柔よく剛を制す #6


約8分間で17得点。
バスケを観るようになって改めてこの数字を目にすると、このスタッツの特異さがよく分かる。
4年に一度の大舞台、オリンピックへの切符がかかった世界大会。あと1つファウルを取られれば退場という絶体絶命の状況で、苦境に立たされたチームを救った男。
それが私が初めて目にした比江島慎だった。

試合後、渡邊雄太や富樫勇樹に手荒い祝福を受け照れて小さくなる姿に試合中とのギャップを感じ、この男のことがもっと知りたくなった。

それからは、ただひたすらネットの波の中から過去の比江島慎を探す日々だった。毎日その名前で検索をかけ、ヒットした動画や記事に目を通して、現在の比江島慎を形造った断片を探し集めた。
その中でも、比江島慎という選手が私の心を完全に捉えた動画が以下の2つである。



一つ目は、私がバスケットボールに引き込まれるきっかけとなった『slam dunk』の原作者・井上雄彦先生と若き比江島慎の対談。
二つ目は、ワールドカップまでの現在の比江島慎に密着した特集動画。
今思い返してみても、この二つの動画を見比べた時に感じた比江島慎の変化と不変が、私がこの選手に惹かれてやまない理由だろう。


まず、変化について。
井上先生との対談の冒頭で、先生からの「ファンと本人の"比江島像"は一致しているか」という問い掛けに対して「周りで自分が一番上手いと思ったことはない」と曖昧な答えを返していた若き比江島。
対して、ワールドカップまでの密着動画の中での比江島は「今の僕なら誰にも負けない自信がある」と明確な言葉で語っている。
何がこの男をここまで変えたのか。

23-24シーズン開幕からブレックスの試合を観続けて、ひとつ分かったことがある。
比江島は器用な選手ではないということ。
もちろん、技術的な話ではない。技術的なことを言えば、彼は一人で何役もコート上の役割をやりこなせる稀有な才能を持った選手だろう。
ここでいう器用さは、人間としての器用さだ。
自分に託されたブザービート直前のショットを落として膝から崩れ落ちる比江島。自分のプレーに納得できず、悔しそうな表情を浮かべる比江島。審判に笛を吹いてもらえず、皺くちゃの顔をしている比江島…。
いつでも、どんな時でも、自分を綺麗に見せる器用さは全くない。悔しさも歯痒さも包み隠さず、カッコつけない。不器用だからこそ、苦難さえも真正面から受け止める。

探し集めた情報の中にあったオーストラリアのサマーリーグでの経験や、かつて負った怪我の話、そして世界大会での悔しい経験から自分に足りないものを補うためブレックスを選んだこと。全ての点と点が、「誰にも負けない」と言い切った現在の比江島に繋がった。
何度も訪れたであろう悔しさで眠れない夜を真正面から受け止めて、少し首を垂れた後。その柔らかくしなやかな強い心で、自分の歩幅で乗り越えてきたからこそ彼はそう言い切れたのだろう。彼を変えたのは、プロキャリアの中で得た"挫折を乗り越える経験"だと私は思う。


そして、不変について。
若い頃からずっと変わらず、比江島慎が発する言葉の端々にある「みんなで勝ちたい、みんなが活躍して欲しい」という願い。
私がこの選手を好きな最も大きな理由がここにある。メディア対応やインタビューの中で、Bリーグでの成績はもちろん世界大会を見据えた発言も多い比江島だが、ブレックスでも代表チームでもその芯は全くぶれていない。
自分が属するチームを勝たせたいという、常に自分の力を証明する方向がチームの躍進に向いているところ。

相手にフリーで打たせないように、コートの端から端まで戻ってブロックに飛ぶ姿。自チームのボールにするために、倒れ込みながら相手の足にボールを当てる執念。相手のオフェンスリバウンドで、自分より大きな外国籍相手にすぐさまボックスアウトするところ。
今季も何度も観てきたチームに対する直向きな姿勢に抱く気持ちは、竹内公輔選手が琉球戦game2後の試合後会見で発した言葉に尽きる。

「日本で一番いい選手。」

きっとそれは技術的な部分だけではない。
チームに対する振る舞いや、考え方を含めての発言であろうことは想像に難くない。何故なら竹内選手自身が、スタッツに残らない部分の大切さを熟知し手抜かりなく遂行する選手だからだ。


以上が、比江島慎という選手に引き込まれた私の第一歩。かなり大きな一歩。彼の魅力についてを全て語るならば、正直大学の卒業論文程度の字数は余裕で超えてしまうので今日は一歩にしておこう。




最後に記事のタイトルについて。
比江島慎という選手を一言で表すなら、私はこの諺以上にピッタリ合う言葉を見つけられない。


"柔らかくしなやかな者こそが、かえって剛強な者に勝つことができる"

という意味を持つこの諺どおり、私たちのエースが苦難に打ち勝つことを願って。


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