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果たして、子どもだけの問題なのか?

 福岡へ引っ越す前までは熊本に住んでおり、FMKのリスナーでした。 
初めは、サイレントリスナーだったのですが、リクエストをするにあたり、メッセージを添えたりしているうちに、ほぼ毎日のように、いろんな番組にメールを送り付けていました(苦笑) 福岡に引っ越したら再度サイレントリスナーになろうと思っていたのですが…。そんなに簡単にやめられるワケもなく…。 
 ただ、移住したことやコロナ禍で生活様式が変わったことで、ラジオを聞いている時間も減り、各番組宛にメッセージをすることも少なくなってはいます。 
 私の場合、長文になりやすいので、毎回申し訳ない気持ちでメッセージを送りつけている次第ですが、それでも、読んでくださこともあるので、リスナー冥利につきるといいますか、有難いなぁと思いながら、不特定多数の方へ向けて、自分自身の想いを綴ることの難しさを改めて感じています。(割と内容が重くなりがちなので…) 
 現在、福岡在住なので、自宅にいる時に聴いている番組の中で、毎週木曜日20時からCROSSFMで放送されている『シイバゼミナール』という番組に、長文メールを送りつけたところ、先週の1月20日(木)にその長文メールが採用されまして、しかも、ほぼほぼ、全文を読んでくださいました。いやはや、カタジケナイデス。 
 その日の放送をリアルタイムで聴取できていた人もいたでしょうし、聴けていない人もいると思いますし、読み物として読んだ方が私の言わんとすることが伝わりやすいだろうと思うので、シイバゼミナール宛に送りつけた長文メールの原文をコチラ(NOTE)にも掲載することにしました。    最後まで読んで下されば幸いです。

※若干文字修正や加筆しています。ご了承ください。

↓↓↓ ココから

椎葉先生こんばんわ。

師走から年始にかけて、多忙だったのでいつも以上に情報を取り入れないようにして過ごしていました。なので、シイバゼミナールを聞けていません。
すみません。そんなリスナーですが本年もよろしくお願いします。

 昨年、リスナーの方の中にお子さんの成績不振のお話を聞いたからだけではなく、数年前から、教育に関して疑問に思うことが重なったので、メッセージしました。

 私はふたり姉弟で、私の場合には、下の弟は自宅での自主的な勉強などをしなくても成績がよく、私は、自宅学習をし努力してなんとか中の上という感じの成績でした。
 決して頭が良いとはいえないと思って育ったので、わからない時は、母に教えてもらっていました。

 自分が親になり、子どもに障害があることがわかったことから、教育について改めて考えさせられる場面に何度も遭遇しました。

 我が子が支援をしていただく中で、関わってくださる皆さんが私よりも年下の人たちが、多くなってきていることから、コミュニケーションに関わらず、指示通りのことはできるけれど、考えればわかることも〝情報〟はあってもそれから導き出した答えで行動できない人が多いことに現在直面することが多いです。
 私よりも年上の方の場合には、自分が知っていることは、相手も知ってると思っているのか、そういった意味でのコミュニケーションエラーが起こっていることにも直面しています。それは、おそらく、学校教育の名残のように思う次第です。

 私くらいの世代から年下の人たちに共通してみえる背景は、もしかしたら〝学ぶ〟ということより〝知識〟を詰め込み〝点数〟をとるだけの教育に特化していただろうことが透けてみえるような〝学び〟をしていたのだろうなぁと思うんです。

 要するに、同じ教育課程を受けても〝知識〟はあっても生活に活かせない教育を受けていたんだろうなぁと…。

 昨年、リスナーの方のお子さんの成績不振の話を聞いたことが、人様のお子さんのことなのに、なんだか喉に引っかかったままの魚の骨が抜けない状態のままで、私の心に刺さり、ずっと考えていました。

「本当にお子さんたちだけの問題なの?」と思ったんです。

 子どもだからこそ、まっさらな状態で教育を受けます。もし、義務教育を受け始めたどこかの時点でつまづいていたのに、それをそのまま見過ごされていたならば勉強がわからなくなってしまったり、学ぶことが嫌になったりするのは当たり前だし、遅れたままの知識を抱えたまま新しい学びに取り組まなければならないということが、お子さんの身に起きているのであれば、それは、お子さん自身の問題ではなく、また別の側面での問題が起きていると考えてもいいのではないかと思ったのです。
 これは、保護者だけではなく、教育現場の先生方も落とし穴にはまっている人が多いんじゃないかと思うんですね。

