers)』は古代から現代までの190人の哲学者について、死をどう捉えていてか、どのように最期を迎えたかについて、それぞれの哲学者の思想とともに紹介しているものである。しかし、ただ単に哲学者の死に方を面白おかしく紹介した本ではない。一流の哲学の考え方についても学べる骨のある一冊となっ

          哲学者と「死」——ハイデガーとレヴィナスの違い

          ベーコンの「洞窟のイドラ」とは——岩崎武雄『正しく考えるために』より

          岩崎 武雄(いわさき たけお、1913 - 1976)は、日本の哲学者(ドイツ観念論)。東京帝国大学哲学科卒業、1952年、文学博士(東京大学)(学位論文「カントとドイツ観念論 」)。 1956年、東京大学教授。日本哲学会会長(1973年~1976年)。カント、ヘーゲルを中心とした近代哲学が専門。 本書『正しく考えるために』(1972年)は一般向けに書かれた著書であり、同じ講談社現代新書より1966年に出た『哲学のすすめ』と合わせて読まれている名著である。本書では、「考える

          ベーコンの「洞窟のイドラ」とは——岩崎武雄『正しく考えるために』より

          マンデラの獄中生活——看守たちはいかに感化されたか

          ネルソン・マンデラ(Nelson R. Mandela、1918 - 2013)は、南アフリカ共和国の政治家、弁護士。第8代南アフリカ共和国大統領。若くして反アパルトヘイト運動に身を投じ、1964年に国家反逆罪で終身刑の判決を受ける。27年間に及ぶ獄中生活の後、1990年に釈放される。翌1991年にアフリカ民族会議(ANC)の議長に就任。当時の大統領フレデリック・デクラークとアパルトヘイト撤廃に尽力し、1993年にデクラークと共にノーベル平和賞を受賞。1994年、南アフリカ初

          マンデラの獄中生活——看守たちはいかに感化されたか

          哲学者とは死ぬことを心がけている者である——プラトンの『パイドン』を読む

          『パイドン』(パイドーン、古代ギリシャ語: Phaídōn、英: Phaedo)は、プラトンの中期対話篇。副題は「魂(の不死)について」。『ファイドン』とも。ソクラテスの死刑当日を舞台とした作品であり、イデア論が初めて(理論として明確な形で)登場する重要な哲学書である。師ソクラテス死刑の日に獄中で弟子達が集まり、死について議論を行う舞台設定で、ソクラテスが死をどのように考えていたか、そして魂の不滅について話し合っている。 ソクラテスは「人間にとって死ぬことは生きることよりも

          哲学者とは死ぬことを心がけている者である——プラトンの『パイドン』を読む

          プラトンが語ろうとした「魂(プシュケー)」の意味とは

          西洋哲学研究者の中畑正志さんによるプラトン哲学の入門書である。プラトンは、古代ギリシアの哲学者であり、ソクラテスの弟子にして、アリストテレスの師に当たる。プラトンの思想は西洋哲学の主要な源流であり、哲学者ホワイトヘッドは「西洋哲学の歴史とはプラトンへの膨大な注釈である」と述べた。 プラトンがいかに偉大な哲学者であるかは、彼の著作が2000年以上前のものであるにもかかわらず、その多くが今まで残されているという事実からも分かる。これは極めて例外的なことである。彼の著作の最大の特

          プラトンが語ろうとした「魂(プシュケー)」の意味とは

          愛の本質とは「分娩出産」である——プラトン『饗宴』を読む

          プラトン(プラトーン、紀元前427年 - 紀元前347年)は、古代ギリシアの哲学者である。ソクラテスの弟子にして、アリストテレスの師に当たる。『ソクラテスの弁明』や『国家』等の著作で知られる。現存する著作の大半は対話篇という形式を取っており、一部の例外を除けば、プラトンの師であるソクラテスを主要な語り手とする。 『饗宴』(きょうえん、ギリシャ語: シュンポシオン、ラテン語: シンポジウム)は、プラトンの中期対話篇の1つ。副題は「エロースについて」。紀元前400年頃のアテナイ

          愛の本質とは「分娩出産」である——プラトン『饗宴』を読む

          ハイエクとフリードマンの違い——不確実性をどう捉えるか?

          ハイエクの思想は今でも誤解されている、あるいは正当に評価されていないと言えるだろう。彼はケインズ経済学や社会主義による計画経済に反対し、市場経済と個人の自由を重視する自由主義の立場だったので、現在の「新自由主義」経済の先駆者のように見られることが多い。しかし、これは以前の記事でも書いたように誤りである(記事「ケインズとハイエクに対して蔓延する誤解——平時と危機時の経済学」を参照)。 ハイエクの思想の根本にあるのは、政府による介入主義や集権的計画経済への懐疑であり、哲学的には

          ハイエクとフリードマンの違い——不確実性をどう捉えるか?

          「能力」の起源とは——能力信仰と優生学の関係

          連続企業家、孫泰蔵氏の著書『冒険の書』は、現代の教育と社会のあり方を根底から問い、常識を覆すような一冊である。近代社会の発展と資本主義社会によって、人が「能力」で測られるようになり、さらには、能力を通貨のように商品化するようになったことが、現代の不幸を招いているとする。その歴史的・哲学的な起源に関して、コメニウス、ホッブズ、ルソー、フーコー、イリイチなど哲学者・思想家たちの思想的起源にまで遡って論じているのは、他の類書に例をみないほどである。また、難解な思想を分かりやすく、か

          「能力」の起源とは——能力信仰と優生学の関係

          マルクスが指摘した労働者の「二重の自由」とは

          誰もが知っているカール・マルクスである。資本主義社会の限界や、新しい資本主義といったことが唱えられるようになった今日、また新たなマルクスが求められているかのような感もある。1989〜91年にソ連や社会主義東欧諸国が次々に崩壊した。共産主義という大きな社会実験が終わり、マルクス主義は一旦「オワコン」化したかに見えたが、決してそうではなかった。マルクスの書を読むと、まるで現在の資本主義社会の最終的な状態を予言しているかのようなことが多く書かれているのである。マルクスはまだ終わって

          マルクスが指摘した労働者の「二重の自由」とは

          ウィトゲンシュタインの言語ゲーム論とローティのプラグマティズム哲学の親和性

          プラグマティズムという哲学の思想について、解説したのが本書『プラグマティズム入門』である。プラグマティズム(pragmatism)とは、「真理とはわれわれの行動にとっての有用な道具である」とする考え方で、われわれの行動の結果や有用性から物事の真理を判断するような思想である。真理を「道具」と考えるこの思想からは、存在論における「多元主義」や、事実と価値の区別の否定(事実と価値は優劣のない同列のものであるという考え)に通じるような、世界についての古典的了解を根底から覆すような革新

          ウィトゲンシュタインの言語ゲーム論とローティのプラグマティズム哲学の親和性