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拝啓、最強だった君へ

 本来ならば。今日という日を跨ぐ事なく、君の殿堂入りは決まっていたはずだ。にも関わらず、ゲームそのもののアクセスを不可能にする事で最後までその措置に抗おうとしているというのだろうか。それこそが、君の持ちうるEXターン、勝利への飽くなき欲求というものなのだろうか。

 ボルバルザーク
その名は一つのゲームに必勝を齎し、そして"デュエルマスターズ"に暗黒を翳した。かつてボルバルザークが生きていた二年間は"ボルバルマスターズ"と呼ばれ、メタゲームのほぼ全てを影響下に置いていたのだ。

 彼よりも強いものはいた。彼よりも凶悪なものもいた。彼よりも長い期間、環境の覇者として君臨し続けたものもいた。 彼がそれらと一線を画するのは、彼はそれら全てに対しての先駆者であり、ゲームの象徴にまで上り詰め、最も名誉ある隠居を決めたからである。

これは僕個人の意見であり、世間の大半の認識とずれるかもしれない。その事を承知で述べるが、ボルバルザークがこの世に生まれ、そして死んでいった事をこそ、デュエマがデュエマ足り得るに必要だった最後のピースだったのではないか。ボルバルザークの存在なくして、今この瞬間までデュエマが続いていたというのだろうかという問いに対して、その答えは否である、と僕は考える。

開発陣に残された教訓として、『ボルバルザークは二度と作らない』というものがあるそうだ。全く以て同意する。厳密に言えば、第二のボルバルザークを作ろうとした所で、彼に匹敵する存在を二度と作れる訳がないのだ。彼は唯一無二であり、それは概念そのものだった。彼のリメイクカードであり、後に殿堂カードにまで指定される活躍を見せたボルバルザーク・エクスでさえ、その存在はボルバルの紛い物でしかない。

デュエルマスターズプレイスという"フィールド"において、彼は彼自身の名と共に新たな姿を得た。その能力はかつてのEXターンをそのままに、"10ターン以降"という制限が課されるコントロールのフィニッシャーとしての役割に専念するものだった。 万能にして完全、"ゲームの終わりを告げる王"としてどこまでも傲慢に振る舞っていた紙のボルバルザークから、ゲームの終着を窺う冷徹な暗殺者として慢心の欠片も見せない将として生まれ変わったボルバルザークは、紙の環境と同じくその力でこそ環境の全てを定義した。デッキタイプ、ゲームスピード、そして他のカードパワーでさえも。

これこそがボルバルザークだった。こうでなければ、ボルバルザークではなかった。僕はこの最強の竜が再誕した事を喜び、彼によって変わっていく環境を見て驚き、そして最後には彼の死期すらも悟った。 しかし、彼の死そのものには悲しみを抱きすらしなかった。ボルバルザークが嫌いだから?環境が変わって欲しかったから?不健全なカードだから?否。そのような理由ではない。 彼は意義ある再誕を遂げ、そして意味ある死を遂げた。デュエルマスターズにとって、その在り方を最も鮮烈に、そして二度も焼き付けた竜として、彼は今後も伝説の如く語られていく。
それは全てのカードにとって得難き祝福であり、死出の福音だろう。世界中の全ての人間が彼を唾棄し彼を生んだ人々を蔑んだとしても、僕だけはそのゲームを変えた存在に憧憬を抱き続けるのだ。

拝啓、最強だった君へ。君は最強のまま、今再びの眠りにつくかもしれない。だが、君の生き様こそがデュエルマスターズだ。君は歴史になり、そして人々はまた君の事をいつか語るだろう。"ボルバル"の灯をその身に宿した存在に、いつかまた出会うその日まで。


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