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節分小話

「前々から思ってたんですけど」

ソフィアは緑茶を呑みながら視線を茶屋の外に向けた。視線の先はクガネ転魂塔広場。溢れかえった町民達が櫓から撒かれる豆に手を伸ばしている。

「セツブンにビーンズを撒くのは何故なんです?」

小首を傾げて尋ねる娘に、卓を囲むイズミとタナカは顔を見合わせた。

「……そういや、なんででしたっけね、イズミさん」

「……ちょい待ち」

青年の問いを受けてイズミは胸元から小さな手帖を取り出し、パラパラとめくり始めた。

「あった。えぇとね」

タナカはその声で我に帰り、視線を上げた。ソフィアは興味深そうに身を乗り出す。

「ビーンズはひんがしの言葉だとMA・MEと書くの。マは魔……デーモン。メは滅……滅ぼす。なのでビーンズは魔を滅ぼすデーモンスレイヤーというわけ」

「言葉遊びなんですね」

「ひんがし、そういうの多いッスよ」

タナカは手元の豆菓子を頬張りながら答えた。

「病だのなんだのをデーモンスレイヤーたる豆で追い払い、五穀豊穣無病息災なんやかんやを祈る……なんかそういう感じなんだって」

イズミは手帖を閉じ、胸元に仕舞い込んだ。タナカはその動きをしっかりと目に焼き付けた上で、視線を茶菓子に戻した。

「元を辿ればドマの祭りに由来するみたいだけど、そこまではよく知らないな。ソフィア、向こうのお殿様と知り合いなんでしょ。一度聞いてみたら?」

「そうですね、一度伺ってみます。イズミさん、お詳しいですね」

にこり、と微笑むソフィアにイズミは少し照れ、視線を外した。

「まぁほら、あんまり細かい事は気にせず、鬼は外〜とか言いながら豆を投げたらいいんだよ。こうやって」

言いながらイズミは豆菓子を指で弾く。豆はタナカの額にぶつかり弾けた。

「いてぇ!何するんスか!」

「ジロジロ見てるんじゃないよ」

「なッ!み、見てねぇッスよ谷間とか!」

「まぁ」

「語るに落ちたな」

「ギィィィーッ!ハメられた!」

頭を抱えるタナカを尻目に、ソフィアが口を開く。

「イズミさん、わたしにも投げてみてください」

「えっ、いいの?」

「いいんですよ。ほらほら、わたしはオニですよ」

そう言って少女は悪戯っぽく人差し指を立てて、額の上にかざした。タナカはその姿を抜け目なく目に焼き付けたスクリーンショットした

「じゃあ、鬼は……」

イズミは豆菓子をがさりと握り、構えた。

「外ッ!」

振り抜かれた腕から豆菓子が散弾の如く撃ち出され、ソフィアに迫った。ソフィアはツノの仕草を作っていた手を開くと、カッと目を見開き閃光のような速度で腕を振るう。その風圧がイズミの前髪を揺らした。ソフィアは柔和な表情を崩さず、その手を開いた。そこにはイズミが投げつけた豆菓子が全て収まっていた。

「ふふ、わたしをスレイするには、少し足りませんね」

ニコリ、と不敵に笑うソフィアを前に、イズミはぱちぱちと目を瞬かせ……手招きをした。

「それでは、フクは……」

ソフィアは豆菓子を握り、構えた。タナカは既にテーブルから離れていた。

「ウチッ!」

光の戦士は豆を投げた。イズミはその豆に世界を焼いた炎メガフレアを見た。イズミは全神経を集中させ、腕を振るう。ひとつ、ふたつ、みっつ……十四!イズミは幻視を恐れず立ち向かい、試練を越えた。掌を開き、対面の娘に豆を見せる。

「……どうよ」

「さすがですね、イズミさん」

ソフィアとイズミは視線を交わし、ニヤリ……と笑いあった。

「……片手でいなされてた頃とは、違うんだからね」

「ええ、わたしも負けていられませんね」

ソフィアは再び構えを取った。イズミもまた、振りかぶり豆を撃ち出そうとした。そこへ店の奥から地を揺るがすような足音が近付いてきた。屈強な筋肉を割烹着で包んだハイランダーの男——ジゼルは憤怒の表情で二人の間に立ち、二人の細腕を掴み上げた。呆気に取られた二人を前に、ジゼルは一喝した。

「食べ物で遊ぶんじゃあ……ねぇ!!」

怒号は茶屋を揺るがし、入口の戸が外れた。棚の上の狸の置物が落ち、ジゼルを呼びに行ったタナカの頭を直撃した。

【了】

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