 何故なら、現在コロナ禍だからということも関係しているように思うからです。

 子どもの成績が悪い時に、大抵、子どもの能力に注視しがちですが、本当にそうでしょうか? 私は、お子さん自身のせいだと、とても私は思えません。

 何故なら、現在はコロナ禍が起きているというだけではなく、その人に適した〝学び〟を行うのに〝人〟や〝環境〟が整っていないんじゃないのだろうか?と思うのです。ですので、お子さんの成績不振が本当の意味で悪いのかどうかを疑問に感じました。

 何故なら、小学生の時代の場合には、担任が全教科を教えるわけですから、教える立場の教師がどのお子さんも取りこぼさないような教え方ができているのかや、なぜ、そのお子さんの成績が悪いのかは、関わる先生の見立てで随分違うように思うんですが、椎葉先生はその辺は元教師としてどのようにおもってらっしゃいますか? 
 お話を聞かせてもらえたら嬉しいです。

 それとは別に、優しいお子さんや内気なお子さんなど、一般的にいわれる「いい子」の場合、先生の説明や保護者の説明では、わからないことを
「意味がわからないままにして、わからない」と伝えられないまま、次の課題を受け入れざるを得ないことになってしまっていないだろうか…とも思うのです。
 そういった状況でならば、お子さんが何がどうわかってなくて、成績不振になっているのか…ということはわからないと思うのです。

 他には、もしかしたら、目の見え方が悪かったり、耳の聞こえ方が聞こえづらい…といった、機能的な問題が起きていて、それを言語化できないでいるお子さんもいらっしゃるかもしれません。

 我が子は発達障害で重度域なので、目が見えていて聞こえているのですが、脳の機能に問題があることから〝視覚〟と〝聴覚〟がうまく結びづらい状況も加担されていることで、健常の人たちよりもさらに知識として活かされることなく障害が重くなってしまう原因にもなっています。

 なので〝視覚〟と〝聴覚〟は健常域の人たちにも、とても大切だと思うのですが、お子さん自身に問題がない場合には、担任の先生の指導が悪かったり、先生の不具合ではない場合には、そのお子さんが集中して学べる環境であるかどうかなど…も考える必要があるように思います。

ああ…、随分長くなっておりますが、もう少々お付き合いください。

 お子さんの成績不振は、お子さん自身の資質だけのせいではなく、現代だからこその【外側の問題】も起きているのではないのだろうか?と、違った側面から眺めてみてはどうかと思いメッセージさせていただいた次第です。

 それと、私の同級生の中には、小学生時代に九九がなかなか覚えられなかったり、勉強が難しい人たちもいましたが、中学生になり、克服した人たちが数名います。こういった話が希望になるかどうかはわかりませんが、教えて下さる指導者次第で、子どもたちの理解する力も社会性もコミュニケーション能力も随分成長します。

 それは、勉強だけはなく、コミュニケーションや社会性に関しても、子どもたちを取り巻く環境(人も含む)次第で良くも悪くもなるということです。

 我が子は障害がありますが、そういった問題は、障害の有無は関係ありません。

 私たち大人が気をつけないといけないことは、どのような立場のお子さんたちもそれなりの得手不得手はありますし、子どもたちの成長の目や育ちを摘んでしまうような指導または教育はできるだけ避ける必要があると思うし、できるなら、お子さんの持つ資質をみいだし、それをサポートするような方向へと、教育の現場の風向きが変わってくれるといいなと思います。それは、義務教育課程に限らずです。

 それ加え、子どもたちが最低限でも学べる環境を整えるには、先生方の職場環境や体制、PTA活動なども含めて、考えていく必要があると思います。

 おそらく、随分前から気がついて警鐘を鳴らされてた人も存在したかもしれませんが、社会を変えていくには、政治を変えるだけじゃなく、自分たちの身の回りの社会から変えていく必要があるとおもいます。気づいた人たちが訴えるほかなく、そういった輪がどんどん広がることでも社会は変わるように思います。ですから、気がついた人たちで、何をどうすればいいのかを一緒に考えてもらえるようになったらいいなと思います。

長くなってしまいましたが、これで失礼します。

RN.そらひとうみ

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☆ 言語活動の一環で、病気療養中なこともあり、リハビリがてらリスナー業(←誰にも頼まれてはいないんですけど…。)を楽しんでおります。
 ちなみに、TwitterやインスタなどでのNNは「sorahitoumi」ですが、ラジオでのニックネームは、ひらがなの「そらひとうみ」です。以前からご存知の方も最近知った方も今後ともよろしくお願いしますm(__)m

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