【短編小説】おひさま 一、(6)

茜がトマトの苗木を植え終わり、食料の買い出しに自転車を漕いでいた時だった。
自宅から数百メートル離れた家から何か声が聞こえるので、気になって近くに寄ってみることにした。
声はよく聞こえない。
しかし、誰かが何かを怒って叫んでいるように聞こえる。
何事だろう?
暴力事件だろうか、と恐る恐る自転車を声が聞こえる家の二軒隣の塀につけた。
耳を澄ますと何やら女性が叫んでいる。
「昨日風呂に入れって言ったのに入らなかったでしょ? ダメだってば! 臭かったらパパ達に怒られるよ! うんこ漏らすか、風呂に一人で入れなくなったら施設にやるって言ってるんだからね! 入って!
でも、じゃ・な・い! 施設に行きたいの? な・ら・入・っ・て!」
今度ははっきりと聞こえた。
随分一方的に怒られているようだが、相手は誰だろう?
そぉっと顔をずらすと、窓から老婆が女性に威圧的に怒られている様が目に入った。
——マズイ!
  これは…虐待ってヤツ?
  すごいところに居合わせてしまったわ!
茜はそそくさと自転車をその家の窓を避けるように回って漕ぎ、スーパーに向かう。
今目撃した現実をにわかには受け入れがたい思いで反復していた。
——間違いない、あれは老人虐待だ。
あんな風に叱りつけて、一方的に言うことを聞かせるなんて…。
茜は落ち着いて生活ができるこの界隈にもこんな恐ろしい事件があるのかと不安な気持ちになり始めた。

上の空でスーパーを出て帰宅すると、保育園のお迎えの時間だった。
食料品を冷蔵庫に入れる間も惜しんで、再び保育園まで自転車を走らせる。
「ママ、おそ~い!」
「ごめーん! 待った?」
「いっぱい、待った!」
ぷくーっと膨れて腕組みした身体を左右にねじる娘に謝って、隣で一緒に待っていてくれた保育士の三森にお詫びとお礼を言う。
「遅れてごめんなさい! 今日もありがとうございました。」
「いえ、花梨ちゃん、また明日ね。」
「三森先生、さようなら! また明日よろしくお願いします!」
「うふふ。花梨ちゃんは本当によく出来た娘さんですね。」
「いえ、とんでもない。」
「パパとママの教育がいいのね、花梨ちゃん。」
「そうだよ!」
娘は何を言われているのかよく分からないまま、とりあえず両親を褒められたことに気を良くして得意げに返した。
「もう、花梨たら。本当にありがとうございました。」
「では、また明日。」
「はい、よろしくお願いします。」
そう言ってまた自転車で帰路につく茜もまんざらではなく、褒められて良い気分になった。
さっきの老人虐待事件のことで沈んだ気持ちも浮かび、やはり自分がなんとかせねば、と思い直した。
そう、いい子と言われる娘の為にも、茜は模範的な親である必要があるのだから。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

共作希望者、改善指摘人、何かもっとコイツと関わりたい、という変わり者大歓迎♪

その1クリックが私の創作エネルギー♪
5

【短編小説】おひさま

田舎の介護事情をほんの少しリアルに表現したくて書いてみました。 感じることは人それぞれ。 作品は読んだ人のモノだと思っています。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。